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ミュージカル・オペラ

2017.04.28
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初演に比べ、
あんなところこんなところがかなり変わった、というウワサは
いろいろ聞いておりますが、
私は初演を観ていないのでその点についてはなんとも言えません。
逆に、なぜ初演に行かなかったか、といいますと、
「王家の紋章」というマンガにあまり心を惹かれたことがなかったからです。
すごい人気だったし、もともとエジプト文化とかにも興味がある方なので、
チャンスがあるたび何度もトライしましたが、
キャロルにまったく感情移入できなかったのでそのたび断念。
だから、
大好きな浦井くんがメンフィスだとか聞いても心が動かなかったんです。

昨日、午前中と夜に所用があって、
一度帰宅するのは中途半端な時間が空いてしまったので、
劇団四季の「ノートルダム」か滝沢歌舞伎でも(でも?)観ようかと調べたら
すみません、「でも」とか舐めててすみません、チケット入手が困難で
「王家の紋章」はゲットできたので行ってまいりました。

予備知識なく、ある意味、本当に「素」のまま劇場に行ったのですよ。


以下、ネタバレしますので、
これから行く人は、観劇なさってからお読みくださいませ。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ネタバレしますよ!

















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
辛口ですよ!















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ミュージカルですから、まず楽曲が大切ですよね。
「屋根の上のバイオリン弾き」でも「レ・ミゼラブル」でも「オペラ座の怪人」でも、
「ミス・サイゴン」でも「キャッツ」でも、
タイトルを聞けばその場面と旋律が思い出されるような、そんな魅力的な歌が
このミュージカルにはありませんでした。

リーヴァイさん、どうしちゃったの?って本気で思った。
「モーツァルト!」とか「エリザベート」とか作った素晴らしい方なんですが、
これは自己模倣の寄せ集めとしか思えん。
短調から長調への転調コード進行とか編曲とかまったく同じだから、
別の作品の名曲のサビが頭に浮かんできてしまうほど。

あと、歌手の音域や生理を無視してるように思う。
もちろん、それを凌駕する歌手ばかりであれば気にならないのかもしれないけれど。でも、
どの歌手にも自分の良さがもっともよく出る音域というものがあって、
そうでない音域だとたとえ楽に出る音域でも、
魅力が半減してしまうのですよ。
有名なミュージカル歌手たちがこんなにたくさん出ているのに、
皆低音をうろうろしたり、音程が定まらなかったり、
今までに比べなぜかヘタに聞こえてしまって、
才能を生かし切っていない、もったいないと思いました。
曲調に感情と一体になる抑揚がなく単調。
ピアニッシモは声が詰まり、
フォルテッシモはがなるばかり。
豊かな声、というものに出会う回数が少ない舞台でした。

歌手の音域や生理を無視してる。ということは、
聴衆の生理も無視しているということで、
歌を聞いている気持ちよさが理屈なしに心を洗うというような現象がまったくなかった。
歌詞も頭にすっと入ってこない。
心情と歌詞が旋律に乗って初めてアタマとココロがシンクロするというのに、
そういう歌い方ができていたのは、女官長ナフテラ役の出雲綾のみでした。

この前、
トニー賞コンサートin Tokyoに行ってきましたが、
ケリー・オハラの歌声は本当に素晴らしかったです。
そのうえ井上芳雄もそれに負けないくらい心が揺さぶられ、
それからディズニーコンサートで海宝直人の歌声にも感動し、
ああ、日本のミュージカルもここまで来たんだ、と思ったばかりだったので、
余計悔しくてなりません。
浦井君、下手になったんじゃないの?ってほんと思ったよ。
大好きな浦井君、がんばれって思った。
他の人たちも、みんなこんなもんじゃないはず。
そう思いたい。

ストーリーに関しては、
先ほども言ったように原作自体に無理があるので、
あまりツッコミたくないのですが、
それにしても、
一人ひとりの心情の掘り下げ方が浅すぎる。

そして衝撃のラスト!

