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カーリング漬け

カーリング漬け

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スウェーデン留学?

December 3, 2010
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う~~~今年の11月はさぶいしょんぼり。過去40年で最も寒い11月だそうだ。スウェーデンはすっかり雪景色。

今週はマイナス12度から20度が続いた。晴天になると特に寒いのだ。しかし、この気象はこの4年の経験とあまりに違いすぎる。07, 08年は冬に雪など積もらず、時には小雨まで降るほどのプラス気温となることもあり、高緯度にそぐわず雪が無く、がっかりしたものだ。

ところが昨年は冷え込み、Haga湖を始め、ほとんどの湖が氷結し、スケートを楽しめた。それでも、1月に入ってからのことだった。それなのに今年は11月中旬から大雪になり、以降は例年で言えば1月、2月ころの厳しい冷え込みだ。このまま、1月、2月になったらどこまで寒くなるのだろう?マイナス20度くらいまでは経験ずみだが、それ以上は勘弁して欲しいなあ。まぁ、北海道と同じで家の中は暖かいので助かってはいるが。

今週はエドガー先生とエドワード先生主催の大腸内視鏡セミナーがあった。スウェーデン、エストニア、デンマーク、ノルウェーから参加者が見えられた。日本からは北大、慈恵医大の先生方が招かれ、華麗な技を披露されていた。今回の参加者は皆さん優秀な方揃いで、飲み込みも早くてよかった。

それにしてもエドガー先生の大腸内視鏡学に賭ける情熱は凄い!!2mmの腫瘍性病変をバチバチ見つけて、NBIやフルオロまでやり、パターン研究までやってる先生ってヨーロッパ、アメリカでもまずいないだろう。昔、宣教師が遥か日本まで、死をいとわず布教に来たが、エドガー先生は日本の内視鏡学をヨーロッパに伝える宣教師、伝道師とも言える迫力を感じる。

ビックリしたのが、ダンドリュー病院のエドワード先生が準教授でカロリンスカフッジンゲの外科に就任することになった。以前から、いい労働条件と給料を用意するのでカロリンスカからダンドリューに来いとお誘いいただいていた先生なのだが、義理を優先してしまう私は断り続けていた。しかし、お誘いを受けていたら、どうなっていたことだろう?「君が着てくれないから、僕が行くことにした」なんて笑い飛ばしていたけれど大笑い

この4年でずいぶん、周囲の状況がかわったものだ。エドガー先生はErsta病院へ転勤。自分の城を築いて、水を得た魚のごとく元気一杯に復活。エドワード先生はフッジンゲか。

講演も技術指導も概ね好評でよかった、よかった。






Last updated  December 3, 2010 08:39:43 AM
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November 19, 2010
?gentligen fick jag svensk l?kare legitimation. Jag skulle inte kunna f? det utan hj?lp av mina kollegor, sjuksk?terska, socialstylersen, svensk samh?lle, varma patienter, vackel natur och min familj och gamla kollegor i Hokkaido univ.

Framf?r allt tackar jag Dr Ragnar och Edgar ur djupet av mitt hj?rta. Ni har skrivit rekommendation f?r mig till socialstylersen och alltid st?t mig och min familj.

Sedan tackar jag l?lare i kurs p? svenska. Siv och Ingrid i SFI, Inge i SAS grund, Mona i SASA och Per i SASB. Ni var str?nga men j?tte varma. Det var mycket jobbigt att avsluta SASB inom 2 ar. Jag var d?lig elev, vet jag. Fast?n jag hade haft v?ldiga m?nga laxor och svarat med v?ldiga m?nga fel hade ni alltid korrigerat dem noggrant. Jag vet att det m?ste jobbigt f?r er. Samtidigt l?rde ni ut svenskt samh?lle. Det var mycket inressant och gjorde mig ?lska Sverige. Jag tackar en g?ng till era varma tj?nster.

