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出羽の国、エミシの国 ブログ

東北戊辰戦争(庄内藩関連)

1867(慶応3)年*******
10月14日:大政奉還
12月 9日:王政復古の大号令(クーデター)
12月25日:江戸薩摩藩邸焼討ち事件
1868(慶応4)年:
9月 4日:米沢藩の降伏
  15日:仙台藩の降伏
  22日:会津藩の降伏。
9月23日:米沢藩主を通じて謝罪降伏書を大石田に居た政府軍、黒田参謀に出した。
9月25日:庄内藩使者が古口で政府軍参謀、黒田清隆と会見し、鶴ヶ岡城開城などの6つの条件で降伏した。戦線の藩兵らは鶴岡に引き揚げた。
9月26日:黒田清隆参謀が鶴岡に入り、致道館で藩主忠篤(ただずみ)と会見した。この時、大総督府参謀の西郷隆盛も鶴岡に到着し黒田らと城内を巡視した、当時西郷隆盛の入庄は庄内藩側には秘密裏にされたという。
9月27日:鶴ヶ岡城開城と武器の接収が開始された。また、1万数千人の占領軍が到着したが、荷物運搬などの街道の大きな混雑があったがそれ以外は乱暴行為もなく平穏だったという。
10月9日:盛岡藩の降伏
12月  :城地没収、藩主忠篤謹慎、弟の忠宝(ただみち)に12万石が下賜された(約5万石の減封)。


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