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Novel

これからの人生
        


 母親の墓の前で、遼は呆然と佇んでいた。母親は遼にとってたった一人の家族だった。父親は遼が小さい時に死んだと母親から聞かされていた。肩を震わせ涙を堪えている遼に、一緒に参列していた近所の人達が声をかけてきた。 
「遼ちゃん、これからどうするんだい?よかったらうちに来ないか」
 遼が驚いてその人の方を向いた。
 「そうしなよ。うちはこの人と二人きりだから。遼ちゃん一人ぐらい面倒を見てあげられるよ」
 「可哀相に。どうしてこんなに良い子がこんなめに合うんだろうね」
 遼の母親は、運悪く飲酒運転で暴走してきた車に跳ねられて命を落としたのだ。
 「ありがとう。でも……」
 そう言いながら俯く遼に、周りにいた人達もそれがいい、それなら安心だと口々に言った。遼は、母親思いの優しい子だと近所でも評判である。いつも明るく、誰にでも好かれる性格をしていた。それ故に身寄りのいなくなった遼をなんとかしてやりたいと思っていた。本当はみんなが其々に遼と一緒に暮らしたいと考えていたのだ。 遼は返事に困っていた。みんなの気持ちは遼にとって嬉しいものだったが、迷惑をかけたくないと思っていた。それに中学を卒業したら働こうと思っていたのだ。




 遼がみんなに連れられて帰ってくると、アパートの前で品の良さそうな男が近づいてきて中に入ろうとした遼に声をかけてきた。  
 「真田遼様ですね」
 狭い部屋の真ん中で、さっきの男と遼がテーブルを挟んで向かい合って座っている。
 「俺が羽柴家の人間?」
 突然遼を尋ねてきた男は羽柴家に仕えるものだと名乗り、遼は二年前に亡くなった羽柴源一郎の息子だと告げたのだ。羽柴家といえば、日本でも有数の大富豪である。 
 遼はもちろん周りにいた人達は、男の言葉に驚いた。
 「はい。この間、亡き源一郎様の後を継がれた当麻様の弟に当たられます」
 「俺が、羽柴当麻さんの弟?俺はそんなこと何も聞いてない。何かの間違いじゃないんですか?」
 「いいえ、遼様は確かに、源一郎様と、遼様のお母様との間に出来たお子様です」
 男は当麻が遼と話がしたいと言ってるからと、遼を迎えに来たのだ。当麻に会ってみることにした遼は、迎えの車に乗り込み羽柴邸に向かった。
 当麻は、遼がこちらに向かっているとの報告を受けていた。当麻は遼を弟と認めるつもりはない。当麻が遼の存在を知ったのは父が倒れた時だった。自分に変わって遼達母子を捜してほしいと父に頼まれたのだ。父は最後まで、遼母子が辛いめにあっていないかと心配していたのだ。父は息を引き取る間際に、遼達を捜しだして見守ってやってほしいと当麻に頼んだのだ。いくら父の頼みでも遼を捜すつもりは全くなかった。父親と自分の母親以外の女との間にできた子供なんて、兄弟とは決して認めてやらないと思ったのだ。
 しかし、自分は認めたくなくても、遼が血の繋がった弟であるというのは事実だ。どんな奴なのか興味を持ち一度会ってみたいと思い、遼を捜していたのだ。 