Nu kan jag ?verleva i Sverige. Det ?r harligt! Jag ?lskar Sverige.

Tack! Tack! Tack!


今日、帰宅してみるとポストにSocialstylersen(スウェーデン厚生省)から書類が届いていた。医師免許だった。昨日、なんとかやっていけるかもと少しの自信を感じた翌日に届くなんてびっくり。気脈が通じているかのようだ(笑)。

まずは、多くのお世話になった方々にお礼を申し上げます。お師匠様、北海道の同僚の皆さま、留学前からスウェーデン語を教えていただいたmasako様、リトバさん。そして、ハラハラしながら支えてくれた父上、母上、とっとと帰ってこいと厳しい励ましをいただいた義父さん、いつも仕送りをしていただいた義母さん、私の愛妻、愛息。私の我がままと思い込みから始まった、この挑戦を支えてくれてありがとうございました。

スウェーデンでは私を招いていただき、Socialstylersenに推薦状を書き、私生活でも多大なサポートを頂いた、エドガー先生、ラグナー準教授にとりわけ感謝申し上げます。さらに、機会を与えていただいたRolf教授、妻を雇用してくれたハンス医局長、突拍子もない私のアイデアを形にしてくれ、研究を後押ししてくれ、その上、論文を添削、共同執筆いただいたピーター準教授、病理のカルロスルビオ教授に感謝いたします。
 
そして、ひどい英語とスウェーデン語を辛抱強く聞いて、支えてくれた看護師さん達、同僚達に感謝します。さらに、言葉のできない私を励ましてくれた多くの暖かいスウェーデン人の患者さん達、言葉を教えてくれた語学学校の教師の皆さん(Siv, Ingid, Inge, Mona, Per)に感謝します。そして、細かくアドバイスを頂いた先達の日本人医師M先生、Y先生に感謝申し上げます。

私の心を毎日癒し、思索、思考させてくれたスウェーデンの偉大な自然に感謝します。

ふりかえれば4年前、一年契約の予定できた留学。運がよいのか悪かったのか、留学直前に職場での組織を巡る非合理制、不誠実な方針転換を中心とした行き詰まりと訴訟機運の高まりの中で警戒しながらの診療に、ほとほと人間不信も高まり、ちょっと疲れ、滅入り、何もしたくなくなっていたころにスウェーデンに渡ることになった。

こういう事もなく、世の中のおかしさに気づくこともなく、普通に仕事のことだけやっておれば、一年で帰っただろう。いまとなっては、このためにお膳立てされていた出来事のように思える。

社会の違い、生活環境の良さ、人々の暖かさ、誠実な政治、社会風土、美しいストックホルムに触れ、全く日本で働く意欲を失ってしまった。給料は研修医扱いで年収200万以下から始まった。でも豊かな教育を受けさせられ、十分な休暇をえられ、医療費不安もない。自分の語学学習も無料。趣味のスポーツも年1万円程度で楽しみ放題。なにより親子で毎日すごせる。送り迎えも一緒。朝ご飯も晩ご飯も一緒。このまま暮らし続けても老後の不安もなし。このような暮らし豊かな社会は大変なショックだった。そして労働者を幸福にしない日本社会の有り様に強い疑問が湧くのも当然だった。親族から、「この年収で働くなんて信じられない!早く帰ってこい!」などとも叱られたが、日本より低収入でも人間らしく心豊に、穏やかに暮らせる生活の方がはるかに幸せを感じてしまった。そういう社会は、みんながおおよそ幸せだから社会がギスギスしていなくて、とても暮らしやすいのだ。お金に換算できない安心感がある。日本しかしらない方には想像のつかない事であろう。

日本の労働者を巡る環境はひどい。医療界でも悪意が渦巻いている。一生懸命に働く、現場に多くの付加産業と余計な産業がぶら下がり、たかられている感じ。医療界だけの問題ではないが、税金が投下される現場にぶら下がる吸血産業が日本は多すぎる。非常に効率の悪い社会なのではないか。仕事していても息苦しかった。

