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マレーシア 今日考えた事&思った事

白鵬翔 06年NEWS10

 サンスポ 3月29日
<抜粋> 21歳白鵬が大関に昇進-「全身全霊を懸けて努力」 
日本相撲協会は29日午前、大阪市浪速区の大阪府立体育会館で夏場所の番付編成会議と理事会を開き、東関脇白鵬(21)=本名ムンフバト・ダバジャルガル、モンゴル出身、宮城野部屋=の大関昇進を満場一致で決めた。相撲協会は宮城野部屋のけいこ場がある大阪府堺市の西本願寺堺別院に友綱理事(元関脇魁輝)と春日山親方(元幕内春日富士)を使者として派遣し、昇進を伝達。白鵬は「謹んでお受けいたします。大関の地位を汚さぬように全身全霊を懸けて努力します」と、緊張しながらもはっきりした口調で口上を述べた。21歳0カ月での昇進は昭和以降で貴ノ花(のち貴乃花)、大鵬、北の湖に次ぐ4番目の若さ。外国出身の大関は6人目で、モンゴル出身では朝青龍以来で2人目。昨年九州場所後の琴欧州に続く新大関の誕生で、5月の夏場所は2003年初場所以来の5大関となる。モンゴル相撲の元横綱を父に持つ白鵬は、26日に終了した春場所で朝青龍との優勝決定戦には敗れたが13勝をマーク。ここ3場所で35勝の好成績で、初土俵から5年で大関の座を射止めた。   
◆白鵬の話 「まさかこんなに早く大関になれるとは思わなかった。(口上の全身全霊は)身も心もすべて懸ける、相撲に対して自分のすべてをささげるという気持ちで入れた。大関になったけど、僕にはまだ1つ上(横綱)がある」
◆白鵬の師匠、宮城野親方(元十両金親)の話 「うれしいですね。言葉が分からない中、本人が本当に努力して頑張った。来場所以降も自分の相撲を取り切れば成績もついてくると思う」
◆北の湖理事長(元横綱北の湖)の話 「気持ちを引き締め、大関を守るのではなく、横綱を目指して精進してほしい。5年で大関に上がるというのは素質があるということ。それを生かしてほしい」
◆白鵬の入門時の師匠、熊ケ谷親方(元幕内竹葉山)の話 「入門したころは普通の子と変わらなかったのに、5年で大関になるとは思ってもいなかった。技術的なものはついてきた。あとは心。どんと構えていける力士になってもらいたい」 
◆白鵬の父親、ジジド・ムンフバトさんの話 「今までは弱点もあったが、最近はよく勉強して相撲がとても良くなった。私はモンゴルでは大関、横綱となった。息子にはまだ一つ残っている。横綱を目指して頑張ってほしい」大関白鵬「最高の気持ち」-偉大な父に一歩近づく
きりりとした鋭い目は、早くも大関の雰囲気を醸し出していた。白鵬は実にいい顔をしていた。大相撲の白鵬が29日、大関昇進を決めた。近い将来は最高位も狙える21歳の大器は「最高の気持ちです」と喜びを表した。口上で述べた「全身全霊」の言葉は、横綱朝青龍を破って11勝目を挙げた春場所11日目に知った。昨夜は午前零時から2時間の練習を積み「90点かな」と自画自賛した。伝達式後の記者会見には来日中の両親も同席。モンゴル相撲の往年の大横綱で父のムンフバト氏は「わたしは19歳で関取、22歳で横綱になった。息子にはわたしと同じくらいの年齢で横綱になってほしい」と貫録たっぷりに激励する。偉大な父の下に生まれた白鵬は、力士になってからもずっと大きな重圧を背負っていた。「お父さんはすごい人だから恥はかかせられない。変なことをして帰ったら、みんなにいろいろ言われる」故郷の国民的英雄でもある父に、今は一歩ずつ近づいている。「息子にはもう1つ残っている。横綱だけだ」と父が諭せば、「僕もお父さんに並んでチャンピオンになりたいな」と新大関。春の空に向かって、白鵬の笑顔はまさに晴れ晴れとしていた。

◆白鵬昇進アラカルト
▽若年齢昇進 21歳0カ月は、昭和以降では貴ノ花(のち貴乃花)、大鵬、北の湖に次いで4番目の若さ。
▽スピード昇進 初土俵から所要31場所は7位。(年6場所制となった1958年以降初土俵。幕下付け出しを除く)
▽宮城野部屋 明治から大正にかけて活躍した元横綱鳳が1912年夏場所後に昇進して以来、94年ぶりの大関誕生。
▽外国出身 小錦、曙、武蔵丸(以上米国)、朝青龍(モンゴル)、琴欧州(ブルガリア)に次いで6人目。