 遼の乗った車は豪邸の前で止まった。車を降りた遼はそのあまりの大きさに目を見張った。自分は本当にこの家の人間なのだろうか。ここに来るべきではなかったのではないかと思い始めていた。
 「遼様、ようこそお越し下さいました。当麻様がお待ちかねでございます。さあこちらへどうぞ」
 玄関に入ると老婦人が遼をにこやかに出迎え、遼を部屋まで案内するとここで待つように行った。遼が礼を言うと老婦人は一礼をして出て行った。
 一人残された遼は部屋を見渡した。壁には一枚の写真が掛けられていた。遼がその写真に見入ってるといきなり声が掛けられた。
 「それは俺達の親父だ」
 遼は声に驚いて振り返った。人が入ってきたことに全く気付かなかったのだ。
そこには自分より少し年上だろうかと思われる少年が立っていた。
 「遼だな」
 頷いて見つめてくる遼を当麻も見つめ返した。遼の顔にはまだ幼さが残っている。当麻より三つ年下なのだがそれより下に見える。当麻を見つめる遼の黒い瞳は青みがかっていて、吸いこまれそうな程透き通っていた。当麻はひとめ見て遼を気に入ってしまった。
 「俺が羽柴当麻だ。お前の兄にあたる」
 当麻は優しく遼に話し掛け手を差し出した。
 「なぜ今頃になって、お前が羽柴家の人間だといってきたのかと言いたいんだろ」
 おずおずと当麻の差し出した手を握ってくる遼に問い掛けた。
 「はい。本当に俺は、あなたの弟なんですか」
 「そうだ。まあこっちにきて座れよ」
 遼は当麻に勧められるままにソファに腰掛けた。
 「お前の母親は、お前に親父のことは何も話さなかったのか」
 「はい。小さい頃から父さんは病気で死んだと聞かされていました。だから、今日初めて俺が当麻さんの弟だって聞かされて驚きました。まさか」
 「まさか、先の羽柴家の総帥が父親だとは思わなかったというのだな」
 当麻の言葉に遼は頷いた。当麻の話によると、父源一郎は当麻の母である最愛の妻を亡くして落胆している時に、遼の母に出会い慰められたというのだ。
遼の母に会う度に妻を亡くした哀しみが癒され心が休まるのを感じ、だんだんと惹かれていくようになり、遼の母を後妻にと望んだ。しかし遼の母は自分は、身分も違うし羽柴家には相応しくないからとそれを拒んだ。それに当麻の母が亡くなって間がないのに自分が今その後に治まるわけにはいかないと。 
 「それからまもなくお前の母親は父の前から姿を消した。おそらく、もうお前が母親のお腹の中にいたのだろう」 
 「俺が母のお腹にいたことを母は黙っていたのですね」 
 遼の母親はお腹の中に彼の子がいることを黙っていた。自分とお腹の中の子供のことで、彼と当麻との間に溝ができるかもしれないと恐れてのことだが、そのことを当麻はもちろん知るはずもない。
 「ああ。それから父はお前の母親を捜し続けた。捜しているうちにお前の存在を知り、お前がつらい思いをしていないかとそればかりを気にしていた。父
が倒れてからは俺が引き継いでお前達を捜していた。そしてやっとお前を見付けた」
 遼はじっと当麻の話を聞いていた。初めて聞かされた事実に遼は戸惑いを隠せないでいたが、当麻の瞳から視線を逸らす事無く聞いていた。
 「遼、これがその調査の報告書だ。これでお前が本当に羽柴の血を引いていることがわかっただろう」
 当麻に差し出された報告書に目を通して頷いた。それには遼は確かに、羽柴源一郎の息子であると記されていた。報告書をじっと見つめる遼の手が震えていた。
 「この人が俺の父さんだったなんて。ずっと母さんのこと捜し続けて…俺のことも心配してくれていたのに…」
 報告書を置くと遼は俯いてしまった。泣いているのか遼の顔からポタポタと涙が流れ落ちている。 
 遼が落ち着いてきたのを見ると、遼の母親のことについて尋ねた。遼がどんな環境で育ってきたのか知りたかったのだ。遼は尋ねられるままに、一生懸命に答えていた。
 当麻はだんだんと遼に惹かれていくのを感じていた。
 「遼、これからどうするつもりなんだ」
 一番気になることを聞いてみた。何となく想像はつくのだが、聞かずに入られない。
 「中学を卒業したらどこかで働くつもりです。周りの人達が高校位行けと言ってくれてますけど、あまり迷惑を掛けたくないので」
 やはり思った通りの答えだった。そう答える遼の瞳は輝いていた。
 「母にばかり苦労は掛けられないから、もともと働きながら夜間高校に通うつもりでした」
 遼は誰にも頼らず、自分の力だけで生きていこうとしているのだ。遼の表情からはそんな決意がうかがわれた。遼ならばどんな困難にも立ち向かっていくことができるだろうが、当麻は遼を気に入ってしまい、側においてできるだけのことをしてやりたいと思っていた。 
 「遼高校に行く意志があるのなら行けばいい。今からでも遅くはないだろう。心配なら俺が勉強を見てやる」
 「でも迷惑じゃ…」
 「俺は迷惑だと思うことを自分から言ったりはしない。どうだ、明日からこの家にこないか」
 当麻の言葉に、遼は驚いてまじまじと当麻の顔を見た。
 「そんなに驚くことはないだろう。遼は俺の弟なんだ。一緒に暮らしてもおかしくはないだろう。それとも俺とこの家で暮らすのは嫌か」
 「そんなことはありません。後半年で卒業だから、今更転校なんてしたくないし、俺みんなと一緒に卒業したいんです。それに…母の側に居てあげたいんです」
 最後の一言が遼の本音だろう。遼は母と暮らした、思い出がいっぱいある土地を離れたくないのだ。
 「それでも、中学を卒業したら俺と一緒に暮らしてほしい。これは父に言われたからではなく、俺が遼と一緒に暮らしたいんだ」
 「でも、俺ここでの暮らしに馴染めそうにないし、今更俺が当麻さんの弟だと言ってここに住んで、羽柴家の親戚の人達と揉めたりするといけないから」
 「そんなこと遼が心配することないさ。俺が遼を守ってやる。だから一緒に暮らそう」
 当麻は必死になって遼を説得していた。何故こんなに遼に惹かれるのか自分でも不思議に思っていた。
 遼も困った顔をして当麻を見ていた。遼も当麻とは一緒に暮らしたいと思っている。これが普通の家庭なら問題はないのだが、こんな豪邸で大勢の使用人に囲まれて暮らすのは自分には合わないと思っているのだ。
 なかなか首を縦に振らない遼に当麻は仕方ないとため息をついた。
 「わかったよ。今日はもう言わない。だが俺が会いたいと言えば会ってくれるだろう」
 「喜んで」
 遼は笑顔で答えた。それに当麻もにっこり笑って、夕食を一緒に食べようと言った。夕食を食べながらも色々な話をし、遼の中学卒業後の進路について話し合った。遼は高校に進学することになり、現在当麻の通っている学校に通うことにした。その学校は伝統のある名門校で、幼稚園から大学まである総合学園になっておりレベルも高い。当麻は学園始まって以来の優秀な成績を修めて
いた。
 「遼なら心配いらないさ。受験勉強は俺が見てやる」
 「でも当麻さんだって大学受験でしょ。そりゃぁ学校でトップの成績を誇っている当麻さんが失敗するとは思えませんけど」
 「まあな。あそこは余程のことがない限り上にあげてもらえるんだ」
 翌週から週に一度当麻が遼の勉強を見ることになり、この日はそれで別れた。