かくして、留学から移住に心が移る。私の我がままを無言で見守っていただいたお師匠様、そして背中を大きく押してくれた関連病院の師匠K先生、その他、間接的にご迷惑をおかけしているであろう、元同僚や後輩達。ただ、ただ感謝申し上げます。

就労証明書をいただきに上がった際にK先生から「いいっしょ、どんどんやってこれば。ダメだったらここに戻って来ればいいんだから。」と罪悪感を感じていた私の背中をドンと押してくれた。専門は違うK先生だが、ふりかえれば人生のターニングポイントではK先生の存在があった。

こうやってふりかえると、私は多くの人々に支えられ、多くの幸運な出会いがあったことに気づく。ありがたいことだ。

そして2年目から、運の良いことに妻も雇ってくれることになった。さすがに年収200万程度ではキチキチだったが、夫婦で働き、400万弱になるとだいぶ余裕が出た。長い休みに家族で旅行をしても、貯金も溜まり、日本への旅費も捻出できるようになった。スウェーデンは労働者の暮らしにおけるコストパフォーマンスが大変良い。

そして2年間、午前だけ働き、午後はスウェーデン語という生活が続く。ここで出会った多くのイラン、イラク人、アフガン人、ソマリアを初めとしたアフリカ人達との出会いは得難い経験だった。彼らの悲劇や不条理な人生に比べたら自分の苦労や悩みなんて「へ」みたいなもんだと思った。彼らは日本を尊敬し、親愛の情を強く抱いていることも初めて知った。それなのに日本政府やマスコミのやっていることは。。。orz 尊敬され続ける日本でいてくれよ。

留学の始まりの祭に社会への疑問と不信が強く芽生えていたので、当然、スウェーデンと日本社会、政治を比べていくことになる。そして政権交替を望んだが、現在のていたらく。有権者を裏切って恥じない人間があんなにたくさんいたとは絶句するしかない。自身の不明を恥じるとともに、日本の暗い未来を憂う。そして思うに、日本政治が良くなるには日本に住んでいる人が頑張らなければ良くならない。それはもはや、遠く離れた当地でどれだけ憂おうと当事者が覚醒しなくてはどうしようも良くならない。

一方でますます、当地での仕事と信頼が増して、やるべき本来の仕事も増えてきた。そしてついに医師免許を取得し、もはや、お客さんではなくなる。一年前から考えていたことだが、医師免許を取得し、区切りがついたらブログをやめようと思っていた。そして、近頃、その時間も取りづらくなりました。本日をもって、ブログ「カーリング漬け」は終了します。

これまで、ご愛読いただき、ご意見や励ましをいただいた多くの方々に御礼申し上げます。オノマさん、パリさん、志村さん、wagon3rdさん、skytemaさん、かつおくん、nomadさん、あんころ仮面さん、ped母さん、kikuさん、vanさん、satoさん、その他ネトウヨさん(笑)、官僚さん大変ありがとうございました(お名前が漏れた方ごめんなさい)。ブログを通じて新しい出会い、意見交換は大変楽しうございました。教えていただいたことも多かった。感謝申し上げます。

皆さまのご多幸をお祈り致します。
医師免許






Last updated  November 27, 2010 07:06:54 AM
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November 18, 2010
ランチレクチャーでスウェーデン語で講義をしてみた。今までは英語だったのだが、初挑戦。

このごろ、英語よりもスウェーデン語の方がでてきやすい。

理解はしてくれたらしく、大好評だった。

内容は日本の消化器病学で積み上げられたことが中心なので、先達に感謝感謝である。

将来もなんとかやって行けそうな気がしてきたぞ。






Last updated  November 18, 2010 07:34:09 AM
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October 16, 2010
昨日、Dr.ビヨルクが「君に感謝状がきてたよ。糖尿病で足を切断し、心臓パイパス術の既往があった方で、いくつもポリープがあり、君に世話になった男性の奥さんから。あの患者さん、亡くなったんだ。」と感謝状を手渡してくれた。