 毎日 3月29日
<抜粋> 白鵬、大関昇進 外国人としては6人目 
日本相撲協会は29日、大阪市内で理事会と来年初場所の番付編成会議を開き、モンゴル出身の白鵬(21)=本名・ムンフバト・ダバジャルガル=の大関昇進を満場一致で決めた。モンゴル勢では朝青龍に次ぐ大関で、外国人としては6人目。大関誕生は05年九州場所後の琴欧州以来、昭和以降では78人目。協会は昇進を伝える使者として友綱理事(元関脇・魁輝)と春日山審判委員(元幕内・春日富士)を大阪府堺市の西本願寺堺別院に派遣。師匠の宮城野親方(元十両・金親)夫妻とともに紋付きはかま姿で出迎えた白鵬は「謹んでお受けいたします。大関の地位を汚さぬよう、全身全霊をかけて努力します」と口上を述べた。このあと、会見に臨んだ白鵬は「緊張した。無事終わってよかった。今後は横綱を目指し精進したい」と語った。白鵬の父ムンフバトさん(64)はモンゴル相撲の元横綱で、68年メキシコ五輪のレスリング銀メダリスト。この日は妻、娘らとともに晴れ姿を見守った。【長谷川隆広】   



 日刊スポーツ 3月29日
<抜粋> 大関白鵬が誕生!21歳、史上4番目の若さ 
日本相撲協会は29日、大阪市浪速区の大阪府立体育会館で夏場所の番付編成会議と理事会を開き、モンゴル出身の関脇白鵬(21)の大関昇進を正式に決定した。21歳0カ月は、昭和以降で貴ノ花(のち貴乃花)、大鵬、北の湖に次ぐ4番目の若さとなる。北の湖理事長(元横綱)は「若いのだから横綱を目指して精進して欲しい」と話した。外国出身の大関は6人目で、モンゴル出身では朝青龍以来で2人目。昨年九州場所後の琴欧州に続く新大関の誕生で、5月の夏場所は03年初場所以来の5大関となる。   



 読売 3月29日
<抜粋> 「全身全霊かけて努力」白鵬が大関に昇進 
日本相撲協会は29日、大阪市内で夏場所の番付編成会議と理事会を開き、関脇白鵬(21)(本名ムンフバト・ダバジャルガル、モンゴル出身、宮城野部屋)の大関昇進を満場一致で決めた。直後に相撲協会から友綱理事(元関脇魁輝)、春日山委員(元幕内春日富士)の両親方が使者に立ち、大阪府堺市の西本願寺堺別院で白鵬に昇進を伝えた。白鵬は「大関の地位を汚さぬように全身全霊をかけて努力します」と口上を述べた。21歳0か月での昇進は昭和以降、貴乃花、大鵬、北の湖に次ぐ史上4位の年少大関。外国出身大関は昨年九州場所後の琴欧州(佐渡ヶ嶽部屋)に次いで6人目。モンゴル出身では、朝青龍に続き2人目。   



 朝日新聞 3月29日
<抜粋> 白鵬が大関に昇進、歴代4位の若さ 大相撲新番付 
日本相撲協会は29日午前、夏場所(5月7日初日、東京・国技館)の新番付編成会議と臨時理事会を大阪府立体育会館で開き、春場所で13勝した関脇白鵬(21)=本名ムンフバト・ダバジャルガル、モンゴル出身、宮城野部屋=の大関昇進を決めた。モンゴル出身は朝青龍以来で2人目。21歳0カ月は昭和以降で歴代4位の若さ。初土俵から所要31場所は歴代7位のスピード記録となった(年6場所の58年以降、幕下付け出しを除く)。 理事会終了後、友綱理事(元関脇魁輝)と春日山親方(元幕内春日富士)が宮城野部屋のけいこ場がある大阪府堺市の本願寺堺別院を訪れ、昇進を伝えた。紋付き袴(はかま)姿で使者を迎えた白鵬は「謹んでお受けいたします。大関の地位を汚さぬように、全身全霊をかけて努力します。本日は誠にありがとうございます」と述べた。 29日に開かれた夏場所の新番付編成会議と臨時理事会で大関昇進が決まった白鵬。午前9時ごろ、大阪府堺市の本願寺堺別院本堂の金びょうぶ前に姿を見せた。土俵ではあまり見せない緊張した様子。使者が到着すると、一気に引き締まった顔になった。伝達式には師匠の宮城野親方(元十両金親)らと臨み、使者の友綱親方(元関脇魁輝)から満場一致で推挙されたことを伝えられると、しっかりした口調で受託の口上を述べた。式後の記者会見で、白鵬は「口上は友達、部屋のみなさんと考えた。きのうからずっと練習した。90点ぐらい」。宮城野親方は「本当に努力したと思う。(春場所は)精神的にも技術的にも向上した場所だった」と感慨深そうだった。入門時から指導する熊ケ谷親方(元幕内竹葉山)は横綱を目指すにあたり、「技術的なものは大部、身についてきた。あとは心。もう少し大きな気持ちで、どんと構えていけるようになれば変わってくる」と話していた。