「えっ、これで終わり?」

キャロルがメンフィスと生きることを決意するのはわかる。
だけど、
「エジプト上下を二分することがあってもそれはあなたのまいた種」と言っていた
姉のアイシスが、
メンフィスの姉にして弟を異性としても愛しているアイシスが、
なぜ最後に唱和して大団円?
彼女はどこで恋をあきらめた?
どこでキャロルと身内になることを受け入れた? わからん。

そもそも冒頭、
現代エジプトで王家の墓に来たキャロルが
墓の中の花束を手にした途端
「封印が解かれた」と言ってキャロルを古代に誘ったのはアイシスだよね?
どんな封印だったのか、
封印されるようなものがあったのか、
封印したのはアイシスなのか、
ていうか、
あの墓はあのあとどうしたんですか?
キャロルが古代で命全うした証拠とか出てくるんですか?
出てこないんですか?
ナゾすべて放置??

古代に生きることにしちゃった妹を探し続ける兄のライアンも
あとは野となれ山となれ状態?

王家の墓をあばいたら呪いがかかるって言われて、
そんなの迷信だって言ってたら妹がいなくなって、
と思ったらみつかって、でもまたいなくなって、って
どんだけトラウマなんだ?
「俺のせいで愛する妹がいなくなった」ってきっと思ってる。

せめて最後の場面の片隅に出して
「キャロル~!」って叫ばせてあげたかったよ。

そうなんです。
伏線がまったく回収されていないんですよ、このお話。
筋の展開に説得力もないし。
なぜキャロルが古代から現代に帰ったあとに、
また古代に戻ることができたのか。
現代に戻ったのは命の危険とかそれなりに納得できるんだけど、
問題は二度目に古代に行くきっかけ。
キャロルが「行きたい」と思うといつでも行けるの?とか。
ご都合主義だな~、と思ったわけです。

だいたい、
鉄の刀を持っているヒッタイト軍団に、
エジプト軍はどうやって戦ったのか。
「鉄の文化が世界を制するのよ!」ってキャロルが言ってたんだから、
勝つにしても引き分けるにしても、
「うう、ヒッタイトの鉄の剣、すごい!」みたいな描写がないと。
そのヒッタイトのイズミルに斬られちゃったキャロルが
あのまま死なないってどうよ?
ハリボテといえ、メンフィスの剣が一番切れそうってどうよ?

作り物のお話しだからこそ、
細部のリアリティがないとウソくさくなる。
そこでつまずくと、
お芝居って楽しめなくなっちゃう。

これが初演だったらこれほど辛口に書かないんですが、
手を加えて再演してこれって、修正の方向が間違っているんじゃないかと思うんです。

ミュージカルといえば劇団四季、と言われていた時代から
帝劇ミュージカルが日本の最高峰と謳われるようになって久しい。
何度心を撃ち抜かれ、何度涙し、胸熱くしたことでしょう。
たくさんの名作、名歌手に恵まれてきた帝劇ミュージカル。大好きです。
ここ数年、意識して世代交代に取り組んでいることはわかっています。
それは大切な取り組みですし、そこから城田優というスターも生まれました。
でも、この「王家の紋章」を見ると、
作品・歌手ともに次世代への発展の方向性を定めあぐねているようにも見えてきます。

恐れずに新人起用するのは大切なことですが、
宮澤佐江さんは、まだミュージカルの主役には早いと思いました。
歌がうまいとか声量があるとか、そういう才能に恵まれていたとしても
それだけでは務まらないのが「主役」というもの。
圧倒的なオーラ。
観客を魔法にかける力がないと、なれないと思いました。
少なくとも、
主役でないところからミュージカルやクラシックの発声の勉強をされたほうがよいと感じました。

出雲さんの歌が一番よかったって思ったということは、
いいことじゃなくて悪いことなんだと思う。
出雲さん「も」よかった、じゃなくちゃ。
宮澤さんだけじゃなくて、他の人たちも
もっと奮起してもらわなくてはならないと思っています。
奮起に足る作品であってほしいと心から思います。






Last updated  2017.04.29 11:58:06
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2016.01.17
楽しかった!
KAATは舞台空間の作り方の自由度が高く、毎回ワクワクする。
今回は、「花道」登場!
筧さんはつかさんテンション維持プラスエンジニアの包容力でした。
松浦雅、エリアンナの歌声に酔いしれた!






