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のんき熊

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2018/06/23
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 おはようございます。

 JR北海道絡みで大きな動きがあったようですが、これを取り上げる前に、どうしても紹介したい記事があったので、これを先に取り上げたいと思います。
 鉄道や地方交通と直接関係する内容ではありません。しかし、地方と大都市(この場合はズバリ「東京」)との関係性を、改めて考え直すには、ある意味最も「適した」テキスト(それは決して著者の考えを肯定するだけではなく)だと感じたからです。
 ヤフーのトップ画面に見出しが掲載されたことから、ご覧になった方も多いと思います。

「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55353

 この書き込みへの反響を綴った「続編」もあります。
大反響「底辺校出身の東大生」は、なぜ語られざる格差を告発したのか

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55505

 著者は釧路出身、東京大学卒業後、文学研究でニューヨークに留学されています。
 著者の主張は、文章をお読みいただくとして、私なりに著者の主張をまとめますと、以下のようになりました。
・地方では(あるいは「釧路では」なのか、読み返しても判然としませんでした。以下同様。)高校生の頭の中に、大学に進学するという発想自体が存在していない。親をはじめ周囲にも存在しない。
・地方には(釧路には)大学と認識できる存在もないし、勉強したくても参考書すら売っていない。文化的なもの(文化的、の意味も明確ではありませんが、大学進学に必要な環境、と置き換えてもいいかもしれません。)と文化的な意識が全くない。
・大学進学という発想が高校生にも周囲の大人にも存在しない地方と、大学(進学)という概念がごく当たり前のように存在し認識される大都市(東京)とは、絶望的な文化格差がある。
・教育格差は貧富の格差よりも地域格差が重大な問題である。
・インターネットの普及は、地域格差の解消になっていない。
・地域格差が存在しないとする主張は、存在する問題に対して目を閉じて無視をしていることと同じである。

 まず、釧路という街に何もないか、と聞かれれば、実際に何度か街に足を踏み入れた自分としては、「そんなことない」と答えます。著者が地方と東京との格差を誇張してしまった部分については、多くの方が指摘していますので、ここでは触れません。
 私が注目しているのは、地方と東京とは、絶望的な文化格差が存在するという著者の主張に、肯定あるいは賛意を示す意見が、多数見られたことです。統計を取ったわけでもないので、あくまでもネット上の反応を見ただけの印象ですが。
 私自身は、このことに大いに戸惑いました。
 私が道内で懇意にさせていただいている方の中には、札幌以外のいわゆる「地方」在住の方で、道内、東京、それ以外の地域の大学の卒業者もいらっしゃいますし、高校卒業で地元で職を得た方もいらっしゃいます。これらの方々と接していて感じるのは、多くの方々が、地域の歴史に根差しながら、極めて高度な思索と暖かいまなざしの下、文化的な活動を通して地域の良さを発信していらっしゃいます。
 東京からでは見えない、豊かな文化の存在。これに触れたいからこそ、私は道内、そして全国行脚がやめられないのです。
 一方、未だに東京一極集中が止まらない、地方の若者が東京にどんどん出るのは、高度経済成長期のような、労働力の過不足か根本原因とはいえなくなっています。恐らく、地方という場所に何らかの文化的な「閉塞感」を持っている若者が数多くいる。このことが、現代において東京一極集中を進めている大きな原因の一つであって、著者の主張に共感を持つ書き込みにつながっているのではないかと想像します。
 しかし、地方にも東京に負けない文化があり、地方、東京それぞれにいいところがあります。(規模の優位性が東京にあるのは、認めなければなりませんが)また、東京という街も、必ずしもすべてが揃っているわけでもないし、(いい悪いは別にして)地方同様、地縁による人的ネットワークも厳然と存在します。

 著者は続編において、自分自身が「見えていない」「感じていない」現実を「(そんな現実は)存在しない」と考えるのはおかしい、と指摘します。また、文化格差の問題を私(筆者)は怒りをもって告発するとも言っています。地方と東京との格差は存在すると、私も思います。一方で、地方は東京と全く同じにはなれません。もし、格差是正の到達点を、総合大学が何校もあり、巨大書店に多種多様な参考書が並ぶといったところに置こうとすると、ほぼ実現不可能です。否、インフラ整備よりも地域住民の意識変革こそ重要。そんな声も聞こえてきそうですが、ではその意識変革のきっかけは、絶望しかない(と著者が見ている)地方から、どのように導き出せるのでしょうか。
 著者の問題提起に一定の理解をしつつも共感できないのは、地方と東京という関係性の中には、それこそ様々な「現実」が存在することを、いわば切り捨ててしまったことにあります。そして、絶望的と主張する現状を、ではどうするのがいいのかが見えてこないところにも、納得できない気持ちがあります。(さらに続編が予定されているようなので、そこはこれからの期待かもしれません。)


 物事は、それぞれ相対化して見ることが大切なのかもしれません。地方と東京をめぐる様々な場面、それはいずれも現実だという前提で、こういうこともあるし、ああいうこともある、東京にかなわないところも当然あるし、東京をはるかに凌駕する文化だってある。より多くの物事を知るためには、まず現場に足を運ぶ。地方、大都市双方から。あるいは地方同士も。現場を見て、考え、行動する。これを活発にすることが、文化格差といわれるものの是正につながっていくのではないか。
 私は、そんなふうに考えました。あ、これって、交流人口の増加のことにつながりますね。







Last updated  2018/06/23 11:00:01 AM

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