 デイリースポーツ 3月29日
<抜粋> 白鵬「全身全霊を懸けて努力」  
日本相撲協会は29日午前、大阪市浪速区の大阪府立体育会館で夏場所の番付編成会議と理事会を開き、東関脇白鵬(21)=本名ムンフバト・ダバジャルガル、モンゴル出身、宮城野部屋=の大関昇進を満場一致で決めた。相撲協会は宮城野部屋のけいこ場がある大阪府堺市の西本願寺堺別院に友綱理事(元関脇魁輝)と春日山親方(元幕内春日富士)を使者として派遣し、昇進を伝達。白鵬は「謹んでお受けいたします。大関の地位を汚さぬように全身全霊を懸けて努力します」と、緊張しながらもはっきりした口調で口上を述べた。21歳0カ月での昇進は昭和以降で貴ノ花(のち貴乃花)、大鵬、北の湖に次ぐ4番目の若さ。外国出身の大関は6人目で、モンゴル出身では朝青龍以来で2人目。昨年九州場所後の琴欧州に続く新大関の誕生で、5月の夏場所は2003年初場所以来の5大関となる。モンゴル相撲の元横綱を父に持つ白鵬は、26日に終了した春場所で朝青龍との優勝決定戦には敗れたが13勝をマーク。ここ3場所で35勝の好成績で、初土俵から5年で大関の座を射止めた。   



 Zakzak 3月29日
<抜粋> 大関白鵬誕生「全身全霊をかけて努力します」  
日本相撲協会は29日午前9時から、大阪市内で夏場所(5月7日~21日・東京両国国技館)の番付編成会議と理事会を開き、モンゴル出身の東関脇・白鵬(21)=本名ムンフバト・タヴァジャルガル、宮城野=の大関昇進を満場一致で決めた。注目の昇進伝達式は、大阪府堺市にある宮城野部屋が手狭なことから急遽(きゅうきょ)、同市最大の木造建築物で文明8(1467)年建立の西本願寺・堺別院で行われた。大相撲では現在12カ国59人の外国人力士が在籍する。34人を誇る一大勢力のモンゴル勢としては、平成14年7月に大関に昇進した朝青龍以来、2人目のモンゴル出身の大関の誕生となった。白鵬は「謹んでお受け致します。大関の地位を汚さぬよう全身全霊をかけて努力します」と口上を述べた。ややたどたどしい日本語ながら、本人が一番気に入っている4文字熟語を入れたという。これまで注目された口上では、モンゴル勢の先輩、横綱・朝青龍は、平成14年7月の大関昇進時に、「謹んでお受けいたします。大関の名に恥じぬよう一生懸命頑張ります」と、ハッキリした口調で述べた。また、昨年九州場所後に欧州勢初の大関に昇進した琴欧州は、ガチガチになりながら、「大関の名に恥じぬように、けいこに精進します」だった。21歳の大関・白鵬は昭和以降では貴乃花、大鵬、北の湖に次いで4番目の若さ。この顔ぶれ全員が横綱になっている。15歳で来日してまだ5年目ながら、日本語は完璧(かんぺき)で、松山千春の歌などを好む。来日直前まではブルズ時代のマイケル・ジョーダンにあこがれ、今でもバスケットボールを持たせると巧みにボールを操る。100メートル11秒台という俊足の持ち主でもある。すでに、後援者から横綱昇進に向けた化粧回しの『図案』も検討されるなど、大関どころか、一気に横綱ムードまで高まっている。   



 高知新聞 3月29日
<抜粋> 白鵬関4年前に赤岡で合宿 町民も大関昇進祝福  
「優しくて、かわいらしい子が見違えるほどたくましくなって…」―。春場所13勝で大関昇進を決めた白鵬翔関(21)の大活躍に、4年前、白鵬関ら宮城野部屋力士が合宿した香南市赤岡町民も大喜びだ。23日の千秋楽まで連日、近所で集まってテレビ桟敷にかぶりつき、“おらんく力士”として声援しただけに、「早く大鵬のような横綱に」の声も飛んだ。宮城野部屋が合宿を行ったのは2002年2月13日からの1週間。前年夏に町相撲場(赤岡ドーム)のこけら落としに同部屋が花を添えたのが縁で実現した合宿には総勢13人が参加。合宿の合間に小学生にけいこをつけたり、福祉施設を訪れるなど住民と交流した。当時、幕内中位で部屋頭だった光法賢一関(現十両)に人気が集中。モンゴルから来て1年の白鵬関は体は成長途上、日本語もまだ十分話せず、目立たなかった。県相撲連盟香南支部長の久武恵一さん(67)は「けいこ場でも目立たず、おとなしい印象が強かった」。それでも、人懐っこい性格で、たちまち子どもたちと仲良くなった。浜で行われた住民との交歓会では小学生と一緒に地引き網や綱引きも。即席の土俵ができると、進んで胸を貸した。もちろん、大器を予感させる「オーラ」もあった。久武さんは自宅の新築祝いに力士を招待、光法関に記念撮影を求める列ができたが、妻の美雪さん(61)は、「強くなりそうな雰囲気があった」白鵬関と迷わずツーショット。「私が一番見る目があった」と大切な写真を見やっていた。   



