Responsibility  4




今日も昨日と変わらない日だ。
何一つ変わりない。
まるで今日が昨日のようだ。
日にちの感覚が分からなくなってきた。
青い空も。
白い雲も。
窓の外の風景も何一つ変わり無いように見える。
「越前君居るかな?」
今日のお昼休みも聞き覚えのある声が聞こえた。
それもまた俺の名前を呼んでいる。
声の主だと思われる足音がだんだんと近づいてきた。
「越前君。」
俺の目の前に出てきた顔は、いつもの通りの笑顔をしていた。
「不二先輩・・・。」
「暇そうだね。ちょっといいかな?」
「・・・桃先輩の次は不二先輩っスか?」
「自惚れないでよね。僕は、君に部活に出てきてほしいなんて言いに来たんじゃないよ。」
「・・・どこに行くんスか?」
「う~ん・・・図書室がいいな。」
不二先輩は俺の腕を掴んだ。
逃げないように?
・・・変なの。
「図書室好きなんスか?」
「うん。手塚がよく居たからね。」
その言葉にズキッとする。
「不二先輩・・・付き合ってたってホントっスか?」
「そんなに気になる?」
俺は顔を背けた。
不二先輩の笑い声が聞こえる。
「うん、そうだよ。」
隠そうともせずはっきり言った。




