14 想いのかけら

Mission14 想いのかけら


 遠吠えの森でトーンを救出してから、2日後の朝。
ポケモン広場周辺のポケモン達に、召集がかかった。
もちろん、ウィンズも全員揃って集まる。
他にもFLBやトレジャーギルドの面々など、多くのポケモンが広場に集合した。
「皆に集まってもらったのは、他でもない。伝えねばならぬことがあるからだ」
FLBのリーダー、フレッドが中央に進み出て、そして言った。
「三度、時の歯車が盗まれた」
その言葉に、集まったポケモン全員が大声を上げて驚いた。
ざわめきが一段落したところで、フレッドが話を続ける。
「今回盗まれたのは、霧の湖にあった時の歯車だ」
「ええーーーーーーっ!!!?」
ウィンズの全員と、ギルドのメンバーのほとんどが、揃って仰天した。
「あのことって、私達だけの秘密だったよね?」
ルナが、当事者の皆に問う。
「まさか、まさか誰かが?」
そう言ったのはギザだった。しかし不用意な一言だった。
「そんなわけないだろう!!仲間が信用できないのかよ!!!」
デシベルが、耳をふさぎたくなるほどの大声で怒鳴る。
さらにマルグが、ギザに迫って怒声を張り上げる。
「ぶぁかもぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーん!!!!」
3つの顔すべてに、青筋が刻み込まれている。
その形相に、ギザですらひるんでしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ヨノワールが割り込む。
「霧の湖に時の歯車があったなんて、私初めて知りました。
 そもそも、今回の遠征は失敗したんじゃなかったのですか?」
その言葉はノーテに向けられていた。
「申し訳ありません、約束があって言えなかったのです」
ノーテが頭を下げる。
「静粛に!」
再び、この場の主導権がフレッドに移る。
「そして、霧の湖を守っていた伝説のポケモン、ユクシーの証言から……
 侵入者の正体が判明した」
ここでフレッドの横にいたレオンとビリーが、大きなポスターを広げる。
それは人相書きだった。鋭い目つきをした、緑色のポケモン。
上に「盗賊ジュプトル」と書かれている。
「い、いかにも悪そうな顔でゲスねえ……」
「まさかこんなことになるなんて……」
「私達が秘密を漏らしてないにせよ、ユクシーに顔向けできませんわね……」
「ヘイ!あんなきれいな景色が壊されるなんて、絶対許せねえよ!ヘイヘイ!」
ギルドのメンバー達は、口々にしゃべる。
しかし、その傍らで。
「うう……」
ギルドの親方であるフォリスが、何かをこらえている様子だった。
「あっ、親方様?」
「うう……うううう……うううううう……」
突然、地響きが起きた。
ウィンズとギルドの全員(フォリス以外)は、不安な予感を覚えた。
「お、親方様!」
ノーテが声をかける。しかしフォリスには聞こえていないようだった。
「うううううううううううう……」
次の瞬間!

「たあーーーーーーーーーーーーっ!!!!」

フォリスは、ものすごい波動を発した。
「うわーーーーーーーーー!!!」
「ひええええええええぇぇ……」
近くにいたギルドのメンバー達は、驚きのあまり動けなくなった。
ノーテに至っては、ひっくり返ってしまっている。
「みんな!ジュプトルを捕まえるよ!
 ボクのギルドの名にかけて、絶対に!!」
仲間達に向けて、大声で宣言する。
「はい!我々はこれより、全ての仕事をジュプトル捕獲にシフトする!
 みんな、全力を尽くしてくれ!!」
「おおーーーーーーっ!!」
ノーテの言葉に、メンバー達も大声で呼応した。

