心模様は雨のち晴れ(大石×菊丸)  


雨がコンクリートを打つ音だけが

耳に入った―――――。

今日は朝から土砂降りの雨だった。
「ジメジメしてて嫌だにゃ~。」
英二が窓際で憂鬱そうに外を見た。
学校の外の道端では、泥だらけの水溜りに足を突っ込んではしゃいでいる子供達がいる。
「英二、大石が呼んでるよ。」
暇そうに頬杖をついている英二の肩を、不二が叩いた。
英二は重い体を椅子から持ち上げ、廊下に向かった。
いつもより暗い廊下に、大石が立っているのが見えた。
「大石ぃ!!」
英二の顔が晴れ上がった。
大石の前まで全速力でダッシュする。
「大石、如何したの?」
弾んだ英二の声が、廊下に響いた。
英二の大きな瞳に見詰められて、大石は気まずそうに眼を逸らす。
「あ、あのさ・・・今日は一緒に帰るって約束してたけど・・・・・部の用事が入って・・・。」
英二の笑顔が急に曇った。
「それって・・・一緒に帰れないってコト・・・?」
さっきの元気な声とは比べ物にならないくらい、英二は小さい声で言った。
大石は深く頭を下げて、両手を合わせた。
「ゴメン!!本当にゴメン!!!」
大石が英二の方をチラリと見ると、英二は悲しそうに笑った。
無理をしている笑顔だった。
「そっか。仕事だもんね。しょうがないにゃ。」
英二の本音が本当は違う事など、大石は分かっている筈だった。
「今度は一緒に帰ろうね・・・・。」
英二はそれだけ言うとクラスの方に戻っていった。
「英二・・・・・。」
大石は頼りない英二の背中を、見えなくなるまで見詰めていた。

「英二、今日も駄目だって・・・?」
英二は不二に力無い返事を返した。
「そっか・・・。最近、大石忙しいみたいだからね。」
不二の言葉に、英二が大きく溜息を付く。
「たまには甘えてみたら?」
「できないよ。俺が我侭を言えば、大石、困っちゃうもん。」
不二は最もな意見だな、と思って、否定できなかった。
「あーあ。大石と一緒に帰りたかったな・・・。」
英二が手を後ろに回して、椅子に寄りかかった。

分かっているから、辛いんだ―――――。
如何にも出来ないのに、如何にかしたくて。
邪魔しちゃいけないのに、邪魔したくて。

「もう、俺達、駄目なのかなぁ。」
英二が天井を見詰めた。
「英二の諦め宣言なんて、珍しいね。」
不二が茶化した。英二の頬が脹れる。
「これまでだって、随分我慢してきたんだよ??ホントは嫌な事も、たくさん。」
不二はふーん、と相槌を打った。
英二は更にむっとして、不二に尋ねた。
「じゃあ、そういう不二は如何なのさ。手塚とは。」
「え?僕?勿論、手塚も忙しい人だからね。僕だって我慢しなきゃならない部分はたくさんあるよ。だけど・・・。」
「だけど?」
「・・・・・手塚が『好き』って言ってくれるだけで、僕は愛されてるんだな、って思えるから、平気かな。」
英二は羨ましそうな、恨めしそうな視線で不二を見た。
不二はうっとりと手塚に浸っていて、そんな事には気付かなかった。
不意に不二が立ち上がったと思ったら、
「手塚―!!!」
そう叫んで、廊下の方へ消えていった。
取り残された英二は、やっぱり大きな溜息を、深く深く付いた。

そういえば、大石って俺が告白した時意外に『好き』って言ってくれた事あったっけ?
―――――大石、俺だって『好きだよ』って言ってくんなきゃ、不安になるよ・・・・。

放課後になった。
今日は酷い雨なので、部活は中止になった。
騒がしいクラスの中で、やっぱり英二だけは憂鬱だった。

今日も、一人で下校かぁ・・・・・。

英二は更に重くなった体を起こして、校門へ向かった。
外はやっぱり土砂降りの雨で、止む気配は全くなさそうだ。
雨に濡れた校門がいつもより寂しそうだった。
英二は傘を広げて雨の中を歩いた。
濁った水溜りが幾つもグラウンドにできているのが見えた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
英二の足取りは何となく、テニスコートに向かった。
普段あんなに活気があるテニスコートも、今日は静かにひっそりとそこに在った。
ふと視線を逸らしてみると、大石と不二が話しているのが見えた。
英二が反射的に隠れた。
「・・・・って、英二が・・・・・。」
「・・・そうか・・・・・・・・・・・。」
二人の会話は、雨に掻き消されてよく聞こえなかったが、『英二』という名前が出た事だけは、英二の耳に届いた。

