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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の「まみだより」

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大切な人達

2018.03.26
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カテゴリ:大切な人達



エマ・ゴンザレスさん、6分20秒のスピーチ!

'Six minutes and twenty seconds': Emma Gonzalez delivers speech at Washington march

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

フロリダの銃乱射事件の生存者、エマ・ゴンザレスさん
6分20秒のスピーチの中、4分強に込めた【沈黙】が刺さったので記録しておきます。

『6分と20秒。この6分強の間に、私の17人の友達は目の前から消え、約15人が負傷し、そして全員--本当にダグラス高校の全員--は、永遠に変わってしまった。

そこにいたみんなは知っていた。

(銃のトラブルに)巻き込まれたことのある人なら、誰だって銃の暴力についての知識はある。

でも私達は、灼けるような太陽の午後に、長く悲しい惨劇の時間を過ごすなんてことは、全然知らなかった。

誰もが、何が起こったのかを理解できなかった。


誰も、身元不明遺体が1日以上校舎に放置されるようなことが起きるなんて信じられなかった。


非常事態が周知された頃、姿の見えなくなった友人が既に息絶えていたなんて、誰も知らなかった。


惨劇の第2波が来るのではないか、どこまで脅威が拡大するのか、事態が何処へ向かうのか、それらを把握することなんて誰にも出来なかった。


状況を受け入れられないでいる人にのためにそこで何が起きていたのか伝えよう。そこではまさに「死」が起きていた。(six feet in the groundは死ぬことの比喩表現)

6分20秒間のAR15によって、私が友達のカルメンのピアノの練習の愚痴を聞くことはもう二度となくなった。


アーロン・フェイスはキラを「ミスサンシャイン」と呼ぶことはもう二度とない。
アレックス・シャッカーが兄のライアンと一緒に学校に通うことはもう二度とない。
スコット・ベイゲルがキャンプでキャメロンと冗談を言うことはもう二度とない。
ヘレナ・ラムゼイがマックスと一緒に放課後に遊ぶことはもう二度とない。

ジーナ・モンタルトが友人のリアムに「昼ごはんこっちで食べよう!」と手を振ることは二度とない。
ホアキン・オリバーがサムやディランとバスケットボールをする日はもう二度とこない。


アライナ・ペティーも二度と帰ってこない。
キャラ・ラグランも二度と帰ってこない。
クリス・へクソンも二度と帰ってこない。
ルーク・ホイヤーも二度と帰ってこない。
マーティン・デュケー・アンギアノも二度と帰ってこない。
ピーター・ワンも二度と帰ってこない。
アリッサ・アルバダーフも二度と帰ってこない。
ジェイミー・グッテンバーグも二度と帰ってこない。
メドウ・ポリックも二度と帰ってこない。

(およそ4分の沈黙)

私が登壇してから6分20秒が経った。
この後、犯人は射撃を止め、ライフルを捨て、生徒の群れに潜んで一緒になって逃げ、そして逮捕の瞬間まで1時間も自由に歩き回った。

誰かに任せるより前に、あなたの命のために闘え。


以上。
和訳は​こちら​から転載させていただきました。







最終更新日  2018.03.26 20:02:46
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2016.08.09
カテゴリ:大切な人達


秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

お盆になりますね。私も久しぶりに帰省します。

写真は、2011年9月に、福島県の天栄村で療養中のナミさんを訪ねた時のものです。元同僚のお友達、根本っちゃんが持って来た桃が大きくて重たくて、ほらっていうナミさん。

11日(木・祝)に、気になっていたナミさんのお墓参りに行こうかと思います。午後になると思いますが、都合がつく方いらしたら、ご一緒に。

ナミさんは、昨年、サンフランシスコ時間の5月5日11:00pm(日本時間の6日3:00pm)、パロアルトのご自宅にて、永眠されました。

その時の記事「訃報 ナミさんこと小南奈美子さん、ありがとうございました!