 東京新聞 3月29日
<抜粋> 『全身全霊かけ努力』 
「大関の地位を汚さぬように、全身全霊をかけて努力します」。大相撲の大関昇進を決めた白鵬(21)は二十九日、大阪府堺市の宮城野部屋宿舎で一言一言かみしめるように誓った。初土俵を踏んだ思い出の地、大阪。あれから五年。「相撲に自分のすべてをささげる。そういう気持ちで『全身全霊』を選んだ」と話す末っ子を、父ムンフバトさん(64)と母タミルさん(58)は頼もしげに見つめた。父はモンゴル相撲の大横綱でレスリングの五輪メダリスト。白鵬が幼いころ、実家で目にした日本の相撲雑誌には、尊敬する父より大きな体の力士の姿があった。「こんな格好いい人になりたい」。大相撲に興味を持った原点だった。六八キロで宮城野部屋に入門。「モンゴルに逃げ帰ったら、お父さんの名を汚すことになる」。太るため無理やり食べ、厳しいけいこも、国民的英雄の父を思えばこそ、乗り越えることができた。「大関になったがもう一つ上がある。お父さんに並んで、チャンピオンになりたい気持ちがだんだん強くなってきた」と白鵬。父は言った。「私は二十二歳で横綱になった。息子にも私と同じころに横綱になってほしい」。父の願いを真横で聞いた二十一歳の息子はニヤッと笑ってつぶやいた。「勝てるかな」。偉大な父と競い合える喜びがにじんだ。   



 毎日新聞 3月29日
<抜粋> 「雅山戦で自分の相撲の形できた」 大関白鵬
01年の初土俵からわずか5年で大関まで駆け上がった白鵬。モンゴル相撲の元横綱で、68年メキシコ五輪のレスリング銀メダリストを父に持つ。192センチ、156キロありながら柔軟性もある体、強じんな足腰など天賦の才に恵まれた。そうした土台に、立ち合いで大きく踏み込んで左前みつを取り、前に出る相撲を身につけて大きく飛躍した。大関昇進の伝達式後の会見で、白鵬はその相撲のきっかけとして、今年初場所で雅山に勝った一番を挙げた。「すごく(自分の)腰が低くて、まわしが取れた。自然に立ったつもりなんですけど。あの相撲から自分の相撲の形ができた」と説明した。昨春初めての大関取りに失敗し、その後、足首を痛めるなどして低迷。一時は張り差しを多用するなど、相撲に迷いも出た。その迷いを吹っ切る一番だった。それに加えて、白鵬をスカウトし、指導を続ける熊ケ谷親方(元前頭・竹葉山)の存在が大きい。伝達式では紋付きはかまではなく、スーツ姿で白鵬を見守った。熊ケ谷親方は「入った時は普通の子と変わらない大きさ。5年で大関になるとは思いもしなかった」と言う。来日当初、白鵬は体重68キロ。吐いても食べさせ、牛乳をたくさん飲ませて体を大きくしようとしたエピソードも披露した。熊ケ谷親方は「あとは心の部分が強くなれば。技術的なものは身についてきた」と話す。白鵬は口上で述べた「全身全霊」という言葉に、相撲に全てをささげる覚悟を込めたという。「上(横綱)は一つしかない。目指さないと」。固い決意が見えた。【長谷川隆広】

