Responsibility  2




桃先輩が俺を連れてきたのは屋上だった。
今日は丁度誰も居ない。
桃先輩はやっと俺の腕を離してくれた。
「桃先輩。こんな所に連れてきて何がしたいんスか?」
「・・・越前。お前今日朝練来なかっただろう。」
「・・・寝坊しました。」
「放課後は来るんだろうな。」
なぜか、桃先輩の表情は険しいまま変わらない。
むしろ、険しくなる一方だ。
「桃先輩。まだ休んだの一回っスよ。何そんなにピリピリ・・・。」
「越前!」
桃先輩は俺の肩を掴んだ。
「いっ痛いっスよ!」
「お前・・・今一回って言ったな!」
「そうっスよ!」
桃先輩は困惑した顔をした。
「越前・・・これで来なかったのは4日目だぞ。」
「えっ・・・。」
時が経つのは早かった。
だけど、俺にとって一日は苦痛と思うくらい長くて・・・。
「嘘・・・。」
「本当だ。先輩もみんな心配して・・・だから俺が来たんだ。」
信じられなかった。
世の中は、俺が考えているよりも時間が早いらしい。
確かに、部活に出た記憶はない。
いつの間にか、空が暗くなってきたから帰ろうと思って家に帰っていた。
「すみませんでした・・・。」
謝るしかない。
「越前・・・。」
桃先輩も怒る気だったはずなのに、その目は俺を哀れんでいた。
「お前・・・部長が居なくなったからか。」
「えっ・・・。」
鋭い所をつく。
桃先輩は知っているんだと思う。
誰にも、俺が部長を好きだと言ったことは無い。
もちろん、俺たちが両思いになったことも、前日だったから誰も知るはずは無い。
だけど、桃先輩はきっと俺が部長を好きだって知っている。
だって・・・。




『アップすんなら手伝うぜ。』
関東大会、第一試合。
青春学園対氷帝学園。
シングルス1。
部長の試合途中。
俺が次の試合のためにコートを後にした時に、桃先輩が追いかけてきてそう言った。
『アップするんだろ?』
『・・・まあね。』
俺は不思議だった。
桃先輩はこの試合を観たいんじゃないかと思ったから。
まだ、その時は桃先輩の思いを分かってなくて。
だから、どうして先輩が付き合ってくれるのか?
その理由が分からなかった。
『大丈夫っス。一人で出来るっス。』
『そんなこと言うなって・・・なっ。』
桃先輩は、そう簡単に考えを変える人じゃないって知ってるから。
それと、早くここから遠くへ行きたかったから。
『・・・分かりました。お願いします。』
『よし!そうこねぇとな!』
桃先輩と俺は、コートから少し離れた所で打ち合った。
時折、あのコートからの喚声がここまで聞こえてきた。
『・・・なぁ・・・どうなると思う?』
『・・・何のことっスか?』
『部長の試合だよ・・・。』
俺は何も言えなかった。
きっと桃先輩も感じているに違いない。
プレーヤーの勘。
同じ青学テニス部として。
同じコートに立つプレーヤーとして。
何となく感じるこの試合の結末。
元々部長にはハンデがある。
それも考えれば・・・きっと・・・。
『越前!』
『えっ・・・。』
俺は、桃先輩の球を打ち返すことが出来なかった。
考えてて反応が遅くなったのだ。
『おいおい。このあと試合かもしれねぇのにこんなので大丈夫か?』
『・・・言わないで・・・。』
『ん?・・・。』
声が震える。
この後の試合。
それが意味する物。
それが意味する結末。
間接的にだが、その答えは・・・。
『部長が・・・って・・・言わないで・・・。』
願い。
『言霊』を今だけは信じてしまう。
口に出したら・・・。
本当になってしまう・・・。
涙が溢れる。
愛しい人。
俺よりも遥かに上だと思っていた人が、今日もしかするとそこから落ちてしまうかもしれない。
そうなったらどうなるか・・・。
想像しただけで震えてしまう。
あの人の心の痛みを。
そして、そうまでしてがんばっても最後に付いてくる代償を。
『部長は・・・部長は負けな・・・。』
急に桃先輩が俺を抱き締めた。
『悪い・・・俺が悪かった・・・。』
その時、俺は思った。
そうか。
付いて来てくれたのは、先輩としてじゃなくて・・・。
一人の男として来てくれたんだ。
そして、俺が桃先輩の心を知ったように・・・。
きっと、今桃先輩にも俺の心は伝わった気がする。
いや、本当はもっとずっと前からかもしれない。
でも、きっと今それは確信へと変わったはずだ。
『部長は強い。・・・俺がどんなに頑張っても勝てねぇ相手だ。』
その言葉が痛い。
でも、きっと俺が痛いと思うよりも、もっと痛い思いを今桃先輩はしているはずだ。
そう思うと余計に痛くなる。
桃先輩が嫌いじゃない。
むしろ、好きな部類だと思う。
こんなにも良くしてくれるんだから。
だけど・・・。
だけど、俺の愛しい思い人は違う人で。
それを偽ることは出来なくて・・・。
『桃先輩だって強いよ。』
そう言うと、桃先輩は苦笑した。
『まあ、俺と比べるとまだまだだけどね。』
いつものようにそう言った。
『ああ。そうだな。』
桃先輩も、いつものとおり答えてくれた。
また大きな喚声がコートの方から聞こえる。
まだ試合は終わってはなさそうだ。
桃先輩は何か考えている。
しばらくして、決意したような顔をして口を開いた。
『だけどな・・・。』
桃先輩は・・・重い感じの口調で・・・。
『結果は・・・受け止めなきゃいけないぞ。』
『分かってる・・・。』
それは、俺を苦しめようとして言ってるんじゃない。
苦しまないために言ってるんだ。
その優しさが・・・。
『桃先輩・・・。』
消えそうな声で呟く。
『何だ?』
それでもちゃんと桃先輩は聞いている。
『全国・・・行こうね・・・。』
『ああ。』
涙が零れ落ちたけど、桃先輩は何も言わなかった。
見てないフリをしてくれてたんだと思う。
俺はすぐに涙を拭いた。
『戻りましょ、先輩。』
そう言って俺は歩き出す。
『越前!』
桃先輩が急いで追ってくる。
俺の腕を掴んだ。
『何スか?』
振り返る。
桃先輩は真剣な顔をしていた。
『・・・緊張してないか?』
『別に。』
本当は・・・とっても緊張してた。
だけど、口に出して言わないのはいつものこと。
桃先輩もそれは分かってくれている。
『そうか・・・。越前。』
『何スか桃先輩。』
『・・・一人じゃないから。』
『えっ・・・。』
『シングルスは、コートの中で一対一で戦う個人競技・・・だけど、一人じゃねぇ。ほら・・・。』
桃先輩は手を胸に当てた。
『俺や・・・先輩や・・・みんながみんなお前の応援をしてるんだ。
応援されると一人じゃねぇって思わねぇか?
助けてあげられないからこそ、みんなせめて応援しようって思うんじゃねぇかな・・・。』
『桃先輩・・・。』
分かってる。
桃先輩の言いたいこと。
伝えたい気持ち。
ちゃんと・・・ちゃんと俺に伝わってるからね。
コートの中では一人でも。
でもきっとみんな一緒なんだ。
それを・・・あの人にも伝えたかったな・・・。
『・・・勝ちますから。』
『えっ!・・・ああ!』
『青学が全国に行くために。』
桃先輩は笑ってくれた。
俺は帽子を被り直した。
『行こう。コートに。』
『ああ』
きっと桃先輩は俺のことを俺以上に知っているのかもしれない。
桃先輩は優しさだけじゃなかったんだと思った。
もちろん、そう思わなかったわけじゃないけど。
だけど、桃先輩は優しかった。
優しいから・・・だから今でも桃先輩は俺に思いを告げてくれてはいない。
悲しいくらい優しいなと思った・・・。




