秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。
写真は、秋山巌「風は海から」1989年
風は海から吹きぬける葱坊主 山頭火
昭和14年4月20日 伊良湖崎(いらござき、伊良湖岬に同じ)を訪れた山頭火。
以下、山頭火 旅日記より
四月二十日 曇――雨。
早々出発、伊良湖崎へ、――二里。
若葉のうつくしさ、雀のしたしさ。
街はづれの潮音寺境内に杜国の墓があつた、芭蕉翁らの句碑もあつた、なつかしかつた。
沿道は木立が多い、豌豆の産地である、家はみな相当の大きさで防風林をめぐらしてゐる。
伊良湖明神はありがたかつた、閑静なのが何よりだ、御手洗は汲上井戸だがわるくなかつた、磯丸霊神社とあるのもうれしかつた、芭蕉句碑もあつた、例の句――鷹一つが刻んであつた。
岬の景観はすばらしい、句作どころぢやない、我れ人の小ささを痛感するだけだ!
なまめかしい女の群に出逢つたのは意外だつた、芭蕉翁は鷹を見つけてうれしがつたけれど、私は鳶に啼かれてさびしがる外なかつた。
易者さんですか、俳諧師ですよ!
――砲声爆音がたえない、風、波、――時勢を感じる、――非常時日本である。
今日は道すがら、生きてゐてよかつたとも思ひ、また、生き伸びる切なさをも考へた。
岬おこし、磯丸糖、――芭蕉飴などはいかが!
伊良湖から日出、堀切、小塩津、和地と歩いた、豌豆の外に花を作つている、金盞花が多かつた、養鶏も盛んである。
途中からバスに乗つて、赤羽根といふ漁村のM屋に地下足袋をぬいだ(昨夜の吉良屋老人に教へられた通りに)、予想したよりも、さびしい寒村であつた、宿も何だか変な宿だつたが、それでもアルコールのおかげで、ぐつたり寝た。
――たうとう雨になつた。
伊良湖の荒磯で貝穀を拾ひ若布を拾うたことは忘れられない。
穂麦まつすぐな道が伊良湖へ
鳶啼くや花ぐもり明るうなる
・風が出て来てからたちの芽や花や
道しるべやつと読める花がちるちる
松のみどりの山のむかうの波音
・とんびしきりに鳴いて舞ふいらござき
・風は海から吹きぬける葱坊主
芽吹いて白く花のよな一枝を
・岩鼻ひとり吹きとばされまいぞ
(伊良湖岬)
吹きまくる風のなか咲いてむらさき
潮騒の椿ぽとぽと
・波音の墓のひそかにも
・風のてふてふいつ消えた
波音のたえずして一人(赤羽根の宿)
花ぐもり砂ほこり立てていつてしまつた
――(或る日或る時)――
・麦に穂が出るふるさとへいそぐ
伊良湖岬
荒磯ちぎれ若布を噛みしめる
風吹きつのる汽車はゆきちがふ
・若葉へ看板塗りかへてビールあります