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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の「まみだより」

全45件 (45件中 1-10件目)

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2022.05.17
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

秋山巌「豆の皮むく」1990年

人をそしる心をすて豆の皮むく 放哉

神戸市須磨区「須磨寺太子堂」堂守時代の句。

須磨寺には

こんなよい月を一人で見て寝る 放哉

の句碑があります。






最終更新日  2022.05.19 15:05:45
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2022.04.01
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。


山頭火ふるさと館の館報に、企画展開催の感謝をこめて寄稿しました。




ほとんどの方がご覧になれないと思いますので、

原稿のまま載せておきます。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆寄稿

【拝啓 山頭火さま 秋山巌原画展開催に感謝して】

はじめまして。
版画家 秋山巌の長女、町田珠実と申します。
このたびは、秋山巌生誕一〇〇年記念として
山頭火ふるさと館での企画展ありがとうございました。

父が、旅先で【草木塔】と出会ったのは一九七一年、
五十歳の時です。まだ小学生だった私は、山頭火に魅せられ
のめり込み、足跡を辿り版画に表現するために
取材旅行をしていた父を覚えていませんでした。

今回の企画展で、防府での秋山巌を知る事が出来、
とても嬉しく思うと同時に、山頭火さまが繋ぐ
ご縁の広がりと深遠さに感激致しました。

原画展での作品は、父が亡くなる二年前の二〇一二年
山頭火生誕一三〇年の時に寄贈したものが中心でした。

その時の、護国寺橋本隆通ご住職に宛てた手紙が展示されていて、
「ふり返ってみると、防府へもよくお邪魔して浴びるほど
痛飲した若い日々を思い出します。・・・」と書かれ、
「皆さんともお逢いしたいですが、よろしくお伝え下さいませ」
と結ばれていました。

当時、療養中の父から電話を貰い、父の代わりに
会場に駆けつけたのを思い出します。

・分け入っても分け入っても青い山
・やまのふかさはみな芽吹く
・この道しかない春の雪ふる

同じ句で、さまざまな構図の原画、
作品に合わせた山頭火さまの短冊など、
限られたスペースに、よく考えて工夫された
展示の様子は、山頭火ふるさと館の皆様の
山頭火愛をひしひしと感じました。

山頭火がライフワークとなった父は、
八歳の時に母を亡くしています。
十歳の時に母を亡くした山頭火と、より深く
通じる想いがあったのではないかと、
作品を通して感じます。

企画展にご来場下さった方々からも、
なかなか見ることが出来ない原画がとても興味深く
面白かったと、感想いただきました。

トークショーでご一緒した護国寺橋本ご住職に
秋山巌の山頭火シリーズが全国に広がるきっかけとなった
曹洞宗ポスター「生死の中の雪ふりしきる」の
実物を見せていただきました。



この作品は、岩手県遠野の雪山で、
吹雪の中あやうく遭難しそうになった時の
実体験がきっかけで創作されました。

山頭火句、一つ一つに向き合い創作された作品を
秋山巌生誕一〇〇年の昨年から、山頭火生誕一四〇年の
今年、山頭火ふるさと館にて展示・ご紹介出来ました事
心より感謝いたします。
ご来場下さった皆様、展示にご協力いただいた皆様、
ありがとうございました。








最終更新日  2022.04.10 18:04:31
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2022.02.04
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。


冬雨の石階をのぼるサンタマリヤ 山頭火

秋山巌の木版画「サンタマリア」1992年

山頭火 行乞記 昭和7年2月4日の日記より

二月四日 曇、雨、長崎見物、今夜も十返花居で。……

夜は句会、敦之、朝雄二句来会、ほんたうに親しみのある句会だつた、散会は十二時近くなり、それからまだ話したり書いたりして、ぐつすり眠つた、よい一日よい一夜だつた。
友へのたよりに、――長崎よいとこ、まことによいところであります、ことにおなじ道をゆくもののありがたさ、あたゝかい友に案内されて、長崎のよいところばかりを味はゝせていたゞいてをります、今日は唐寺を巡拝して、そしてまた天主堂に礼拝しました、あすは山へ海へ、等々、私には過ぎたモテナシであります、ブルプロを越えた生活とでもいひませうか。――
   
     長崎の句として

・ならんであるくに石だゝみすべるほどの雨(途上)
  (だん/″\すべるやうな危険を持つてきた!)
  
