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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の「まみだより」

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の「まみだより」

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海軍落下傘部隊

2017.12.10
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カテゴリ:海軍落下傘部隊

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

2015年、戦艦「武蔵」を発見した、資産家のポール・アレン氏率いる海底調査チームが、フィリピン沖スリガオ海峡海底にて、戦艦「扶桑」「山城」、駆逐艦「満潮」「朝雲」「山雲」を発見したそうです。

画像は、調査チーム【​RV Petrel​】のフェイスブックページ、「​IJN Fuso​」のアルバムからです。
【太平洋戰争沈没艦船遺體調査大鑑】より、スリガオ海峡合戦図をご紹介しておきます。

この本は、元海軍大佐、戦艦「武蔵」航海長 池田貞枝氏が、戦後三十年にわたり、大本営、参謀本部、前線部隊の記録はもとより、米軍の戦闘記録に基づく資料を照合し、四千隻におよぶ沈没艦船の詳細な沈没位置、日時、戦没者数等を明らかにした著作です。


巻頭の「太平洋戦争沈没主要艦船写真集」より戦艦「扶桑」
扶桑(戦艦)煙突は一本で、前檣楼は戦艦中最も高く横から見ると下部は煙突との間にカタバルトを置いたため前方に深く削り取られた形であった。ミッドウェイ海戦、マリアナ沖海戦に参加し、のち19年10月25日スリガオ海峡海戦に「山城」等と参加、駆逐艦魚雷2、戦艦の十字砲火による命中弾数発のため爆発を起し沈没した。

スリガオ海峡合戦図(19年10月25日)


沈没箇所が×印で記されています。

西村彰治部隊突入図 昭和19年10月25日
(お名前の字が違いますが、海軍中将 ​西村祥治​です)

スリガオ海峡夜戦図 昭和19年10月25日

◆艦名・艦種・屯数・沈没年月日・沈没原因・沈没場所・戦死傷者数、記事 
 
「扶桑」戦艦  34.700屯 19.10.25 被雷・砲火 レイテ湾 沈没時約1,350名
「山城」戦艦  34.700屯 19.10.25 被雷・砲火 レイテ湾 沈没時約1,350名
「満潮」駆逐艦   1.960屯 19.10.25 魚雷艇・砲火レイテ湾 沈没時約   230名
「朝雲」駆逐艦   1.960屯 19.10.25 砲火    レイテ湾 沈没時約 230名
「山雲」駆逐艦   1.960屯 19.10.25 魚雷艇・砲火レイテ湾 沈没時約   230名

以上、関連部分を掲載させていただきました。

作戦に関しての詳細は、​レイテ沖海戦​の<10月25日未明 スリガオ海峡海戦>などをご参考にして下さい。
今回発見された艦隊を指揮した西村中将は、秋田県のご出身です。秋田高等学校の同窓会HPに、西村祥治氏を紹介している記事がありますが、とてもわかりやすい良記事ですので、一読おすすめします。
西村祥治​ 日本海軍、最後の勇将


戦艦「武蔵」発見の時には、海軍落下傘部隊のブログに記事を書きました。
⇒​シブヤン海に沈没した戦艦「武蔵」発見のニュース

また、館山海軍砲術学校を卒業したばかりの方も、「扶桑」「山城」に赴任していました。
⇒​館山海軍砲術学校跡

今回も、【太平洋戰争沈没艦船遺體調査大鑑】著者、元海軍大佐、戦艦「武蔵」航海長 池田貞枝氏の序文を抜粋させていただきます。

『・・・若い世代の人々が戦没した父や兄の終えんの地をこの書によって知得し、敬先謝恩の感慨にひとときでもひたり得たとするならば、本書刊行の大半の意義は達したことになる。・・・』


船艦が発見されたという事は、艦と運命を共にした戦没者の御霊もそこにあるということです。戦没者一人一人に両親、家族があったという事に、想いをはせたいものです。






最終更新日  2017.12.10 21:25:36
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2017.05.20
カテゴリ:海軍落下傘部隊
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 秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