図書室には数名しか居なかった。
開いてる机に腰掛けた。
不二先輩は迎え合わせになるように座った。
目を開いてじっと俺を見た。
「話は何なんスか?」
「何焦ってんの?」
「焦ってなんか・・・。」
「焦ってるよ。」
不二先輩にはいつも乱される。
「そんなにさっきのことにショックを受けてる?」
「・・・あんなにはっきり言うから・・・。」
「正直だね。」
俺はムッとした。
不二先輩は前に部長と付き合っていた。
俺が青学に入部する前に。
だけど、俺が入部して少し経って二人は別れたらしい。
もちろん俺が入部してすぐのことだったから、二人が付き合ってたことは知らなかった。
別れたことも。
別れた理由は詳しくは分からないが、先輩の話によると、部長が部長に就任してから二人の関係が壊れたらしい。
不二先輩は独占欲が強いから。
一緒に居られる時間が少なくなったからだと聞いた。
一時、部長に部長を辞めてと迫ったらしい。
だけど部長は辞めなかった。
だから二人は別れた。
予想できるのはここまでだった。
でもきっともっと深いわけがあるに違いなかった。
いくら一緒に居られないからと言っても、簡単に別れることなんて出来ないと思う。
特に・・・今俺がこういう状態になって余計にそう思えた。
「何を考えてるの?」
「・・・。」
「僕と手塚のこと?」
「・・・はい。」
正直に言う。
不二先輩の目が俺の心を見透かしてそうだった。
それだったら自分から白状したかった。
何となく。
相手に見透かされた言葉を言われたくないから。
不二先輩は窓の外の空を見上げた。
「今頃・・・どうしてるだろうね手塚。」
「さぁ・・・。」
「そう言えばね、君がテニス部に来ないから、いろんな噂が流れてるんだけど。」
「どんな?」
「う~ん・・・『越前リョーマも九州行きか!』・・・みたいなのがね。」
「どういう意味っスか?」
「さあね。君は手塚無しではテニスをしないってことなんじゃない?」
「そんなことは・・・。」
「無いって言い切れる?」
沈黙した。
「君は本当に素直だね。」
「そんなことないっス。」
「じゃあ、君は本当に分かりやすいね。」
ムッとした顔をした。
「冗談だよ。」
「冗談に聞こえないっス。」
「・・・ねぇ。」
「何スか?」
「一応確認しとくけど・・・君と手塚って付き合ってるの?」
暫し沈黙した。
すぐに答えていいはずなのに。
あんなに何度も確認して聞いた『好き』という言葉が少し揺らいだ。
「越前君?」
「・・・そうっス。」
「そう・・・。」
「何で分かったんスか?」
「分かるよ。君たちをよく見ていればね。レギュラーはみんな気づいてると思うよ。」
「・・・みんなお見通しっスか。」
「だ・か・ら、分かりやすいんだって。」
不二先輩は笑った。
「嫌味言いに来たんスか?」
「そういう風に見える?」
「見えないから言ってるんスよ。」
本当にこの人には勝てない。
「で、本当は何を言いに来たんスか?」
「やっぱり焦ってる?」
「・・・話を始めに戻さないで下さい。」
不二先輩はまた笑った。
「越前君ってさ・・・いつから手塚が好きだった?」
「えっ・・・。」
唐突な質問に言葉が詰まる。 「何で・・・そんなこと・・・。」
「気になったから。」
「・・・分かんないっス。」
「分からない?」
「その・・・いつから好きだったか分かりません・・・ただ・・・。」
「ただ?」
「ルドルフとの試合の前に・・・部長と高架下のテニスコートで試合しました。」
「そうなんだ。」
不二先輩の口調が、まるで知っていたようだった。
気になったけど、俺は話を続けた。
「その時から気になってて・・・。」
「それは本当に好きっていう気持ちだった?」
「その時はまだ・・・だけど氷帝との試合の時に・・・。」
「君はベンチで真っ直ぐ手塚を見てたね。」
「なっ何でそんなこと・・・。」
「僕も手塚を見てたんだ。」
その言葉にドキッとした。
「不二先輩・・・。」
嫌な予感。
不二先輩の口から聞きたくない言葉を聞きそうで。
「もしかして・・・。」
不二先輩は俺を真っ直ぐ見詰めた。
「うん。僕はまだ手塚のことが好きだよ。」
一瞬耳を疑った。
でも・・・本当は何処かでそれを知っていた気がした。
「知ってたって顔だね。」
「そっそんなこと・・・。」
「君が手塚を好きだから?だから分かったの?」
「そんな・・・。」
不二先輩は溜息をついた。
「僕が君を呼んだのは・・・確かめたかったから。」
「確かめる?」
「本当に手塚は君を選んだのかなって。」
「選んだ・・・?」
不二先輩は目を見開いた。
俺はその目に吸い込まれそうな気分だった。
「うん。僕と手塚は別れたけど・・・だけどまだお互い好意を持ったまま別れたんだ。
だから・・・まさか手塚が他の人を恋人にするなんて思ってもみなかったんだよ。」
「でも・・・知ってたって・・・。」
「何となくだよ。信じたくはなかった。君たちが・・・お互いに視線を合わせて・・・。
でもそれはあの時・・・ルドルフ戦の後からで・・・何となく君と手塚が対戦してお互いを高ぶらせようとしてたのは知ってた。
だからその名残・・・だって自分に言い聞かせた。だけど・・・。」
「・・・先輩。」
先輩の目が・・・怖かった。
目だけで殺されるかと思った。
殺意で人を殺せるとしたら・・・今俺は確実に死んでいた。
「だけど、手塚は君を好きになった。信じられなかった。
あの時・・・あの時までは、別れても心は通じてたはずだった。だけどもう分からないよ。
手塚は越前君と・・・。それに僕に何も言わずに一人で九州行きを決めて・・・。」
「先輩。」
「僕が・・・僕が何をしたと言うの?」
不二先輩は俯いたけど、またすぐに俺を睨みつけた。
「君が・・・君があの時試合を止めていてくれたら・・・。」
「止める?」
「不動峰戦の・・・伊武君との試合だよ。あの時の君の試合に対する姿勢。