スウェーデンでいただいた初めての感謝状。その手紙には患者さんのフレンチホルンを抱えた在りし日の写真が添えてあった。あぁ、あの患者さんだったか。とようやく思い出した。

初めての出会いをブログに記載していた、思いで深い患者さんだった。クリスマス明けの血の池地獄

この方の腸は陥凹型のたちの悪いポリープができやすく、2007年に概ね取られたはずだったのだが、翌年、私のところに回ってきた時に15mmのsm浸潤癌を見つけ、どうしようも取れなくて、手術を勧めた方だった。しかし、ハイリスクということで手術が見送られたと聞いたのが最後だった。

Suneさんは王立楽団のフレンチホルン吹きだったのだ。ホルン部門のリーダーを長年務められていた。

奥さまの手紙には多大な感謝と未だ癒えない心痛がつづられ、胸を打たれた。感激して、全文を翻訳してみたが、もう一度見直し、詳細は自分の胸にのみやきつけることにした。

特に感激したのはSuneさんの闘病姿だった。

お手紙より、抜粋

===============================
彼は求められたことをやろうと頑張りました。いつも、「私はチームの一員としてやらなくてはならない。」と申しておりました。

皆さまにお知りいただきたいのが、彼はいつも全てを受け止め、皆さまと一緒になにがしかの良い方向へ前進できるのだと信じておりました。
================================

Suneさんは人生に与えられた使命という物を感じていたのかもしれない。自分が闘病生活を医療従事者と共に分かち合うことで、死という物を超越し、チームとして、進歩が得られる。自分の死を超えて、なにか良き物が残るとかんじられていたのではないだろうか。

患者さんは手のかかる、社会のやっかいものではない。生き様を通じて、家族に、友人に、医療従事者に医療のことはもとより、生き方や人生を教えてくれ、多くの無形な財産を与えてくれる。その周囲に与えられた経験は必ず活かされ、次の社会の進歩につながり、志は生き続けるのだ。私はそう信じる。

悲しみと戦う奥さまに天国からホルンの音色が届きますように。

私にもスウェーデンでの仕事の自信を与えて下さったSuneさん、ありがとう。ご冥福をお祈りします。 

Suneさんの訃報を伝えた新聞 

Hagaの紅葉Hagaの紅葉






Last updated  October 17, 2010 04:22:29 AM
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October 6, 2010
おめでとうございます。鈴木章先生。

このストックホルムで母校の先生をお迎えできるのは大変な喜びです。
おいでになられるかはわかりませんが、ストックホルムで先生のお姿を拝見できますことを楽しみにしております。
おかげさまで、Kalorinskaで働く私達は鼻高々です。スウェーデン人の同僚達が皆、先生の快挙を私達のことのようにお祝いしてくれております。こんな幸せなことはありません。

Boys be ambitious!  ですよね!






Last updated  October 7, 2010 04:20:38 AM
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October 1, 2010
昨日は妻の誕生日だった。もう数えるのをやめた、何度めかの誕生日。ここで、こうしてのんびりと充実したスウェーデンライフを送れるのは妻のおかげである。海外生活は妻の理解と協力が無ければ続けられない。感謝、感謝。

で、今の気持ちをスウェーデン語で書いておくね。スウェーデン語特有のスウェーディッシュa, o, uは楽天ブログでつかえないので、上のチョンチョン(ウムラウト)は*で代用します。実名は乗せないので、スウェーデン人の名前を借りましょう。

A**lskade Viktoria. Jag a**r sa* stolt o**ver det vi a**r tillsammans.

Jag a**r sa* lycklig fo**r att nu vara din man.

Jag kommer att go**ra allt jag na*gonsin kan fo**r att du ska fo**rbli sa* lycklig som du a**r idag.

