カテゴリ:ひ★と★り★ご★と★
初めまして。
僕はアダルトチルドレンです。 とまぁ、みんな大好きカンザキイオリさんの「愛があれば。」で始めてみました22歳バツイチ子持ち女子大生じーえふママです。 みんな好きでしょ、カンザキイオリ。 わたしは最近よく聴くようになりました。 アダルトチルドレン(AC)をご存知ですか?近ごろはかなり耳にするようになりましたが「何それ?」って人も多いのでは。 病名でもなければエッチな言葉でもありません。残念。 家庭内のあらゆるトラウマによって傷つき、そのまま大人になってしまった人を指します。 「あらゆるトラウマ」ですので暴力や育児放棄以外もあります。 例えば親から言われたチョットした一言が、大人になった今でも縛りつけていたり。 そういった経験は誰しもあるかと思いますが、それが生きづらさに繋がる人はアダルトチルドレンと呼べます。 1951年5月5日「児童憲章」が制定されました。 その中で「すべての児童は家庭で正しい愛情と〜をもって育てられ」とあります。 「正しい愛情」とはなんなのか。 憲章の中には具体的に書かれていません。 では「正しい愛情」とはどこにあるのか。 正しい愛情はみんなの中に自分と他人はまったく別の人間で、それを踏まえた上で適切な距離を保ちつつ対話する。 ほとんどの人はごく自然にできていることかもしれません。 おそらくこれが「正しい愛情」なんだと思います。 わたし、アダルトチルドレン(以下AC)なんですけど 多分わたし以外のACの人にもわかってもらえると思うんだけど…… 「自分と他人はまったく別の人間で、それを踏まえた上で適切な距離を保ちつつ対話する」 ↑コレ、意識しないと難しくないですか??? まず「自分と他人はまったく別の人間」という当たり前のことは理解できる。 でも理解したくない。 あなたのことを愛してるの…… ずっといっしょ…… このまま溶け合いたいな…… こんな歌が流行るワケですよ。 好きでしょ? わたしは好きですよ。 メンヘラ界では「ボダ」(境界性人格障害)という言葉があります。 自分の感情のまま相手を傷つけたり……まあなんというか、絵に描いたようなメンヘラですね。 相手に依存したり逆に突き放してしまったりと、適切な人間関係が築けずにいます。 原因は様々ですが、経験上家庭環境に問題があることが多いように思います。 本来「正しい愛情」をもって育ててもらえるはずがそれを与えられず成長した。 もし、正しい愛情を知らぬまま親になってしまったら…… メンヘラ永久機関の完成だ!! あえて壁を作る人間関係において「壁」というのは邪魔ものに見られがちです。 でも、あえてそれを作るべきだとわたしは思います。ACの人は特に。 ACの人は基本的に相手を理解したがります。 顔色を伺って行動するのが得意です。 自分を殺すのがとても上手です。 それもすべて、あなたを理解したいから。 しかし、理解するためのアプローチが下手なんです。 正しい愛情を与えられなかったからわかんない。 相手を理解するにはどうすればいいでしょう。 聞けばいいんですよ、相手に。 わからないことは聞けばいいし、その人の行動パターンを見てたら大体わかる。 そして自分のことも理解してもらわなければ、コミュニケーションには進めない。 だから対話して意見を交わして、相互理解を深める。 これが一般的な感覚のコミュニケーションではないでしょうか。 メンヘラはね、ACはね、 自分を殺してでも相手を深く理解したいんですよ。 それが相手にとったら異常な行動にとられる場合がある。 根掘り葉掘り相手に質問する。 相手の噂話を集める。 プライベートを覗き見する。 ……後をつける、とか。 そしてそれを「愛」と呼ぶんだぜ……。 なんなら自分の愛の力で相手を自在に変えることができるとすら考えてますからね。 自分と相手は限りなく同一でうすぴたどころかゴム無しセックス大歓迎です。 どうでもいい話ですが わたしはそんな女が大好きです。 おっと! わたし子持ちなんでメンヘラ彼女は要りませんよ。 アプローチはやめてね!!!!!! 南条あやの影響を受け メンヘラがやりそうなことは一通りやった レジェンド級のメンヘラなわたしは学びました。 他人と自分の間にうっすい壁を作ることを。 当然ながら、自分の力で相手を変えるなんてことはできません。 相手のすべてを知ることもできません。 理解することが難しい分野だってあります。 当然ですかね? だけどわたしはそれができなかった。 なので常に相手との壁を作ることを意識しています。 我が子との間にも壁を子どもは自分の生き写しなんじゃないかって思うときがあります。 ただ似てるからというだけではなく十月十日胎内にいたからだと思います。 自分の一部だったんですよ、胎児の頃は。同一だったんです。 だから時々我が子との距離感を誤る親御さんもいらっしゃる。 わたしは わたしみたいな人間になってほしくないという思いが強いので、常に壁を意識します。 他の人とよりは薄めの壁ですけど。 確かに血の繋がった親子だけど他人だよ、と自身にも我が子にも言い聞かせます。 自分とは違う人間ですから、何かしら表現してもらわないとわかりませんよ〜。 ただダンマリされてもなーんも伝わりませんよ〜。 逆に母とは言えど、わたしにも限界があります。 ちゃんと伝えるからお互い譲り合って生きていきませんか? とまぁ、5歳児にこんなことを直接言うわけではないですが。 ちょっとだけ話逸れます。 この時期になると某通信教材さんは「お手伝いしよう!」みたいな教材を送ってくれます。 もう一歩踏み込んで 「食器を運ぶお手伝いをしよう! 今日はカレーとサラダだね! じゃあスプーンとフォークを用意するか!」 と考察する過程まで見せてくれます。 なんというか…… わたしもその某通信教材で育ってきたんですけど、 わたしの頃よりもお手伝いに求める質が上がってる。 共働きが増えてネコの手も借りたいほど忙しい家庭が多くなったからでしょうか。 そこの気配りまで描く必要はないのでは? と思いました。 そりゃネコの手も借りたいほどですよ。 でも子どもにできることなんて限界があります。 「手伝ってくれる」という優しさだけで今は充分です。 お手伝いなんて善意じゃないですか。 強制するものではないでしょ。 だのに「子どもは親を手伝うべきだ」って何時代ですか。農村地帯ですか。 自分の固定概念を押し付けるのは壁の崩壊を意味することではないでしょうか。 もっとも、最初から壁をなんてあるわけないだろ! ってご意見もあるかと思いますが。 意識しないと上手く生きていけないんだACにとって社会は生きづらい。 人とうまく関係を構築できないから。 もしあなたがACでもそうでなくても 生きづらさを感じているならば壁を作ることを意識してみてはどうですか? 厚さに関わらず、タカも飛び込むぐらいに透明なガラス製です。 マジックミラーじゃダメですよ。エッチだね君は。 自分からも相手からもよく見える壁です。 そして長続きの秘訣はその壁を曇らせないこと。 常に磨き上げて、お互いが見える状態にするのが社会で長生きするコツなんじゃないかなって思います。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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