スタッフの岨野さんが、「ナミさんのページ」でお墓のご案内をしてくれているので、転載させていただきます。

・・・以下転載・・・

この度、アメリカで分骨していただいて、持ち帰りましたナミさんのご遺骨を、東京のお墓に納骨いたしました。港区の三田にあります三田霊廟という霊園です。どなたでも年中無休でお参りしていただけるところです。どうぞ、下記の案内をご参照の上、お気軽にお参りにいらしてください。

ご案内

ナミさんのお墓は、港区の三田にあります、三田霊廟 の1階左側「浄菩提」にあります。
年中無休で、10:00~19:00にお参りしていただけます。
            
お参りの手順
1、 受付で「小南 奈美子さんのお墓にお参りしたい」とお伝えお名前をご記入ください。
2、 1階の左側「浄菩提」の部屋へ行きます。
3、 厨子(ずし)が指定番号の参拝ブースに運ばれます。
4、 お参りが終わりましたら、右下の白い「終了ボタン」を押して退出してください。

*駐車スペースはありますが、台数が限られますので、なるべく公共の交通機関でいらしてください。
*1回のお参りは、なるべく5人以下でお願いたします。
*他のお参りの方がいらっしゃるので、館内では静粛にお願いします。
*お供えのお花、お供物はお参りの間のみお供えして、後はお持ち帰りください。


ご不明な点などございましたら、岨野(その)までお問い合わせください。
   問い合わせ先:kiyomisono3☆gmail.com(☆を@に)
        

ナミさんのアメリカのお墓のご案内
Fernwood Cemetery
301 Tennessee Valley Rd
Mill Valley CA 94941

*サンフランシスコからゴールデンゲートブリッジを渡ってすぐの地域になります。
*墓地のナミさんのお墓までは、行き方が複雑で地図もありませんので、いらっしゃる際には、上記、岨野(その)までご連絡いただけましたら、くわしく説明させていただきます。
 
       NPO法人エクストラオーディナリーラーニング
                       岨野(その)

・・・転載ここまで・・・

そこにいないとわかっていても、会いに行きたくなります。







最終更新日  2016.08.09 18:55:22
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2015.11.26
カテゴリ:大切な人達

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。


9月の「奄美・九州の旅」から早二ヶ月。
訪問記も、もろもろご提案してきた件も、一旦脇に置いて、夫の実家の事を優先してやっております。
 
先週末は、10月の記事「近況など。。。」 に書いた、筋ジストロフィーの義妹の所に行ってきました。義妹は気管切開し人工呼吸器を使っているので、痰の吸引はかかせません。

万が一の事を考えて、私も吸引を教えてもらう事にしました。
土曜日に、義父が吸引の流れを教えてくれて、月曜日に、訪問看護の看護師さんに指導してもらい、その後、ベテランヘルパーさんが吸引するのを勉強させてもらいました。

夫には見慣れた光景だし、吸引も出来るのですが、私は人工呼吸器を見るだけでも緊張しちゃいます。

これが義妹の呼吸器。
 
rblog-20151126152503-00.jpg

 


まだまだ、実際に吸引は出来ないので、ペットボトルの気管で教わっている所。


rblog-20151126152503-01.jpg

 人工呼吸器を外して、吸引のチューブを準備するまでの手順も大変に感じました。

rblog-20151126152503-02.jpg

 これから読んで、基本的な事を理解して行こうと思いますが、気になる事はネットで調べながら読んでいるので、なかなか進みません。厚労省の「障害者福祉」のページだとか、内閣府の「障害者施策」のページだとか、とても興味深く読んでいます。もちろん、吸引関連の具体的な例だとかも、家事の合間にちょこちょこ調べているのです。


3年前、仙台から避難移住してきた時には、想像もしていなかった事ですが、実父、秋山巌は直腸癌でオストメイトだったし、夫は左大腿切断の義足ですから、障がい者は身近な存在です。最初にいろいろ調べるのも、当たり前の事ですよね。


今、一番困っているのは、夜間の介護者が見つからないことです。高齢の義父が、いつまでもつか・・・と心配なので、私も一通り教わっておこうとなったわけですが、この週末はものすごく疲れました。

ベテランヘルパーさんのお仕事を見て、まったく、尊敬と感謝でした。匠の技とも言えるような吸引♪

NHK首都圏で放送された『たん吸引”ヘルパー 法改正で深まる患者の苦悩』・・・夫の実家は、まさにこの状態です。


そんなわけで、命に関わることから優先しておりますので、不義理をお許し下さい。

★HPからのご注文は、滞りなく承っておりますが、HPの更新作業は遅れていて申し訳ございません。







最終更新日  2015.11.29 22:28:37
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2015.08.15
カテゴリ:大切な人達
rblog-20150815231303-00.jpg
 
 秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

今日は、大東亜戦争から敗戦後70年。
私が読んでいる当時の雑誌には、みな『大東亜戦争』です。
被害も加害も、それぞれの戦争をただ聞いておきたいと思っています。
 
 
毎年、都合のついた日に、夫の町田家お墓参りをしています。
今年は12日(水)にお参りしました。
 
阪神淡路大震災で倒れた墓石は、ちょっと欠けていますが、丁寧に掃除をして、ご挨拶してきました。
 
お寺の息子さんと夫は同級生。ご住職にはじめてお目にかかりました。「墓石があっついんですよ」とおっしゃるので触ってみたら、ほんとにあっつい!
 