 それから、レイとフレッドとフォリス、そして捕獲作戦に名乗りを上げたヨノワールで
作戦会議を行った。
広場に集まった大勢のポケモン達は、時の歯車のありそうな場所を
手分けして調査することになった。
ウィンズが向かったのは、夜は暗く昼なお暗い、暗夜の森。
見通しの悪さから、一行は慎重に探索していた。
「時の歯車があるとしても、見つけにくそうだね……」
「それ以前に、目の前に何かあるかもしれない。注意しよう」
その時、がさがさという音がした。
続いて、音がした方から4匹のポケモンが現れる。
「おっと、野生ポケモンのお出ましか!」
現れたのは、ツチニン、ストライク、モルフォン、ロトムの4匹。
すぐさまバトルに突入した。

グレアがストライクに、ロットがツチニンに飛びかかる。
いつものように、イオンは遠距離から狙い撃ちの構えだ。
モルフォンと対峙するルナは、相手の出方をうかがっている。
羽を動かし、サイケこうせんを放ってきた!
かなり危なかったが、攻撃を横飛びにかわす。
さらにモルフォンの攻撃が続く。
それを見たレイは、ロトムへの攻撃を中断しモルフォンに近づく。
ルナが攻撃をかわすタイミングに合わせ、レイが反撃を仕掛ける。
見事に連携が決まり、モルフォンをノックアウトした。
レイとルナは、互いに目を見交わす。
だが、レイが視線を戻した時だった。
いつの間にか目の前に迫っていたロトムが、不気味な光を発している!

 なんだ……回りがゆがんで見える。
僕は一体どうしたんだ?
……声が聞こえる。一体誰なんだ……
声が……頭の中に入ってくる……
やめろ……僕を一体どうする気だ……
やめろ……やめてくれ……
やめてくれ……っ!!!
「きゃああああああああっっ!!!」
突然、視界が開けた。

 その時、レイはどさりという音を聞いた。
視界の中に入ってきたものは……
真っ黒に焦げ、力なく倒れるルナだった。
「ルナーーーーっ!!!」
レイは、自分が何をしたかを瞬時に理解した。
ロトムのあやしいひかりに混乱させられ、
自分に近寄っていたルナに本気の電撃を浴びせ、倒してしまったことに。
「ルナ!起きてよ!」
ロットが呼びかけるが、返事はない。
目の前のルナは、意識を手放していた。
しかも、仲間達がこのことに気を取られた隙に、
野生ポケモンが猛攻を仕掛けてくる。
「……」
レイは全く動くことができないでいた。
その間にも、状況は不利になっていく一方だ。
「くそっ!ここは引くぞ!!」
代わりに、グレアが撤退の指示を出す。
そして、イオンがあなぬけのたまを発動させた。

 一瞬にして、一行は基地に戻ってきた。
2階の部屋に、いまだ意識を失っているルナを横たえる。
「なんで……僕はこんなことを……」
その横で、ロットがルナに近寄る。
だがその表情が、一瞬にして青ざめる。
「大変……ルナ、息してないよ……」
ロットの顔には玉の汗が浮かび、体のふるえが止まらない。
「もしかして……死んじゃったの……?」
声を絞り出すロットの目に、涙が浮かんでいた。
レイもイオンも、何も言うことができない。
「……レイ」
誰の声かは考えず、レイは声のした方に振り向いた。
だが。
「――――――っ!?」
突然、レイは大きく吹き飛ばされた。
声の主はグレアだった。レイを本気で殴り飛ばしたのだ。
「バカ野郎!!!確か俺は言ったよな、ルナはお前を頼りにしている、お前がルナを支えてやれって!!
 なのに、お前は……お前は……!!!」
グレアは、再びレイに殴りかかろうとする。
「グレア、落ち着いて!!」
イオンとロットが、必死になってグレアを止める。
「……ちくしょう……ちくしょうっ!!」
そのまま、グレアは部屋を出ていった。

 それから、誰も何も言わない時間が続いた。
「…………」
突然レイが立ち上がり、誰にも何も言わぬまま出ていく。
下を向いたまま。
「レイ、どこ行くの?」
ロットの声にも、レイは応えなかった。

 再び、部屋の中は静かになった。
誰ひとりとして、何も言葉を交わそうとしない。
「ねえ、イオン……あたし達、一体どうすればいいのかな……」
「…………」
もともと無口なイオンだが、今はいつにも増して無口だった。
だが、その表情は暗い。
「お願い……ルナ、起きてよ……」
その言葉も、むなしく消えていくばかりだった。

