Responsibility  3




あっという間に時間が過ぎた。
こういう時だけ、時間の流れを早く感じる自分が疎ましい。
今日もテニス部は練習を続ける。
全国へ行くために。
部長が居なくなって、大石副部長が部長代理となった。
みんな、部長の居ない穴を埋めるため必死に練習している。
それを、俺は自分の教室から見下ろす。
桃先輩も、いつもどおりに練習しているように見える。
だけど・・・。
レギュラーの先輩たちと話している時に、表情を曇らせた。
きっと、俺の話をしているんだろうと思う。
桃先輩は、先輩たちになんて説明してるんだろう?
もしかしたら・・・越前はもう来ないと言っているかもしれない。
もしそうだとしたら・・・。
来ないと思っていた奴が、コートに現れたらどう思われるだろう。
それに、3日も無断で休んでいる。
もし部長がここに居たら何十周走らされるだろう?
「ぶ・・・ちょう・・・。」
俺は急いで教室を出た。
誰も居ない場所を探して走った。
屋上には誰も居なかったから。
屋上に上って。
誰も来ないでと願って。
そこで一人で泣いた。
ふとしたことで蘇る部長との思い出。
それを止めることは出来なくて・・・。
なんでこんなにも思い出してしまうのか。
どうしてこんなにも愛しいのか・・・。




仮入部の時。
荒井先輩の嫌がらせで試合をしてて。
その途中で現れた部長。
俺は悪くないのに俺まで走らされて。
正直ムッとして。
でも・・・。
現れた時に、これが青学の部長かって感心した。
威厳があった。
誰が見ても、すぐに部長だとわかる存在感。
そのピリピリする空気。
すぐに、部長とやりたくなった。
試したい。
この人の強さを見てみたい。
肌で感じたい。
この腕で、この脚で。
地区大会の後。
それは叶った。
それも、部長直々にやりたいと言ってきた。
正直、驚いた。
それと同時に嬉しさが込み上げてきた。
他の人とは違う風に見ていてくれたんだと思った。
優越感。
それとはまた違うけど。
それに近い感じ。
きっとそれが始まりだった。
それが初めて『好意』を持った時だったかもしれない。
そして、その試合は。
今までの俺を見事に打ち砕いた。
俺は誰にも負けなかった。
親父以外は。
だから、親父以外で初めての敗北。
完敗だった。
俺は、親父に負けたことをいつも正当化していた。
親父は自分よりも年上だ。
いい大人だ。
経験の差がある。
何より元プロだ。
そう自分に言い聞かせることによって、その負けは軽減された。
悔しくないわけはなかったが、本当の悔しさではなかった。
だけど。
部長との試合で、その正当化していた意味を知った。
俺は弱かった。
自分を知った。
自分はまだまだだった。
俺よりも強い奴なんてたくさんいるんだ。
部長に負けたことは正当化出来なかった。
それが、俺を変えた。
その時、俺の世界は広がった。
その時、俺は部長のことを好きになった。
まだこの感情が何か。
それはまだ分かっていなかったが、この時に俺の中では、『部長』が『手塚国光』というテニスプレーヤーに変わった。
それが第一歩。
俺にとっては、かなりの豹変だ。




しかし、その部長にも欠点があった。
それを氷帝戦、それも部長の試合中に初めて知ることになった。
部長は肘に怪我をしていた。
でも、それではない。
その肘を庇って打つ肩。
その肩こそ、この試合の鍵を握っていた。
初めて知った真実。
治ったと大石先輩は言ったが、そんな状態で部長は俺と試合をしたんだ。
そう思うと心臓を鷲掴みにされたような痛さを感じた。
何で、部長は俺のためにそんなことをしたのか。
その訳は今でも分からない。
だけど、きっといつかその答えが分かる日が来ると思う。
分からないけど、俺は部長に感謝した。
あの試合がなければ、きっと俺はいつか壁にぶち当たっていた。
いつかテニスをやめていた。
その可能性を無くしてくれたのが、あの試合だった。
その感謝で胸がいっぱいになった時、それと同時に違う感情があったことを知った。
それが、部長を・・・手塚国光を必要としている自分だった。
目の前では、部長が死闘を繰り広げている。
このままでは肩が危ない。
テニス生命が危ない。
それは、本人が一番よく分かっているはずなのに。
それなのに、部長は絶対に辞めようとはしなかった。
最後までやり遂げようとした。
覚悟にも似た部長の決意。
青学を全国に連れて行くという使命感。
それが今の部長を動かしている。
それが嫌だった。
部長はこの後のことを考えていない。
この試合の結果が、どちらだったとしても部長には怪我が残る。
その怪我。
テニス生命が終わるかもしれない怪我。
それを負ってまで勝つなんて・・・。
その思いに嫉妬に似た感情が湧き上がる。
部長が今ここで、代償を背負ってでも勝とうとしていること。
いや、勝つ気なんてないかもしれないけど・・・。
だけど、この試合を最後までしようとしてることが嫌だった。
怪我してほしくない。
怪我をして何になるんだ。
部長は高架下の試合の時に言った。
『その先に何があるんだ。』
と。
その言葉。
今の部長にそっくりそのまま返したかった。
だけど・・・。
部長が試合にこだわる姿勢。
それは何となく分かっていた。
棄権。
それは結局逃げること。
まだ出来る状態ならば。
それをすることを恥と思うだろう。
自分にも、相手にも失礼だ。
部長ならそう思いかねない。
自分がもしも部長の立場だったら・・・。
やっているなと思った。
それは、地区大会の不動峰戦でも明らかになっている。
左目を切ったが続行した。
しかし、あの時と比べ物にならない大きな代償を部長は背負おうとしている。
その先に何があるの?
部長は何て答えるだろうか。




