泣くのはヤツらだ!
「これは泣けるよ!!」と勧められて、観た映画。「おばあちゃんの家」たしか、以前、テレビだかラジオだかの「映画紹介コーナー」でチラと聞いた覚えもある。しかも、「あー。きっとワシは泣いちゃうだろーなー」と、さえ思ったのだ。映画のオープニングは、ヒステリックなお母さんに連れられた子供(♂)が、長~~~い時間かけて、バスに揺られて田舎にやってくる。そこで、ヒステリックなお母さんのお母さんに預けられる。というモノだ。はて? このシーン、どっかで見たことあるよな~?そう。今「あっ!!」って言ったアナタ、正解です!これって、「アルプスの少女ハイジ」ですよ、ね。たまたま、預けられた先が「おんじ」ではなく「ペーターのおばあさん」だっただけだ。で、ここから子供(♂)とおばあちゃん(♀)のハートウォーミングなストーリィが展開されていくのだ。が、このガキが、実にイマイマシイ。頭でっかちの独りっ子は、独善的で、コミュニーケーションをとるのが下手で、素直になるのに、時間がかかる。でも、ホントはやさしいイイ子なんだよ。って、言いたいらしいが、そんな悠長なことは言ってられない。悪いことは、悪いのだ。言ってもわからないヤツは、身体でわからせるしかないのだ。絶対えらグソさしちゃる!(↑我が家に代々伝わる最高の愛情表現)と怒りに打ち震え続けて観てしまったので、結局、泣けず終いになってしまった。アナタも一度、観てください。「おばあちゃんの家」で、泣けたかどーか、教えてください。アナタが心から泣けたとしたら、それは、ワシの心が狭い・・・っていうことだな。きっと。うん。「これは泣けるかも!?」と勧められて、読んだ本。「博士の愛した数式」そもそも、数学の時間に、生徒指導の主任がいきなり教室に入り込んできて「オメーらぁなんか、どーせバカばっかりなんじゃから、勉強なんかしても無駄じゃぁ。自習でもしとけよ。おらー!」なんていう高校を出たワシが読むべき本か?そら、違うだろー。とは思ったが、しかしホレ。作者が、我が岡山県の小説家「小川洋子」さんだっちゅーでねーか。なら、とりあえず読んでみるか。とある交通事故が原因で、記憶力が80分しかもたない数学博士(♂)と、主人公の家政婦(♀)。その子供(♂)、ニックネームは「√(ルート)」の3人が織り成す、愛のドラマだ。内容は・・・。って、んなことツラツラ書いても意味がない。なぜなら、このドラマは、すべてが「愛」で覆いつくされているのだ。そう。ワシのイメージしている(或いは定義している)「愛」というものが総べてこのドラマの中で展開され続けているのだ。博士は、全ての事象を愛することによって、ほんの僅かでも愛されたいと思い。愛されたと感じた時には、素直に感謝する。家政婦と子供は、実在しない「父親」というものを心のどこかで求めつづけ、それを博士に見ている。介護する者と、介護される者がお互いに尊敬しあい、尊重しあっている。「愛とは、死ぬことと見つけたり」これは誰かが言った有名な台詞だ。(←間違ってる)もしくは「早乙女君、ボクはキミのためなら死ねる」(←意味が違ってきてる)つまり「All Need Is Love」ってことだ。ラストの4~5ページは、まさしく泣きながら読んでしまった。号泣だ!もちろん、鼻水は垂れたままだ!たかだか200ページそこらの文庫本でこんなに感動できるなんて。ワシは、なんて心が広いんだろう。エッヘン。この秋、お勧めの一冊ですわよ。