 基地を出ていったレイは、あてもなく辺りを歩いていた。
傍目からでも簡単にわかるほど、レイの気分は沈みきっていた。
頭の中がぐるぐるする。
なぜこんなことになってしまったのか。自問しても答えは出ない。
自分は一体どうすればいいのか。何も思いつかない。
何も考えられない。何も手に付かない。
何も……
「おっと!」
「わっ!?」
下を向いて歩いていたので、何かにぶつかった。
2日前に助けたコロトック――トーンだった。
「どうか、されましたか?」

レイは、トーンにさっき起きた出来事を話すことにした。
「混乱していたとはいえ、僕は仲間を傷つけてしまった……」
――仲間?
自分でそう言った時、レイは心の中に引っ掛かりを感じた。
その引っ掛かりの理由は、わからなかった。
「そんなことが……」
トーンは、レイの話を真剣に聞いていた。
話を一通り終えたところで、トーンが話し手に回る。
「そういえば、以前こんな話を聞いたことがあります」
レイも話に耳を傾ける。
「ホウオウが持つといわれる、聖なる灰があれば
 瀕死に陥ったポケモンでも、回復させることができる……
 以前読んだ本に、そう書いてありました」
トーンの話を聞いたレイは、落ち着くのも忘れてトーンに詰め寄った。
「で、それはどこに行けば!?」
「お、落ち着いてください!」
苦労しながらトーンがレイを落ち着かせ、話に戻る。
「この辺りでは、ホウオウを見かける場所といえば炎の山でしょう。
 しかし、あそこは文字通り炎が燃え盛る危険な地……」
だが、すでにレイはその場にいなかった。
「あれ、なんと気の早いこと」
穏やかな表情だった。が、この時トーンは何かを決めていた。

 レイは、いてもたってもいられなかった。
炎の山で聖なる灰を手に入れ、ルナを復活させる。
それ以外のことは、一切考えられなくなっていた。
準備もそこそこに、ポケモン広場を足早に出ようとする。が。
「どこ行こうってんだ?」
突然、呼び止める声。グレアだ。
「その様子だと、探検だろうな」
推測は当たっている。
「そうだ。炎の山に行く。聖なる灰を手に入れて、ルナを復活させる」
突拍子もない話に、グレアは面食らった様子だった。
「はい。私がレイさんに、そうお話しました」
声の主はトーン。いつの間にかここに現れていた。
彼の言葉を受けて、レイが続ける。
「そういうこと。急いで行かなければ」
ちょうどその時だった。
「ちょっと、あたし達を置いていかないでよ!」
今度はロットだ。続いてイオンも現れる。
「レイがダメだって言っても、ついていくよ!」
「俺もだ。さっきはあんな事言ったが、いや、言ったからこそ行く」
自分の行動が先読みされていたと知って、レイは苦笑いしたくなった。
けれど、それと同時に……ただうれしかった。
すばらしい仲間を持ったことに。
「では、私も同行しますよ」
突然の申し出に、レイ達は揃ってトーンの方を向いた。
少々間を置いて。
「もちろんOKだ。よろしく……っと、ところで、ルナは基地にいるんだよな?」
レイがトーンに返事を返した後、仲間達に問う。
「トレジャーギルドニ頼ンダ。コチラモ早ク出発シヨウ」
この質問にはイオンが答えた。
「そうか、了解」
レイは、一度言葉を切った。
「よし、出発だ!」
その号令をもって、トーンを助っ人に加えたウィンズはポケモン広場を出発していった。

 こうして、一行は炎の山のふもとにたどり着いた。
遠目からでも山頂から煙が立ち上っているのがわかる。れっきとした火山なのだ。
「ホウオウがいるのは、この山の頂上です」
そう話すトーンの表情は、レイ達が見たこともない凛々しいものになっている。
迷うことなく、5匹は山の中に入っていった。