お墓参りの帰りに、夫の実家に寄って報告だけしてきたのですが、まだ残っている夫の荷物を片付けてくれ~という指令が出たので、翌13日(木)に、タンスや古~いPC周辺機器、大量のコミックをやっつけてきました。
 
コミックは、ブックオフで6千円弱になりましたので、みんな美味しいものに化けました。
 
 
昨年、義母が脳梗塞で倒れ、命に別状はないものの、左半身に麻痺に残り車いす生活になりました。
義母は長いこと、筋ジストロフィーの義妹のサポートをしていたのですが、倒れてからは、義父が代わりにサポートに入るようになりました。
 
義妹は、自分で介護事務所を立ち上げ、自分に派遣するという頑張り屋さんで、人工呼吸器をつけてなお自立していました。が、介護の現場はどんどん厳しくなり、義母も倒れてしまったので、実家のリフォームやら受け入れ体制が整ったら、戻って来る予定だそうです。
 
そんなふうに大変なのがわかっているので、近くてもおまり顔を出すのはご遠慮していたのですが、義母も元気そうなので、今日、退院祝いとご両親のお誕生日と、とにかくまとめてお祝いしましょうと、中華料理を食べに連れて行って来ました。
 
夫のご両親とこんなにゆっくりしたのは、私達が結婚した10年前に、相馬まで来てくれて、松島を案内して食事をして以来だと思います。
 
食事の後、もう、車で出歩くこともなかなか無いだろうからと、義母の出身校や、義父の子どもの頃住んでいた西宮津門のあたりなど、尼崎&西宮の旅をしてきました。

このあたりの空襲にもちょっと詳しくなったので、道すがら、義父にいろいろ教えてもらって、聞いたのが、「うちは防空壕3mも掘ったんだよ」というお話し。そのぐらい掘ると、地下水もしみ出てくるから大変だったそうです。
 
やっぱり、今しか聞けないから、多少は勉強して聞かないとだめですね。
 
今年のお盆は町田家の親孝行で充実でした。
 
 
そうそう、秋山家のほうは、新盆もつつがなくお供えして、良い知らせも届きましたから、またご報告致します。
 
 
 
 







最終更新日  2015.08.16 00:40:43
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2015.05.07
カテゴリ:大切な人達
 
秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

動画は、2013年8月3日ナミさん講演会(90分を17分に抜粋編集)です。いつでも会えるように貼りました。

今朝、ナミさんこと小南奈美子(Nami Kominami)さんの訃報が届きました。
 
実は、一昨日5月5日の夜に突然、私のフェイスブックにメッセージが入ってびっくりしたのです。その内容は、誰かと間違えたかのような、短い単語と「いいね!」のスタンプでした。
 
昨日、ナミさんと親しい方にご連絡して、何かあったら知らせてくれるようお願いして、今朝、お知らせいただきました。
 
もう、全力で泣いています。

ナミさんとの出会いは、1990年。当時は「フォーラム」と言っていたセミナーです。そのセミナーをリードしていたのがナミさんで、私は参加者でした。

そして、ボランティアからスタッフとなり、1993年に寿退社するまで丸三年、モーレツに仕事に取り組んでいました。
 
 
本当に短い期間だったけど、その後の人生は大きく変わりました。
 
「ナミさんと出会っていなかったら・・・」 という人が、世界中にいます。
 
自分が自分でなくなりそうな時には、ナミさんに会いに行きました。
 
離婚した時、再婚のご報告、そして、3.11大震災&原発事故の後。
 
 
2011年5月28日、東京にいたナミさんに会いに行きました。大病され、細くなった腕で抱きしめて下さり、私はどれほど解放されたかしれません。
 
その時の写真がこちらです。
 
ナミさんと珠実


全く、赤子のように泣きじゃくって。。。

 
日々の出来事や人間関係に、正直にまっすぐ向き合う事が、私のセミナーであり学びだと思っているから、ナミさんのプログラムに参加する事はほとんどなかったけど、一緒に仕事をした3年間は、私の宝です。
 