 会見での白鵬の主な一問一答は次の通り。

--口上の出来栄えは?
緊張したが頑張った。言葉は両親や友人らみんなで考え、夜中に決めました。まあ、90点ですね。

--全身全霊、努力という言葉を使ったが。
相撲に対し、身も心も自分のすべてを捧げる意味で選んだ。

--春場所の優勝決定戦は惜しかった。
初めてで緊張もあったが、最高の相撲がとれた。次の場所につながったかな。

--入門から5年。今の自分を想像できた?
こんなに早く大関になれるとは……。

--大関昇進の理由を分析すると?
日本語を早く覚えられたことと、体が大きくなったこと。あとは寝ることかな。

--大関になったが。
あと一つ上(横綱)がある。それを目標にしていきたい。今は(モンゴル相撲の横綱だった)父のようなチャンピオンになりたい気持ちが強くなった。

--大関とは?
番付が下だった時、支度部屋ですれ違い、すごいなあ、オーラがあるなあと。いつかこういう人になりたいと思っていた。

--大関で迎える夏場所は?
気持ちを強く持って、大きな相撲をとれば大丈夫だと思う。

--まだ初優勝も残っている。
「心技体」のうち、あとは心が充実すれば優勝も近いと思う。



 毎日新聞 3月29日
<抜粋> 大関白鵬:父はモンゴル相撲の横綱「息子にも同じ道を…」
大相撲春場所で13勝を挙げたモンゴル出身の白鵬(21)=宮城野部屋=の大関昇進が29日、決まった。大阪・堺の本願寺堺別院内の宮城野部屋大阪宿舎に使者を迎えた白鵬は「大関の名を汚さぬよう、全身全霊をかけて努力します」と口上を述べた。21歳0カ月の昇進は貴ノ花(貴乃花)、大鵬、北の湖に次ぐ昭和以降4番目の早さ。外国出身者としては6番目で、夏場所は史上初めて外国出身者3人が横綱・大関に名を連ねる。15歳で踏んだ01年春の初土俵から丸5年。80キロの少年は熊ケ谷親方(元前頭・竹葉山)の厳しい指導のもと、192センチ、152キロの堂々たる体格に成長した。その姿をひと目見ようと父ムンフバトさん(64)と母タミルさん(58)が来日。連日春場所終盤戦を観戦し、この日も伝達式に出席。ムンフバトさんは、自分も22歳でモンゴル相撲の横綱になったことを挙げ「あとは横綱だけ。息子にも私と同じ道を歩んでほしい」、タミルさんは「あんなに小さかった子が、立派な姿になって。夢にも思わなかった」とそれぞれ喜びを口にした。一方熊ケ谷親方は、伝達式を後援会席からスーツ姿で見守った。宮城野部屋は現親方(元十両・金親)が師匠として継いだため、熊ケ谷親方は部屋付きに。しかし白鵬の指導は続けている。熊ケ谷親方は「体を大きくするために吐いても食べさせたこともあった。5年で大関になるとは思いもしなかった。本当に努力した」と語った。   



 読売新聞 3月29日
<抜粋> 白鵬「あと1つ上を目指す」 
外国出身力士では6人目となる大関白鵬(21)が29日、誕生した。16歳で初土俵を踏んでから5年。昭和以降、史上4位となる年少大関は、さらなる出世を「全身全霊をかけて努力する」という口上に込めた。2場所先行されたライバル琴欧州に番付で追いつき、モンゴルの先輩朝青龍を目指す。わずか3場所で2人の大関昇進は、14場所も続く一人横綱の流れに終止符を打つという期待も膨らむ。

         ◇

――口上は緊張したか
「緊張したけど、非常によかった。まあ、90点。全身全霊はすべてを相撲にささげるという気持ち」

――入門5年で昇進
「親方や先輩の言葉が分かるようになってから強くなった。(4年前に)三段目で勝てなかった時期もあったが、ご飯を食べて、寝たのがよかった」

――大関とは
「支度部屋で大関に強いオーラを感じ、こういう人になりたいと思った。気持ちが強くなり、大きな相撲を取れば地位は守れる」

――真っすぐ当たって左上手を引く相撲が光った
「初場所の雅山戦をビデオで見ると、なぜか低い立ち合いをしていた。あれが自信になった。左上手を取る自分の相撲を、体を大事にしながら取れた。(初優勝は逃したが、)横綱との優勝決定戦は次の場所につながる相撲だ」

――父はモンゴル相撲を5年間、連覇した
「あと1つ上(横綱)を目指す。父と並んでチャンピオンになりたい気持ちが強くなった」

◆相撲の理想型に近い、白鵬のスタイル◆
21歳の新大関は、“伸びしろ”を感じさせる。初土俵から所要31場所。白鵬を入門させた前師匠の熊ヶ谷親方(元幕内竹葉山)が「技術は完成に近い」と太鼓判を押す程、相撲内容は充実してきた。晴れの舞台に気後れすることもなく、白鵬は言った。「あと一つ上がある」。右四つ、左上手まわしを浅く引き、一直線に寄るスタイルは、相撲の理想型に近い。自信がついたからだろう。春場所では批判の多かった引き技も、無用の張り差しも封印。柔軟な体、懐の深さを発揮しつつ、鋭い投げや素早い巻き替えなど器用なところも見せる。どっしり構えながら、瞬間的に見せるスピードは、朝青龍と対等に勝負できる力士と言ってもいい。ただ、若さは時に甘さにすり替わる。優勝争いの重圧のせいか、12日目の栃東戦から立ち合いに、やや迷いが見えた。2場所連続の優勝争いは見事だが、あと一歩で賜杯に届かなかったのは、気持ちの弱さの裏返し。この一番にかける厳しさ、執念、気迫という点では横綱には及ばない。「あとは心技体の心……これが難しい」と白鵬も言う。幕内12場所で連敗がないのは、わずか3場所。上を目指す今後は、黒星を引きずらない心の強さが、ますます重要だ。朝青龍一人勝ちの勢力図は変わりつつある。立役者は、横綱に本割で2連勝中の白鵬。大関という地位は本来、守るべきものではない。「全身全霊」をささげて、横綱へのステップとして欲しい。(向井太)   