・冬曇の大釜の罅(崇福寺)
  
・寺から寺へ蔦かづら(寺町)
  
・逢うてチヤンポン食べきれない(十返花君に)
  
・すつかり剥げて布袋は笑ひつゞけてゐる(福済寺)
  
・冬雨の石階をのぼるサンタマリヤ(大浦天主堂)






最終更新日  2022.02.04 00:00:20
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2021.07.29
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

ふるさとの水をのみ水をあび 山頭火

秋山巌「ふるさとの水」1986年

昭和8年7月29日
山頭火の生家近くを流れる佐波川で詠んだ句です。

山頭火 行乞記 山口より 昭和8年7月29日の日記です。

七月廿九日

曇、六時から行乞、ずゐぶん暑い、流れに汗を洗ふ、山がちかく蝉がつよく、片隅の幸福とでもいふべきものを味ふ。

今日の道はよかつた、山百合、もう女郎花が咲いてゐる、にい/\蝉、老鶯、水音がたえない、佐波川はなつかしかつた。

あの無限者のうちへはおいでなさい、なか/\の善根家で、たくさんくれますよと教へて下さつた深切な人もあつた。河鹿がそこらでかすかに鳴いてくれてゐた。

労れて、四時すぎには小古祖の宿屋で特に木賃で泊めて貰つた、おばあさん一人のきれい好きで、まことによい宿だつた。

同宿四人、みんな愚劣な人ばかりだつた(現代の悪弊だけを持つて天真を失つてゐる)。

今日の所得は銭二十銭と米四升。
行程七里。
河野屋の木賃は三十銭。
夕食(ちくわ一皿、ぢやがいも一皿、沢庵漬)うるかをよばれた。
朝食(味噌汁、漬物)

宿の前にある水は自慢の水だけあつてうまかつた、つめたすぎないで、何ともいへない味はひがあつた、むろん二度も三度も腹いつぱい飲んだ。

△どこへいつても、どんなをんなでも(一部の老人と田草取とをのぞけば)アツパツパを着てゐる、簡単服、家庭服として悪くはないが、どうぞヅロース一番せられよ(天声子の語を借る)。

・楮にこんにやくが青葉に青葉
 ふるさとのながれや河鹿また鳴いてくれる
・ふるさとの水をのみ水をあび
・長い橋それをわたればふるさとの街で
・おばあさんはひとりものでつんばくろ四羽
・つゆのつゆくさのはなひらく
・水音のよいここでけふは早泊り
 炎天、蟻が大きな獲物をはこぶ
・炎天の鴉の啼きさわぐなり
 石にとまつて蝉よ鳴くか
・山の青さへつくりざかやの店が閉めてある
・そこから青田のほんによい湯加減
・おそい飯たべてゐる夕月が出た
・暮れてまだ働らいてゐる夕月
 ぐつすり寝て覚めて青い山
 よい寝覚のよい水音
 炎天のした蚯蚓はのたうちまはるばかり
・ことわられたが青楓の大きな日かげ
・けふはプラタナスの広い葉かげで昼寝
 岩水に口づけて腹いつぱいのすずしさ
・ふるさとのながれにそうて去るや炎天
・逢ひたいが逢へない伯母の家が青葉がくれ
・ふるさとは暑苦しい墓だけは残つてゐる
・ふるさとや尾花いちめんそよいではゐれど
 笹にもたれて河原朝顔の咲いてゆらいで
・はるかに夕立雲がふるさとの空



防府駅前の山頭火像台座に刻まれているのがこの句です。
次の記事でご紹介します。






最終更新日  2021.07.29 16:14:30
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2021.07.19
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

水音のたえずして御仏とあり 山頭火

秋山巌「水音のどこまでも」1978年

昭和11年7月19日 永平寺

みちのくの旅に出た山頭火は、
鶴岡ではめを外して大散財をし、
秋兎死(和田光利)氏に支払いを押しつけて、
逃げ出してしまいます。

参考:秋兎死氏の回想
山頭火 みちのくまで その2 和田光利

昭和11年7月19日の山頭火 旅日記より

 七月十九日 晴。

未明散歩。
山鳩、水声、人語。

鶴岡――仙台。

  秋兎死君に
これがおわかれのガザの花か
秋兎死うたうてガザ咲いておくのほそみち
あふたりわかれたりさみだるる
はてしなくさみだるる空がみちのく

  平泉
ここまで来しを水飲んで去る
水音とほくちかくおのれをあゆます
水底の雲もみちのくの空のさみだれ
こゝろむなしくあらうみのよせてはかへす
あてもない旅の袂草こんなにたまり
みんなかへる家はあるゆふべのゆきき
さみだるる旅もをはりの足を洗ふ
梅雨空の荒海の憂欝
その手の下にいのちさみしい虫として

  永平寺
てふてふひらひらいらかをこえた
水音のたえずして御仏とあり
山のしづかさへしづかなる雨
法堂あけはなつあけはなたれてゐる
何もかも夢のよな合歓の花さいて
わかれて砂丘の足あとをふむ
島が島に天の川たかく船が船に
ゆう凪の蟹もそれ/″\穴を持つ
今日の足音いちはやく橋をわたりくる

  竹原 生野島
萩とすすきとあを/\として十分
すずしく風は萩の若葉をそよがせてそして
そよかぜの草の葉からてふてふうまれて出た
  無坪兄に
手が顔が遠ざかる白い点となつて
旅もをはりのこゝの涼しい籐椅子
死にそこなうて山は青くて

  螻子君に
朝風すずしくおもふことなくかぼちやの花
朝の海のゆう/\として出船の船
ヱンヂンは正しくまはりつゝ、朝
ほんにはだかはすずしいひとり

 七月十九日(続)

老鶯しきりに啼く、島の平和。
島もうるさいね、人間のゐるところ、そこは葛藤のあるところ。
昼寝の夢はどんなであつたらう!