試合を途中観なかった。
『俺に勝っておいて負けるな。』
そう言ったら部長は、
『俺は負けない。』
そう言った。
それで全てははっきりした。
だから、俺はアップに行った。
それは、次の試合のため、部長の結果を観たくないという自分の勝手、そして・・・。
部長が愛しいと思う自分への戒め。
このままあそこに居たら、自分はどうなってしまうのか分からなかった。
それくらい、短時間で思いは募った。
信じられないことだが。




結局コートには行けなかった。
怖かった。
あのコートには部長の跡が残っているから。
感じたくない、あの人を。
思い出したくない、あの人がここに居たことを。
出会ってしまったことでさえ、今は疎ましい。
この気持ちも疎ましい。
好きだというこの気持ちが。
あの時、嘘でも「俺は好きじゃない」と言うべきだった。
そうすればきっとこの胸の痛みはなかった。
・・・いや、これ以上の痛みが襲ってたかもしれない・・・。
待つ。
それがどんなに苦しいのかが良く分かった。
耐えられない。
「俺に耐えろって言うのかよ・・・。」
酷かった。
きっとどんなイジメよりも酷い。
いつ帰ってくるかなんて分からない。
もしかしたら、いつまで経っても帰って来ないかもしれない。
言い知れぬ不安。
どうしようもなく不安は膨らんでいく。
一方通行。
答えてくれない。
答えてくれるわけがない。
きっと、今の自分は今までの中で一番醜いと思う。
一番身勝手で。
駄々捏ねて。
自分の不幸を周りにばら撒いて。
最低。
最低な奴。




どこにも答えは無かった。
どんな時もマイナスには変えなかった。
全てはプラス。
全ては自分の路。
だから真っ向勝負が出来た。
だから俺はいつも強気だった。
そう思ったから。
そう思えたから。
だけど、このことは何を生む?
辛さに耐えるんじゃない。
これは辛さじゃない。
耐えて耐えて耐えて。
だけど終わりが見えない。
見えるのと見えないのじゃ、気持ちは全然違う。
こんなに不安になったのは初めてだから。
だから戸惑ってる。
初めて人を愛しいと思った。
初めて人を必要だと思った。
初め沸き立つ思いをどうしたらいいか分からなかった。
家に帰る。
学校に居ても仕方ないから。
「あら、リョーマさん今日も早いのね。」
「・・・。」
何も言い返さず自分の部屋に入る。
「ほあら。」
愛猫カルピンが鳴く。
猫じゃらしを銜えて俺に近づく。
遊んでと催促する。
俺はそれを振り切ってベッドに横になった。
「ほあら・・・。」
カルピンが鳴く。
「ごめんな、カルピン。遊ぶ気分じゃないんだ。」
何もする気が起きない。
体に力が入らない。
横になっているのが一番楽だった。
カルピンがベッドに上ってきた。
「ごめん、かるぴ・・・ん・・・。」
カルピンは不満の声をあげず、俺の側にきて丸くなった。
「どうしたのカルピン?」
「ほあら・・・。」
悲しげな声で鳴く。
「・・・心配してくれるの?」
カルピンをギュッと抱き締めた。
きっと、カルピンは俺の気持ちを何となく感じてるんだと思う。
動物は敏感だから。
「ありがとう、カルピン。」
急に眠気に襲われた。
とっても眠い。
瞼が重い。
まだ着替えてないのに。
そう思ったが眠気に勝てず、そのまま夢の中に落ちていった・・・。






鏡の部屋。
どこまで行っても誰も居ない。
居るのは自分の虚像。
俺は出口を探した。
「おーい・・・。」
『おーい・・・。』
返ってくるのは自分の声。
声が反響して音になる。
そこがとっても居心地が悪くて。
走って走って出口を探した。
何でか分からなかったけど、早くここから出なくてはいけない気がする。
走っても走っても出口は見えない。
途中でふと振り返る。
鏡はどれも同じだけど、さっきから同じ所をぐるぐる歩いている気がした。
「誰か居ないの・・・。」
『誰か居ないの・・・。』
急に寂しくなった。
鏡には自分しか映らない。
何も変わりない。 それが悲しくて。
涙が流れた。
「国光・・・。」
『国光・・・。』
居るわけない人の名を呟く。
一層寂しさが込み上げる。
その場で蹲った。
出口なんて見つかりっこない。
疲れた。
瞳を閉じた。
だんだん静寂が心地よくなった。
もういい。
一人でいい。
初めから一人だったから。
それに戻っただけ。
そう思うと悲しくなくなった。
寂しくなくなった。
そうだ。
初めからこうだったんだよ。
俺は一人。
ずっと・・・。
『・・・りょ・・・ま・・・。』
「えっ・・・。」
今何か聞こえた?
・・・気のせいだ・・・。




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鏡という題材が好きです。なぜかは不明ですが・・・。
本当に私の妄想した話なので、おかしなところがたくさんあると思います。本当にすみません。
読んで下さってありがとうございました。
                                         BYノエ





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