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時空の流離人(さすらいびと) (風と雲の郷本館)

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July 23, 2008
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カテゴリ:国内旅行

 さて、いよいよ本日最後の目的地である「平常宮跡」だ。平城宮は、今から1300年前の710年(和銅3)に元明天皇により遷都が行われ、784年に長岡京に都が移されるまでは、日本の中心であった。

○平城宮跡標識
平城宮跡標識


 現在、文化庁による「特別史跡平城宮跡保存整備基本構想」に基づき、建物などの復元が進めら、1998年(平成10)には朱雀門が復元されている。2010年(平成22)には大極殿の第一次復原が完了予定だ。

○平城宮朱雀門
平城宮朱雀門


 朱雀門をくぐると、その後ろは野原が広がっている。雲雀の声も聞こえ、なんとものどかな景色だ。

○朱雀門の向こう側
朱雀門の向こう側


 この平城宮の保存に尽力したのが、棚田嘉十郎である。1860年(万延元)奈良市の生まれで、私財を尽くして、平城宮の保存に力を注いだ。しかし、推挙した篤志家が約束を違えたことの責を取り、1921年(大正10)に自刃している。なんともすさまじい生き様だ。彼の死の翌年、平城宮跡は国の史跡として保護されることになった。

○棚田嘉十郎像
棚田嘉十郎像


 平城宮跡を見物した後は、京都へ帰るため、また近鉄大和西大寺駅まで歩く。結構距離がある。この日は本当によく歩いた。

 (続く)


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○「垂仁天皇陵(大和西の京旅行記8)」の記事はこちら




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Last updated  July 23, 2008 07:34:33 AM
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