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カテゴリ:熊川哲也とKバレエカンパニー
「真夏の夜の夢」「ラプソディ」「モーツァルト!」の3作品による「トリプル・ビル」。
熊川哲也は「ラプソディ」で主演、「真夏の夜の夢」ではパックを、 1回の公演でいずれかを必ず踊るというキャスティング。 私は熊川のラプソディ、橋本直樹のパックの回を観た。 なぜかといえば、昨年の初演「真夏の夜の夢」でパックを見たときに、 この役が熊川である必要性をあまり感じなかったから(詳しくはこちらを)。 この作品をKバレエでやると聞いたアンソニー・ダウエルが熊川に、 ぜひオベロンを演じてほしいと要請したのは、 オベロンを知り尽くしたダウエルの、まことに正しい助言であったと思ったものだ。 そしてもう一つの理由は、 熊川以外が踊る「ラプソディ」なんて考えられなかったから。 「バリシニコフのために作られたこの作品を、今踊れるのはKバレエだけ。 なぜなら、熊川がいるから!」…と思った私の感想はこちら。 前置きが長くなりましたが、そういうことで行ってまいりました。 「ラプソディ」って、美術がちょっとヘンでしょ? 極彩色、サイケデリックな幾何学模様で、衣裳もサーカスみたいだし。 そしてストーリーといえば 「明確なストーリーはない」って必ず書いてある。アブストラクト、とか。 でもあったんだ。ストーリーが。 今回、 初めてそこに気づいた。 昔むかし、小学生のころ、運動会の「マスゲームダンス」で、 「田毎(たごと)の月」というのを踊ったんですよ。 (みんな白の丸首運動着とブルマ、そして鉢巻です)。 「♪菜のは~な畑~に、入り~日薄れ~・・・」の「朧月夜」の音楽に合わせ、 女子全員(50人くらい)が大きな円を描いたり、小さな円たくさんになったりして いろんな図形を描いて踊るの。 田んぼは区切られてるでしょ? その一つひとつに月が映ったり、 たくさんの田んぼに一つの月の弧がちょっとずつ映ったり、 というのを表現したのね。 Kバレエの「ラプソディ」を見ながら、 「ああ、これは田毎の月なんだ~」って急にひらめいてしまったたわけです。 そう思ったら、 あのヘンテコ衣裳もとっても素敵に見えた。 芸術家のイマジネーションとコンセプトって、無限だわ~。 これは、月と風の恋物語。 月(女性=黄色い衣裳)が、夜の水面に姿を映していた。 風(男性=赤い衣裳)が水面をゆらすと、 さざ波(女性コールド=青い衣裳)が立って、 水面に映る月(女性コールドのスカートがなびくと黄色がのぞく)も散る。 水面に浮かぶ紅い枯れ葉(男性コールド=紺にちょっと紅がのぞく衣裳)もまた、 波の上をたゆたう。 風は月だ!と思って、水面の姿の一つひとつ(女性コールド)を確かめる。 でも、みな違う。 そして、とうとう天空の月をみつけ、月と風は2人で踊る。 2人が踊ると、 さざ波が立ち、月の姿が千々に乱れ、枯れ葉が舞い、 そんな水面の上を、恋の歓喜に満ちた風が、縦横無尽に横切っていく!!!! そういうストーリーだったんだ、と思いました。 でもね。 今回の熊川には、「ラプソディ」に絶対的に必要な「スピード」が、なかった。 あっという間に下手から上手を駆け抜けていく、あの意外性。 どうしてそんなに、なんでこんなに、という驚きの連続。 それこそが、ラプソディの「肝」である。 深みとか理解とか丁寧さとかポジションとか、 そういうものだけではどうにもならないものが必要なのだ。 もちろんほかのダンサーと比べれば、さすが熊川、なのかもしれなけれど、 私にとっての「ラプソディ」は、もう 私の頭の中と、DVDの中にしか存在しないんだな、と思った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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