水音の
こゝろのふるさと
波がしろくくだけては
けふも暮れゆく
待てば海路のよか船があつた、紫丸に乗せてもらうて竹原へもどることが出来た。

夕凪の内海はほんにうつくしい。
一期一会、いつも、いつも一期の会。
夜は螻子居の家庭をうらやみつゝ寝てしまつた。







最終更新日  2021.07.27 13:54:42
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2021.06.14
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義妹、町田久美子の逝去のお知らせです。

町田久美子は、昨日の2021年6月13日未明に救急搬送され
病院で最善を尽くしていただきましたが、意識を回復することなく、
クモ膜下出血により
2021年6月13日 午後2時38分 享年52歳で亡くなりました。

今年の3月には、通信教育で日本福祉大学 医療•福祉マネージメント学科を卒業し、
まだまだこれからやりたい事もあったと思います。
ウルリッヒ型筋ジストロフィーという難病でありながら、
彼女なりに精一杯生き、やり抜けたのではないかと思います。

今までお世話になった皆様、大変感謝申し上げます。
また、故人の交友関係がわかっておりませんので、
ご連絡が出来ずご迷惑をおかけするかもしれません。

なお、コロナ禍でもありますので、
通夜・告別式は近親者のみで行います。
お悔やみ・供花は受け付けておりますので、
下記の葬祭会場までお願い致します。

町田久美子
通夜 6月15日(火)18時~
告別式6月16日(水)11時30分~
会場:​​ベルコシティホール尼崎​
   兵庫県尼崎市大西町3-19-10
   06-6429-4444


久美子ちゃんの事は、以前にも記事に書きました。
⇒​​医療的ケア、喀痰吸引を教わりました​。

本人の書いたプロフィールを転載しておきます。

【町田 久美子】 プロフィール

生後まもなく発育状態が遅いのを指摘され、後に「ウルリッヒ病(Ullrich型先天性筋ジストロフィー)」と診断される。

その後、地元の普通高校卒業後、佛教大学(通信教育課程)に進むものの、その後風邪をこじらせ入院。精密検査の結果、「呼吸不全であと1ヶ月の生命」との宣告を受け、気管切開。人工呼吸器をつける事となったため、やむなく中退し、以後8年間の療養生活を送る。

療養期間中は創作活動への道を見出し、詩人(町田久美子)として自費出版詩集を3冊、シンセシスト(=シンセサイザー奏者、KUMIKO)として自費出版CDを1枚、それぞれ制作販売。主に大阪・兵庫での活動を中心にコンサートの企画・演奏も手がける中、1997年にはシンガーソングライター・西岡恭蔵氏や、芸術家・嶋本昭三氏と共演。
(創作活動については2000年より一時休止中)

2002年より自立生活を開始。ヘルパー制度利用開始。
2004年より、某介護事業所に事務職として在宅就労。
2006年、退職後「株式会社はぁとふる」を設立し、代表取締役に就任。同時に介護事業所 「はぁとふるケアーサービス」を設立し、管理者に就任。

現在、「人工呼吸器および24時間介護が必要な障害当事者」のひとりとして、主に地元での障害福祉活動に力を入れている。
活動内容(2019年現在)

・障害者人権擁護センター尼崎 副代表(2003年~)
・医療的ケアを必要とする障害者の会・尼崎(メディカルケア・尼崎) 代表(2012年~)
・尼崎市内障害者関連団体連絡会 会員(2005年~)

(過去の活動内容)
・尼崎市肢体障害者福祉協会 役員
・尼崎市身体障害者連盟福祉協会 役員
・NPO法人障害者情報ネットワーク尼崎 役員
・NPO法人尼崎障害者センター 役員
取得資格など

・ピア・カウンセラー
(全国自立生活センター協議会(2002年)、一般社団法人日本筋ジストロフィー協会(2005年)より認定)
・JADP認定メンタル心理カウンセラー資格(2010年)
・TCカラーセラピスト(2010年)
・カバラ数秘術 プラクティショナー(2010年)
・福祉住環境コーディネーター3級(2002年)など


2021年6月13日 午後2時38分 逝去
来月7月の誕生日で、51歳でした。






最終更新日  2021.06.14 20:42:45
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2021.06.04
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

秋山巌「ふくろうは唄う」1999年

フクロウはうたふ、ボロキテホウコウ!