負けない、止めないというあの気持ち。そしてプレー。それを観て手塚は君と試合する気になったんだ。
あの時、怪我で君が試合を止めていれば・・・きっとしなかった。」
不動峰戦。
相手の『スポット』という一時的に麻痺状態になる技をされて・・・それでも無理矢理ラケットを振って・・・。
そのせいでラケットがネットのポールに当たって砕けて、その破片が左目を掠めた。
パックリ切ったけど、まだやる気だった。
日本で初めての公式戦。
いろんなテニスを倒したい。
第一、まだ出来るのに棄権したくなかった。
これくらいの傷は我慢できる。
それよりもこの試合に勝ちたくて・・・ただその気持ちだけだった。
自分ではそれだけだった。
だけど、それだけのこの気持ちに部長は何かを感じたのだろうか・・・?
「でも・・・もしかしたら、君がテニス部に現れて、荒井と試合した時から手塚は感ずいていたのかもしれない。君が凄いプレーヤーになるって・・・。そして、自分がいつか好きになる人だって。」
「そっそんなわけないっスよ。」
「有りうるよ・・・手塚ならね。」
不二先輩は苦笑した。
やっと少しだけ開放された気がした。
「不二先輩って・・・部長のこと言う時って恐い顔しないんスね。」
不二先輩の顔が少しだけ赤くなった。
「・・・まだ手塚が好きだからね。」
そうなんだ。
俺と不二先輩は同じ・・・同じ部長を想う同士なんだよね・・・。
「ごめん。何か感情的になっちゃった。こんなこと言うつもりじゃなかったんだ。違うことを言うんだったんだ・・・。」
「えっ?さっき確かめたかったからって・・・。」
「うん。それは間違ってないんだけど・・・。手塚の気持ちと・・・それと越前君の気持ちをね。」
「俺の・・・?」
「うん。」
不二先輩の顔がいつもの笑顔に戻った。
「君は・・・言い方がちょっとおかしいけど・・・今でも手塚が好き?」
「そうっスよ・・・。」
「そうだよね。・・・じゃあさ、何で君は今こうなってるの?」
「えっ・・・。」
俺が分からないという顔をしていたせいか、不二先輩は苦笑した。
「似てるんだよ。今の君とふられた時の僕が。」
「・・・そうっスか。」
「う~ん・・・でも違うかもね。僕と手塚は別れたけどまだお互いを愛してたわけだし・・・。
越前君の場合は、別れたってわけじゃないけど・・・いわゆる遠距離恋愛だよね。」
「そうなりますね。」
「僕は・・・こう言うのは変かもしれないけど、手塚とはテニス部員として付き合ってたからすぐにこの症状は治ったよ。
だけど君の場合は手塚といつ会えるか分からないからね。」
「・・・他人事ですよね。」
「ん?」
「他人事に首突っ込んで・・・楽しいっスか?」
ついついそんなことを口に出してしまった。
こんなことを言いたいわけではなかった。
だけど、不二先輩の言葉が、まるで部長と一緒に居られない俺をあざ笑っているかのように聞こえて・・・。
「正直、楽しいよ。」
不二先輩はやっぱり黒いと思った。
「・・・失礼します。」
俺は席を立とうとしたが、不二先輩の手が俺の腕を掴んだ。
「これでいいの?」
「何がっスか?」
「君の・・・今の生活。」
「別に・・・不二先輩に心配されるようなことじゃないっスよ。」
「本当にそうかな?」
不二先輩の手から離れようとしたけど、不二先輩の手の力が増しただけだった。
「手塚に振り回されてるよ。」
「振り回されてる?まさか、そんなこと無いっスよ。」
「じゃあ何で君は楽しそうに生活してないわけ?」
「そんなこと・・・。」
「完全に無いって言い切れるわけないよね。手塚のことばっかり考えてるんでしょ。」
「ちがっ。」
「・・・別れてから手塚と連絡した?」
「・・・。」
「携帯の電話番号・・・知ってるよね。」
教えてもらった。
あの日・・・部長と恋人同士になった日に。
「知らないの?」
「知ってます・・・。」
「電話した?そんなに好きなら一回くらいあるよね?」
したかった。
部長の声を聞きたかった。
話をしたかった。
何を話すわけじゃないけど・・・。
だけど、ダイヤルを押す指がどうしても最後までいかない。
きっと部長は忙しいんじゃないか・・・。
自分自身への言い訳としてそう思って。
いつも最後まで押せずに諦めた。
電話していいはずなのに。
なぜか後ろめたさを感じる。
何でかは分からない。
勇気が出ない。
恋人として当然の行為のはずなのに。
「・・・無いんだね。」
不二先輩の口の端が攣りあがった。
「じゃあ手塚から電話は?」
もちろん俺の携帯の番号も教えた。
だけど、着暦には手塚の番号は無い。
「手塚からも無いの?」
不二先輩が不適に笑う。
「君たちは本当に付き合っているの?」
止めを刺された。
一番聞かれたくない言葉。
聞きたくない言葉。
「そうだよ!」
その声が震えた。
断言していいはずなのに。
あの日何度も確かめたのに。
なのに・・・なのにどうしてこんなに不安になるの?
「そうだよね・・・でも・・・。」
不二先輩は俺と目を合わせないように窓の外を見た。
「遠距離恋愛って大変だから・・・くれぐれも手塚を苦しめないでね。」
「・・・どういう意味っスか?」
「そのままの意味だよ。」
そう言って、不二先輩は俺の腕から手を離して図書室を出ていった。




            バック             ネクスト


ライン(ノエ)ライン(ノエ)

だんだん話がややっこしくなっている気が・・・。
不二は多分リョーマ君の心配もしてると思います。
ただ、手塚が関わってるから、そっちが優先で・・・。
またまた読み難いです(苦笑)。
セリフも無駄に長いのが多いです・・・。すみません。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
                                         BYノエ





© Rakuten Group, Inc.