06 事件

Mission06 事件


 精霊の丘から帰ってきてから、1日が過ぎた。
あまり眠れなかったレイが、同居しているイオンと共に小屋から出ると
そこにはルナとグレアが来ていた。
「おはよう」
4匹は、それぞれ朝のあいさつを交わす。
「今日も小さな森を散歩してたんだけど、途中で通りかかったポケモン広場が騒がしかったの」
ルナが言った。
「ああ、それは俺も感じた。行ってみるか?」
続いて切り出したのはグレア。レイもイオンも、異議は無かった。

 ポケモン広場に、大勢のポケモンが集まっていた。
「びっくりしたなあ、キュウコン伝説にあんな続きがあったなんて」
「聞いた?しかもその伝説、世界のバランスが崩れていることに関係しているらしいよ」
何が起きているのか気になった一行は、群衆をかき分けてでも前に進み出る。
「なんだ、割り込みか!?」
「す、すみません!」
どこからか聞こえた声をルナが受け流すかたわら、
レイは意外なポケモンが中心にいることに気づく。
なんと、ダークネス率いる探検隊イジワルズではないか!
仲間のルビィやサペントと共に、集まった大衆に向けて話をしているところだった。
「……そのキュウコン伝説に関係ある話なんだ。よく聞いておくれよ、諸君」
一瞬にして、群衆のざわつきが止んだ。
「昨日の朝だったかな、オレ達は、精霊の丘へ行った。
 そしたらなんと、すげえものを見ちまったんだ。ケケッ!」
周囲が再びざわつく。
「精霊の丘にはネイティオがいるんだが、そいつにあるポケモン……
いや、人間が相談に来てたんだ」
ダークネスの話を引き継いだサペントの言葉に、集まっていたポケモン達は騒然とした。
同時に、レイはこの話が自分のことだと確信した。
昨日の朝ネイティオと話していた人間なんて、他に誰がいる?
「ちょっと盗み聞きしちゃったけど、どうやらネイティオの話によれば
 キュウコン伝説は本当にあったことらしいわ」
今度はルビィが笑顔で語っていた。なぜ笑顔でこんな話ができるのだ。
しかし、群衆はルビィのあやしい笑顔になど目もくれず、ただ騒いでいる。
「ケケッ!驚くのはまだ早いぜ。さっきも話した通り、世界のバランスが崩れたことは
 キュウコン伝説と関係している。
 しかも、崩れたバランスを早く元通りにしないと……」
ダークネスは、ここで一度言葉を切った。
「世界はとんでもないことになるって言ってたぜーー!!!」
大きくジャンプし、広場全体に響き渡るかのような大声で叫んだ。
「な……」
「な……」
「なんだってえぇーーーーーーっっ!!!?」
それを圧倒するかのような、群衆の大絶叫。
「みなさん、何もそんなにあわてなくても」
笑顔を崩さないルビィ。レイは、嫌な予感がした。
いや、予感じゃない。もはや確信に近い。
「そうだぜ。崩れたバランスを元に戻す方法は、すぐそこにあるんだ」
サペントの言葉に、また広場が静まり返った。
「それは、伝説に出てきたその人間……つまり!」
ダークネスが突然向きを変えた。
レイとダークネスの目が合う。
「そこのピカチュウ、レイを倒せばいいんだよ!!」

 ……予感はしていた。
自分自身で、その可能性をどうしても否定しきれなかった。
だが。
「ちょ、ちょっと待って!レイがその人間だっていう証拠はあるの!?」
ルナが、レイの前に進み出た。
レイを倒そうとしたポケモン達の動きが一瞬止まる。
「おい!レイ!どうなんだよ、本当にお前は伝説に出てくるポケモンなのか!?」
ダークネスはルナを無視し、レイに問いかける。
「…………。」
何も……何も言い返せない……。
確かに、レイがキュウコン伝説に出てくる人間だという証拠は無い。
だが、それを否定する証拠もまた無い。
「ケケケケケケッ!返す言葉なしか!いい気味だ!
 さあ諸君!レイを倒して平和になろうぜ!!」
ポケモン達が、レイを倒そうと迫ってくる。
「おい!逃げるぞ!!」
イオンがレイを、グレアがルナを引っ張り、広場から逃げ出した。