 想像を裏切らず、内部にも熱い空気が立ちこめていた。
ところどころに溶岩が流れている。
しかも上空が開けているため、強い日差しまで差し込んでくる。
「あったかいのはいいんだけどさ、熱くて燃えちゃうかも」
ロットが、汗をかきながら言った。
「溶岩に気をつけろよ。特にイオン、飛べるからって足元を見落とすな」
グレアの警告に、イオンは1つ頷いた。
溶岩に近づかないよう、常に注意を怠らない。
しかし、ここで一行の隣を一陣の風が吹き抜けた。
「あれは、ウィンディ!」
気づいた時にはすでに、目にもとまらぬ高速で突っ込んでくる!
しかも、ウィンディが走った後には炎が燃え上がる。
「ここは、あたしが!」
ロットはウィンディの接近に合わせ、しんくうぎりを放った。
見事なタイミングだった。
だが、なぜか手ごたえがない。
すると、いきなり炎が飛んできた!
「ひゃっ!?」
かげぶんしんを発動し、炎を危うくかわした。
レイが攻撃を仕掛けようとしたが、その時にはすでにウィンディがいなくなっていた。
いや、いなくなったのではない。
再び遠くから突っ込んできたのだ!
「そこかっ!」
その時、レイ達は目を見張った。
文字通りの神速で突進してきたウィンディを、トーンが受け止めたのだ。
突進の勢いは、完全に消え失せていた。
続いて、トーンがウィンディを押し返す!
間髪入れず、シザークロスを決めた。
二筋の斬撃が交差する。
ウィンディはそのまま横倒れになった。
「……」
レイ達は、目の前で起こった一連の出来事を前に、目が点になっていた。
「ど、どこにそんな力があるんだ……あの体のどこに……?」

 しかし、安心するのはまだ早かった。
ピジョットやコータスなどのポケモンが、大挙して襲い掛かってくる!
「えーっ!?」
「ちょっとどころじゃなく多いな」
あわてるレイ達とは対照的に、トーンは不自然なほど落ち着いていた。
深呼吸を1つして、歌を歌い始める。
その澄んだ歌声に、野生ポケモンの大軍は一斉におとなしくなり、
そして……1匹、また1匹と、眠りに落ちていく。
またしても、目が点になったのだが。
「よし、起きないうちに進もう」
レイが、大声にならないように注意して呼び掛けた。
そして一行は、足早にこの場を離れる。

 それからも、一行は襲いかかるマグマッグやオニドリルなどを退けながら
山頂に向けて進んでいった。
「もうすぐ……ですね」
トーンが立ち止まる。
「おそらく、ホウオウと会えば戦いは避けられないでしょう。
 ですからみなさん、この木の実をどうぞ」
そう言いながら、人数分の木の実を取り出す。
「コレハ……オッカノ実カ」
「はい。ほのおタイプの技に強くなります」
一行は、それぞれオッカの実を食べてから
進軍を再開した。

 ほどなく、山頂――
火山の山頂ということから連想できる通り、火口になっていた。
しかも、絶えず溶岩が噴き出している。
「ここが山頂か……さすがに暑いな」
グレアが、周囲を見回す。すると。
「ホウオウ出てこーーーーーーいっ!!!」
4匹のポケモンは、かなり激しく驚いた。
突然の大声と、その声の主がレイだという、2つの意味で。
しかし、驚きも束の間。突然、辺りの様子が変わった。
5匹揃って上を向いた。
視界の先に広がっているのは、強く照りつける太陽……ではなかった。
虹のように輝く、大きな鳥がそこにいる!!
「我を呼んだか、強き意志を持つ者よ」
大鳥は、落ち着いた声で語りかけてくる。
「いかにも、我がホウオウだ。お前達、ここに来た狙いは何だ?」
「聖なる灰を探しに来た。僕の仲間を助けるために」
いきなりの問いに、レイは間を開けずに返した。
一方のホウオウは、次の言葉までに少しの間隔を置いた。
「そうか……ならば」
瞬間、ホウオウの輝きが強くなった。
「お前が仲間を助けたいと思う願い。
 我の心を呼び起こすほどの強い意志」
ホウオウは、上空に羽ばたく。
「その全てを……我にぶつけてみせよ!!!」