 中日スポーツ 3月30日
<抜粋> 白鵬、「相撲に全身全霊」 
モンゴル出身として2人目の大関が誕生した。日本相撲協会は29日、大阪府立体育会館で夏場所(5月7日初日・両国国技館)の番付編成会議と理事会を開き、東関脇・白鵬翔(21)=モンゴル出身、宮城野部屋=の大関昇進を満場一致で決めた。大関誕生は昨年九州場所後の琴欧州以来、昭和以降では78人目。21歳0カ月での大関昇進は史上4番目の若さ。外国出身力士では6人目。モンゴル出身では横綱朝青龍に次いで2人目。大阪府堺市の西本願寺堺別院で行われた伝達式で白鵬は「大関の地位を汚さぬように全身全霊をかけて努力します」と緊張した面持ちで口上を述べた。人生経験は21年と短いが、白鵬にとって一番緊張した場面といっていいだろう。壇上でソワソワしながら、その時を待った。午前9時36分。日本相撲協会からの使者として、立浪・伊勢ケ浜連合の友綱理事(元関脇魁輝)と春日山審判委員(元前頭春日富士)が到着し、大関昇進の伝達を受けた。白鵬は「謹んでお受け致します。大関の地位を汚さぬように全身全霊をかけて努力します。本日は誠にありがとうございます」と上ずった声で口上を述べた。口上の候補は5つあったが、ひとつに絞ったのは前日。それも日付が29日に変わってから“修正”した。最初、努力の前に「一生懸命」という文言を入れていたが、それを抜いての練習が午前1時半までかかってしまった。白鵬の自己採点によると出来は「90点」。工夫したのが「全身全霊をかける」という表現だ。「相撲は心、技、体と3つの要素が必要です。相撲に対して、身も心もすべて捧(ささ)げるという意味で選んだ」という。入門から5年。白鵬は「こんなに早く(大関に)なれるとは思わなかった」。番付が下のころ、支度部屋にある大関がいた。「体はごついけど、オーラがあり、いつかはこういう人になりたい」とあこがれた。それはいまも続く大関のイメージだ。強くなった理由を3つ挙げた。日本語を早く覚えたこと。太らないといけないと悟ったこと。昼寝が好きだったこと。「最初兄弟子たちが言っていることが全く分からず苦労した。ご飯は毎日戻すくらい食べた。昼寝は1日2-3時間以上」父がモンゴル相撲の横綱になったのが22歳。「21歳の自分にはまだ時間があるから、もっと勉強していきたい」。偉大な父の息子、白鵬が日本の横綱になる-それは決して夢ではなく、ごく近い将来に実現の確率は高い。 (近藤昭和)   



 スポニチ 3月30日
<抜粋> 白鵬「全身全霊をかけて努力」と決意 
日本相撲協会は29日、夏場所(5月7日、両国国技館)の番付編成会議と理事会を行い、関脇・白鵬(21=宮城野部屋)の大関昇進を満場一致で決定。伝達式に臨んだ白鵬は「全身全霊をかけて努力します」と新大関としての決意を示した。また、新十両に出羽鳳(20=出羽海部屋)と皇牙(28=高砂部屋)、再十両に将司(21=入間川部屋)が決まった。 相撲への真摯(し)な思いが短い言葉にこもっていた。「大関の地位を汚さぬように全身全霊をかけて努力します」。昇進を伝える使者を迎えた白鵬は、ゆっくりと言葉をかみしめるように口上を述べた。文言を決めたのは前日の夜12時。練習時間は少なかったが、途中で間違えることなく最後まで言い切った。「相撲に対して身も心も自分のすべてをささげる。そういう気持ちで“全身全霊”と入れました」。式後の会見では感極まった表情で瞳をうるませる場面もあった。大関となれば次に目指すものは1つしかない。会見に同席した父ムンフバトさん(64)からは「私は22歳でモンゴル相撲の横綱になりました。息子にも私と同じ頃に横綱になってほしい」とエールを送られた。21歳になったばかりの白鵬は「まだ時間があるし駄目ってことはない。頑張ればいけるんじゃないか」と意欲を見せた。周囲も頂点を目指す白鵬を後押しする。部屋の横須賀後援会では富士山とモンゴルをかけ合わせた三つぞろえを発注。貴乃花の赤富士の三つぞろえを手がけた元横審委員・川崎春彦氏にデザインを依頼した。夏場所で狙うは初優勝。「心技体っていうじゃないですか。あとは心だけ。それが充実したら優勝は近いと思います」。平常心を保つことができれば賜杯に手が届く。連続優勝なら名古屋場所後にも綱が見える。全身全霊をかけて。新大関はさらなる高みを目指して飛び立つ。