Viktoria, sto**rst av allt a**r ka**rleken. Jag a**lskar dig sa*.

意味は?   ひゃー恥ずかしい。。  今年、スウェーデンで最も熱いカップルのダンナさんダニエルが新婦に贈った言葉をもじらせてもらいました。

アツアツ過ぎて訳すのもはばかられるが、せっかくなのでご紹介。以下は上記の私がもじった文の訳。

「愛するビクトリア。僕は一緒にいられて誇らしい。
僕はあなたの夫であることが、とても幸せです。
僕は君が今日と同じようにずーっと、とても幸せでいられるように全力をつくそう。
ビクトリア、この愛はなによりも大きい。僕はそれほどあなたを愛してます。」


ダニエルさんは王位継承者の王女ビクトリアと結婚されました。日本でもご成婚式典が報道されたと思います。そのダニエルさんがビクトリアにあてた披露宴でのスピーチ原文です。

A**lskade Viktoria. Jag a**r sa* stolt o**ver det vi har tillsammans.

Jag a**r sa* lycklig fo**r att nu fa* vara din man.

Jag kommer att go**ra allt jag na*gonsin kan fo**r att du ska fo**rbli sa* lycklig som du a**r idag.

Viktoria, sto**rst av allt a**r ka**rleken. Jag a**lskar dig sa*.

「愛するビクトリア。僕は一緒になり誇らしい。
僕はあなたの夫となれ、とても幸せです。
僕は君が今日と同じようにずーっと、とても幸せでいられるように全力をつくそう。
ビクトリア、この愛はなによりも大きい。僕はそれほどあなたを愛してます。」

なかなか、スピーチでこんなことは言えませんよね。ぽっ

ちなみに、この時、グスタフ王が王女にこっそり書いたメッセージが人々の気持ちをつかみました。

「私はあなたの父親です。あなたは私の愛しい娘です。私の何よりの願いはあなたの喜びと幸せを見ることです。それ以外の何がありましょう。」

私はこの普通のお父さんのような王のメッセージにけっこう、感激してしまったのでした。






Last updated  October 2, 2010 05:06:17 AM
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September 10, 2010
今日は児童虐待の取り扱いについて講義。

スウェーデンには両親の法がある。中でも両親の暴力を禁じているこの法律は、学校でも職場でも、事がある度に強調される。外国人の多い国なので、体罰を禁じていない国からの住民も多いからだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
両親規約 Foraldrabalken, FB6 kap1

子どもは養育、安全、そして良い教育を受ける権利がある。

子どもは個々の人間として尊重し、育てられなくてはならない。

子どもに体罰やあらゆる暴力を与えてはならない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

日本人は簡単に子どもを叩きすぎると思う。体罰を美風と勘違いしている伝統も残る。体罰と虐待は境界不明瞭で、表裏一体なのだ。

体罰を与えることは大人自身の未熟さを表しているように思う。

児童虐待は、初めのうちは小さい体罰による”しつけ”から始まる。それが虐待死への初めの一歩だ。

日本でもあらゆる体罰を禁止すべきだと思う。






Last updated  September 10, 2010 11:46:17 PM
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August 3, 2010
ストックホルムの小中学生対象に夏休みを郊外で過ごす企画がストックホルムにはある。学校ではないのだが、しいて例えれば林間学校のようなものか。

その名もBarnenso**子どもの島という子ども専用サマースクールがストックホルム郊外のnorrtaljeの東側海岸にある。パンフレットを見ると人里離れた海や森に囲まれた地域で、カヌーやトランポリン、ハンモック、サッカー、演劇、ミニサーカス体験、樹上アスレチックなど楽しむ子ども達の写真でいっぱい。

