2006.09.12

『時をかける少女』アニメ版★その1

(6)
カテゴリ:映画★アニメ
ネットの評判というのはすごいものだ。

評判どおりすごくよかった。今夏のアニメ映画作品としてダントツの好評価。
確かにさもあり何という感じである。

絵がものすごくうまくて、美しかった。

なにしろあの崩壊した『ゲド戦記』を見た後なのでなおさらです。
またまだ、アニメ界にはこんな絵が描けるアニメ監督がいるんじゃないか。
私は今回始めて細田守という名前を認識したんですけどね。
美大を出て、東宝に入って、そこから、ジブリに出向したんだそうだ。そこで途中までかかわったのが、『ハウルの動く城』だそうだから、作中にでてくる

「未来でまってて」

という言葉と、こちらの『時をかける少女』の作品の中の

「未来で待ってる」

という言葉がつまりおんなじわけでして、細田監督が『ハウル』でできなかったことをやっと完成してみせた映画なのかも知れませんね。

アニメ映画のこれからを考える時、アニメ映画がもつ最大の呪縛はその発端が漫画映画であり、とにかく子供向けでなければならないというところにあるんだろうなと思うわけだけど。

アニメが子供向けに作られるのは、子供という観客が必ず母親ないしは、付き添いというもう一人の観客をともなうもので、つまり普通の倍の観客数を見込める。その上、夏休みにやれば、ふだんすいててガラガラで困りものの平日に集客ができるという、映画会社にとってはこのうえなくありがたい条件を持ち合わせているところにある。
だから、映画会社はアニメ映画が作りたいのではなくて、子供うけするアニメ映画が欲しいのである。

子供うけするとなれば、やはり主人公は子供でなくてはならない。
『ゲド戦記』が今回こんなストーリーになったのも、どうしても主人公を子供にしなければならないというシバリのせいもあるということだ。
けれど、主人公を子供にすれば、どうしても、主人公の行動や考えることに限界が出てくる。所詮十歳前後の子供ができることなんて限界があるのだから、その条件下で躍動感のあるおもしろいアニメを作るのもつらいものがあるだろう。

その上アニメをみて育った世代が大人になってき始めていて、作る側もまた、アニメ技術、アニメ文化がレベルアップしていく中で、映画会社の求めるような従来の子供向け路線のアニメ映画を作り続けることにも限界が出始めているのだということに、はたして、映画会社側は気づいているのだろうか。

『ゲド戦記』や『ブレイブストーリー』が今ひとついい作品になりえない原因も実は作る側の力量だけではなくて、こういう日本アニメ界の現状にもあるのじゃないだろうかと、『時かけ』を見ながらつくづく思いました。

『時かけ』は主人公が高校生。原作のとおりです。前作原田知世の『時かけ』は角川がうまかったから、子供の集客ができたかもしれないけれど、アニメで主人公が高校生となると、子供の集客はちょっと苦しい。

しかしじゃあ現役の高校生が『時かけ』というアニメを見に来るものだろうか。アニメファンは除くとしても。一昔前なら、アニメやSFは、若者文化だったと思うけど、今の世代の若者はすでにアニメとか、SFとかに対しての興味は昔ほどではなさそうである。
その一方で漫画アニメを育った世代が大人になっていて、漫画やアニメは昔よりはるかにその存在というか、社会的地位は高くなっている。

そして、作る側もまた、子供向けではない、普通の実写映画とかわらない大人向けのアニメーションを望み始めているのだとすれば、映画会社は今ここで、『ゲド戦記』の失敗もふまえて、アニメのあり方これからの対し方、観客をどのあたりに予想するか、考えたほうがいいんじゃないのかなと、そう考えました。

というわけで、今現時点では、難しい立場にある『時かけ』ですが、大人でも十分楽しめる非常にレベルの高い作品です。高校生はこれみてどう思うのかな。



時をかける少女 オリジナル・サウンドトラック



つづきます。


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最終更新日  2008.02.21 07:42:57
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