山頭火 昭和8年6月4日の日記より


 六月四日

昨夜は興に乗じて焼酎を飲みすぎたので胃の工合はよくないけれど、ぐつすりと眠れたので気分は軽い。
行程六里、厚狭行乞。

山に陽が落ちてから黎々火居へ落ちつく、心からの歓迎をうけた、ありがたかつた。
近来にないうまい酒うまい飯であつた。
ずゐぶんたくさん水を飲んだ。
 
 飲みすぎの胃袋が梅雨ちかい空
 おべんとうひろげるまうへから陽がさす
・水もさつきのわいてあふれる
 女房に死なれて子を負うて暑い旅
 若竹がこまやかなかげをつくつてゐた

   黎々火居二句
 夜もふけた松があつて蘭の花
 盛花がおちてゐるコクトオ詩抄
  
   本日の所得
米 一升一合
銭 五十六銭

フクロウはうたふ、ボロキテホウコウ!







最終更新日  2021.06.04 14:20:27
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2021.06.03
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

松風松蝉の合唱すゞし 山頭火 昭和8年6月3日の句

秋山巌の木版画「合唱すずしく」1993年

(作品画像の良いのがなくてごめんなさい)


昭和8年6月3日、山頭火は北九州への旅へ出立。

行乞記より


北九州行乞
行乞記


 六月三日 (北九州行乞)

一年ぶりに北九州を歩きまはるべく出立した、明けたばかりの天地はすが/\しかつた、靄のふかい空、それがだん/\晴れて雲のない空となつた、私は大股に歩調正しく歩いていつた。
嘉川を過ぎると峠になる、山色水声すべてがうつくしい、暑さも眠さも忘れて、心ゆくばかり自然を鑑賞しつゝ自己を忘却した。

十一時すぎて船木着、三時まで行乞、泊つて食べるだけの物資をめぐまれて、かしわやといふ安宿に泊つたが、申分のない宿だつた、おかずもよろしいし、御飯もたつぷりあつた、風呂もわいてゐたし水もよかつた、蒲団もきれいで相客までが好人物ぞろひだつた、これで、木賃料三十銭とは!
こゝろよく酔うて話がはづんだ。

 山ふところの花の白さに蜂がゐる
 松風松蝉の合唱すゞし
 こゝがすゞしい墓場に寝ころぶ
   
   河の向岸は遊廓、家も女も
   田園情趣ゆたか

・水をへだてゝをなごやの灯がまたゝきだした
 をとこがをなごに螢とぶ水

  今日の行乞所得
米 一升三合
銭 三十八銭
落葉石のおもひで(周陽時代)







最終更新日  2021.06.03 18:15:57
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2021.01.19
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秋山巌の小さな美術館 ​ギャラリーMami​ の町田珠実です。

ノエビア銀座ギャラリーさんよりご案内が届いておりますのでご紹介します。

戦前のJAPANツーリズム
美しい日本へようこそ

2021年1月12日(火)~3月19日(金)

時間:午前9時~午後5時30分

会場:​ノエビア銀座ギャラリー
主催:株式会社ノエビア
協力:木屋ギャラリー 入場無料

1911年頃、シベリア鉄道との連絡により南満州鉄道が国際線化し、日本に外国人観光客が訪れるようになります。1930年、鉄道省に国際観光局が創設され、観光ポスターやグラフ雑誌などを通じて、「美しい日本」をアピールし、外国人を積極的に誘致しました。1930年代中頃には、外国人観光客は4万人を超えたといいます。本展では、当時のポスターや貴重な資料を展示し、戦前のツーリズムを振り返ります。

以上DMより

コロナ禍 注意事項ご確認の上ご覧ください。







最終更新日  2021.01.19 14:46:34
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2020.09.23
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秋山巌の小さな美術館 ​ギャラリーMami​ の町田珠実です。

逗子市にお住まいの Y さんより、昭和63年(1988年)千葉県の佐倉市にあった「ブックマートさくら」での写真が届きました。

当時は、書店で個展と著作のサイン会など、春陽堂の荒井さんが一緒に廻ってよく開催していたので、その一つだと思います。

少し前にお電話いただき、貴重な写真だからと、わざわざ送って下さいました。

Y さんは、当時千葉県で開業医をされていたそうです。
とても凜々しいですね!

添えられたお手紙には、戦後、台湾から引き揚げて、長崎の浦上で育ったと書かれていました。
九州大学医学部卒だそうですが、戦後の浦上の様子など、少しだけ電話でお話をうかがいました。

32年前、ご縁をありがとうございます。







最終更新日  2020.09.23 21:00:55
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