 遼の中学の卒業式の日。卒業式を終えて、教室に戻った遼たちは担任から祝福の言葉を受け、卒業証書を受け取って解散した。遼は仲の良かった友人達と教室を出た。
 「遼も都会に行っちゃうんだよな。最初はここから通うって言ってたのに」
 「ごめんな」
 「こんな田舎からじゃ通うのも大変だもんな。しかし真田までいなくなるとは、ほんと寂しくなるよな」
 最初は遼もここから通うつもりでいた。冬休みは当麻のもとで過ごしたが、毎日のように山の中から通うのは大変だとか色々と理由を付けては説得されつづけ、当麻の粘りに敗けてしまったのだ。
 中学を卒業すると都心の高校に進み、通うのが大変だからとこの町を出て寮に入ったり、下宿するものが多くいるのだ。
 「お兄さんと暮らすんだってな」
 遼は少し寂しそうに頷いた。小学校の時からみんな一緒に過ごしてきたのだ。
別れるのは寂しい。
 「すごい金持ちなんだろ。なんだか遼が遠い世界へ行ってしまうような気がして寂しいよ」
 友人達の言葉に遼は微笑ってそんなことはないと否定した。みんなで遊びに来いよと誘う遼にみんなは安心し、思い出話に花を咲かせながら校門まで歩いて行った。 校門まで来ると向かい側に赤いスポーツカーが止めてあり、側に当麻が立っていた。当麻は遼を見付けると近付いてきた。
 「遼、卒業おめでとう」
 自分を見つめたまま呆然としている遼に車に乗るように促すと、遼は我に返り友人達を振り返った。
 「当麻さんが迎えにきてくれたから、悪いけどこれで。みんな元気でな」
 「時々は帰って来いよな」
 「ああ。その時は連絡入れるよ」
 遼が助手席に乗ったのを確かめると、当麻は車を発進させた。
 「どうしてここに?」
 「お前を迎えに来たんだ。いけなかったか」
 車を運転しながら、心配そうに問う当麻に慌てて首を振った。
 「そんなことない。でも忙しいのにわざわざ俺の為に?」
 「お前が気にすることない。俺がこうしたいと思っただけなんだから」
 笑いながら遼の頭をくしゃりと撫でてやると、遼も安心したように笑った。
当麻が忙しくあちこち飛び回り、こんな所に来られるような状態ではないことを知っているので、重荷に感じてしまったのだ。
 「ありがとう兄さん。迎えに来てくれてとても嬉しかった」
 遼は極上の笑顔を向けて言った。当麻は幸せそうに笑う遼を見て絶対に遼の笑顔を曇らせないと心に誓った。
『父さん、遼は俺が守ってみせる。』
 親戚達の遼への風当たりが強いだろう。遼もそれは覚悟している。当麻と一緒ならば、どんなに辛く当たられても堪えられるだろう。自分は独りではないのだから。


                               END


ここまで読んでくださってありがとうございます。たいした話ではないに、
長々と書いてしまったような・・・(笑)
もうかなり前に書いた話なので恥ずかしいです。修正したかったのですが、内容が変わってしまいそうなうえに、さらに長くなってしまいそうだったので止めました。
いつかこっそりと修正していたりして・・・。

星村麻智拝



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