2011年08月21日

四人はなぜ死んだのか

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カテゴリ:読書・日々の生活

  同僚が、読んでみてくださいと貸してくれた本である。
  この本が話題になってからもう10年以上になるようだ。
  インターネットで調べる ということがまだ実感としてなかったのは
  当時、まだパソコンを持っていなかったからかもしれない。


  優れたレポートだと思い、今はどうしているのか 検索してみたら
  父親の代作疑惑が持ち上がり、今はネット上に現れていないとか。

  父親の原稿おこしを手伝ったりしていたのなら
  言語感覚は育っていただろうし、誤字脱字に対する感覚は磨かれていたと思う。
  父親や家族と会話しながら疑問を確かめて行ったとあるのだから
  合作に近いものではあるだろうとも思う。
  中学生の宿題なんて、そういうものだろうとも思ったりする。

  
  例えば、詩や感想文のコンクールで誰かのをコピペしたとか
  そういうのとは違うんじゃないか と感じてしまうのは
  私の中に
  だって、マスコミの誰も、彼女のような質問をしなかったんでしょ
  という気持ちがあるからかも。

  合作のようなレポートと、自分で書く作文とでは文体も当然違うだろう。


  個人的に違和感を持ったのは三歳で料理 というエピソード。
  フライパンを火にかけて、油も入れて煙が出るほどだったら
  卵を入れた時はかなり油がはね、音もしただろう。
  それに対して怖気づかない三歳児と止めない親 というのは考えられない。

  その記憶は、親によってかなり書きかえられているはずである。

  
  
   まぁどこかでちょっと大げさに言ったり、微妙に言わなかったり
   ということはあっただろうし、
   その辺の、忸怩たる部分をつつかれてしまったんだろうか。


  「その後」を検索してしまったために、後味が悪くなってしまった。

  
  第一章のレポートそのものは、よくできている と思うのである。


   

  
  こういう、ある種決着がつかないようなことをたたく心理というのが
  実は私にはわからない。
  コピペした という証拠などが出ないようなものについては
  「疑い」があるだけである。その疑いには悪意しかない。
  やさしく「放置する」という選択肢がないのは、
  そこに羨望があるのだと感じるからではないのか。

  もしも、本人に実力がないのならば、その後の作品が出ないだけのことである。
  なんだかな。放置する私にも愛はないかもしれないけれど。



  「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」という本があるそうで
  この前妹に勧められた。
  本屋にいくつか行ったが見つからず。
  ネットで買ってみようかな。
  なんとなく、今のもやもやにヒントが得られそうな気がするのである。

                              






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最終更新日  2011年08月21日 13時20分35秒
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