スウェーデンの子ども達は8週間の夏休みがある。その間、働いている親のために子どもを預けるサマーハウスとして始まったらしい。

感心するのは親の収入に応じて値段が違う。例え、裕福でなくとも子ども達は参加しやすいように設定されている。ちなみに、我が家は1週間で2万円程度だった。

まさに、私が子どもにさせたい体験だったのだが、9歳の息子はスウェーデン語ができない。それなのにどうしても行くという。Koloという企画なのだが、申し込み前には2度ほど説明会があり、スタッフは英語ができるから、ちょっと子ども同士のコミニュケーションがさびしいかもしれないけど、きっとどうにかなるだろうと思いきって申し込んでみた。

7月10日から17日の一週間、9歳から13歳の子ども達が海辺にKolo strandに参加した。そこではkoloリーダーと呼ばれる20-30台のスタッフ達が様々な遊びを企画し、掃除や生活の指導も少しだけはいる。

息子は楽天的だったのだが、親は申し込んでみたものの、いじめられやしないか、孤立してないか、怪我してないかなど懸念がよぎって、どうにもいまひとつ落ち着かない、息子のいない初めの2日だった。

妻は意外に鷹揚で、「あら、しずかでのんびりできていいわね」と涼しい顔をしていたが。息子の楽天的な所は妻に似たのだろう。

短時間の見学は許されているので、思いきって見に行ってみた。

バーネンスエー子どもの島の地図。たくさんのサマーハウスが林立している。9歳から16歳頃までが対象。
P7210008.jpg

見学に行くとKoloリーダーの一人が親切に案内してくれ、息子の生活ぶりを教えてくれ、大丈夫と安心させてくれた。

森に囲まれた海辺の宿舎。ぼろいでしょ?裸電球が昔懐かしい。ナント築100年。Koloの歴史は古く、古い伝統はそのまま受けつがれているのだ。期間中、携帯電話、ゲームは持ち込み禁止。
宿舎

この宿舎の前のテーブルで毎日、三食ご飯をいただいたそうだ。息子に会うと、「あれ?何で来たの?」とつれない返事。楽しくて、全然、困ってなかったそうだ。タフなやつ。

それでも、遊んでる友達から離れて、コロのリーダーと一緒に周辺を案内してくれた。

森に囲まれた庭で、トランポリンや卓球大会もあったようだ。
コロの庭

海岸。目の前に島がある。夜に島へ渡り、キャンプもしたらしい。カヤックにのったり、泳いだり。。。いいなぁ。お父さんも参加したい。
海岸

海の家。
海岸の小屋

まさに三丁目の夕日に出てくるような世界。少年、少女達が森の中で朝から夜中まで、遊びまくるための一週間だったようだ。ちょうど、50年前のKoloの様子が新聞にのっていたのだが、ほとんど同じだった。

息子は私の子ども時代と同じように外を駆け回り、同世代の友達、お兄さん、お姉さん達と遊び、たいそう楽しかったようだ。

スウェーデンの家庭、国は子育ての中で、こういう自然の中で友達や家族と遊ぶという事を大変に重要視していると思う。自然を学び、コミニケーションを学び、情操教育を大事にするのが小学生の教育で最も大事にされているように思う。

心配したコミニュケーションの方も子ども達の多くが英語をまずまず話せたので、息子的には問題なかったようだ。上級生もずいぶん面倒見てくれたようだ。言葉のできない息子にも不自由させず、遊んでくれ、助けてくれたスウェーデンの子ども達。なんて愛らしい。

ほんと、スウェーデンは素敵で愛らしい国なんだよなぁ。日々、愛着が増すばかりだ。

帰りのバスが到着したとき、真っ黒に日焼けした笑顔いっぱいで手を振ってくれた。

お帰り。ちょっと感激した。

今度は家族と夏休み。エーゲ海と白亜の崖で温泉につかってくるのだ。






Last updated  August 3, 2010 08:43:45 AM
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July 27, 2010
たまには仕事のことでも書こうかな。