 その言葉を皮切りに、戦いが始まった。
レイとホウオウのやり取りを傍観していた仲間達も、一斉に身構える。
先手を打つのはイオンだった。いきなり銀色の光線を放つ!
しかし、ホウオウは見事な動きでそれを回避してみせる。
イオンの行動が読まれているかのようだった。
「おっと、休ませるか!」
他の4匹が、一斉に接近する。
「……むんっ!」
突然、4匹の動きが止まった。
「……!!」
ホウオウの眼光に捉えられたポケモン達は、
空中にとどまったまま、全く動くことができない。
すると、ホウオウが翼を振り下ろした。
「ぐっ!」
その流れに沿うように、地面に叩きつけられる。
「サイコキネシスが使えるのですか」
起き上がりながら、トーンが言った。
一方のホウオウは、再び上空に舞い上がると
激しい光をまとい始める!
「この技は……ゴッドバード!」
次の瞬間、光となったホウオウが急降下!
その標的はトーンだった。
彼は、両腕を交差させてこすり合わせる。
たちまち、言葉では表せないような不快な音波が発せられる!
「!?」
ホウオウの速度が、一瞬だけ下がった。
その一瞬の隙に、トーンはホウオウの着弾点から逃れた。
続いて、着弾点に二筋の閃光が放たれる!
レイとイオンの同時攻撃だ。
確かに命中した手ごたえがあった。
だが、ホウオウはまたしても上空に飛び上がっていく。
美しい輝きとともに。
「効いてないのか!?」
すると今度は、トーンが歌声を響かせる。
「なるほど、歌か!」
ところが、ホウオウの行動はまたしても一行の想像を超えていた。
淡い色のバリアを張り巡らせ、歌声を遮断している!
「ダメですか……」
トーンがそう言った時、上空のホウオウの影が
地面に立つ5匹のポケモンを覆っていた。
「おおおおお!!!」
ホウオウの巨体のみならず、その影までもが輝き出す。
次の瞬間、地面一帯に激しい炎が巻き起こった!
炎の山の山頂で踊り狂う炎は、まるで生きているかのようにポケモン達を襲っていく。
「あっちいいいいいい!!!」
ロットの悲鳴も、燃え盛る炎の勢いにかき消される。

 ホウオウの攻撃に、一行は壊滅寸前まで追い込まれた。
生きてはいるが、ほとんど戦闘不能だった。
もし決戦の前にオッカの実を食べていなければ、全滅どころではすまなかったはずだ。
間違いなく、犠牲者が出ていただろう。
焦土と化した、炎の山の山頂。
そこに、まだ動いているものがいた。
「まだだ……僕は、負けるわけには……いかないんだ……」
レイが、立ちあがった。
これにはホウオウも、わずかながら動じた。そして、問いかける。
「ほう……お前の意志は本物のようだな」
その口調は、最初に話した時と同様に落ち着いていた。

大きく息をしながらも、レイが言い返す。
「そうだ!僕は負けない!」
ルナを、助けるために。
レイは息を吐き出すと、全身に力を集中させた。
自分の体が、軽くなっていく。
上空のホウオウが、その両目を輝かせる!
しかし、眼光がレイを捕捉することはなかった。
ホウオウの視界から、一瞬にして逃れたのだ。
その間にも、体が軽くなる不思議な力が
レイの体の中にあふれてくる。
そして、心の中には力が、闘志が満ちてくる。
――やれるか……ホウオウを!!
意を決して、レイは充電を始める。
いつもの何倍、何十倍もの速さと密度で、力が集まる。
それを見ていたホウオウが、先に行動した!
「こちらから行くぞ!!」
虹色に輝く巨体は、さらにまぶしく輝く。ゴッドバードの構えだ。
そして、ホウオウが真っ直ぐ突っ込んでくる!
……その、瞬間に。
「受け取れえええっ!!!!」
限界までためた力を、一気に放出する!
色とりどりの閃光が、ホウオウに殺到し――
そして、大きな爆発を起こした。
立ち上る煙の中から、ホウオウが堕ちていく。
レイの、目の前に。

