握り締めたボタン。


ドタドタドタッ・・・・。
忍足は全速力で走った。
(堪忍してや・・・・。)
そうは思うものの、こんな大人数を相手に出来るわけもなく。
急いで空いている教室に走りこんだ。
「待ってよ忍足君!!」
大声で叫んで走る女子の群れはその教室の前で止まる。
忍足は急いで内側から鍵をかけた。
「忍足君!!」
呼ばれても出て行くわけがない。
今出て行ったら確実に餌食だ。
「もう堪忍して・・・・な」
そう言ってドアの窓に付いているカーテンを閉め、他の窓もカーテンで閉めた。
忍足はやっとほっとしてその場にへたり込んだ。
ドアの向こう側はまだガヤガヤとうるさい。
当分何処かへ行ってくれる気配はなかった。
テニス部で鍛えていたはずなのに、引退したからテニスをあまりしていなかったせいか息はかなり上がっていた。
「俺ももう歳なんかな」
自分自身にそう言って笑った。
卒業式が終わるとすぐに追われた。
予想はしていたことだが、その人数は予想したよりもはるかに多く、忍足は学校中を逃げ回っていた。
きっと、今頃・・・・特にテニス部レギュラーは皆同じような事になっているだろう。
まあ、宍戸は鳳が守ると前日に宣言していたし、跡部も樺地がいるので無事かもしれないが。
「ん?」
何か音がした。
じっと辺りを見回す。
「あっ・・・・」
その部屋の教壇が、動いたように見えた。
「誰か・・・・おるん・・・・」
返事は返ってこない。
恐る恐るこちらから死角の反対側を見てみた。
「あっ跡部!!」
忍足の口が手で塞がれる。
「大声で呼ぶな。」
「あっ・・・・すまん・・・・」
そこに隠れていたのは跡部だった。
跡部は溜息をつく。
「忍足だったのか」
「俺だって驚いたわ。跡部もここに隠れてるん?」
「まあな」
忍足もその場に座った。
跡部は怪訝そうな顔をした。
「跡部には樺地がおるやん」
いるはずの樺地の姿がそこにはない。
「それが・・・・誰かに呼ばれたとかで行ったっきり戻ってこねぇんだよ」
「まさか・・・・」
忍足は嫌な予感がした。
頭をめぐる妄想がもしも真実だったら・・・。
「女子って・・・・恐ろしいな・・・・」
跡部は忍足を見つめた。
「お前こそ、向日を一人にしていいのかよ」
「そっそれが・・・・」
「どうかしたのか?」
「見失ってしもたんや」
「バーカ」
跡部は苦笑した。
あんなに大人数だとは思わず、途中まで一緒に逃げていたのは覚えているが知らぬ間にバラバラになってしまった。
「探したいのはやまやまなんやけど・・・・」
「お前も追われてるってわけか」
忍足も苦笑した。
今は向日が無事なことを祈るしかない。
「跡部はいつからここにいたん?」
「お前が来る少し前だ」
「なんで鍵かけへんのや」
「その方が見つかんねぇと思ったんだよ」
「けど入られるやん」
「鍵かけたらいるってバラしてるようなもんだろ」
「俺・・・・かけたで・・・・」
跡部は溜息をついた。
やってしまったかと呆れた顔で忍足を見る。
「すまん!!」
「もういい。かけてろ」
「せやな・・・・」
そのあと。
二人はしばらく無言になった。
忍足は跡部をじっと見つめた。
卒業式だからか、跡部の雰囲気がいつもと違う感じがした。
同じクラス、同じ部活でいつも見ているはずなのに。
「答辞。読んだな」
「ああ」
「さすが跡部やな」
「当たり前だろ」
相変わらずの自信家。
そう言えば、行事で言葉を読むのはいつも跡部。
「跡部ってホンマにすごいんやな」
「今頃わかったのかよ」
忍足はクスッと笑った。
「そういや・・・・跡部は高校・・・・」
「留学だ」
忍足から笑顔が消えた。
話は聞いていた。
跡部はジュニア選抜に選ばれるほどの実力で。
青学に負けたとはいえ。
故障していたとはいえ手塚にも勝った訳で。
跡部のテニスセンスの良さは、同じ部活でいつも見ていた自分たちが一番良く知っていると思う。
だから跡部に留学の話が持ち上がっても驚きはしなかった。
それと、受験勉強をしていたのは見ていたし外部入学するということだけは知っていた。
「さっすが天下の跡部様やな」
忍足は笑ったが、跡部は笑わなかった。
「外国・・・・やったな」
「ああ」
「いつ日本を発つんや?」
「・・・・明日・・・・」
跡部は呟くように小さな声で答えた。
「そっそんなに早いんか」
「そういうのは早くした方がいいだろ。それと・・・・親の都合だ」
「さよか・・・・」
複雑な心境。
どっちにしても、明日から跡部と頻繁には会えなくなるだろう。
それは向日や宍戸やジローにも言える事で。
もちろん自分にも。
皆、別々の道を明日からは歩いていく。
しかし、跡部は・・・・。
「遠くに・・・・行ってしまうんやな・・・・」
本当に手の届かないところへ。
「なんか・・・・寂しくなるわ・・・・」
当たり前のように、毎日見ていた顔が。
明日からは思い出になる。
「卒業なんだから・・・・当たり前だろ」
跡部の強気な声に、何処か安心する。
この声ですら、明日からは聞けなくなる。
「なんか・・・・跡部に怒鳴られることも・・・・もう無いかもしれへんのやな・・・・」
「なんだよそれ」
忍足は天井を向いた。
「やっぱ寂しいな」
永遠の別れではないのに。
それでも切なくて悲しくなる。
それは・・・・きっと卒業という名の魔法。
「寂しいわ」
跡部は無理矢理忍足の顔を自分に向けさせた。
「せっかくこの学校からおさらばできるっつうのに・・・・なんでしけた顔してんだよ」
「悪い・・・・な」
何かを我慢している顔。
悲しそうで情けない顔。
「そんなに俺と別れたくねぇか?」
もちろん跡部は茶化して言ったつもり。
しかし、忍足は真剣な顔で。
「ああ」
跡部は忍足から顔を背けた。
「バーカ。俺を茶化すなんて・・・・」
その言葉が終わらないうちに。
今度は忍足が無理矢理跡部の顔を自分に向かせて。
キス。
「バーカ」
離れた後、跡部は窓に近寄った。
窓の外は満開の桜の木々。
まるで、映画のワンシーンのように、華麗にその花びらを散らせている。
その背景に負けない跡部。
「やっぱ跡部は綺麗やな・・・・」
しっかりとその姿を目に焼き付けて。
「お前なんか・・・・あっちに行ったらすぐに忘れてやる」
「堪忍してや。せめて俺がいないところで言うてや」
「てめぇがいなきゃ意味ねぇだろ?」
「ホンマに跡部は嫌な奴やな」
忍足も窓の外を見た。
「桜・・・・満開やな」
「ああ」
「この桜が散り終わる前に・・・・行ってしまうんやな」
「ああ」
少しでも傍にいたい。
忍足は腰を上げ、跡部の隣に立った。
「なあ跡部」
「なんだ」
「俺な・・・・」
忍足は跡部を見つめた。
跡部は視線に気づいているはずだが、忍足の方は見ずにじっと桜を見た。
「やっぱり跡部が好きや」
「そうか」
跡部はそう返すだけで、やはり桜をじっと見ていた。
跡部らしい。
突っ込もうかと思っていたが、言葉を飲み込む。
「せやから・・・・めっちゃ寂しいわ」
跡部は目を閉じた。
口が動く。
ボソボソとした声で何か呟いた。
「跡部・・・・今なんて言ったん・・・・」
跡部は忍足を睨みつけた。
「二度と言わねぇよ」
「教えてや」
「言わねぇって言ってるだろ」
そう言って跡部はドアに向かった。
知らぬ間にドアの向こうの喧騒は無くなっていた。
「もう行くんか?」
そっとドアのカーテンを開ける。
「いなくなったぞ」
「さよか」
忍足は少し寂しい気分になった。
もっと一緒にいたかった。
しかし、どれだけ一緒にいようときっといつでもそう思うに決まってる。
「早く樺地を見つけねぇとな」
「俺も岳人を探さんと・・・・」
何の前触れもなく、跡部は忍足に寄ってきて。
今度は跡部から。
キス。
「じゃあな」
そう言って、呆然とする忍足を置いて跡部は出て行った。
「跡部!!」
忍足は急いで部屋から出た。
「なんだよ」
跡部は振り返る。
忍足は急いで跡部に近寄って。
「なっ!!」
しゃがんだと思ったら。 跡部の上着の第二ボタンを噛み千切った。
「これは俺が貰うな」
「・・・・チッ」
舌打ちする跡部を忍足は笑った。
まさか最後の最後でその被害に遭うとは思ってもみなかっただろう。
忍足はしてやったりと心の中でガッツポーズした。
「ええやろ」
「そんなもんいらねぇよ」
もう使うことのない代物だからなと跡部は毒づいた。
「どうかしたんか?」
すぐに行ってしまうかと思ったが、しばらく立ち止まる跡部。
何か考えているようだ。
跡部は忍足の第二ボタンを指さした。
「俺様に渡せ」
そう言ってもらえることが忍足は嬉しかった。
自分が奪うことばかり考えていて、まさか強請られるとは思っていなかった。
「ええよ」
否定する理由は全くない。
忍足は自分で引きちぎって跡部に渡した。
「・・・・サンキュ」
頬を染めながらお礼を言う跡部が、やっぱり好きだと忍足は思った。
「じゃあな」
「またな」
そう言って。
跡部は今度こそ振り返ることなく、真っ直ぐ歩いていった。
忍足は、跡部の姿が見えなくなるまで見送った。
「ほなら、こっちも岳人を探そうか。」
跡部の第二ボタンに。
キス。
「ホンマはな・・・・ちゃんと聞こえてたで」