Last updated  2016.01.19 12:45:49
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2015.11.17
「ビリー・エリオット」がホリプロ主催で日本公演をすることになりました!
歌は歌うは演技はするは、クラシックからタップから、踊りまくるは、の子どもたち。
「絶対日本人には無理だよね」と言われていたけれど、
いやいや、やるそうですよ。
クラシックバレエは、Kバレエスクールが全面協力でおしえるそうです。
ていうか、
Kバレエスクールの子たち、オーディション受けるでしょ!
熊川氏、さすがです。
「ビリー・エリオット」は映画「リトル・ダンサー」の舞台版。
「リトル・ダンサー」で、大人になったビリーがロイヤルの舞台に出るシーン、
それを演じたのは
熊川氏と同じ年のローザンヌコンクールに出場し、
ロイヤルバレエでも盟友だったアダム・クーパーでしたね。

詳しくはこちらこちらをご覧ください。










Last updated  2015.11.18 00:47:13
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2015.10.06
TOKYOMXテレビが、今年開局20周年を迎えます。

それを記念して、MXテレビでは

「5時に夢中!」などの長寿番組のスタッフに取材し、

「キュートーン」に記事を掲載してきました。

その一環として、秋号掲載に取り上げられた「TAKARAZUKA CAFE+BREAK」。

2003年から司会を務めている中井美穂さん

宝塚の魅力についてインタビューした記事が掲載されました。

彼女が宝塚にハマった意外な経緯や、

たくさんのタカラジェンヌとお話しし、舞台も観て感じたことを

率直に話してくださいました。

フリーペーパーなので、ぜひお手にとってみてください!

WEBでも公開しています。

こちらからPDFを見られます。

中井美穂さんの記事は10~11ページ。






Last updated  2015.10.06 08:36:09
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2015.09.10
演劇&エンタメ系webマガジン「オモシイ」
ブロードウェイミュージカル「ピピン」のレビューを書きました。
渋谷ヒカリエのシアターオーブで9/20までです。

とーにかくクォリティが高かったのと、面白かったのと、テーマが深すぎてGoo!
キャストも、
ブロードウェィで観た人が「こちらのほうがしっくりきた」と言ってるくらいで、素晴らしかった!

レビューを読んで関心を持ったら、ぜひ劇場まで!






Last updated  2015.09.10 12:27:26
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2015.04.16
私は映画「TOP HAT」が好き!
フレッド・アステアが華麗に踊るこの映画を観たときの
レビューがこちら

そのとき、奇しくも感じた「宝塚」。
そう、
細身の燕尾で踊る群舞は、
まさに宝塚そのもの!

だから、
待っていました、このときを。
そして、
アステアの向こうを張って、少しもがっかりさせなかった朝夏まなと
心からのアプローズを捧げましょう!

余裕の笑みで上半身の柔らかさを保ちつつ、
華麗なオーラを放って「スター ジェリー・トラバース」になりきっていました。

素晴らしいトップお披露目公演になりましたね。

朝夏だけじゃない!

ふっかふかのソファに長い脚を投出して座る
朝夏まなと七海ひろきの、
その「男らしい」カッコよさに、
ほれる~~~!

執事ベイツの生真面目さとおっちょこちょいさを
本当に巧みに表現した寿つかさに乾杯!

イッターリア人をこれでもか、というくらいカリカチュアしたアルベルトを
なんの臆面もなくはじけまくって表現した愛月ひかるにブラボー!

女性陣も歌がうまい!
実咲凜音だけでなく、
後半しか出てこないのに、存在感MAXの純矢ちとせ
素晴らしい歌唱力でした。

とにかく、
宙組全体のレベルの高さに脱帽!
タップも、その他のダンスも、歌も、コーラスも、
コメディタッチな演技あるなか品があって、
優雅な雰囲気も、脚の長さも、
三拍子、四拍子そろって名作をさらに名作に仕立てていました!


楽曲がいいのはいうまでもありません。
その楽曲が、宝塚の得意分野の範疇にビターっと合ったってことでしょうか。
もう、
時間とお金があったらあと100回観たいですよ。
(どこまで「TOP HAT」押しなんだ??)

会場がACTシアターで、最後に朝夏まなとの挨拶がありました。

「みなさんに、ハッピーは届きましたでしょうか?」

そうなんです。
この「トップハット」って、
メジャー(長調)の曲オンリー!
マイナー(短調)の曲が1つもないんです。

どこまでもポジティブ、どこまでも陽気、
どんな勘違いがあっても皆ポジティブに乗り越える、
そんな「ハッピー」な物語!

