Responsibility 6
テニスラケットを棚に仕舞った。
テニスボールも一緒に仕舞った。
リストバンドも帽子も・・・。
テニスから離れたいと思った。
『テニス=部長』。
そこまで追い詰められて。
テニスラケットを握ることが出来なくなった。
もしかしたら、もうどうでもいいことかもしれない。
だって俺は逃げたから。
テニスから。
学校から。
現実から。
あんなに打ち込んでいたテニスさえ、今は苦痛になった。
愛しい。
愛し過ぎて苦しい。
だから全てから逃げたい。
少しでもあの人を思い出すことから逃げたい。
避けたい。
過去にしたい。
夢にしたい。
もしもこれが夢だったら。
目覚めたらきっと俺は・・・全て忘れるのに・・・。
どんなに悲しい夢も、どんなに嬉しい夢も、みんなみんな目覚めれば忘れてしまう。
これもきっと・・・悲しい夢。
あの時だけは甘い夢で。
悲しい夢でもあの時だけは甘い夢を見たかった。
これが夢なら目覚めれば忘れてしまえるのに。
だけどこれは現実。
それは何をしても変わらない。
永遠にしたかったあの瞬間。
永遠にはならないけど、あの時は永遠と呼びたかった。
今思えばそれは間違った考えだ。
でも・・・あの時はそう思った。
このままでいたい。
甘い誘いに乗ったから。
今の俺が居る。
何も出来ない俺が居る。
何も求めない俺が居る。
遠ざかるしか出来ない俺が居る。
過去を引きずる俺が居る。
きっと。
あの人が嫌いになるであろう俺が。
ここに居る。
ここに存在してる・・・。
雨が降った。
ホッとする。
あのコートから掛け声が聞こえない。
そんなことにホッとする自分。
バカバカしいなと思われるかもしれないけど、これは俺にとって真剣に悩んでること。
あの人が一生懸命築き上げてきた青学テニス部。
だけどそこに俺は居ない。
どう思うだろう。
そんなの、あの人にとってはどうでもいいことかもしれない。
俺は一人傷ついて・・・悩んで・・・。
その証拠に何の連絡も無い。
無事に着いたと一言でもいいから連絡が欲しい。
声が聞きたい。
だけど、俺も電話して無い。
これは当たり前の結果だよね。
相変わらずダイヤルを最後まで押せない。
きっと押せてもコールのうちに切ってしまうと思う。
情けない。
ここまで勇気が無いなんて。
それとも、これは勇気の問題じゃないかもしれない。
それは、ただ俺に自信が無いだけ。
自信は勇気に近いかもしれないけど。
だけどきっと今の俺のは違う。
そう思う。
ただ俺が悪いだけ。
俺がいけないんだ。
俺が一人で・・・被害妄想。
それでもやめられない。
きっとそれも、自分に自信が無いからなのかな?
雨は地上を洗い流してくれる。
だけど、俺のこの気持ちまで洗い流してはくれない。
この雨と一緒に・・・何もかも流れればいいのに。
俺の嫌な思いも・・・あの人との楽しい思い出も・・・みんなみんな流してくれればいいのに。
でもそれは出来ない。
変わりに憂鬱な思いを俺にくれる。
どんよりした雲。
冷たい雨。
耳に聞こえるのは雨の音だけ。
いろんな音を掻き消して。
気持ちが暗くなる要素ばっかりだ。
それでも俺は学校に登校する。
それでも俺は授業に出る。
何か矛盾しているようで。
していないようで。
それでも俺は生きている。
ここで。
「あっ・・・。」
三時間目の途中。
いつものようにただ窓の外を眺めていた。
雨の音が消えた。
雲の割れ目から光が漏れてきて・・・。
一筋の光が・・・その光が広がっていって・・・。
天気は変わった。
何かを予感させるような。
そんな日ざしが差し込んできた。
「越前・・・居るかな?」
今日も、また聞き覚えのある声が俺を訪ねてきた。
もう俺に関わろうとしないで。
そう心の中で願った。
「越前君・・・呼んでるよ・・・。」
顔を向ける。
そこに居たのはまた違う人で。
だけどテニス部の先輩なのは同じ。
大石先輩だった。
俺は立ち上がってドアに向かった。
「すみません・・・気分が優れないんで・・・。」
「ちょっとだけ・・・ちょっとだけでいいんだ。話を聞いてくれないかい。」
久しぶりに聞いた大石先輩の声は。
相変わらず優しかった。
「・・・どうしてもですか?」
「ん。お願い出来ないかな?」
大石先輩にそこまで言われて、断ったらきっと後で後悔すると思った。
「分かりました。何処にしますか?」
「それじゃあ、部室なんてどうかな?今は昼休みだから誰も居ないと思うよ。」
「誰か練習しないんスか?」
大石先輩は俺に部室の鍵を見せた。
「貸切だよ。」
「そうっスか。」
大石先輩は・・・時にお茶目だと思う。
部室に入るなり先輩の顔は険しくなった。
「大石先輩、何スか?」
重苦しい空気が流れる。
それは俺のせいで、だから文句は言わないつもりだ。
「久しぶりだな越前。」
俺の質問を無視した言葉。
だけど、それは正しい。
大石先輩と・・・先輩たちと会わない日がどれだけ続いているのだろう。
コートに行かない日が、どれだけ続いただろう。
「そうっスね。」
抗議すること無くそう言った。
「今まで・・・何やってたんだ?」