 
<小南奈美子>で画像検索すれば、素敵なナミさんのお写真が沢山出て来ます。ナミさんのフェイスブックにも、笑顔のナミさんがいっぱいです。
 
 
ナミさん、ありがとうございました。
 
これからも、ずっと一緒にいます。
 
 
 
 
※ナミさんのフェイスブック Nami Kominami
 

2015年7月19日 追記  下記、ご案内がありましたので紹介します。

私は参加出来ませんが、ご縁の皆様へ

NPO法人エクストラオーディナリーラーニングからのお知らせ

日本のトランスフォーメーションに貢献をした ナミさんが逝かれてから、2ヶ月が経とうとしています。 共に貢献してくださった皆様とナミさんを承認する機会を 以下の通り企画いたしました。
皆さまお誘い合わせてのおいでをお待ちしております。


Appreciation For Nami 

Appreciation/アプリシエーション・・・真価(を認める)・好意的な評価・繊細な慧眼・何かの本質、意味、質または、大きさを理解する。感謝の態度を表明すること。

ナミさんと共にあった皆様ご自身とナミさんを承認、完了し 次の創作のための機会です。

日時
2015年10月3日(土)14:00~19:00  
開催時間中、随時、何名様でもおいでいただけます。

場所
東銀座 カフェ・ジュリエ
〒104-0061 東京都中央区銀座5-13-16 東銀座三井ビル1F アクセス 地下鉄東銀座駅徒歩1分 TEL 03-3543-3151 FAX 03-3543-3152 http://www.julliet.jp/

参加費
ナミさんとお会いするスペースは入場無料(事前申込不要
カフェスペースにて、皆さんとお話をされる方は、3000円/1名 (お飲物 アルコール 軽食 ナミさんの新しい本が付きます。)
*プレゼント、お香典の類は固くお断りいたします。
* カフェスペースご利用予定の方のみ、イベントの参加 するの欄にチェックをお願いいたします。
*ドレスコードはございませんので、お気軽な服装でいらしてください。

このイベントに関するお問い合わせは、 NPO法人エクストラオーディナリーラーニング、スタッフ岨野(その)まで、 直接メール〈kiyomisono3@gmail.com〉にてお願いいたします。

 







最終更新日  2015.07.19 15:46:21
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2014.05.08
カテゴリ:大切な人達

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。


会った事はないのだけれど、生まれたときから知っている貴方へ。

1987年(昭和62年)残暑見舞いが最初です。

「家族が一人増えました。」と、歓びいっぱいのハガキでした。

 

1987年

 


1988年(昭和63年)の年賀状。

かわいくてしかたなかったことでしょう。

 

1988年

 

 

1991年(平成3年)の年賀状。

大切にたいせつに育てられ、おめかししてもらって。

 

1991年

 

 

1992年(平成4年)の年賀状。

弟が出来ました。仲良しですね。

 

1992年

 

 

1993年(平成5年)の年賀状。

すっかりお姉さんの5歳。

1993年

 

20年余りの時が過ぎ、どうしているのかと、気にかけていましたが、お嫁に行くのだと知りました。

 

ただ、幸多かれと、祈っています。

いつか、会える日を楽しみに、ここに、記しておきます。







最終更新日  2014.05.09 02:01:56
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2014.01.21
カテゴリ:大切な人達
金子美代子さん
 
秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。
 
 
いろいろ・・・ありますね。なかなか書けなかったけど、書いてみます。
 
 
1月10日(金)友人の金子美代子さんが、自らの意志で、光の国へ旅立ってしまいました。
 
 
12日の夜、そのことを知って、13日(月)午前中、高槻市葬祭センターでの告別式に参列し、お見送りしてきました。
 
夫はもう熱が出始めていて、きつかったんですけど、信じられなくて・・・今でも信じられないんですけど。。。
 

彼女の事は、ずっと「みよちゃん」と呼んでいました。
 
 
みよちゃんとは、昔、会員だった「メキキの会」という交流会で知り合いました。同じくメキキで仲良くなった広美ちゃん(ひろりん)の友人でした。2001年の関西でのイベントで、仲良くなったと思います。
 