カネ遣いの荒い妻に悩む夫も、
二股不倫男に悩む女性も、
好きな女性にひっぱたかれる男性も、
結婚できたと思った女性をもっていかれる男性も、
みーーーーんなポジティブ!
それも出てくるのは
お金持ちかスターか美男か美女かしかいない!!

21世紀に、こんな能天気な話を、
「夢物語」ではなく「素敵な話」としてうっとり魅せてくれるのは、
きっと宝塚しかないんじゃないか??

3時間、ステージを観ている私はずーーーーーっと笑顔でした。
気づくと、自分の口角が上がっている。

素敵な3時間を、本当にありがとう!!

ぜひ、ぜひいらしてくださいね。
クウォリティ高いです。

公演詳細はこちら。20日までです。






Last updated  2015.04.17 08:53:12
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2015.02.13
聞きごたえのある2時間半でした。
出演者も豪華なら、
楽曲も豪華。


私のイチオシは、
『マルグリット』から、春野寿美礼の歌う『チャイナ・ドール』。
春野さんは冒頭に歌う『People』(『ファニーガール』)で会場を一気に支配しました。

歌の上手い方々が揃っているので
「誰がうまい」という感想は意味がない。

それでも、
春野さんはその気品と歌心で好き嫌いを越え、
最初の1音から人々の心をわしづかみにしました。

春野さんに限らず、女性陣は全員宝塚OGなわけで。
改めて、彼女たちの「力」に感服です。

男役→女優という道を経て、
全員がたくさんの引き出しを持っている。

湖月わたるは『All that Jazz』でヴェルマ、
『アイーダ』ではラダメス、と男女どちらも。

姿月あさとも
『ファントム』の『You are My Own』で
聖母マリアのような深い母の慈愛を醸したと思ったら、
『エリザベート』では男役として『闇は広がる』を!
もう、たまりませんっ!

『ファントム』では、樹里咲穂のカルロッタも
コミカルの中にもオペラ歌手ってこういうものよ、どうだ~!
を演じてくれて、素晴らしかった~。
こういう人がカルロッタやってくれないと、おハナシにならないです。

ゲストの霧矢大夢は、ソロは2曲とも男役として。
カッコいいし、歌も踊りも上手いけど、
まだ男役が抜けてないのかなー、と思いました。

それに比べると、
安蘭けいは、ついに女優の音域を獲得したな、という感じ。
私、久々にとうこさんの歌声に酔った。

男性陣も豪華!

中山晃教の『僕こそミュージック』に続けて
山崎育三郎が『何故愛せないの?』が聞けるという幸せ!
流れるようなコンセプトの共有。
すごい!

アッキーは本当に歌手なんだなー、と思う。
丁寧に、丁寧に、愛しがるように音を紡ぐ。
春野さんと同じように、その1音で、胸が痛くなるほどせつなくなるの。

すごく成長したなー、と思ったのが、伊礼彼方。
声が太く、滑らかになった。
声量もある。
『アイーダ』でも、公演当時より説得力あり。
『エリザベート』の『夜のボート』もよかったー。
そのうち、本役がまわってくるといいですね!


作品のチョイスにも工夫がありました。
単に出演者の持ち歌というだけでなく、
オールスターで歌い上げる1幕の終わりの『アイーダ』、
同じく全員でのラスト『MITSUKO』には、
今の世の中に一番大切なことは何なのだろう、と
思わずにはいられないメッセージ性がありました。

梅田芸術劇場が、
梅田コマ劇場という名前だったころから
単なる場所貸し劇場ではなく、
ミュージカルという文化への愛と理解を広めるべく
さまざまなプロダクションを企画あるいは招聘してきた歴史が
ここに凝縮しています。

今日が初日。
お時間のある方、ぜひいらしてください。
ホンモノの歌が聞けます。

http://www.umegei.com/schedule/430/index.html















Last updated  2015.02.14 13:23:04
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2014.12.20
今年、初めて「モーツァルト!」のライブ盤DVDが出ます。
パターンは2つ。
⑴井上/ソニン/香寿チームと
⑵山崎/平野/春野チーム。
山口、市村、吉野ほかはシングルキャストです。