こちらは、海軍落下傘部隊 生存者の手記<落下傘奇襲部隊>の表紙と折り返し部分です。
表紙を開いた折り返し部分に、ハッとするとても大事な事が書かれています。
 
 ●幸せを守る「力」・・・太平洋戦争が遺した最大の教訓
 
国家が基本方針を誤ったとき国民は地獄の渕に投げ落とされる。
「国家を監視する見識」と「誤れる道を歩み始めたとき転換させる実力」を国民が保持しない限り、悲劇は形を変えて再び必ずやってくる───。
 
 
落下傘奇襲部隊折り返し
 
手記の一つ一つを読むと、どういうことなのか痛いほど伝わります。

戦況の悪化で、精鋭部隊は再編され、玉砕のサイパンに、地獄のナウルにと送られます。事実をありのままに書かれた手記に、誇張や美化されたところはありません。
 
 「国家を監視する見識」と「誤れる道を歩み始めたとき転換させる実力」を国民が保持しない限り、悲劇は形を変えて再び必ずやってくる───。
 
今すぐ、教訓を活かさないといけませんね。
 
落下傘奇襲部隊裏表紙
作家阿川弘之先生の推薦の言葉
 
 落下傘部隊とは、特攻奇襲部隊です。
 本書は死の戦場から生還した「奇蹟の男たち」の生の体験秘録です。
 五十年の沈黙を破って初公開のこの歴史的記録には
 「後世への熱い想い」と「貴重なる教訓」が秘められている。 
 






最終更新日  2017.05.21 00:51:47
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2016.11.23
カテゴリ:海軍落下傘部隊
秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

秋山巌が所属した、旧海軍落下傘部隊。私が慰霊祭に参加し、語り継ぐためにお目にかかった方々の訃報が届いていますので、こちらに記しておきたいと思います。

昨年、奄美にお訪ねし、貴重なお話しをうかがった、有村さんの喪中葉書が届きました。

有村栄男さん、2016年(平成28年)7月13日、96歳で永眠されました。
有村さんは、横須賀鎮守府第三特別陸戦隊山邊隊高崎隊でした。

有村さんをご紹介してくれた、横浜の實井さんの事も気になっていたので、今日お電話しましたら、
10/20に入院し、11/6に酸素吸入、11/7 1時27分に亡くなったと、奥様にうかがいました。
實井来三郎さん、大変お世話になりました。生前葬のビデオはとても感動しました。

實井さんの奥様から、真柄さんも今年亡くなったとお聞きしました。
戦友会の名簿で確認しましたところ、ひたちなか市の真柄辰夫さんとわかりました。

皆様、それぞれ波乱の人生だったと思います。激戦地より生還し、戦友の為に慰霊碑、モニュメントの建立までなされ、手記集も残して下さいました。

心より、ご冥福をお祈り致します。

海軍落下傘部隊を語り継ぐ会
町田珠実






最終更新日  2016.11.23 20:55:24
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2016.05.27
カテゴリ:海軍落下傘部隊
海軍落下傘部隊慰霊碑
 
秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

今年も、5月27日の海軍記念日がやってきました。

明治38(1905)年5月27日、大日本帝国聯合艦隊は、日本海においてロシアのバルチック艦隊を撃滅しました。第二次世界大戦後は、「日本海海戦記念日」として、各地で式典も行われています。

秋山巌が所属した海軍落下傘部隊の慰霊祭も、毎年5/27の「海軍記念日」に、千葉県館山市の安房神社で執り行われています。戦友会が解散した後は、永代供養を安房神社にお願いしているのです。

2010年から、毎年参列していましたが、今年は都合が付かなかったので、代理で館山の友人が参列してくれました。

なんと、館山は悪天候のため、慰霊碑の前ではなく、休憩室での開催となりました。お供えが無いと慰霊碑もちょっとさびしいです。

慰霊台
 
慰霊のお供えはこちらの休憩室へ。
 
川村さん

左が、私の代理で参列してくれた友人、安房文化遺産フォーラムの事務局長、池田恵美子さん。
右は、昨年も参列して下さっている川村巌さん(館山地域史研究会会長)ありがとうございます。
 
