カテゴリ:1984年2月―3月英国1周貧乏旅行
おはようございます、ひなこです。
1984年2月28日、火曜日。 この前夜、一緒に観光した方が、ロンドンへと列車で旅立ちました。 その後は、ヨーロッパへ渡る予定とのこと。 一方、ひなこは、彼を見送るため、ウィンダミアの駅に行くついでに、自分も湖近くのB&Bから、駅近くのB&Bに移りました。 そして、この日、リヴァープールへ行くつもりでいました。 ビートルズの出身地だから、行ってみようかと思ったのです。 昨夜移動し、宿泊したお宿がこちら。 カードが今までで一番かわいい。 ![]() ところがですねえ、朝ごはんを食べている時に、ここの宿主のおじさんが、「これからどこ行くの?」なんて世間話をし始めて(ちなみにこの朝ごはんの時、初めて、オレンジ・ジュースとグレープフルーツ・ジュースと言っていることを聴きとりました。よし、これからは、グレープフルーツ・ジュース飲んでやるぞ!と思ったんですが、ロンドンの安宿では、そんなジュースはもう出てきませんでした・・・) 私が「リヴァープール行くの」と言ったら、「リヴァープールは今、街全体がストライキ中で、すごく危険だよ。軍まで投入されてるんだよ。絶対行っちゃだめ!」と止めるのです。 「なんだって、リヴァープールになんて行くんだよ?」 「だってビートルズの出身地でしょ」 「でも、ビートルズ、今現在はリヴァープールに住んでないでしょ?意味ないよ」 なんて言われて。 出鼻を挫かれ、列車に乗った後も、「どうしよう、どうしよう」と悩んでいるうちに、ロンドンに着いてしまいました。 ロンドンの多分、ユーストン駅だったのかな? 列車を降りましたけど、田舎から出てきて、突然すごい人の波を目にし、グラスゴーで味わった気分の100倍ぐらいの「ど、ど、どうしよう?!」感。 この世にひとりぼっち、というとんでもない孤独感に襲われました。 そこで、ロンドンを発つ時に渡された電話番号に電話をしたと思います。 それで、「ロンドンに戻りました。元気です」などと少し話して、体制を立て直し、まず、駅の本屋で買ったのが、『ロンドンAtoZ』というロンドンの詳細な地図と、音楽新聞『NME』でした。 さて、これからどうするか。 まずは、今夜の宿を探さねばなりません。 田舎だったら、駅前のツーリスト・インフォメーションで助けてもらっていましたが、生き馬の目を抜くロンドン。(本当にそういう気分だった) そういえば、日本からロンドンに着いた初日に、空港にお迎えに来てくれた人から、色々な割引券とかもらったよなあ。あの中に、安宿の割引券もあったっけ。 と、そのチラシを頼りに、そこまで歩くことにしました。頼みの綱はA-Z。 ロンドンの地下鉄だのバスだのには、乗る勇気がなかったのです。 でも、飛び込みじゃなくて、駅の公衆電話から一応電話はかけたのかな。2泊空き部屋ありますか?って。 そうじゃないと無謀ですよね。 かなり歩いて、満室じゃあねえ。 そうなんです。すっごい長い距離を歩いたんです。 でも、まあ、観光客ですからね。 街を歩くというのも、良い経験です。 そして、たどりついたのが、こちら。 ![]() ここには2泊しました。 では、ご機嫌よう! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年04月04日 07時45分07秒
[1984年2月―3月英国1周貧乏旅行] カテゴリの最新記事
|