今年で井上くんは卒業だし、
ソニンは大好きだし、
香寿さんの「空から降る金」は絶品だし、
だから⑴を劇場で予約するつもりで行ったのですが・・・。

その場では買わずに、
もう一度、別バージョンの日のチケットを買いました。

まずは、
最初観た日の市村さんの調子が悪かった。
初日あいて10日は経っていましたが、
楽までもつのかと心配になるほど、声が出てなかった。
腹から出てない。音程がとれない。
その上、細かい感情が表現として表れていない。
やっぱり大病は身体をむしばんだか、と天を呪いました。

だから2回目、
すっかり元通りのパフォーマンスになっていたのがほんとにうれしかった。
やっぱり舞台はみずもの。
一度だけで判断しちゃいけないんだなー。と思いました。

山口さんも、市村さんに引きずられたか、2回目のほうがよかった。
吉野さんは逆で、2回目は少し声の調子が悪かった。
ナンネールとして初参加の花總まりさんは、
1度目に比べ、2度目が素晴らしくなっていたので、とても安心しました。
高橋由美子さんのナンネールの印象が強いですが、
それとは違う味を出しつつも、2回目は自分の歌として歌っていました。

ソニンは大好きだけれど、
私は平野さんのコンスタンツェのほうが好みだった。

私が観たときのソニンコンスは、
「何もできない」「自分で道を切り拓けない」「なまけもの」な女に見えなかった。
井上モーツァルトを食うほどパワフルでエモーショナル、
一人で人生切り拓いていくタイプの女性に見えたのだ。

「モーツァルトとコンスタンツェは天才と凡人の開きがあるも、
 怠け者で遊びに浸りやすいところでは同じ魂の合わせ鏡、
 だからなんとなくシンパシーを感じる」という大前提に
ソニンは合ってないような気がして違和感があった。
もちろん好みの問題だし、
井上/ソニンではなく、山崎/ソニンだったらまた違ったのかもしれないけれど。

平野コンスはソニンに比べると自然で、流される女をうまく演じていたと思う。
ウェーバーの一家は海千山千で生きてきて、
コンス一人がいい子ちゃんなわけじゃない。
不満があっても一家で生きていかなくちゃならなかった弱さというか、
長いものに巻かれちゃうフラフラしたところが
平野コンスのほうにはあった。
でも、
私は2010年の島袋寛子のコンスが好きだなー。
あの蓮っ葉さ、頭の悪い子ちゃん加減は、
ノーブルな声を持つ平野さんではなかなか出せない。

さて。
肝心のモーツァルト。
私は井上芳雄が大好きだけれど、
今回は圧倒的に山崎育三郎のモーツァルトに揺さぶられた。

2010年の山崎くんがやりたかったことが、
今回パワーアップして、ブラッシュアップして、表現されている。

彼の中にある「子どものままの自分」が、「ありのままを愛してほしい」と訴えている。
「子どものままの自分」は、いわゆる「アマデ」ではない。
天才アマデに子ども時代を奪われてしまった、何者でもない自分。
「才能でもなく成功でもなく愛情でもない」ほしかったものは、
ただ家族と一緒に笑い戯れるひとときだったのだ。

だから山崎モーツァルトは、母親が死んだときと父親が死んだときに錯乱する。
そして、憎しみの眼でアマデをみつめ、あるいは「悪魔!」とののしる。

その一方で、
自分が音楽が好きっていう気持ちを大事にしたかったし、
その気持ちを形にしたかったんだなーっていうそこがせつない。
2010年の公演同様、あるいはそれ以上、
男爵夫人(の亡霊)にさとされて音楽にまい進しなければと思いあたり、
「オトナの男」になったときの変わり目が素晴らしい。

レクイエムを「自分の力でで仕上げるのだ!」と言われ、
初めて作曲の場でアマデを拒否ることの意味もわかる。
そして、
そのために、コンスタンツェという「幸せ」も逃げていくから、
ピアノの上に突っ伏すわけだ。
今度は、誰のせいでもなく、自分の選択として、
彼は凡人の「幸せ」を手放した。