小松さん

左は、池田さんのご縁つながりで、急きょ同席された、小松光一さん。農学者、農業教育者として有名な方です。ありがとうございました。
 
元隊員の方は、ご存命でも90歳以上となられ、房総半島の南端まで来るのは厳しいですね。ご遺族・ご家族の皆様に、慰霊碑・慰霊祭の事が届くよう願っています。
 
さて、慰霊祭に合わせて、いつも確認しに行く「海軍落下傘部隊発祥の地の碑」は、海上自衛隊館山航空基地内にあります。
 
基地本庁舎の建て替えに際し、モニュメントの移動もあるかもしれないと聞いておりましたが、池田さんに確認してもらったところ、移動はしていないようです。
 
海軍落下傘部隊発祥の地の碑


基地の外からこんな感じで見えます。やっぱり年に一度は確認して、掃除してあげたいなぁと思いました。
 


2016年5月27日(金)この日、アメリカのオバマ大統領が、現職の大統領として初めて被爆地・広島を訪問しました。 動画で見たスピーチに感動しました。

先の大戦にかかわる慰霊祭や慰霊碑・モニュメントなどの史跡は、戦争を美化するためのものではなく、二度と過ちを繰り返さない、平和を祈るためのものであるということを、改めて想った一日でした。
 
 







最終更新日  2016.05.28 15:56:42
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2015.05.24
カテゴリ:海軍落下傘部隊
海軍記念日
 
 
 
秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。
 
5月27日は海軍記念日です。
館山の安房神社で、秋山巌の所属した部隊の慰霊祭があります。
 
今年も、館山航空基地と、慰霊祭に行ってきます。
 
 
 






最終更新日  2015.05.26 12:50:46
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2012.05.09
カテゴリ:海軍落下傘部隊

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

今年も、秋山厳が所属した海軍落下傘部隊慰霊祭が近づいてきました。

慰霊祭は、5月27日の海軍記念日ですが、前日の26日に、館山航空基地の見学を予約しています。資料館や落下傘部隊のモニュメントを見学します。

詳細は、「海軍落下傘部隊」ブログをご覧ください。

海軍落下傘部隊モニュメント







最終更新日  2012.05.09 13:18:56
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2011.02.20
カテゴリ:海軍落下傘部隊

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

69年前の今日2月20日は、実父秋山巌の所属した海軍落下傘部隊<横三特>がチモール島クーパンに降下した日です。

昭和17年(1942年)2月20日に第一次降下、21日に第二次降下が敢行されました。

今年も、館山の友人で「安房文化遺産フォーラム」 事務局長の池田恵美子さんに呼んでいただき、秋山巌は戦争体験を語って来ました。

2月7日館山地区公民館での「戦争体験を語る会」の様子は、blog安房国再発見でご覧下さい。

 

 







最終更新日  2011.02.20 23:57:34
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2010.02.21
カテゴリ:海軍落下傘部隊

秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。

「大東亜戦争記念 海軍福見部隊写真帖」について、改めて父に聞きました。

写真は、昭和16年11月の終わりに、台湾の陸軍嘉義航空基地の兵舎前で撮ったそうです。

もしかしたら、12月に入っていたかも知れません。秋山巌20才でした。

山辺雅男著<海軍落下傘部隊>には

「昭和16年11月26日に、落下傘部隊を乗せた豪華船新田丸が東京湾を出港し、12月1日、台湾高雄港に入港した。

・・・陸路、嘉義市郊外にある陸軍嘉義航空基地に進出した。ここには、陸軍部隊は一兵もなく、ガラ空きであった。」とあります。

<落下傘奇襲部隊>の中の、横三特の吉田精一さんの記録には、

「11月中旬館山航空隊沖に一隻の商船が入港して来た。・・・各中隊は明日あの船に乗船せよとの命令がきた。我々は命令のまま其の船に乗った。・・・その日の夕方館山沖を出港し、船は一路南下しているようだ。11月の末であったと思う。