先週、流暢に英語を話す若い患者さんの検査(CF)をした。スウェーデン人はもとより、ヨーロッパ人の話す英語はそれなりに母国語なまりがあるのだが、彼の場合はそんなこともなく、てっきり英米のどちらかのご出身かと思ったらフィンランド人だった。

彼はフィンランド人だが、スウェーデン語を話すフィンランド人なのだ。フィンランドの母国語はフィンランド語が主流なのだが、15%前後ほどスウェーデン語を母国語にしているフィンランド人がいる。

で、どこで流暢な英語を手に入れたか尋ねた。

「高校卒業後、カナダにいったんだよ。フィンランドの英語学校は無料だからちょっと競争率が高いんだ。それだったら、カナダとかアメリカならお金さえ出せば入れる所はたくさんあるから。」

「そうか、スウェーデンやフィンランドはそういう事情があるもんね。」

ちなみにスウェーデンで英語を無料で習いにいくのは今のところ、さほど難しくない。フィンランドはスウェーデンより経済事情が厳しそうに思えた。

患者さん「カナダは住むにもよいところだよ。人間はいいし、自然はたっぷりあるし。社会も北欧とよく似て社民的で生きやすいのさ。」

私「そうか、その手があったか。いや、息子を留学させるのにどこにしようか考えていたんだけどね。英語を学ばせるのにスウェーデン、アメリカ、イギリス、オーストラリアとかいろいろ考えていたんだけど、アメリカはいかせたくないんだよね。ちょっと社会的に問題が多いでしょ?英語のほかに、良い社会を作っている国を見せたいんだよね。」

患者「そうそう、戦争ばっかりやってるしね。外でも戦争、中でも戦争さ。生活も厳しいしね。そりゃ、アメリカ人に尋ねればみんなうわべはVery good countryなんて答えるけど、一つだけ条件があるだろ?金がなけりゃ、あそこは最悪だよ。」

私「そうだよね、金があれば、ワンダフルだけどね。。。こないだイタリアで出会ったカナダ人達はみんな親切だったよ。たくさんの人が息子にカーリングのピンバッジをくれて、全部で30個ももらったさ。きーめた。息子を留学させるならカナダにしよう。ウィンク

Det ar ett bra ide! That is a good idea.






Last updated  July 27, 2010 05:36:59 AM
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July 23, 2010
スウェーデンは夏休み真っ盛り。6月20日前後の夏至祭を過ぎたら夏休み。

みーんな3週間とか4週間とか平気で夏休みを取る。おかげで、ストックホルム市内の交通量も激減。

ちなみに、夏休み中はバスの本数も減るほどだ。

夏休みをあけた同僚、看護婦さん達もちらほら復帰してきた。みんな茶色に日焼けしている。白人も日焼けするのだなぁ、と毎年、同じように感心する。

だいたい、スウェーデン人の夏休みの過ごし方は、ちょっとリッチならギリシャやトルコに長期バカンス。面倒くさければ自分の別荘でのんびり、読書や釣りなどしながらぼーっと4週間も過ごす。

休みがあると、いろんなことが思想できる。大事な事だと思う。

どうしてスウェーデンよりリッチな日本でこの生活がかなわないか、素朴に疑問に思う。みんなで休めば全然恐くないはずだ。

日本は置いてけぼり恐怖症なのだと思う。

先月からアメリカで研究してきた中堅医師(女医)が同僚に加わった。なんで、アメリカに就職しなかったの?ずっと給料いいのに。

アメリカには私の生活ができないと思ったの。一週間で100時間もはたらくのよ。人生なんかないわ。すごいリッチじゃなくても、生きてくのに十分なお金と自分の人生の方がずっと大事だと思ったの。

私がスウェーデンで暮らす理由はここにある。お金と仕事に振り回される人生はどこか悲しい。

スウェーデンに暮らす人々は人生を謳歌している。謳歌できる快適な社会はのだ。






Last updated  July 23, 2010 07:12:40 AM
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