『寂しいなんていうんじゃねぇよ・・・・行けなくなんだろ・・・・』









『またな』と言った。
跡部は何も答えてはくれなかったが。
それが本当になればいいなと思った。




ライン(ノエ)ライン(ノエ)

氷帝強化月間に置いてあった小説です。
本当は残さない予定だったのですが、せっかくなのでこれを残しました。
私個人としては、氷帝強化月間というよりも、忍足強化月間だった気が(笑)。
半分以上に忍足君は関わってましたからね・・・関わってないのは鳳宍1つだけだ!!
ちなみに、これについていたおまけSSも移動の際に削除させていただきました。
氷帝強化月間の小説を読んでいただいた方がいらっしゃるかはわかりませんが、どうもありがとうございました!!


卒業ネタです。初めて忍跡をアップするのにこんなんでいいのかなぁ(苦笑)。
おっしーの口調が変なのは私の勉強不足で。こんなんじゃないのにな二人とも。
まだまだ理想の二人を書くにはほど遠い・・・。
そういえば、私個人としては卒業の思い出が全然無いのになんでこんなの書くかなぁ・・・。
あと、この題名は千影に考えてもらいました。ありがとう千影。お世話になってます!!(笑)
ここまで読んでくださってありがとうございました。
                                         BYノエ





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