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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の「まみだより」

2010.04.16
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カテゴリ:禅の風1982年第3号

秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。

禅の風」第3号 禅の人間像=第三回 種田山頭火

           泥酔の俳聖

文・大山澄太  版画・秋山巌

先日の57頁に引き続き、58頁をご紹介します。

 酔うて こうろぎと 寝てゐたよ        山頭火

この句碑が、今、伊予の大きい青石に刻まれている。生誕百年を記念して、山頭火が酒造業に失敗破産し、熊本へ逃げて行ったそのあとの酒造を、現在まで受けつづけている防府市大道の大林重義さんが、自宅の入口に建立することにし、十月十一日の山頭火忌当日、除幕することになっている。

「澄太君、のんた。日向の山村の秋だったよ、大きな草葺きの農家の軒下で、般若心経をとなえていた。お経が半分あまりすんだ頃、背の高い、白髪のばあさんが、大きな壺をかかえて出て来た。お経が終ると、“あんたこれいけるか?” と来た。芋焼酎がぷんぷん匂うてくるではないか、うんと堪えてこの鉄鉢を差出すと、ばあさんはにこにこ笑いながら、五合ばかり注いでくれた。わしはのんた、四、五日恵まれていなかったので、そこに立ったまま、鉢を傾けて、二息でぐいぐいやった。
 そこまでは覚えちょるが、・・・・・気がついてみると、稲を刈ったあとの田の畝に寝ころんでいた、まだ新しい筵の下でのんた。そしてこうろぎがしきりに鳴いているではないか、しかも陽が高く昇っているではないか。

 酔うて こうろぎと 寝てゐたよ

と一句浮かんで来た。そこへあのばあさんが杖をついてやって来た。昨夜は、うちへ連れて来て寝て貰おうかとも思ったが、あんまりよく眠りこんでござるので、筵だけをかけておきましたぞと言うてくれた、あの芋焼酎の味は忘れられないよ」

と言った言葉がしきりに思い出されるこの頃である。私は現在その遺鉢を保存しているのであるが、約七合弱は入る。鉢の底辺には大小のでこぼこがついている。これは凍てた掌から、石の上に落とした時の古傷なのである。私はある日、鉢を包む黄色の布にこんなことを書きつけた。

     銘

米、銭をいただき
酒を注がれ
時には霰に打たれ
すべてを法雨とした
山頭火の鉢よ
                      澄太 印

山口県小郡の其中庵に笠をぬぎ杖をとどめてからの「其中日記」を開いてみると「酒に関する覚書」なるものが、あちこちに出てくる。

「酒は目的意識的に飲んではならない。
酔は自然発生的でなければならない。
酔うことは飲むことの結果であるが、いいかえれば、飲むことは酔うことの原因であるが、酔うことが、飲むことの目的であってはならない。
何物をも酒に代えて悔いることのない人が酒徒である。
求むるところなくして酒に遊ぶ、これを酒仙とという。
悠然として山を観る、悠然として酒を味わう。悠然として生死を明らめるのである」

覚え書きと言うよりも、私は堂々たる信条のように思う。山頭火はこの信条によると、酒徒であった。酒仙にまでたどりつきたい願いはあったようであるが、それは道遠い彼であったと私は思う。若し彼が、悠然として生死を明らめる心境に辿りついていたならば、金剛経の『応に住するところを無くして、面もその心を生ずべし』と悟った筈だ。

「澄太君、君のように一合か一合半をちびりちびりのんで、ほろほろ楽しめるとよいがのんた。わしはその

 ほろほろ が ぽろぽろ となり
 ぽろぽろ が ごろごろ となり
 ごろごろ が どろどろ となり

時には警察の留置場で、ぐうぐう大いびきをかく山頭火だよ」

と言ったことも忘れがたい。


米画像の木版画は「秋の雲」です。

つづきはまた。 

 

 







最終更新日  2012.09.16 20:37:40
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