そんなことを回想した。
風が吹いた。
久しぶりにその風を気持ちいいと感じた。
「桃先輩・・・俺、部長が好きっス。」
いつかは桃先輩に言わなきゃいけない言葉。
一応、両思いなんだから。
きっとそれは遠くないと思った。
だから今言った。
桃先輩は驚いた顔はしない。
やっぱり気づいてたんだ。
「だから・・・もう部長の居ないテニス部には用がねぇってことかよ・・・。」
「違う!」
「だったらなんで来ねぇんだよ!」
「そっそれは・・・。」
返答できない。
桃先輩から顔を逸らす。
違う。
違うはずだと自分に言う。
テニスは好きだ。
部長も好きだ。
だけど、それとこれとは別のはずだ。
テニスが好きなのは、部長を知る前からのこと。
だから関係ない。
でも・・・少しもないと言ったら嘘になる・・・。
そう思った。
だから返答できない。
でもそれは・・・否定出来なければ、認めたことになってしまう・・・。
「今日は・・・今日はちゃんと行きます。」
「・・・来なくていい。」
「えっ・・・。」
「そんな・・・部長がいないからって休む奴にコートに立ってほしくなんてねぇ!」
「桃先輩!」
桃先輩は走って屋上から降りて行ってしまった。
ぽつんと一人残る。
「ごめんね・・・桃先輩・・・。」
結局俺は桃先輩を傷つけた。
裏切った。
全国へ行こうと言ったはずなのに。
なのに、俺はずっとコートに行かない。
部活にも出ない。
テニスもしない。
これじゃあ、青学テニス部失格だ。
桃先輩に何を言われても仕方がない。
それでも・・・。
それでも、しばらくしてそれがどうでもいいような気持ちになってしまう。
それは・・・やっぱり俺はどこかで、桃先輩の言うとおり、部長の居ないテニス部なんてどうでもいいと思っている証拠なのだろうか?



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昔のネタなので単行本を読み返してました(苦笑)。
なんだかすっごく懐かしい気分でした。でも、アニメでは今年の初めは氷帝戦をしてたんですよね・・・。
桃リョな感じの内容でした。相変わらず変な日本語が・・・。
読んで下さってありがとうございました。
                                         BYノエ





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