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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の「まみだより」

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西宮のお話し

2019.07.21
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カテゴリ:西宮のお話し



秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。
西宮甲東園を散策その3です。

六甲トンネルの真上にある「山陽新幹線記念公園」に来ました。
1972年(昭和47年)六甲トンネル貫通と山陽新幹線の開業を記念して造られた公園です。

六甲トンネルは大変な難工事で、建設中の崩落事故や出水事故で54名の方が殉職されたそうです。

六甲トンネルの工事がどれほど大変だったのか、詳しい記事がありました。
⇒六甲の断層をさぐる 3.​地底の破砕帯にトンネルを掘る​(PDF)

こちらが慰霊碑です。



慰霊碑の裏には、下記の説明と54名の殉職者のお名前が刻まれています。

「山陽新幹線新大阪・岡山間の建設工事は 昭和四十二年三月に工を起してから五年の歳月を経て 昭和四十七年三月完成しました この碑は 建設工事に従事して殉職された五十有余名の御霊を祀り その霊を慰めるため 本工事関係者が相計って建立したものであります」

新幹線建設局長 高橋克男 撰
大阪新幹線工事局長 小林正宏 書
昭和四十七年三月 
慰霊碑建立委員会



慰霊碑の先、金網から見える山陽新幹線の線路。





反対側の公園入り口の「工 引照票」



今度は、新幹線を見に、ゆっくり来てみます。







最終更新日  2019.08.03 04:16:41
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カテゴリ:西宮のお話し



秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

西宮甲東園を散策その2となりますが、門戸天神社からまたテクテク歩きまして、墓地があったのでずんずん路地を入ってみると、【神呪厳島神社】でした。

上↑の写真は、拝殿から下りてきた階段です。

下の道から見るとこんななので、やっぱり上がってみようという人は少ないかも。



階段を上ると広場があって、また階段を上ったら拝殿があります。



またまた甲東文化財保存会の説明版です。(ありがたし)

~説明版より~

神呪寺のあと
甲山観音は慶長年間(1600年代)初めて山を下りて神呪の地に移り、その在宇150年であったとの記録が残っているが、その建立場所はどこであったか、今日まで不明とされてきた。
ところが、現在も神呪寺に安置されている麁乱大荒神の御名が、この灯籠に明確に刻字されていることと、近くに墓地が残っていることなどの理由から、このあたりが当時の寺跡であろうと推定されるようになった。この灯籠は寺移転後もここに残されたままと思われる。



麁乱大荒神と刻字されている灯籠



どれどれ・・・麁乱大荒神・・・ほんとですね。



荒ぶる神、麁乱大荒神(ソラン荒神)については、
高野山真言宗 六甲山「鷲林寺」のHPから「​鷲林寺とソラン荒神​」が参考になると思います。

こちらの神社も、市街地が見渡せて気持ち良かったです。







最終更新日  2019.08.01 21:19:37
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2019.07.20
カテゴリ:西宮のお話し



秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

今日は、西宮の甲東園駅近くに用事があり、帰りにちょっと歩いてみました。

道路から見上げた階段、この上にどんな神社があるのかしら?と、かなり急な階段でしたが、気をつけて上ってみました。



やっと鳥居が見えました。



鳥居の横に立つ説明板。
甲東文化財保存会の説明板、ほんとに助かります。

~説明版より~

村社 天神社

手間天神(菅原道真)を祀る門戸の氏神である。
拝殿の前に砂盛りのあるのも珍しい。

ここの鳥居は、西宮市内では、上ヶ原八幡神社の鳥居についで
古いものであったが、阪神・淡路大震災で倒壊したのが惜しまれる。
かつてあった鳥居の右脇に自然石を祀った天神宮があり、
自然石崇拝の名残をとどめている。
この地は弥生時代の弥生式土器が出土した甲東園天神社遺跡でもあり、
神社背後の地は現在住宅地となっているが、ここには古墳が存在した。

甲東文化財保存会



天神宮



ぐるっと廻ると稲荷社



おおお~、これが「砂盛り」ですね。

初めて見ました!



西宮の街がこんな風に見えるぐらい、高い所にあるのです。
階段、下りるほうが怖かった!