「・・・・・・・別れた方がいいのかな、俺達。」

持っていた傘がゆっくりと地面に落ちるのが分かった。
確かに、そう聞こえた。
心臓の鼓動が急に早くなった気がした。
英二は居ても立ってもいられなくなって、隠れていた場所から飛び出した。
二人の驚いた顔が見えた。
「英二・・・・・・。」
英二の顔は、瞳から溢れ出た涙と、大粒の雨で濡れていた。
「・・・・・・・・大石はそう思ってたんだ?」
英二は、途切れそうな微かな声でそう言った。
次から次へと、涙が頬を伝って流れ落ちた。
止まらない涙を、拭い去る余裕もなかった。
「―――――大石の馬鹿ッ!!!!」
英二は駆け出した。
大石が後ろで大声で何か叫んでいたが、聞こうとしなかった。
校門を駆け抜けた英二は、当ても無く走った。
顔に当たる雨が冷たくて、痛くて――――――。それでも英二は走り続けた。
「英二・・・・・・!!英二・・・・・・!!!」
大石が何度も自分の名前を呼んだ。
それさえも英二は振り切って、水溜りを蹴散らして進んだ。

そうなの―――――?
もう、大石は俺の事を『好き』だって思ってはくれないの―――――――――?

英二は心の中で、否定しきれない疑問を繰り返していた。
「英二!!!」
大石の手が英二の腕を掴んだ。
英二は必死で手を振り払おうとしたが、駄目だった。
「俺は英二が好きだ。」
大石が真剣な瞳で言った。
英二は一瞬驚いたが、直ぐに俯いた。
「・・・・・嘘だよ。ホントは別れたいんでしょ。」
「違う!!!」
大石の握る手の力が強まった。
「・・・・最近、忙しくて・・・・・・・英二が不安になるのが分かってたのに・・・・俺・・・・・。」
眼を泳がせる大石に、急に英二が抱き付いた。
「わっ!英二?!」
「俺だって別れたくない!!大石と離れたくない!!」
大石は震える英二を見て、ゆっくりとしっかりと英二を抱き締め返した。
「・・・・・・・して。」
英二が大石の腕の中で何か呟いた。
「キスして。これからも一緒に居るって約束のキス。」
大石は抱き締めていた英二の体を離した。
潤んだ英二の瞳が不安そうに大石を見詰める。
大石はそんな英二を引き寄せて―――――――優しくキスをした。
英二の濡れた唇は思ったより随分冷たかった。

「ねぇ、大石。」
英二が晴れ上がった空の下、大石と手を繋いで歩いていた。
「何?」
「また、キスしてね。」
大石の顔が瞬時に真っ赤になる。
それを見て、英二は晴れやかに笑った。
「あっ!!」
急に英二が大石の手を引っ張り、走り出した。
大石は慌てて転びそうになったが、何とか堪える。
「一体、如何したの?!」
英二が空に浮かぶ、七色の架け橋を指差した。
「虹だよ!!」
「ホントだ・・・・・。」
「綺麗だにゃ。」
虹に見とれている英二の頬に大石が顔を伸ばした。
唇が、英二の頬にそっと触れる。
「にゃッ?!」
英二は驚きの声をあげてから、大石の顔を見た。
大石は笑うのを無理に我慢して、肩が震えていた。
「さっき、言ってたでしょ。キスして、って。」
大石の不意打ちに英二は真っ赤になった。
「もうっ、大石ってば!!」
「嫌だった?」
英二は首を何回も横に振る。
「全然そんなんじゃない!!・・・・・・・嬉しいよ、凄く。」

大石、もう不安になったりしないから―――――

だから

ずっと一緒に居ようね!!!

 
☆★あとがき★☆
はあぁぁ~・・。ただ見せ付けてるだけみたいです・・・。(涙)途中で不二塚要素(?)が入ってしまい、真に申し訳ない限りです・・・。
私の大好きvな大菊だから一生懸命やったつもりだったのに・・・。
しかも、この作品の題名、実は最初は『泪雨』だったんですけど、今の方が内容に合ってるかな?と思って変更しました。ぶっちゃけ、前の方が良かったり?
今度こそは、頑張ります・・・!!
          BY千影




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