≪次の目標は優勝≫伝達式を終えた白鵬は宿舎のある堺市の市役所を表敬訪問した。木原敬介市長と面会して「次の目標は優勝です。優勝したら横綱が狙える」と意気込みを語った。大阪府大東市にある摂津倉庫にも足を運び、来日してから入門するまで相撲を学んだ“原点”で昇進報告。すべてのスケジュールを終えた白鵬は「すごく充実したい1日だった」と記念すべき日を振り返った。今後は場所休みに入り、4月2日の伊勢神宮奉納相撲から新大関として動きだす。   



 スポーツ報知 3月30日
<抜粋> 白鵬「全身全霊」  
新大関・白鵬が“全身全霊”をかけて横綱を目指す。日本相撲協会は29日、夏場所(5月7日初日・両国国技館)の番付編成会議及び理事会を開き、モンゴル出身の白鵬(21)=宮城野=の大関昇進を満場一致で決めた。大阪・堺市の西本願寺堺別院で昇進伝達式が行われ「大関の地位を汚さぬよう全身全霊を懸けて努力します」と口上を述べた。新大関は昨年九州場所の琴欧州以来で、外国出身では6人目。21歳0か月は貴ノ花、大鵬、北の湖に次ぐ昭和以降史上4位の年少新大関昇進となった。白鵬は覚悟を口上に込めた。異国・日本の地で出会った相撲道に、身も心もささげる決意だ。午前9時37分。相撲協会からの使者、友綱親方(元関脇・魁輝)と春日山親方(元幕内・春日富士)が到着すると、さすがの大物にも緊張が走った。だが、周囲が静まりかえる中で、よどみなく言った。「謹んでお受け致します。大関の地位を汚さぬように全身全霊を懸けて努力します。本日は誠にありがとうございます」全身全霊という言葉には、将来の横綱としての自負を込めている。右四つで左前まわしを取れば、誰にも負けない。確立された型には、おごりとは違う確かな自信が宿った。その「技」を支える「心」と「体」が充実すれば、最高位を極めるのに必要十分となるはずだ。この言葉を知ったのは、横綱・朝青龍を破った春場所11日目の夜。信頼する知人から教えられた。複数の候補から悩んだ揚げ句、選び抜いた単純かつ潔い言葉。前夜、午前2時までに及んだ短期集中特訓の成果に「90点かな?」と及第点をつけた。父・ムンフバトさん(64)は22歳でモンゴル相撲の横綱になったという。顔に刻まれたしわが貫録を醸し出す年齢に至った今、2世へ託す願いは、歩みを同じくしてほしいということ。「息子にはもう一つ残っている。横綱だけだ」白鵬は迷いもなく答えた。「僕もお父さんと並ぶチャンピオンになりたい」海を隔てての親子横綱への夢へ―。実現のためなら、身も心もすべてささげても惜しくはない。(斎藤 成俊)   



 東京スポーツ 3月30日
<抜粋> 大関昇進白鵬『あとは心だけ』 
大竃o春場所で13勝2敗の好成績を残した東関脇白鵬(21)=本名ムンフバト・ダバジャルガル、宮城野部屋=が29日、モンゴル出身力士として横綱朝青龍以来、2人目の大関昇進を果たした。昭和以降では4番目の若さとなる21歳0カ月での昇進。伝達式後に会見した白鵬は、「もう一つ上があるのでそれを目指したい」と話し、最高位の横綱を新たな目標に掲げ、さらなる飛躍を誓った。

■一問一答
――伝達式では「全身全霊をかけて努力する」と言ったが。
「“全身全霊”は身と心をすべてかけるという意味で、相撲に対して自分のすべてをささげる気持ちで選んだ」

――うまく言えたか。
「きのうの夜から練習した。点数をつけたら90点。他の人が緊張すると言っていたのが分かった」

――入門5年で大関昇進。
「こんなに早く上がれるとは思わなかった。幕内に上がって太ったので、このまま頑張ればいけるかなと思った。(今年の)初場所の雅山戦で、普通に立ったのにすごく腰が低く、さっと左まわしが取れた。あれで自分の相撲がガラリと変わり、自信になった」

――来場所から期待はさらに大きくなる。
「心技体のうち、あとは心だけ。自分で落ち着こうとしてもできないときがある。それが充実すれば、もっと強くなり、大きな相撲が取れて地位を守ることができると思う。もう一つ上(横綱)があるので、それを目指したい」

――21歳0カ月で大関に。お父さんはモンゴル相撲の横綱に22歳でなったと聞く。
「まだ時間はあるし、駄目ということはない。頑張ればできるんじゃないですか。(お父さんに)勝てるかな」   