船は台湾の高雄港へ入港した。そして上陸、台湾の嘉義にある陸軍の飛行場へと移動した。・・・そして12月8日太平洋戦争がはじまったのです。

我々は、嘉義へきて初めて我々の敵が米国英国オランダである事を知った。
・・・1月になって我々は嘉義航空隊を出発し、ダバオ、タラカン島そしてケンダリーと移動する。このケンダリーから我々は戦闘に参加したのです。」
とあります。

父は「嘉義航空基地は山の中でもう寒かったんだよ」と言っていました。

改めて、集合写真をみると、みんなもの凄い張り詰めた顔をしています。館山を出て、まもなくの写真なんですね。

巻末に、戦死者の顔写真(集合写真をのばしたものだと思います)と、ご住所が載っているのですが、その中に、相馬郡の方がお一人いらっしゃいました。今の南相馬市です。

本当に、全国から精鋭が集められたのですね。

写真帖の発行は、昭和18年4月  非売品
編集者 海軍福見部隊記念写真帖編集委員
撮影者 小川正義
印刷者 帝国海軍社

 







最終更新日  2010.02.22 01:44:01
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2010.02.20
カテゴリ:海軍落下傘部隊
秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。

今日2月20日は、横須賀鎮守府第三特別陸戦隊(横三特)が、チモール島「クーパン」攻略戦に参加し、落下傘奇襲降下を成功させた日です。

1942年(昭和17年)1月11日に、日本で最初に横須賀鎮守府第一特別陸戦隊(横一特)が、メナドに落下傘降下したのに引き続き、海軍落下傘部隊は死闘を繰り広げました。

今から68年前、父「秋山巌」は21歳の青年でした。

先日、父が捜していた写真帳がやっと見つかり、私の手元に届きました。表紙は劣化してしまいましたが、中の写真はきれいに残っています。
 
大東亜戦争記念 海軍福見部隊 佐賀隊
 海軍福見部隊記念写真帳より佐賀隊

上から2段目右端が秋山巌です。

拡大すると
海軍福見部隊記念写真帳の秋山巌

この頃、父は巌(ガン)ちゃんと呼ばれていました。

写真帳を綴じている紐を外さないと、きれいにデータを撮れないので、HPにアップするまで今しばらくお待ち下さい。

横三特関係者の皆様、部隊名とお名前をご連絡いただければ、写真をお探しいたします。ギャラリー馬美のHPからメールを下さい。

巻末には、散華された皆様のお写真が載っております・・・。







最終更新日  2010.02.20 23:08:39
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2009.12.12
カテゴリ:海軍落下傘部隊

 秋山巌の小さな美術館 ギャラリー馬美の町田珠実です。

■ 海軍落下傘部隊 秋山巌の証言 14日深夜TBSにて放送!

先日、こちらでも取材の経緯を書きましたが、製作会社の方から、放送日の確認のご連絡をいただきましたので、放送が確実なようです。

深夜となりますが、宜しかったらご覧になってみて下さい。


◆14日(月)25:58~26:28 TBS ドキュメント・ナウ◆  
   
    胸込み上げる関東の戦跡-元兵士の証言

 

■今朝、友人から、広島に滞在中の先生が、「帰りに館山に寄るから、ホテルを取ってくれ」と電話が来たんだけど・・・珠実ちゃん大丈夫?と連絡が来ました。

大丈夫なわけありませんが、私の優先順位の一番上は、親孝行ですので、今も、夫が館山までのルートと、スケジュールを、隣で調整してくれています。

放送日は、館山の予定でございます。

とんぼ返りの予定ですが、1月に、館山での作品展&講演会も、企画中ですので、詳細をつめて、また皆さんにご案内いたします。

秋山先生は、年末でもパワー全開、見習わなくっちゃいけませんね!

追記:どうやら、関東地方のみの放送のようです。その他の地方の放送予定は、またわかりましたらご案内いたしますね。







最終更新日  2009.12.13 18:26:43
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