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ガオライ日記

留学を決めた時

私が留学を決めた、というか、浪人自体に終止符を打つ決心をしたのは

その一校だけ合格できた大学のお陰だと思う。

何と言っていいか分からないんだけど、その合格(といっても学科ね)

を聞いた時点で、全てが終わったと思った。

それから二次試験の面接もあるし、

滑り止めの国公立二次試験もあったのに、

そこで全ての糸が切れてしまった。


もういいや、ってやっと思えた。


それまでの私は自分に厳しかったのかもしれない。

何をするにも心からのGOサインってなかった。

迷いながら大学に行くなんて考えられなくて

大学入ってから道を模索するなんてその時の私には考えられなくて

ただただ大学に入るのを目標にしてる人を沢山見てたから

そういうのを軽蔑さえしたりしてた。

今となっては19で大学生活ってのもやってみたかったなーって思う(笑)


だからといって短大やら専門学校に行くわけでもなく

何か資格取るわけでもなく

当然の如く就職なんて毛頭になく

とりあえず小さい頃から掲げてた御立派な目標にしがみついてた。

それが全てだった。


でも私は、

当たり前のように近所の中学に通って

当たり前のように自分の通った高校を選んだように

何の迷いも無く、当たり前のように次の進路を決めたかっただけ。

それにはただ大学に行くってのは不安過ぎた。


育った環境かもしれないけど、

私には先の先を考えて考えすぎる傾向が今でもある。

よく言えば将来ビジョンがはっきりしてるんだけど

悪い方向に働くと、それから逸れてしまう自分が許せない。



そんな中で、3年も家にこもって私が出した結論は

「留学」

何で?っていわれてもね、ワカンナイの。

ただ、その時初めて自分の中でGOサインが出た。

留学しない理由が見つからなかった。


私は決断が基本的に早い。

洋服なんかの買い物も、レストランでのメニュー選びもすごく早い。

だから迷った物は買わない。

迷った時は行動しない。

でも決まると、その後の行動はえらい早い。

3年も考えてやっとでた結論。

そりゃぁ、もうその後は早かった(笑)


でも、実際は渡る国を決める際にちょっともめたんだよね。

私が一番行きたかったのはカナダ。

とりあえず英語圏がいいなぁって。オージーとかさ。

アメリカは絶対嫌だった。

トルコとかもいいなーなんて。中東とか。

でもそのころテロの騒ぎでそれは無くなった。

その頃は国を決めるのにフラフラしてた時期で

周りを振り回し、巻き込んで

結局また変な妥協案で周りに迷惑をかける事になりました。

もちろんその妥協案は棄却されて中国にいるわけですが。


そんな中でも父は、留学自体に反対で

どうして留学なの?

今までの努力はなんだったの?

もう1年頑張ったらいけるかもしれないじゃないか。

そんなことばっかり言ってた。

きっと父さんは、

私が医者になりたくてなりたくてそれでもバカだから入れなくて

それで娘は病んでると思ってたんだね。

そんな私を応援しているうちに

私が医学部に入る事自体が

父さんの夢になっちゃってたんだね。


母さんは、

私の顔面麻痺を見てから何も言わなくなり、

それがあったからこそ、もう1年頑張れとは言えなかったんだって。

そんなに辛いことをもう1年しろって言えなかったんだって。


二人とも私の事をすごく思ってくれてるのがよく分って

嬉しくもあり辛かったよ。

でも私がこの結論を出すのに至れたのは

あなたたちのお陰だって思ってるから。

何も言わずに支えてくれた事、本当に感謝してる。



普段、面と向かってはいえませんが、

お父さん、お母さん、本当にありがとう。

これからもよろしくね。




さてさて、具体的な留学先決定&ひと悶着解決編はお次へどうぞ


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