最終更新日  2019.08.01 18:26:15
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2018.01.09
カテゴリ:西宮のお話し

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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。


今日は、えべっさんの「西宮神社」十日えびすの宵えびすです。

 1月 9日(火) 宵えびす
 1月10日(水) 本えびす
 1月11日(木) 残り福
3日間執り行われる「十日えびす」は、阪神間における最大ののお祭り。
約100万人に上る参拝者で賑わいます。

西宮神社は、夫の産土神社でもあるので、夫が会社帰りにお参りしてきました。

今日は平日なので、いつもよりはまだ人が少ないようです。
明日の本えびすになると、赤門をくぐるまで1時間以上はかかるのではないかな。一度大変な目にあったので、私は遠慮するようになりました。(駅までお迎えだけ)


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綺麗に撮れてますね♪

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マグロにさい銭の硬貨を張り付けると「金が身に付く」という御利益があるとされ、みんなぺたぺた貼っていきます。

今年奉納されたマグロは沖縄県産で長さ約2・3メートル、重さ約230キロ。

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兵庫県警のサインカーもなかなかやりますね~。
「参拝される皆さまに福の神が舞い降りることをお祈りいたします」


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昨年と同じ大きさの福笹です♪

今年も商売繁盛!

10日の本えびす早朝は、午前6時の開門と同時に数千人の参加者が一斉に走り出し、“一番福”を目指して競う「開門神事 福男選び」です。ケガしないでがんばって下さいネ。

西宮神社の【​十日えびす特設サイト​】







最終更新日  2018.01.10 02:09:42
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2017.01.17
カテゴリ:西宮のお話し



秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

兵庫県西宮市の、関西学院大学上ヶ原キャンパス周辺には、下宿の学生がたくさん住んでいます。

震災から2年後の1997年と、10年後の2005年に、被災下宿のその後を追った記事がありました。
UNN関西学生報道連盟調べ 関西学院大学の被災下宿 に、今、私が住んでいる所が出ていて、犠牲になった学生さんの事がわかりました。

私たちは、2012年に仙台から移住してきたのですが、引っ越し後に、タオルを持ってご近所さんに挨拶回りをしました。そのさい、ここも当時は被災して、学生さんが犠牲になったと聞いていました。

ここで犠牲になられたのは、軽音楽部のトランペッターの学生さんでした。

ボランティア活動の記録
「特別企画ジャズコンサート 3月26日に高中部礼拝堂で渡辺貞夫らプロアマ40人によるコンサートが行われた。主催は関西学院大学。震災で亡くなった軽音楽部のトランペッター高須厚志君の追悼公演もかねる。2000人が詰めかけて大盛会となる。阪神電鉄は市内各所から無料バスを運行して支援してくれた。」
とあります。

関西学院大学新聞 1995年4月17日 第700号 には、コンサートの記事もありました。

今の建物は、震災の教訓を活かし耐震も強化されて建てられているので、とても安心して暮らしています。

生かされている私たちは、感謝して、学び、前に進むのみですね。






追記

メモリアルコンサートが、今も継続している事を知りました。

川崎啓一さんから「震災直後の1995年3月25日に開かれたコンサートでは彼を追悼する曲として”I’ll Close My Eyes”が演奏されたことを覚えています。高須クンが好きだった曲です。」

と、教えていただきました。

I'll Close My Eyes・・・トランペットの素敵な曲でした。祈ります。







最終更新日  2017.01.18 12:06:41
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2016.05.28
カテゴリ:西宮のお話し
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先日発見したケーキハウス ツマガリ。今朝一番で行って来ました。

季節のフルーツ、宮崎産マンゴーのショートケーキ。
これはまた食べたい!と思う美味しさ。


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シュークリーム、「かぶとやま」 並べて撮ればよかったけど、小さめです。

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こちらは、名前を覚えられませんでした。。。

オープンの8時30分に行ったので、マンゴーはまだ出来ていなくて30分ほど、2階のギャラリーで待ちました。クッキーなど、フラワーアレンジのギフト商品が並んでいたのですが、パティシエさんの創る飴細工にびっくりしてしまいました。

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お顔がかわいらしい♪

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お店のまわりにも紫陽花がいっぱいだったのですが、こちらの飴細工は芸術品ですね。

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制作風景を見てみたいです。

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うちから行く時に、バス通りを上からおりて来たのですが、途中にツマガリ研究所っていうのがあって、いろいろうかがったら、研究所の横にはラッピングの工房があり、本店の向かいはチョコレート工房、などなど、ツマガリさんが点在している甲陽園なのでした。

まだまだ知らないところがいっぱい。楽しい西宮です。







最終更新日  2016.05.28 21:14:49
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2016.05.22
カテゴリ:西宮のお話し
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

