竹島で捕獲のアシカ肉、肥料に利用されたか 学者「経済的な結び付き裏付けられた」
2021/7/10(土) 10:14配信 山陰中央新報 明治期に竹島(島根県隠岐の島町)で捕獲されたニホンアシカの肉が、肥料として弓ケ浜半島の綿作に使われた可能性が浮上した。日本国際問題研究所(東京都千代田区)が9日、発表した。アシカ肉が肥料に使われたことは知られていたが、具体的な用途は不明だった。油分の多い肉の肥料が綿作に適し、主流のニシン肥料の代わりにしたとみられるという。 アシカ猟をした竹島漁猟合資会社の1911(明治44)年の入出荷帳簿「生産品勘定帳」の写しを調べたところ当時、境港で肥料販売などを手掛けた中村市太郎商店に2トン余りを販売していた。 米子、境港両市にまたがる弓ケ浜半島では当時、綿作が盛んで「伯州綿」と呼ばれ、弓浜絣(がすり)の原料となった。アシカ肉肥料の使用を裏付ける文献は見つかっていないが、境港市教育委員会などへの聞き取り調査から、ニシン肥料の代わりに使われたと推定した。 生産品勘定帳は11年版の写ししか残っていないが、今後の継続調査で弓ケ浜半島以外での流通も明らかになる可能性があるという。 日本国際問題研究所が島根大法文学部の舩杉力修准教授と、島根県竹島問題研究会の升田優委員に依頼して調査した。舩杉准教授は「竹島は経済的に山陰両県と深く結び付いていたことが裏付けられた」と話した。竹島(日本の島へ行こう)