2008/09/18(木)08:50
多数派と少数派の感覚の違い
自転車の右乗りから感じる少数派感覚を
手の使い方で感じる方法は無いかと、よく考えます。
多数派の立場で少数派の気持ちを理解できる方法があれば、
世の中の環境はより多くの人にやさしくなるのでは…?
残念ながら、どうしたらいいかは相変わらず分かりませんが、
なぜ理解が難しいか…右利きが左手を使っても不便なだけで少数派感覚は体験できない
理由は分かりました。
多数派の非利き側使用は、「自分を肯定した上で違う方法をやってみている」のに対し、
少数派の立場での非利き側使用は
「自分を否定して違う方法をやっている(やらされている)」ことになるからです。
私が「左手も使えたら便利だね。」と言われたら、その通りだと思うだけですが、
「左乗り(多数派)もできたら便利だね」の場合は、
あなたのやり方だけでは世の中への適応に難しい部分があるから何とかしなさい、
と言われている感じです。
つまり、「両利きになれば(非利き側も使いこなせれば)便利でいい」
という考え方は、
多数派として言う(聞く)場合と少数派として聞く(言う)場合では、
意味合いが全く違ってしまうわけです。
なので、右利きに左利きの気持ちを理解させようと思ったら、
「あなた自身を否定して、右手使いを禁止して左手を使いなさい。」
となりますけど、
自分で書いておきながら、何を言われてるのか、まるで分かりません。(^_^;)
研究は続く…