今日は、アンネのバラの教会へ行って来ました。

アンネのバラは、「アンネの日記」のアンネフランクを偲んで、ベルギーで作出された四季咲きの香り高いバラです。「アンネの形見のバラ」(Souvenir d'Anne Frank 1960  Delforge)と呼ばれいるそうです。

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わざわざ行ったのではなくて、スーパーいかり甲陽園店へ買い物に行ったついでです。荷物は車で夫に持って帰って貰い、私はまた今日も小一時間歩こうと思ったのですね。調子づいてます。

 

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初めて教会を訪ねた3年前は、いったいどこだろうと探しながらだったので、炎天の中、かなり疲れた記憶があります。この階段を上った所なのですが、ものすごく怖かったはずなのに、今回は楽勝でした。

やはり3年前は体力が相当落ちていたのですね。

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 で、こちら。

甲陽園の駅から坂を上がっ行く道中に、ちょっとした行列が出来ていて、道路の反対側の駐車場から、途切れなく人がやって来ていたのです。

何のお店なのか、帰りに確認しようとのぞいたら、ケーキやさんでした。スィーツ好きの方は皆さんご存じなのでしょうね。私は全く気がつきませんでした!

ケーキハウスツマガリ甲陽園本店。
作りたての生ケーキがここ本店だけで買えるのだそうです! 行列もな~るほどです。

やっぱり、歩き回ると楽しいですね。

 







最終更新日  2016.05.22 22:16:11
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2016.05.21
カテゴリ:西宮のお話し

秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

午前中の探検失敗が心残り、というわけでもないのですが、夕方、夫を甲陽園駅に迎えに行った帰りに、ちょっとだけ寄り道してもらいました。

関西学院大学の裏手、甲山大師本堂へ九丁の町石、説明板。


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 大師本堂へ九丁の町石

心ない人の仕打ちで無残な姿となってしまった町石である。
碑面の梵字「バ」で水天(密教では西方の守護神)の種子である。
五輪(地水火風空)の塔の場合は風に該当する悉曇(梵字の字母)である。
このあたりは昔、仏性原といい寛保元年(1741)から十五年間、大師堂のあったところとされている。
しかし、今は開発されその面影はなく、わずかに六十六部石塔が残っているだけである。

甲東文化財保存会

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最近は、見に来る方がいないのか、草ボウボウなのを倒して撮りました。町石は半分に折れていても、一緒に置いてあったらしいのですが、心ない人の仕打ちで無残な姿に・・・文化財を愛してやまない皆様にはもう無残としか言いようがないですね。。。

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説明板と並んでいるお姿。説明板が無かったら見逃していましたね。

さて、こちらの碑は初めて聞く名前。

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六十六部供養塔

日本六十六ヵ国の霊場に法華経を収める目的をもって、諸国を遍歴する行脚僧のことを六十六部という。それら行脚僧が全国行脚の途次、このあたりに庵を建て、大師詣でのお遍路さんや修行僧などを善導したが、後世ににそれら諸僧の徳を偲び供養塔が建てられた。
神戸市上ヶ原浄水場の創設は大正九年であるが、昭和三十九年、工業用水道の建設に際してその整地を始めたころこの石塔も雑石とともに捨てられたが、以後、工事人などの病気や怪我が続出、驚いて元の場所に戻し、また粗末に扱った古墳ともども鄭重に供養した結果 その凶事も止み、それから工事が順調に進んだと、今もなお関係者のかたり草になっている。

甲東文化財保存会


いあや~、知らない事と知らない漢字に、ネットはなんと役に立つのでしょうか。勉強になります。【六十六部】については、深追いせずに、なるほど・・・だけに留めておきます。

 

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この碑は柵の中なので、柵の隙間から撮りました。機会があったら、裏側も見てみたいです。

でも、お水が供えられているようなので、今でも大切に扱われているのでしょうね。最近は、大きな土木事故も多いので、こういう事も大事なのではないでそうか。







最終更新日  2016.05.23 15:34:13
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2016.05.14
カテゴリ:西宮のお話し
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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

この花は何というのでしょうか? 
もやもやした気分を打破するべく、いつもとは違うルートでお散歩に出かけたのですが、こんなまっ赤な花に出会うと嬉しくなります。

ちょっと裏に入った用水路の道をずんずん行くと、私の大好きな碑が。

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供養碑

この碑は江戸中期の1740年代 大坂新町の折屋徳兵衛の母妙心が最愛の娘でもあろうか、一人の女性の菩提を弔って甲山観音へ寄進した供養碑である。その側面に彫られた「是より本堂へ五丁」は、神呪寺二度目の移転地いわゆる仏性原本堂への距離を明示し、在宇十五年の当時の寺院所在地をほぼ明確にしたことで資料的にも極めて貴重な文化遺産である。