 決着は、ついた。
「見事だ……お前の意志、見せてもらったぞ」
ホウオウは、静かに、しかし弱々しさを感じさせない声で言った。
「お前からは、仲間を助けたいという、いやそれ以上の力を感じた。
 おそらく、お前にとって大切な者なのだろう」
……大切な者。
レイは、その言葉が心の中に入っていくのを感じた。
「さあ、持っていけ。聖なる灰だ」
ホウオウが、地面に立ったまま、少しだけ羽ばたいた。
すると、レイの手の上に黒い粉が集まる。
「……ありがとう」
レイの口から、自然に言葉が出た。
しかし、その時にはすでに、ホウオウはレイの頭上にいた。
「さらばだ。早く戻るがいい。
 お前が助けたいと願った仲間……その者を、大切にな」
ホウオウは、空の彼方に飛び去った。
虹色の光を残して。

 なんとか立ち上がれるまでに回復した4匹のポケモン達とともに、
レイは、ウィンズ基地に急いで戻っていった。
空には、星が輝いている。
帰ってくるやいなや、レイは炎の山から持ち帰った聖なる灰を
意識を手放しているルナにふりまいた。
ふりまかれた灰は、かすかな輝きを見せた。
「ルナ……起きてくれ。
 僕達の前に、戻ってきてくれ……」
あとはもう、祈るしかなかった。


 ルナは、暗闇の中にいた。
今しがた、闇の中で目が覚めたのだ。
しかし……どちらを向いても何も見えない。
――私、一体どうしちゃったのかな……
このまま、暗い闇の中で、さまよっていくのかも……
「…………」
突然、何か聞こえてきた。
―――え……なに……?
「……ルナ……」
やっと聞こえるくらいの小さな声。しかし、確かに聞こえてきた。
――呼んでる……私を?
ルナは、声がした方へ行こうとした。
……それはできなかった。体が思うように動かない。
声はすぐにまた聞こえなくなってしまった。
続いて、今度は何者かが現れた。
「ケケッ!ルナか……相当弱ってるぜ。
 ちょうどいいや、どこかに引きずり込んでやるか」
現れたのは、ダークネスだった。

 ダークネスは、ルナを引きずって歩き始めた。
抵抗する力は、ルナには無い。
「さっき、声がしたっけか……
 オレにはわかる。あれはレイの声だな」
――え?
ルナは、ダークネスの言葉に衝撃を受けた。
「ケケッ、それならその声と逆の方向に行くとするか。
 そうだな、闇の世界にでも捨てていこう」
そう言って、ダークネスはルナを引きずり続ける。
ルナは抵抗を試みるが、全く意味をなさない。
――どうしよう……私、このままじゃ知らない世界に捨てられちゃうよ……
  ダークネスは、レイの声が聞こえたと言っていた……
  レイ……会いたいよ……

 しばらくして、ダークネスが足を止めた。
「……あれ?オレとしたことが……道を間違えちまったかな」
ダークネスは、あたりをきょろきょろと見回す。
「ケッ……ダメだ。どっちがどっちだかわからねえ。
 しょうがない、ここに捨てていくか……」
ルナをその場に置いて、ダークネスは姿を消した。
その時。
「……ルナ……」
また、声がした。今度は、はっきりとわかる。
――レイ?レイなの?
「……ルナ!」
闇が、開けていく。


 ルナが、その目を開いた。
闇の世界ではなく、ウィンズの基地で。
「私……どうしたの?」
目の前にはレイがいた。
だが、その表情はルナからは見えなかった。
優しく頭をなでられているのを感じる。
「ルナ……生きてた……」
レイの詰まった声が聞こえた。
「やったーーー!!」
飛び跳ねるロット。安堵の息をつくグレア。
少しだけどうれしそうな表情のイオン。笑顔でうなづくトーン。
皆が助けてくれたということが、ルナにもわかった。
「……ありがとう。けど、もうちょっとだけ寝させて欲しいな」
そう言って、再びルナは寝ようとする。
声が聞こえてきた。
「それは僕の台詞だよ……ありがとう、ルナ」

