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旅人の独白

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Feb 15, 2020
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カテゴリ:日常
延び延びになっていた会合が始まる予定時刻より、1時間も早く鶯谷駅に着いたので、

久しぶりに根岸界隈を歩いてみた。

本当に、何年ぶりだろうか?近くの豆腐料理屋には、数年前に来たことがあったが、

言問通りを歩いて、一度は来てみたかった「子規庵」を初めて訪ねた。

地図を片手に、脇道に入ると、そこはラブホテル街だった。

真っ昼間に迷い込んだその一角は、ほとんど人通りもなく、妙に明るかった。

その時、突然に昔の記憶が鮮明に蘇った。

もう15年以上も前になるのだろうか?亡くなった彼女と、倉敷への旅行の帰り、

東京についても、離れ難く、ホテルを探して、夜のこの辺りを彷徨ったことがあった。

今ではどこのホテルかも名前も思い出せないが、

とにかくこの何処かこの界隈のネオンが煌びやかなホテルに入って、

一夜を明かしたことがあった。その時は、本当に行き当たりばったりの途中下車で、

豆腐料理屋も子規庵も全く知らなかった。

今さらながら、懐かしく、愛おしい昔の思い出だ。

お互いにあの時は若かかった。エネルギーも無駄なくらいに溢れていたのだろうと思う。

そして、倉敷からの長い旅程で我慢していたお互いの思いの丈を、

一斉に解放した。彼女も激しく燃えた。

今でも彼女の火照った体の熱を不思議と哀しいまでに思い出す。

あの近くにこんな静かな史跡があったなんて、文学好きであった彼女を、

あの頃、そのまま連れてきてあげれば良かったなと悔やまれる。

小さな古い民家である子規庵は、場違いともいえるホテル街から

道路一つ切り離された一角に静かに存在していた。両開きの玄関を入ると、

正岡子規が病床の床で、最期を迎えた部屋と文机、そこから眺められる、

冬枯れの庭には糸瓜棚があった。

訪れる人は、少なかったが、皆やはりシニア世代の人が多い。

ホテル街の人々とは無縁な人達だろう。

私もしばらくその縁側にたたずみ、冬の小さな庭を眺めて、

34歳で亡くなった子規の人生を思った。狭い隣室には、

子規の最後までを見とった妹の律が生涯暮らしたという史料が展示されていた。

思えば私も長く生き過ぎたなと思う。やはり彼女のようには

その後の人生で、夢中に女を愛することはできなかった。





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最終更新日  Jul 7, 2021 10:00:59 AM
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