甲東文化財保存会

折屋徳兵衛さんの道標は、検索すると他にもあるようです。


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甲山大師へ十三丁の町石

文字通り十三番目の町石である。寄進者は武蔵国の友山となっている。このように願主の刻銘のあるものは、この町石だけである。しかし、他の一連の町石も石質や書体などからあるいはこの友山氏の寄進とも考えられる。碑面上部に戴く梵字「トマ」はいかなる仏の種子か明確でない。この町石群の建立は、神呪寺が仏性原から甲山山麓の現在地へ移ったのが宝暦五年(1755)なので勿論それ以後のことである。

甲東文化財保存会


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称名入り剣札型道標

弥勒菩薩の梵字「ユ」を戴いた道標は、市内にはこの一基しか残されていない。この場所は、西宮・尼崎・中山、三方面への分岐である。尼崎への道はこの道標から南東に向かっていたが、関西学院がこの地に移転し来たって以来、現在はその敷地内を通っている。この道標は小型ながらもしっくりした味のあるもので、施主は西宮の播磨屋喜八である。当時の有力商人で、播磨屋を称する者は数人見られたが、喜八は彼らと同族であるかは不明である。

甲東文化財保存会

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そして、上ヶ原用水路の看板。

写真の手前に分水樋があって、それが大事だったのですが、校外学習の生徒さんらが、どうやら私が観察し終わるのを待っている様子だったので、またゆっくり来る事にします。

用水路に関して、「ちょっと歴史っぽい西宮」の凛太郎さんの記事をリンクしておきます。
中世・近世~百間樋用水1

この先へ、またずんずん用水路の道を歩いて行ったら、なんと、仁川の地すべり資料館に突き当たりました。びっくりです。寄り道しなければ30分ほどで来られたのではあるまいか。

小学生かな、生徒さんらがわちゃわちゃいたので、ちょっと上の普通の道路に上がって、Uターン。

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甲山大師へ十一丁の町石

関西の名刹、甲山神呪寺へ寄道された町石群中十一番目の標石である。頭に戴く梵字の「ダ」ははたしていずれの釈尊の種子であろうか。これら町石は十三基たしかにあった。しかしここ周辺でも、十、十二丁が心ない者のために持ち去られたか、そのあとかたもない。

甲東文化財保存会


ううう、最後の道標に、残念無念なご説明でしたね。

本当にこの「甲東文化財保存会」説明板は、町のあちらこちらにあって、なるほどなぁ~と楽しませていただいてます。感謝をこめて、文字起こししました。

書きながら調べるので、いい勉強になります。

このルートももっと開拓しよう思いました。

歩くのが楽しいのは、父の影響でしょうかね。父がいない事を思って、ちょっと切なかったです。







最終更新日  2016.05.14 23:17:07
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2016.04.14
カテゴリ:西宮のお話し

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秋山巌の小さな美術館 ギャラリーMami の町田珠実です。

死ぬな ケガすな 病気すな

この碑は、阪急甲陽線の沿線にある大社中学校の入り口にあります。車で通った時にみつけ、とても胸にささるメッセージだと気になっていました。

今日は、いつもなら車で用足しするところを、思いきって歩いてまわり、写真を撮らせていただきました。


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きっと、親御さんが立てたのだろうなぁと思い、横を確認すると、きちんと記されていました。

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故 古本孝夫 

昭和四十二年十二月十八日 交通事故死
昭和四十三年三月建立


大社中学校のHP「沿革史」の中に、
『昭和43年 3月10日 「われら大社の生命」の碑 完成』とありますが、この碑の事でしょうか。(ご存じの方がいらしたら、教えて下さいませ)


新学期、新年度が始まり、切ないニュースが溢れています。
子供だけでなく、大人も同じですね。


実父「秋山巌」は70代の時、下血があったのに一年以上ほったらかしにして、病院に行った時には大腸癌で手術しか選択がありませんでした。

夫は、20年以上前に駐車中のトラックにバイクで激突し、左足を失っています。

不可避なこともあるだろうけど、防げることは沢山あると思います。

「死ぬな ケガすな 病気すな」

その為に出来る事は最大限やる必要があると、私は思うのです。
その為に出来る事を、最大限やる国であってほしいと願います。







最終更新日  2016.04.14 19:00:55
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