 時を同じくして、基地の外から一筋の影が離れていった。
しかし、その存在に気づくポケモンは誰ひとりいなかった。

 一夜明けて、空が明るくなってきた頃。
薄明るい小さな森の中に、2匹の小さなポケモンがいた。レイとルナだ。
「歩けるか?」
レイはルナの体を気遣いながら、前を歩いている。
「うん、大丈夫」
そう言いながら、ルナは後ろを歩く。

 少しして、2匹は森の中で足を止めた。
他に起きているポケモンはほとんどいない、静かな場所だった。
「……静かだな」
「……本当にね」
少しだけ、間を置いて。
「ルナ、ごめん……混乱していたとはいえ、僕はキミを傷つけてしまった」
まだ言ってなかった言葉。
「ううん、私はいいの。大丈夫だから……」
そこで、ルナの表情が変わった。
「なんて、そんなわけないでしょ!」
そう叫んだ後、小さな声で続ける。
「すっごく痛かったよ?本当に死にそうだった」
「ごめん……」
「……でも」
顔を伏せていたレイは、再びルナを見る。
「レイが強くなったってことよね。それに、幻のポケモンといわれるホウオウに勝つなんて。
 ありがとう、私のためにそこまでしてくれて」
「ルナ……」
レイは何か言おうとしたが、言いかけてやめた。
自分に向けられたルナの笑顔が、レイの目にまぶしく映った。
しかも、自分の顔が熱くなるのを感じる。

 その時、レイはホウオウが言った言葉――
「自分の大切な者」という言葉、その意味を知った。
そして、レイは少し迷った。
回りには誰もいない。自分とルナ以外、誰も。
「ルナ……僕は今回のことで、1つわかったことがあるんだ」
何気なく、言った。
「え……?」
ルナがレイの顔を見る。目と目がぴったりと合う。
――言おう。今なら言える。
「ルナが好きだってこと、それに気づいた」

 一瞬、時間が止まった。
レイは自分でも不思議なほど平然としていた。
しかし、目の前にいるルナは、顔を真っ赤にしている。
「ちょ、ちょっと……それってどういう……」
「どういう意味って、言われても……」
聞き返されて言葉を返す。さすがに今度はちょっと詰まってしまった。
「え……えーっと……」
ルナは明らかにあわてている。

しかし、ちょうどそんな時。
「あ、やっぱりここにいた!」
高い声がした。続いて、小さな赤色のポケモンが現れる。ロットだ。
「……ちっ」
レイは、露骨に不機嫌な顔をした。
「あれ?レイ、何かあった?」
何の疑問も持たず、ロットが言う。
「いや、何でもない」
だが、その口調から不機嫌さを感じさせた。
そんなレイの代わりに、ルナがロットに問う。
「ど、どうしたの?」
ルナはまだ落ち着けていないようだった。
「探検隊に召集がかかってるの!ポケモン広場に集まれって!」
ロットの説明に、レイの表情から不機嫌さが消える。
「そうだ、時の歯車!」
「行こう!」
3匹は、小さな森からポケモン広場に急ぐ。

 しかし、レイは内心ではまだ不機嫌だった。
ルナが、何も答えを返さなかった……いや、返せなかったことに。




終わった……Mission14、執筆はすさまじい難関でした。
構想の段階から、ここは重要回となることがわかっていたので
今までで一番の気合いを入れて書きました。
この話は、赤をプレイしていた時に
混乱状態のレイの10まんボルトで、ルナを一撃で倒したことがきっかけとなって
ネタが浮かびました。
しかし予想以上の苦労だった……
まあ、まずまず満足のいく出来だと思います。

次回、ついにあのキャラが登場!!


2008.06.23 wrote
2008.07.25 updated



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