相馬にも来てくれましたね。
 
 
3.11の時、家が無事なので、避難所にも行けない私たちは、食料の供給が途絶えました。私の呼びかけに、答えてくれる人がいるのかわかりませんでしたが、ブログで呼びかけて、彼女も救援物資を送ってくれました。
 
 
段ボールに、たくさんのLOVEマークを書いて、「たまみちゃんに愛を送る」って。。。
 
 
昨年の夏、メキキの会のイベントで、京都府亀岡のウリズンで開催されるBBQに、一緒にいかない?ってお誘いを受けたんですが、避難移住したばかりで、まだそんな余裕がなかったので、断ったんです。
 
 
ずっと、気になっています。何であんなに行きたがってたのかな。
 
 
だから、連れて行こうと思います。
 
 
 
みよちゃんメール

 
 「生きててくれてありがとう」って言ってたあなたが、逝っちゃってどうすんのよ。。。
 
 
        どうぞ、安らかに。。。
 
 
 
◆「みよちゃん を偲ぶ会」 2月2日(日)12時~15時ぐらい。
 場所:ウリズン  食料・飲料、持ち寄ってね。
 
 前日2月1日は、私の誕生日です。前日から行ってます。
 みよちゃんと、同じ年になります。
 
 
 
ウリズン山荘     

京都府亀岡市宮前町神前北の奥三泥
  TEL 0771-20-2453
→最寄り駅 千代川駅 (JR西日本 山陰本線)
→Homepage http://www.urizun.or.jp/
→facebook 「ウリズン」で検索
 
 
 
 






最終更新日  2014.01.21 21:37:48
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2013.04.07
カテゴリ:大切な人達

 

真美さん

 

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

昨日、まさか会えると思わなかった方に会えました。しかも日本で!

ルダシングワ(吉田)真美さん、そう、私と同じマミさんなのです。

真美さんの事を知ったのは、2011年、大震災後の4月か5月。インターネットの記事で、ルワンダから被災者の為に祈ってくれているという事を知り、ビックリしたのです。

ルワンダというアフリカの国の事は、1994年に3ヶ月の間に100万人(推定)が殺害された「ルワンダ大虐殺 」としてしか知らなかったからです。

 

そのルワンダから祈ってくれて、真美さんのラジオを聞いた人が、「もしも日本人の人たちがルワンダに来たら、僕の作ったお芋を二袋分けたいと思います」と申し出てくれたという。

「地震で大変な思いをしている皆さん。ここは遠くて、すぐに力になることが難しいけれど、ルワンダからエールを送っている人たちがいます。えいえいお~!」

 ↑ 真美さんがブログに書いたメッセージを、私は思いっきり受け取りました。


昨日は、夫が義足でお世話になっている、神戸医療福祉専門学校三田校が、「市民公開講座」として真美さんの特別講演会を開催して下さり、学生さん達に混ざって参加する事が出来たのです。

 

講演では、ルワンダの位置、歴史、どのように虐殺がはじまったのか、どうやって民族が憎しみあうように仕向けられたかなどを、解りやすく解説して下さいました。

首都キガリの今は、車が多く、駐車場を探すのが大変なほど、急激な経済発展をしているのだそうです。それは、様々な格差を生むことにもなっている・・・真美さんのお話は説得力があり、障害者支援の活動がとても重要であることが伝わりました。

真美さんの活動は、ムリンディ・ジャパン・ワンラブ・プロジェクトでご覧ください。

 

まだ日本で講演を聴く機会があります。こちらでご確認下さい。

講演を聴く前に、活動内容や、真美さんのプロフィールなど、簡単に調べて予備知識をもって参加したほうが、短い時間の講演内容がわかりやすいと思います。

真美さんは、NHKのプロジェクトXでも紹介されたり、その活動が様々な賞も受賞していたりするので、検索すればいっぱい出てきます。


★私は、お礼の手紙を渡すことが出来て、 良かった~~~ヽ(゚∀゚)ノ

 

真美さん、三田校の皆様、ありがとうございました。

 

追記・・・もしも、ルワンダの虐殺に関して、しっかり向き合う気持ちがあったら、こちらのブログ記事を推薦します。リンク先や、紹介している本のレビューも、参考になります。

 







最終更新日  2013.04.07 17:38:50
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2011.09.10
カテゴリ:大切な人達

