カテゴリ:サー・カズオ・イシグロ作品の翻訳
おはようございます、ひなこです。
![]() 私がヤスコに会うことは、二度と再びありませんでした。 その翌日、原爆が落ちました。 空は奇妙で、雲は巨大で、どこもかしこも燃えていました。 やすこは亡くなり、彼女のお父さんも亡くなりました。 他にも多くの人々が亡くなりました。 道の角で魚を売っていたおじさん、私の髪を切ってくれていたおばさん、新聞配達の少年。 私は、前日のしんごっこうの庭園での出来事を誰にも言いませんでした。 ナカムラさんが戦闘中に戦死したと知ったのはそれから数か月過ぎてからでした。それは、多分原爆投下の2週間ほど前のことだったようです。 原爆は、私にひどい傷を負わすこともなく、今日、私には傷跡も何もありません。 私の娘達は、健康に生まれてきて、障害も何もありません。 私はそれを投下した人々のことを苦々しく思ったりはしていません。 だって、それは戦争だったのですから。戦争というのは、奇妙なものです。 それについて理解するのは、絶対不可能だと思います。 1年程前ヤスコがー私の娘の方ですー、私に署名するようにと核兵器反対の嘆願書を持って来ました。 彼女は、幾つかの事実や数字に言及しましたが、長崎については全く何も言いませんでした。 私がそこにいたことを忘れたのではないかと疑うほどです。 私はそれに署名し、彼女はそれをどこかに持っていってしまいました。 それをどのように使ったのか私が知ることはありませんでした。 きっとそういうことを決める場所に行きついて、そういう世界に入っていったのでしょう。 何か違いが生じたのかもしれません、誰にわかるでしょう? 私は今は、そういうことに関係ない暮らしをしています。 続く。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年06月11日 08時20分05秒
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