 一行は、レイとイオンの小屋に逃げ込んでいた。
「いや、びっくりしたな……。まさか昨日の今日であんなことになるとはな」
グレアが、ため息まじりに言った。
「レイ、どうして言い返さなかったの?レイが伝説に出てくる人間じゃないって」
ルナの問いに、レイは力なく答える。
「僕だってそう信じたい。けど……」
「証拠ガナイ。コレデハ向コウノ話ノ方ガ説得力ガアル」
途中で止めた言葉を、イオンが引き継いだ。
ルナは、それきり黙ってしまう。
「ここにいたか」
声の主は、FLBのフレッドだった。仲間のレオンとビリーもいる。
「お前ら、何の用だ?」
「構えるでない。今は戦う気はない」
殺気立つグレアを、フレッドが抑える。
「さっき、オレらもあの場にいた。そしてあの後、皆で話し合った」
「その結果……レイ、お前を倒す」
レオンが、そしてビリーが言う。
しかし、フレッドが最初に言った「今は戦う気はない」という言葉が
レイには引っかかっていた。
「だが、あの場でルナが言った言葉にも一理ある」
「……え?」
意外な言葉。
「確かに、レイが伝説に出てくるポケモンだという証拠はない」
「しかし、お前が一番疑わしい。おまけに今は緊急事態だからな」
フレッドに続いて、ビリーが話す。
「そこで、だ。今夜一晩だけは見逃してやる。その間に、ここを出るのだ」
話は予想しなかった方向に向かっていく。
「そして、見つけ出すのだ。真実を」
真実を見つけること――それが今の自分にとって唯一の希望だと、レイは瞬時に判断した。
「ひとつ忠告するぜ」
今度はレオンだ。
「見逃すのは今日だけだ。明日になれば、オレらや他の救助隊が……レイを倒しに行く。
 いや、お前ら仲間も同じだ。レイについていくかぎり、敵とみなすぜ」
「だが、それでも逃げ延びろ。真実を見つけるまでな」
最後にビリーがそう言い残し、FLBは小屋から出ていった。

 「……だってさ」
FLBが去っていった後、グレアが口火を切る。
しかし、返事を返す者はいない。そのまま時間ばかりが過ぎていく。
「……わかった」
不意に、レイが話を始める。
「僕は行く。真実を見つけるために。今の僕には、それしか道がない」
静かだが、強い口調だった。
「レイ……」
「決まりだな、もちろん俺も行くぜ」
ルナが何か言いたげだったが、それより前にグレアが同行を申し出る。
「いいのか?危険な旅になるのは間違いない」
「だからこそだ。黙って見ていられるかよ」
グレアは乗り気だ。
「わ、私も!私はレイを信じてる。だから一緒に行くよ」
レイは、ルナからイオンへと視線を移した。イオンは、ただ頷いた。
「みんな……」
それ以上は何も言わなかった。言ったら、どうなるかわかっているから。

 その夜のこと。
レイは、夢を見ていた。
――まただ……サーナイトだ……
「サーナイト……?名前はなんていう?」
目の前のシルエットに、レイは問いかけてみた。
「わたし……セラフといいます」
またしても予感が的中してしまった。
「セラフ……?それじゃ、やっぱりキュウコン伝説は本当にあったことなのか?」
「はい。わたしはキュウコンのタタリによって、実体のない存在となっているのです」
レイは、次の質問をするべきか迷った。
セラフのパートナー、つまりセラフを見捨てた人間が自分なのかどうかを。
しかし、迷っている間にセラフの方から話しかけてきた。
「今は真実を語れる時ではありません。あなた自身で見つけるのです」
ある意味安心できる答えだった。
そう思ってレイが再びセラフを見ると、何かを感じ取ろうとしているところだった。
「ここからずっと北の方角に、何かを感じます」
「何か……?」
また、レイにとっては気になる言葉だ。
「はい。わたしにとって何か関係のある存在が、そこにいます」
……もしかして。
「その存在って……?」
だが、その時セラフのシルエットが消えていった。

 レイは夢から覚めた。
窓の外を見ると、空はまだ暗かった。
イオンはすでに外に出ていた。
「……オハヨウ」
「ああ、おはよう」
ちょうどその時、ルナとグレアが来た。
「まだ朝早いな。この時間なら、出発できるだろう」
グレアが、誰にともなく言った。
「うん。けどみんな、もう1度聞く。本当にいいのか?」
レイの質問。
「当然よ。今さら逃げるわけないじゃない!」
ルナが元気よく答える。
グレアもイオンも、決心は変わらない。
「……よし。出発の前に、1つ話したいことがある」
レイは語った。昨夜見た夢のことを。
サーナイトが本当にセラフだったこと。真実は自分自身で見つけなければならないこと。
そして、北に何かを感じること。
「雲をつかむような話だな。本当に北でいいのか?」
「行ってみる価値はありそうね。他に情報はないんだし」
グレアが疑問を呈するが、結局のところ一行は北の方角に向かうことに決定した。

