|
カテゴリ:演劇
いい芝居には、必ずいい役者がいる。
その芝居の本質を体現できる役者がいなければ、どんな本も真価を発揮できない。 その意味で、「女教師は二度抱かれた」ははぜいたくな舞台だ。 奇才・松尾スズキが放つ変化球を、 怪優たちがバットの真芯にとらえて次々とホームランをかっ飛ばす。 まずは、大竹しのぶ。 三角巾にお仕着せのブルーグレーの作業着にゴム手袋といういでたちで数人が現われる冒頭。 性別だってわからないくらい匿名性の強い中から、 いきなり強い訛りで「野良での出来事」を話し出すと、そこに「パートのおばさん」が出現。 ほかの役者はぜ~んぶかすむ。 そうかと思うと、彼女が夢見るような目をして宙を見上げたとたん、 パートのおばさんの形相は消えて、彼女は瞬時に美しく教養深い若い女性に。 瞬間である。 のりうつってる。 大竹しのぶという女優は魔法の箱だ。 どんな人格を入れても、おさまらないということがない。 伸縮自在。 歌舞伎の「弁天小僧」の一節まで披露する。デフォルメの極地。それでいて、正統。 実力がなければタダのお笑いになるところを、思わずひきこまれて、拍手。 もう1人が、阿部サダヲ。 最近は、映画でもテレビでも引っ張りダコで、露出度もグンと上がったが、 彼の真価はきっとナマの舞台でなければ本当にはわからない。 芸達者である。 ホンモノの歌舞伎役者である市川染五郎を前に、歌舞伎の御曹司をこれでもか、とベタに演じる。 セリフが通る。間合いが抜群。体が切れる。 そして、オーラだ。 思いっきり笑わせてくれるが、思いっきりカッコイイ。惚れる。 オカマの役だが、男らしい。主役の器だ。 さすがの実力で重要な役回りを担うのが、浅野和之。 苦虫を噛んでいるような顔をしながら、やることなすこと可笑しい。 可笑しいのに、恐ろしい。 根っからのコメディ役者なんだな、この人。 「フラガール」に出ていた池津祥子、 「クライマーズ・ハイ」に出ている皆川猿時も脇を支える。 力のある人は、セリフの切れと重さが違う。剛速球が耳元をかすめ、空気を引き締める。 もちろん、笑いのツボをご存知だ。 その意味で、役者としてもものすごい人と実感したのが、 この話を書き、演出もした松尾スズキ。 存在感バツグン。 何なんだ、この才能は・・・。 彼の作品は「ユメ十夜」の第六夜や「クワイエットルームにようこそ」と映画は見ているけれど 舞台は初めて。 3時間をものともしない、心憎いまでの舞台転換とテンポのよさ。 現実ネタをポンポン入れ、アソビのシーン満載ながらも、筋はまったくぶれずに一直線。 そして、音楽。 音楽的センス抜群である。 曲はフクザツなコードを駆使しながらも、メロディは単純、リズムは明解。 観客の体にすっと入ってくるその馴染みのよさが、 この舞台の音楽性の高さと、求めるクォリティーの高さを示している。 みんなきれいにハモる。すごい。 「音楽劇」といってもユニゾンでがなるだけのものとか、 「ミュージカル」と銘打って、歌えない人気俳優を取り揃えたりする興行とかは、 「ただの演劇」でもこれだけの歌を歌ってることをその目で確かめてほしい。 大竹しのぶ、石の上にも三●年だ。 いきなり彼女が歌う「さ~がして~♪さ~がして~」のテーマソングがいい。 「寝取られ宗介」で歌った悪夢のような「ありがとう、さよなら」からウン十年、 彼女は上手くなったと本気で思った。 しかし、 秀逸だったのは、市川実和子と星野源が歌う「夜のボート」。 市川は、セリフの場面では多少見劣りする部分もあったが、 この歌を歌い始めた途端、 「だから彼女を使ったのね」と納得。 奥の深い、デカダンな歌い方をしていた。無垢な表情を持つ、オトナの女なのである。 星野はこの舞台の音楽をマネージメント。 生演奏で舞台を支えるSAKEROCKのピアノ担当・門司肇とともに、 最高のミュージックを造り上げた。 染五郎は、他の役者のエキセントリックさの影に隠れてあまり目立たない。 しかし「歌舞伎役者の御曹司」の気配を完全に消し、 人生に成功すればするほど心が苦しくなる、1人の男の迷いを演じきった染五郎に、 私は拍手を送りたい。 新進気鋭の演出家で今売り出し中という、松尾スズキの分身ともいえる主人公の、 いい加減であり、自分がなく、流されまくりで優柔不断人生のダメ男ぶり。 けれど実は純情で優しくて、みんなから好かれている、ステキな二面性。 これが最初から最後まで一貫しているからこそ、舞台は回る。 話がただのご都合主義にならず、 「女教師」はただのやっかいな悪夢にならず、 観客の心には、常に温かいものが流れる。 松尾は「初めて一緒に仕事をする染五郎さんの出来が成否を左右する」と思っていたというが、 彼のもくろみは、観客をいい意味で裏切って成功しているのではないだろうか。 風俗嬢に抱かれながら、遠い目をする染五郎の表情には、 「失くしてしまったもの」への哀愁が溢れていた。 「女教師は二度抱かれた」は、東京・渋谷のシアターコクーンで8月27日まで。 正味3時間、休憩入れて3時間半の大長編ですし、 チケットもよく売れているようで、立ち見も盛況ですが、 時間のある方、ぜひ観劇をおすすめします。 自分には小劇場チックな奇抜さは合わないんじゃないか?と二の足を踏んでいるアナタ、 大丈夫。絶対ついていけます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[演劇] カテゴリの最新記事
|