今回のラストシーン、
モーツァルトは本当に「野たれ死んだ」という荒涼感があった。
私たちがどんなにモーツァルトを天才を呼ぼうが、
優れた楽曲が万人を幸せにしようが、
モーツァルトは不幸だった。
ほしいものは何も手に入れられず、死んだ。
それでも書かずにはいられない。
自分の中には「子どものままの自分」のほかに「アマデ」も存在するのだから。

若くして天才と呼ばれる人々の苦悩をあますところなく描いたこの作品を、
山崎モーツァルトは熱演している。

井上モーツァルトに関しては、
私の観た日は声が割れていて、乱暴だった。
声だけでなく、感情が乱暴だったように思う。
もっとよいコンディションのときに観たかった。

帝国劇場では24日まで、
梅田劇場では来年1月3日から15日まで。

私は⑵のDVDを予約しました。






Last updated  2014.12.23 16:29:15
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2014.07.25
週刊マーガレットに連載している頃から、
「ベルサイユのばら」を読んでいた世代である。
映画(洋画)も観に行ったし。
でも、
宝塚は一度も、ナマで見たことがなかった。
(テレビで劇場中継は何度か見ている)

今回、知人がどうしても行けなくなり、
泣く泣く手放すというので代わりに行ってまいりました!

いろいろな意味で、メルクマール的な公演だと思います。

今回主役のオスカルを演じている凰稀(おうき)かなめは、
今年11月の公演をもって退団することが決まっている。
宙組の次期トップと目される朝夏まなとはアンドレ役(緒月遠麻とダブルキャスト)だ。

まずアンドレ役の朝夏まなとが歌で魅せる。
正調ヅカ節というか、
男役トップにふさわしい歌声だ。
滑舌、艶、そして感情表現の豊かさ。
歌い方を歌詞やメロディーに沿って変えていかれるので、
キャラクターを魅力あるものにする。
ちょっとした一節に
オスカルに対する愛情の深さや、
結ばれるはずもない身分の差に対する絶望などが織り込まれ、
だから
「千の言葉が必要か?」の科白には感涙してしまった!
そうだよね、
こんなにオスカルのこと、好きだもんね。って。

それに対してかなめオスカル。

前半、私はちょっと首をかしげていた。
私のイメージするオスカルとちょっと違うのだ。

ところが・・・・・・!

その印象は、終盤になってものの見事にひっくり返されていく。
そうだ、これこそがオスカルだ!・・・と。

恐るべし、凰稀かなめ!

前半と後半で、オスカルの心理状態がまったく変わることを、
彼女は見逃していないのである。

分水嶺は、アンドレと結ばれる夜。

それまでのオスカルは、「男として生きる女」「武人として育てられた女」。
「女であること」は自分にとって、あるいは周囲にとって、オスカルの弱点だった。

「女だから」「女のくせに」「だから女は」と言われないために、
オスカルは、どれだけ自分を律して生きてきただろう。

「オスカルは信念の人です」と、衛兵隊員は言う。
「あなたはどうしてそんなに無理をしていて生きるのか」とジェロ―デルは言う。

ありのままに、など生きられるはずがない。
女が男として育てられたのだから。

アンドレが男同志ではなく、男と女としてオスカルを抱き
オスカルもアンドレを友人ではなく恋人として受け入れたその夜、
オスカルは、
「男として育てられた自分を肯定しながら、女としても幸せになれた」ことで、
底知れない強さを持った。

バスティーユを落とす市民の楯となって
胸の勲章を自らはぎ取ったオスカルの凛々しさは、
まさに
「女として生まれ」「男として育ち」「人間として死ぬ」彼女の魂の発露である。

こうして思い出すだけでも涙があふれてくるほど、
精神を解放されたオスカルを演じた凰稀かなめの迫真は、震えるほど感動的だった。

必死で男を演じていた前半のオスカルがどこかなよなよしく、
大声で人を圧しても、どこかヒステリックだったのが、
心の底から自分のありかを知った人間の強さが示す声は、
男とか女を越えて空気を揺るがし、遠くまで轟き響くのである。

前半、「フランスの栄光を取り戻す」は頭で考えた理想にすぎなかった。
終盤、
愛するアンドレの死体を越え、ほんとうにマルス(軍神)となったオスカルは
自分とアンドレを隔てた理不尽さを正すため、
アンドレの妻として、本物のシトワイエンヌになって、闘ったのだ。