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

秋山巌のファンの皆様が集う「巌頭火塾」の塾頭で、宮城県亘理郡山元町の元助役、阿部俊昭さんが亡くなりました。

秋山先生と阿部俊昭さん(相馬のギャラリー馬美 2008年7月20日)
先生と阿部さん

自宅の半分をギャラリーとして相馬にオープンした1994年(平成6年)、一番最初に訪ねて来てくれたのが、阿部さんでした。

山頭火の本を小脇にかかえ、秋山巌の作品一つ一つにうなずき、句について熱く語って下さり、こんなに詳しい方がいるのかと、とてもびっくりしたのを思い出します。

阿部さんが助役さんだと知ったのは、しばらくしてからだった思います。

その後、新地町の旅館「朝日館」の女将、村上美保子さんが訪ねてきてくれて、秋山巌が来相するたびに、「朝日館」で楽しい宴が行われるようになり、山頭火のみならず、文学の話ならどんな事でも秋山巌と会話が合う阿部さんを、先生が巌頭火塾の塾頭に任命しました。

秋山先生、高橋猛さん、阿部俊昭さん(朝日館 2005年6月9日)
先生、猛さん、阿部さん


5日の夕方、村上美保子さんが電話で知らせて下さいましたが、告別式が翌6日の13時からと聞き、すでに用事が入っていたのでどうしようかと悩みました。

夕食の準備をしながら、頭に浮かぶのは、にこにこと嬉しそうに訪ねてきてくれた阿部塾頭の笑顔・・・お顔を見てお礼をしなければ後悔すると思い、お通夜も終わってしまうけれど急いで支度をして、夫に運転を頼みました。

ご親族だけになっていましたが、塾頭のお顔を見て、長い間お世話になったお礼を言う事が出来、奥様とも思い出の数々をお話しすることが出来ました。

翌日の告別式は、人でいっぱいだったと聞きました。山元町も、津波で甚大な被害があった所です。お知らせもままならなかっただろうに、阿部さんの町への貢献が偲ばれます。

秋山先生、町田守、阿部俊昭さん、他(朝日館 2005年5月8日)
巌頭火塾2

90歳の父、秋山巌から預かったメッセージ

「突然の悲報に驚くばかりです。山頭火を、藤沢周平を、酒を酌み交わし語った塾頭との愉快な時を思い出します。私も今年90歳となりました。おっつけ参りますのでお待ち下さい。心よりご冥福をお祈り申し上げます。」

版画家 秋山巌







最終更新日  2011.09.11 03:05:50
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カテゴリ:大切な人達

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

相馬でお世話になったレストラン「ポムドテール」のマスターのお嬢さん、鎌田百子ちゃんの通う、相馬市立磯部小学校の6年生を追っている番組、<21人の輪>の第4回が本日放送です。

マスターからは、先月8月11日から、レストランの営業再開をしたことをお電話いただきました。

マスターの自宅は流され、かろうじて、お店のほうは残りましたが、マスターのお母さんは入退院を繰り返していて、未だに大変な状況は変わりありません。

百子ちゃんの元気な姿が救いですし、何とか、健康でいてほしいと願うばかりです。

 

画像は、2009年8月にポムドテールで開催した「巌頭火塾」秋山巌米寿のお祝い食事会。後列右側がマスター。

 

下記、NHKのHPより転載。

<第4回 「仮設と夏休みとハンバーグ」放送決定>
Eテレ 9月10日(土)午後4時30分~4時59分

海を臨む高台にある小学校。その教室に残された1枚の写真。
撮影したのは去年の春。相馬市立・磯部小学校5年生の集合写真だ。
三学期の最後にもう一度、同じアングルで撮ることを決めていた。
しかし2011年3月11日、事態は一変した・・・。

地震・津波・原発事故の影響を強く受ける、福島県・相馬市立磯部小学校。その6年生たちが、大きく変わった環境のなか何を考え、 どのように暮らしていくのかを記録するドキュメンタリー。
来年3月の卒業まで複数回にわたって放送します。

 

追記:百子ちゃんが大きくなって、元気にお父さんの手伝いをしていました。お母さん(真由美さん)はお疲れが出ている様子で、ちょっと心配です。マスターはいつものマスターになっていて安心しました。食材を探すのに苦労すると思いますが、安心して食べられるお店として頑張って下さいね!

 







最終更新日  2011.09.11 01:13:15
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