その時だった。森の方から、小さなポケモンが2匹現れた。
キャタピーのクルスと、トランセルのライリだ。
「見送りに来ました。皆さんの」
「ボクたちも、レイさんを信じます。
レイさんたちは、探検隊ウィンズは、ボクたちの憧れなんですから」
かつて助けたポケモン達は、こんな時でもレイを信じていた。
「……ありがとう。必ず帰ってくるよ」
レイは、正直な気持ちで答えた。
「それと、ルナさん」
クルスが、ルナに話しかける。
「これ……ライリくんを助けてくれた時、何もお礼できなかったから」
クルスが持っているのは、緑色に光るバングルだった。
「マッドバングルといいます。ボクたちからのお守りです」
「ルナさん、あなたにあげます」
「どうもありがとう、2匹とも。大切に使うね」
ルナはマッドバングルを受け取り、装備した。
先ほどから無言のままのイオンは、ふと空を見上げた。
空が明るくなってきた。朝が来たのだ。
「ソロソロ行コウ。他ノポケモン達ガ起キテクル」
「よし、出発だ!」
レイが宣言し、歩き出していく。仲間達も後に続く。
クルスとライリに見送られながら。

 こうして、ウィンズの真実を見つける旅が始まった。
セラフからもらった手がかりに従い、北の方角に向かう一行だが
険しい道のりが続いていく。
あちこちに、自然災害の傷跡が残っているのだ。
予想通り、他の探検隊が追いかけてくる。
一行は無用な戦いを避け、逃げ隠れながら旅を続けるのだった。

 そして、日が高く昇る頃……
一行は、いつしか崖の上にたどり着いていた。
目の前には、大きな滝。激しい水音を立てている。
「すごーい……」
目前に広がる光景に、ルナは言葉を失う。
「目の前は行き止まり、戻ればおそらく他の探検隊に見つかる。どうするよ?」
グレアの言葉をよそに、レイは滝に近づく。
その瞬間。水流に弾かれた!
「うわっ……と!吹き飛ばされるかと思った」
そう話した時だった。

 突然、激しい目まいがした。
レイは自分の足元がふらつくのを感じる。
――こ、これは……誘拐事件の時の……

不思議な映像が見える。
正体不明のポケモンが、左右を見回すと
突然、滝に向かって飛びこんだではないか!
しかも、そのポケモンは弾かれることなく
滝の裏にある洞窟に入っていくのだ。
映像は、そこで途切れた――

 レイは、この映像のことを仲間達に話す。
誘拐事件の時、グレアとイオンはウィンズのメンバーではなかったが
このことはすでに話していた。
それでも、やはり驚いている。
「突拍子もねえな……、滝の裏に洞窟なんて」
「けど、ここでじっとしてたら……」
ルナがそう言った時だった。
「おい!あそこに誰かいる!」
「ウィンズかな!?だったら袋のネズミってやつだね!」
「文字通りだな!とにかく、もらったぜ!!」
見知らぬポケモンの一団が、こちらに向かってくる!
「気付かれた!どうする!?」
「どうするって、そりゃ行くしかない!」
反対している余裕は誰にもない。追い詰められているのだから。
「行くからには、思い切り突っ込むぞ!
 中途半端に飛び込めば、滝の下に真っ逆さまだぜ!!」
グレアが大声で呼びかける。
レイは、正面から滝を見た。
相変わらず、激しい勢いで水が流れ落ちている。
だが、迷ってなどいられない!
「一斉に・・・GOだ!!」
4匹のポケモンが、滝に飛び込んだ。
その光景を、追跡していた探検隊が目に留めていた。
「し、信じられねえ……」
「ひるむな!後を追うぞ!」

 水の滴り落ちる音が、静かに響く。
「……みんな、大丈夫か?」
最初に仲間に声をかけたのは、レイだった。
「なんとか、ね……」
「問題ナシ」
「俺は平気だ」
三者三様に返事を返す。しかし。
「……マズい、どうやらここが気付かれたみたいだ」
そう警告するのはグレア。
「行きましょう、この奥へ」
一行は、洞窟の奥へ進んでいく。
直後、後ろから大きな水音がした!
「ちっ、やっぱりか!」
「急げ!!」