「何も。」
大石先輩は、部室に入ってから一度も俺の顔を合わせない。
「その原因は・・・。」
「すみません。」
即座に謝る。
何て言われるか分かっているから。
「桃にもそう言ったそうだな。」
「・・・。」
桃先輩は、自分から来たように見せかけたけど。
自分から来るつもりだったけど、きっとそのきっかけは大石先輩だと思った。
俺に桃先輩を送る。
言い方は悪いけど、そのことを考えるのは大石先輩ぐらいだろうと思う。
「大石先輩。何で直々に来なかったんですか?」
大石先輩は笑った。
顔は見えなかったけど、声からそれは苦笑いだと思った。
「桃は心配してたんだよ。だから俺が行こうか?と言っても自分が行きますって言ったんだ。俺も桃の方がいいんじゃないかと思ってね。」
「で、どうでした?」
大石先輩の笑いが止まる。
「越前。そういう言い方はないだろ。桃は・・・表向きはそうは見えなくても傷ついてるんだぞ。」
それは分かってる。
桃先輩はそういう人だから。
周りに察知させない人だから。
それなのに分かるってことは・・・。
きっとかなり傷ついてる。
「大石先輩は、俺に何を言いに来たんスか?」
なぜか苛立つ。
「そう邪険にするなよ。」
大石先輩は初めて俺の方を向いた。
真っ直ぐ俺を見る。
真っ直ぐ俺の眼を見る。
「越前・・・胸を張れるか?」
「えっ?」
「今の姿。胸を張って見せられるか?手塚に。」
俺は固まった。
「今のお前、授業に身が入らないお前。テニス部に出ないお前。心配させるお前。手塚のことばかり思って何もしないお前・・・。もし、今手塚が帰ってきたら、お前は胸を張って手塚に会いに行けるか?この状況の中で、笑顔で手塚に『お帰り』と言えるか?」
「何が言いたいんスか?」
「そのままの意味だ。」
大石先輩ははっきりきっぱりそう言って、俺から視線を逸らした。
「だから・・・だから俺は悲しくても何でも部活に出るつもりだ。手塚と約束したからな。」
大石先輩は苦笑しながらそう言った。
「部長代理のことっスか?」
大石先輩は頷いた。
「初めは部長になってくれって言われたんだ。自分の代わりにって。だけど俺は断った。青学テニス部の部長は手塚しか居ない・・・青学テニス部を引張っていけるのは手塚以外に居ないと思ってるから。一年の頃からそう思ってるから。」
大石先輩の意見は正しい。
俺も・・・悪い意味じゃないけど、青学テニス部の部長は手塚国光だと思ってる。
「だから苦肉の策として代理部長をすることにしたんだ。『部長』は手塚だけど『代理部長』なら俺にも出来ると思ったんだ。『部長』だと手塚のような奴じゃないと出来ない。だけど、『部長代理』なら、手塚のことを意識することなく俺なりに部をまとめられると思ったからだ。だから俺は任された。」
決意が、横顔からも伝わってくる。
「それに、手塚は俺を選んでくれた。俺は手塚の信頼に答えなきゃいけない。それが、俺が手塚のために出来る唯一のことだからだ。それが出来れば・・・俺は胸を張って手塚に『お帰り』って言える・・・そんな気がするんだ。越前。お前は手塚のために出来ることを考えたことはあるか?」
大石先輩は優しい目で俺を見た。
「無いっス。」
「俺は、それはお前がテニスをすることだと思う。いつもと変わらず生活することだと思う。少なくとも今のお前じゃダメだってこと・・・分かるよな。」
俺は頷いた。
「だったら、少しずつでいいからやらないか?手塚のために出来ること。」
「部長のために・・・出来ること・・・。」
「お前も手塚も笑顔で再会してほしい。だからそのために頑張ってくれないか?越前が出来ること。それはきっと手塚が好きな越前のまま、帰ってきてもそれが変わり無いことが一番いい・・・と俺は思うんだけど・・・。」
大石先輩はやっと微笑んでくれた。
「でも、これは俺の考えだから強制はしない。自分の考えを相手に強制させるのはいいことじゃない。だけど、もしも越前も俺の言葉の中で何か感じてくれたら、そしたらそこから始めればいいよ。」
「そこ・・・から・・・。」
「手塚が好きな時の越前から変わるのは、その後でいいんじゃないかな?手塚と一緒の時をもう一度刻んだ時で。」
「・・・はい。」
大石先輩は大きかった。
すっごくすっごく大きくて。
何処までなのか俺には分からない。
だけど・・・一つだけ分かるのは・・・。
俺はまだまだだねってこと・・・かな?
やっと更新。遅くなりました!!って読んでいる方がいるのか不明ですが(笑)。
最後の大石さんが登場しました。やっとリョーマ君がまとまってくれそうでホッとしてます。
セリフ長いです。短くしようとは思ったのですが、どうしても長くなってしまいました。見難いし読み難いし最悪ですね(苦笑)。
最近は壊れた大石さんだったりしますが(笑)、氷帝戦で回想された一年の大石さんや、手塚の心配をする大石さんはカッコよかったと思っていたんですが・・・。
あと残り二回となりました。手塚を出したい・・・。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
BYノエ