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2003.09.23
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カテゴリ:音楽
中山ラビ1st13th中山ラビさんのところから何度かライブの御案内を頂いているのだが、ずっと行けないでいる。
吉祥寺Star Pine’s Cafeって行ったことありません。
どんなところなのかなあ。

ラビさんは子育てのために十年ほど活動を停止していて伝説のシンガーになっていましたが、中山容さんの逝去を機にまた歌うようになりました。
ビデオとCDでしか復活後のラビさんを知らないのですが、ずいぶん頑張ってるようです。
ああ、これでは失礼だな。
相変わらずかっこいい、でよろしいでしょうか。

80年代に渋谷PARCOあたりでド派手なステージを観ましたが、場所もアレだし、ちょっと居心地悪かったです。

一番よく聴いたのは2nd『ひらひら』(1974年)かな。
1st『私ってこんな』(1972年)は後付けで聴いたけど、どちらも傑作だと思います。

私の周りは知っている人が多いのですが、一般的には知名度が低いようですね。
国分寺に住んでいたサークルの先輩はラビさんの大ファンだったので、ラビさんのお店「ほんやら洞」でバイトまでしてました。
中央線沿いの坂道、いまも健在だそうだけど、どんな感じになってるのかな。
今度東京サ出て行ったら、寄ってみよう。

70年代のラビさんのアルバムは、今ほとんど品切れ状態らしいです。
「女ボブ・ディラン」の時代。
私はアナログ盤から手製復刻CDを作ったりしました。
『私ってこんな』のCDは、まだ「ほんやら洞」に少し在庫がありそうです。
ぜひぜひ御聴きください。

地震の噂があったりすると思いだすのが、このアルバムに入っている「13円50銭」。
「50銭」の部分は「コチーセン」と発音して歌っています。
これは関東大震災(1923年)の際に朝鮮人が大勢虐殺されたことを歌っているのね。
見慣れぬ人が通り掛かると(つまり被災者ね)、「13円50銭」と言ってみろと問い詰めて、「日本語」らしく発音できない者を朝鮮人だとして、なぶり殺しにしたのです。
当時の地方出身者はいわゆる「標準語」を話すことができない者が多かったので、間違って殺された日本人も多いらしい。
もちろん中国人はアウトで、紅毛碧眼ならセーフなわけだ。
ひどい話でしょ、これ史実です。

一応「不逞鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」というデマのために、地域社会の自警団が行なったということになっています。
震災後にこのようにして殺された被害者の数は約6千人とも言われています。
なんと阪神淡路大震災での死者に匹敵する殺人が行なわれたのでありますよ。

もっとすごいのは、これが自然発生的なデマではないということです。
震災当時の治安担当者(内務大臣・内務省警保局長・警視総監)が戒厳令を発令する口実として「朝鮮人暴動」をでっちあげ、意図的にデマを流したのです。
震災の数年前、1919年の三一独立運動がその伏線としてあります。
殺人は日本軍が直接手を下したケースも多かったようですが、情報操作によって踊らされた「普通の人々」もかなりの人数の朝鮮人をなぶり殺しにしています。
被災者の救出よりもまず治安維持に利用することを、当時の政治家や官僚が考えたのです。

中山ラビさんの「13円50銭」は、迫って来る「普通の人々」と向かい合う朝鮮人の側に視点を置いて、自分の心象風景を歌うという、不思議な歌になっています。
この歌、今どきの若い衆には詳しい解説がないと何のことだかわからないだろうね。

今度はわざわざ情報操作などされなくても、「2ちゃんねる」型の悪意あるデマによってかなりの犠牲者が出てしまうかもしれない。
メディアが解放されたはずなのに、阪神淡路大震災の時よりも、今の方がずっとデマに弱くなっていると思うよ。
おお、そういえばここのトップにその言葉が掲げてある大杉栄も、関東大震災の時に虐殺されたのであった。
首相もタカ派なら、防衛庁長官もウルトラがつくほどのタカ派。
首都圏に大地震が起きたら、前代未聞自衛隊の治安出動があるのかな?

『私ってこんな』には、岡林信康さんの「私たちの望むものは」へのアンサーソングも入っています。
「私が望むのは」で、一人称は単数、独りの私です。

岡林さんの「私たちの望むものは」は、前半と後半で歌詞の内容がひっくり返してある逆説ソングです。
同じはっぴいえんどの演奏でも、アコースティック音に近いバージョンと、エレキ音バージョンがあります。
片方は銃声が入っていて、片方はギターで銃声を模写してます。
というようなことより、当時は歌詞の内容の方が語られたものです。
「私たち」という一人称に対する反発も強かったと思います。

思えば岡林信康さんが失踪して、はっぴいえんどをバックに引き連れて再登場するといった行動をとった時。
それはもちろんBob Dylan様の真似だったのですが、運動の象徴とされ、「みんな」を背負わされるのに疲れていたのですね。
部落差別をストレートに歌った「手紙」や「チューリップのアップリケ」は、封印したというよりも、本当に歌うのがつらくなっていたのでしょう。
「私たちの望むものは」の歌詞が後半逆転するのは、それは「WE」を拒否した「I」の宣言であります。

ラビさんの「私が望むのは」には、岡林さんがハーモニカで参加しています。
あ、しまった、今日は「人生よ、ありがとう」について書くはずだったのに。

【追記】
家の中をひっくりかえして、全アルバムを発掘しました。
ラビさんは13枚のアルバムを出していたんですね。
全部揃ってました。

ただし、CDでは入手していないものがあります。
そういうものは自分でアナログ→デジタル変換して手製復刻CD-Rを作りました。
ジャケットも縮小コピーして作りましたが、悲しいことにちょっとだけはみでてしまいます。
Q盤で見かけた時に買っておけばよかったなあ、というのは、まさに後の祭りです。

せっかくだからジャケット画像を揃えてみました。
時の流れというものは……わぁ、なんでもないっす。
かなり小さくしたつもりですが、それでもでかいファイルですんません。

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Last updated  2004.12.08 04:00:27
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