 走りながら、レイは少しだけ後ろを見た。
追ってくるポケモンは、ハスブレロ、ブルー、コノハナの3匹。
「待て、ウィンズ!」
「待てと言われて待てますかってんだ!」
コノハナの言葉を、グレアが切り返す。
「待たないなら、これでもくらえ!」
ハスブレロが、はっぱカッターを飛ばしてくる!
標的はルナだ。かわせそうにない。しかし。
放たれた木の葉が、ルナに命中した途端に消滅した!
弱点を突いたはずの攻撃は、全くダメージを与えられなかった。
誰もが驚くが、それでも走り続ける7匹のポケモン。
道端に、青色に輝く大きな石が見えた。
イオンがその石にぶつかるが、表情ひとつ変えずに先を急ぐ。
その先は十字路になっていた。ウィンズは右に進路を変える。
追っ手も右に曲がろうとした。
その時。
彼らの前方から、轟音が響いてくるではないか。
「なんだ、この音?」
音を発するものの正体は、大きな水流だった。
真正面から迫ってくる!
時すでに遅し、ハスブレロとブルーとコノハナの3匹は水流に飲み込まれた。
「うわあああーー!!」
「た、助けてーー!!」
「なんだってんだよーーーー!!!」
すさまじい叫び声が、洞窟全体に広がった。

 「なんだか知らないけど、追っ手がいなくなったみたいだ」
すんでのところで水流から逃れたウィンズであった。
「マサカアンナ仕掛ケガアルトハ……要注意ダ」
図らずもあの激しい水流を発生させたイオンは、こんな状況でもまだ冷静だ。
「ところで、さっき逃げてた途中、何か不思議なことが起きたような……」
「ああ、俺は見てた。ルナに命中したはずのはっぱカッターが、跡形もなく消滅したところをな」
「一体、何が起きたのかしら?」
一瞬、話が途切れた。
「今朝モラッタ、マッドバングルノ力デハナイカ?」
イオンが話を続ける。
「聞イタコトガアル。特定ノポケモンダケガ使エルアイテムガ存在スルコトヲ。
 オソラク、ソノ1ツデハナイカ」
「なるほど、俺もその存在は知っている。実際に見るのは初めてだが」
グレアとイオンの話を聞きながら、ルナは心の中でクルスとライリに感謝していた。

 それから、しばらくして。
一行は、洞窟の出口にたどり着いた。
日は西に傾いている。
「さて、これからどう進むか」
レイがそう言った時、突然イオンが真上にソニックブームを撃ち込む。
標的は落ちたが、その他にも複数のポケモンが一行の頭上から降りてきた。
「見つけた!」
やる気なのは、直感でわかる。
その時、他にもポケモンの気配を感じた。
囲まれる。レイはそう判断した。
「逃げろ!」
ならば、囲まれる前に逃げるのみ!
少し走った後、レイとイオンは示し合わせて
でんきショックを一点に撃つ。
二筋の閃光は、追っ手の目前で衝突し視界を遮る。
「くっ!」
「奴ら、どこだ!?」

ウィンズの4匹は、洞窟から少し離れた岩陰に隠れている。
「こんなところにいても、すぐ見つかるんじゃない?」
ルナが言った。
「のこのこ出て行っても狙い撃ちだ。どうするか……」
レイが言葉を返す。
すると、グレアが真剣な表情でレイの方を向いた。
「二手に分かれるぞ」
「……!?」
驚くルナを、レイが止める。
「この状況を打開するには、それしか方法がない。それに、少人数の方が見つかりにくい」
「でも、危ないんじゃ……」
ルナは戸惑っている。
「レイ……、ルナのことは任せた。お前ならできるはずだ」
レイは、精霊の丘でグレアと話したことを思い出した。
本当の意味での自分の出番。自分が、ルナを支える時。
それが、まさに今なのかもしれない。
「……わかった」
レイは、静かにそう答えた。
2匹だけでの旅だ。自分がやられてもいけないが、ルナを守らなければならない。
……やるしか、ない。
「目的地デ合流シヨウ。マダカナリ遠イ、オ互イ気ヲツケテ」
イオンの台詞が終わった、次の瞬間。
レイとルナは右、グレアとイオンは左の方向を目指して走り出した。
追っ手を振り切り、氷雪の霊峰に向かって。

真実を見つける旅は、まだ始まったばかり。





Mission06、逃避行の始まりの話でした。
あちこちで救助隊連載漫画を見ていると、逃避行は大体重要イベントになっているようで。
二手に分かれて、この先どんな旅になるか。
レイ&ルナはもちろん、グレア&イオンもばっちり書いていきます。

2008.03.19 wrote
2008.04.03 updated



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