 日刊スポーツ 3月30日
<抜粋> 大関白鵬誕生「全身全霊をかけて」 
「大関白鵬」が誕生した。日本相撲協会は29日、大阪府立体育会館で夏場所(5月7日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と理事会を開き、関脇白鵬(21=宮城野)の大関昇進を満場一致で決めた。大阪・堺市の西本願寺堺別院で行われた伝達式では「大関の地位を汚さぬように、全身全霊をかけて努力します」と口上を述べた。モンゴル出身で2人目の大関は、朝青龍に続く横綱の座を目指す。大関にふさわしい、堂々たる口上だった。押し寄せる緊張をはね返し白鵬が、200年近い歴史を誇る西本願寺堺別院の本堂に声を響かせた。「謹んでお受け致します。大関の地位を汚さぬように、全身全霊をかけて努力します」。出だしこそタイミングを計りかねて視線を泳がせたが、内容は完ぺき。本人も「90点」とほおを緩めた。「全身全霊」の4文字に決意を込めた。横綱朝青龍に勝って11勝目を挙げた春場所11日目の夜、友人から出された複数の候補の中から、自ら選んだ言葉。「身も心も、相撲に対して自分のすべてをささげる、そういう気持ち」と説明した。00年12月の入門から、ひたすら相撲に打ち込んできた。当時は175センチ、68キロの、きゃしゃな体。柏戸と大鵬にちなみ「柏鵬」のしこ名にする予定だったが、部屋関係者が「活躍しなかったらかわいそうだ」と反対。仕方なく1字を変えた。泣きながらけいこを積み、吐きながらちゃんこを胃に詰め込んだ。あれから5年あまり。史上4位の若さで大関に昇進した。前夜は口上がようやく決まった午前0時から1時間、あの時「柏鵬」を提案した岩崎マネジャーとマンツーマンで特訓。「汚さぬ」の「ぬ」が言えずにてこずったが、今までの苦労に比べれば、何ともなかった。「最高の気持ち」。会見では瞳を潤ませたが、目指すはもちろん、もう1つ上だ。22歳でモンゴル相撲の横綱になった父ムンフバトさんに「私と同じ年に横綱に」とゲキを飛ばされ、21歳の大器は「頑張ります」と顔を引き締めた。【太田尚樹】   



 ロイター 3月30日
<抜粋> モンゴル人力士の強さは遺伝子によるもの 
[東京 29日 ロイター] 来日中のエンフボルド・モンゴル首相は29日に行われた記者会見で、角界でモンゴル出身の朝青龍や白鵬が大活躍していることに対し、その秘密はモンゴルには強い力士の遺伝子が引き継がれていることにあると語った。同首相は26日まで大阪で大相撲春場所を観戦。千秋楽では大関を目指す白鵬と無敵の横綱、朝青龍の二人によるモンゴル勢同士の優勝決定戦が行われ、朝青龍が力の差を見せつけ、16度目の優勝を果たした。29日に行われた場所後の番付編成会議では白鳳の大関昇進も決定し、モンゴル出身の2人目の大関となり朝青龍に続く横綱の座を目指すことになった。この朗報に対し、エンフボルド首相はモンゴルでは弓と乗馬に加えて、相撲が伝統の三大競技とされ、強い力士の血がモンゴル人には流れていると述べた。また同首相は小泉首相とも会談し、相撲話で盛り上がったという   



 朝日 3月30日
<抜粋> 白鵬、目指すは横綱 両親らと喜び分かち合う 
大関昇進が正式に決まった白鵬(21)=本名ムンフバト・ダバジャルガル、モンゴル出身、宮城野部屋。伝達式のあった29日は、師匠やモンゴルから来日中の両親らと喜びを分かち合ったが、これで満足したわけではない。関係者からは「次は横綱」との声が早くも高まっている。

白鵬の記者会見での主な一問一答は次の通り。

――口上に「全身全霊」を入れた思いは。
身も心もすべてかけてという意味。相撲に自分のすべてをささげるという気持ちで入れた。

――入門から5年で大関。どう感じているか。
幕内に上がった時から、頑張ればいけるかなという気持ちはあった。こんなに早くなるとは思っていなかった。

――早く大関になれた理由は。
まず日本語を早く覚えたこと。一番大切なけいこで、最初は親方や先輩が言っていることが分からなかった。日本語を覚えて、分かってくると、相撲も強くなった。次に太らないと勝てないと思って、ご飯をいっぱい食べた。あとは寝ること。寝るのが好きだから。

――新大関の場所は。
気持ちの面でもっと強くなって、もっと大きな相撲を取れば、大関の地位を守れると思う。

――父親がもう一つ上があると言っているが。
父と並んでチャンピオンになりたいという気持ちが強くなっている。   



 3月日
<抜粋> 日目 
  

























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