岳南メンネルコールblog

2006/11/02(木)22:58

JR東海は人命をなんだと考えているのか

徒然なるままに(1974)

バルサンであぶり出された為、いつもより早めに帰途に。 品川駅を午後8時30分発のこだま号の1号車に乗ろうと、 20分も前から並んで待っていたのですが、満席です。 更に、「30人31脚」と書かれたフラッグを先頭に、 小学生の団体が通路を塞いでいたのです。 ガッカリしながら通路に張りついていたのですが、 今日は三連休の前で乗客がとっても多い。 無理だとおもったところから、10人位押し込められた。 それで品川駅を遅れて発車したのだが、悲劇は次の駅で。 その小学生の団体は次の新横浜で降りるのだった。 ホームに「30人30脚ナントカ様」の旗を持った人が立っている。 ギュウギュウになるまで車両の中央に押し込められていた その小学生の団体が出てくるのに時間が掛かること。 当然、出発時間は過ぎているの次々降りてくる。 私を含めて数人の乗客は通路確保のためホームに。 小学生の団体が降りきったところで、乗り込み始めた のだが、私の後ろで叫び声があがった。 なんと、ドアが閉められて挟まったしまったのだ。 とっくに発車時間を過ぎているに焦った駅員が、 よく見もせずに出発の合図を送ったらしい。 これは恐怖です。 もし動き出したら緊急停止ボタンを押そうと思いました。 それくらい長い間挟まっていたのです。 どうやらリカバリイに時間を取られたのか、 数分遅れて新横浜駅を発車しました。 小学生の団体が降りても、同数の大人が乗り込んだので 更にギュウギュウ詰めになっていました。 客室乗務員が人をかき分けて先頭車両に。 当然その乗客は猛抗議していましたが、 顔もろくすっぽ合わせずに運転席に逃げ込み、 三島駅まで出てきませんでした。 その乗客がケガしているかどうかも確認しなかったのですよ。 何を考えているのか。 三島駅で、その客室乗務員はホームを経由して後部車両に。 まだ先頭車両の通路にいた被害者と顔も合わせずに。 確か新幹線の最初の人身事故は三島駅だったと思います。 乗り遅れた高校生がドアに挟まったまま発車したと記憶しています。 まったく何も改善されていないのですね。 人命軽視も甚だしい。

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