そんな今回の「ベルばら」を堪能しながら、
これも時代だなー、と妙に納得した。

1970年代、
私たち乙女は、オスカルのかっこよさにひたすら感じ入ったものだ。
「女らしく」を強制されない女性が、
職業軍人として男より強く、正しく、凛々しいことが、
同じ女として誇らしかった。

「ベルサイユのばら」とは、オスカルのことだと思っていたら、
実はマリー・アントワネットのことで、
池田理代子は彼女のことを書きたかったという話を聞いて
「へえー」と感じるほど、
アントワネットはそれほど魅力的には思えなかった。

でも、年齢が上がると、
アントワネットの気持ちもわかるようになり、
今では「ベルサイユのばら」はアントワネット以外には考えられない。

かつて私たちが憧れたオスカルは、
アンドレと結ばれた夜から急に女になった。
そこがちょっと許せなかった。
今までフランス一国のことを考えていたのに、
急にアンドレという男一人が大事になってしまって
なんだか人物の器が小さくなってしまったように思えたものだ。

「結局、女は抱かれるとこうなっちゃう」って言われてるみたいで、
憮然とした記憶がある。

だからこそ、
今回の凰稀かなめのオスカルは、
後味がとってもよかった!
これまでのオスカル像とは一線を画す、画期的な人物造形である。

宝塚の「ベルばら」は1974年の初演から今回まで、16公演を数える。
そこでオスカルを、アンドレを、アントワネットを演じた多くの人が、
今でも活躍している。

「オスカルとアンドレ編」あり、「アンドレとオスカル編」あり、
「アントワネットとフェルゼン編」あり「フェルゼン編」ありの、
「オスカル編」なのだ。
宝塚は時代の波をつかみ、あるは先取りしながら、
王道を守りつつマイナーチェンジを繰り返して
伝統と現代性とを両立させている。

「願わくば歌舞伎のように、朝から晩まで通し狂言として
『ベルサイユのばら』を上演出来たらどんなに素晴らしいでしょう」と
演出の谷正純はプログラムで書いているけれど、
もうすでに、これは歌舞伎でしょう、と私は思う。

どんなお話なのか、最初から最後までをみな知っている。
知っているうえで、今回は「この場面」を見に来た。
そこで歌われるあの歌、この歌は、絶対変わらない。
でも、誰が演じるかで、ちょっとずつ雰囲気が変わる。

その上、片方の性のみで両性を演じるのも同じ。

銀橋も、よくできた花道だと感服した。
私は2階からの観劇だったが、
花道がタテなのに対し、銀橋はヨコ。見切れというものがない。
観客本位のサービス精神や工夫も、歌舞伎と同じ。伝統だなー、と思った。

ということで。
いろいろと感じ入ることの多い、「ベルばら」でした。






Last updated  2014.07.27 18:26:56
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2013.09.10
私は生のオペラは今までに「蝶々夫人」「こうもり」「トスカ」しか見たことがなく、
「こうもり」は全幕ではなかったし、
「トスカ」はニューヨークのMETで見たんですが、
時々寝てしまった。

今回、ドゥダメルの生指揮が観たいだけの理由でオペラのチケットをとりましたが、
ものすごく面白く、眠気のかけらもありませんでした。
それが「リゴレット」という作品のせいなのか、
スカラ座の製作だからなのか、
レオ・ムッチという稀代の「リゴレット」歌手の力量なのか、
聞き惚れてしまう小鳥のさえずりのようなコロラットゥーラを披露したソプラノ、
エレーナ・モシュクのきらめきなのか、
若き指揮者ドゥダメルの感性なのか、
オペラ初心者の私にはわかりません。

でも、すごかった。
1幕終わってカーテンコール4回、
2幕終わってまたまたカーテンコールして、
なんと2幕最後の歌をもう一度、下りた緞帳の前で歌う、
それもオケをつけて歌う、
なんだかさっきよりパワーアップして歌うという芸当。

これが生の舞台の醍醐味だな、と思いました。
ツイッターでも「リゴレット」ツイートが祭り状態で、
その中で
「幸せで爽快なリゴレットだった。悲劇なのに」っていう文面があって、
ほんとにそうだな、と。

舞台が人を幸せにするって、そういうことだと思いました。








Last updated  2013.10.03 21:02:42
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