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外資系経理マンのページ

モスクワ到着

さすがに20年前ともなると、記憶も断片的になる。それに、シベリア鉄道の旅行記で有名な、故宮脇俊三さんの「シベリア鉄道9400キロ」をあらためて読んでも、後半はページ数がうすい。これは思うに、おなじ質量で書き続けることが難しいことの証左ではないかと思う。

それでも、記憶の鮮明な部分をつなぎ書くと、そこそこの量になってくる。それだけ、私にとって大きな経験だったということかもしれない。

閑話休題。

モスクワまでの間に、駅名は失念したが、何度かドキッとすることがあった。それは、15分近くあるので、ホームに面した駅舎をくぐりぬけ、駅前まででてみたことだ。イルクーツクのように町の中心に位置しているわけではないのか、トロリーバスが走っているが、車の量はさほどでもなかった。

そういえば、元TBSの記者だった秋山さんがソユーズに乗って、宇宙に行ったことがあったが、あのとき、NASAはいろんなシステムの上にのっかって宇宙プロジェクトがすすんでいるけど、ソ連は、どこか人の力であげているという感想をもった記憶がある。

人間くささと言おうか。

あえていえば、NASAは新幹線。ソユーズは蒸気機関車といった感じだ。

そんな駅前の風景をたのしみながら、ホームに戻ってみると、列車が動き始めているではないか。こんなシベリアの辺境の地で、一人おいてけぼりをくってはたまらない。幸いにして、動き始めてまもないころだったこともあって、女性車掌に手をとってもらい、なんとか車内におさまることができた。

シベリア鉄道は、発車ベルや合図はないのである。へたをすると、かえってみると、ホームに列車がいないということにもなりかねない。

気が付くとその女車掌、カップラーメンを食べている。三人組が日本からもってきたものを、車掌にプレゼントしたらしい。サモワールであつあつのお湯をいれて、おいしそうに食べていた。

もう一つのドキッは、おなじ列車で北京からのりあわせたW氏。なにげに、おりたった駅で、すこし離れたところで動いていた機関車をカメラにおさめていたら、銃を構えた男が、どこからともなく近付いてきて、

「なにをとっている!カメラをわたせ!」

とW氏によれば、叫んでいたらしい(彼はロシア語ができた)。

しかし、ここでロシア語でも喋ろうものなら、ちょっとこっちへこいと言われるのが山なので、日本語でしか応対をしなかったら、あきらめてどこかへ行ってしまった。

国境でも感じたが、たしかに鉄道は軍事的に重要な施設に相違ないが、衛星でなんでも見通せるときに、素人のカメラで鉄道車両をとったことで、なんの実害があるのだろうか?それは、不思議でなかった。

イルクーツクから4回めの夜。夕ご飯は、モスパックの連中と食堂車でいあわせたら、シャンパンがサービスでふるまわれた。いまにおもえば、その料金はどこかに含まれていたのかもしれないが、それでも、シベリア鉄道での最後の夜というのは、そこそこ感慨をもった。

ただ、シベリア鉄道にはヨーロッパとアジアの境に塔がたっていて、それをみたかったが、いかんせん、その地点の通過が深夜のため、あきらめざるをえなかった。

明け方、列車はもうモスクワまで3時間くらいのところまで来ている。キロポストも3桁だ。薄暗い外をみると、ローカル駅をいくつも通り過ぎる。あきらかに通勤列車の雰囲気の電車をいくつも追い抜いていく。

そして、モスクワ、ヤロスラブリ駅着。

北京モスクワ9000キロの終演であった。

しかし、旅は続く。


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