冷たい夜に。




―――――負けた。

勝利を信じていた俺たちが、負けた。

敗北という、どす黒い渦に、呑み込まれて消えてしまうかと思った・・・・。




外は綺麗に晴れ上がっていた。
しかし、俺は朝からの頭痛が治まらなくて、少し苛々していた。
太陽の光が眩しくて、俺は目を細める。

青学に負けて。
はっきり言って、悔しかった。
今でもその悔しさは忘れられない。
・・・・俺自身の試合は勝った。
だけど、それも満足できるものではなかった。
俺の求めていた勝利とは、何かが違った。
だから。
俺は必死で練習した。
氷帝学園の部長として、恥ずかしくないように。
俺の求めている『何か』を得られるように、と。

「跡部!!」
不意に背後から名前を呼ばれて、俺は振り返った。
俺の目に飛び込んできたのは、こっちに向かう忍足の姿だった。
軽く走った忍足は、直ぐに俺の隣に来た。
「おはようさん。」
「おはよう・・・。」
忍足の元気な挨拶とは裏腹に、俺はノリ気じゃなくて、直ぐに眼を逸らした。
「つれへんなぁ~。」
忍足が、俺に馴れ馴れしく肩を回す。
俺はますます不機嫌になった。
「・・・・・跡部、顔色悪いで。どないしたん?」
急に忍足が声のトーンを落として、そう言った。
俺の顔を心配そうに覗き込む忍足と、俺の目が合う。
「何でもねーよ。」
俺はぶっきらぼうにそう言い放つと、忍足の腕を振り解いて、早歩きで前に進んだ。
忍足は、意外にも付いては来なかった。
「跡部――――ッ!練習もええけど、ほどほどにしとき――――ッ!!」
忍足の声が、後ろの方で聞こえた。
周りの奴らが、忍足と俺を交互に見て、クスクスと笑っている。
俺はそんなことを気にしているわけではないつもりだったのだが、足の歩みが自然と速くなった。
(・・・・何だよ、分かってんじゃねーか。)
秘密にしていたつもりだったのに、ハードな練習のことは、いつの間にか皆に漏れていた。
俺はそのまま、学校に向かった。




授業中、俺は集中できずにいた。
朝からの頭痛が酷くなってきて、体が重く感じる。
きっと、朝の忍足の言葉を気にしすぎたせいだ。
俺にはそう思えた。
しかし、体調はますます悪化するばかりで、俺は独りでそれと葛藤していた。




放課後になって、俺はフラフラと部室に向かった。
授業中よりは体調が幾分マシになっていたので、部活に出ることにしたからだ。
そして、そこまでの道のりで、また忍足に出会った。
「・・・跡部!朝より顔色悪くなっとるやないか!!」
「そ、そんなこと・・・。」
俺が言い終わらないうちに、忍足は俺の手を掴んで引っ張った。
「どこ行くんだよ!!」
「保健室に決まっとるやろ!!」
俺は踏ん張って、その場に踏みとどまった。
「俺は大丈夫だ。部活には出れる・・・。」
「無理して倒れたら、どないするんや?!今日は諦めとき!!」
丁度、その時だった。
テニスコートから榊監督の俺を呼ぶ声がはっきりと聞こえた。
「忍足は自分の心配しとけよ!」
俺はそう言い放って、テニスコートの方へと急いだ。
俺は悪く無い。
現に忍足はレギュラーから外された。
・・・・だから俺のことよりも、自分のことを考えたほうがいいはずだ。
忍足が数回俺の名前を呼んだ気がしたが、俺は無視してテニスコートの方へと走っていった。
「・・・・・好きなヤツの心配して、何が悪いんや。」
忍足の声は、俺には届かなかった・・・。




部活が終わると、外は雨が降っていた。
雨のせいか、部室が薄暗い。
俺は生憎傘を持っていなかったが、小雨だから平気だと思った。
「今日は樺地休みだろ?独りで下校すんのか、跡部。」
向日がタオルで汗を拭きながら、俺に話しかけた。
「ああ。」
俺はそう一言だけ言うと、さっさと帰りの仕度を済ませて、煩い部室を出て行った。
部室の騒がしさは俺の頭痛を酷くさせた。

濡れきった校門を潜る。

外にでると、コンクリートの地面に、冷たい雨が打ちつけられる音だけが聞こえた。
自分の足音さえも雨の音に掻き消されて聞こえない。
肌寒い。
体と頭も少し重い気がする。
まだ俺は忍足の言葉を気にしているのだろうか・・・?
そんなことは無いはずだ。
そう思いつつも、結局のところは分からなかった。

雨音が激しくなるに連れ、頭痛が酷くなっていく気がして、俺は近くの公園で雨宿りすることにした。
通り雨ならそこでやり過ごせばいいし、違っても家に電話すればいい。
重い足取りを公園に向かわせた時だ。
足元から、小さくか細い声が聞こえた。
「にゃあ。」
俺の眼に留まったのは、小さな白い物体。
幼い野良猫。
しかも雨のせいか、酷く衰弱している。
その猫は助けを求めるように、俺の足に縋り付いた。
「離れろよ。」
しかし、その野良猫は離れない。
俺がしょうがなく足を動かすと、その猫も寄り添うように付いて来る。
「俺は何もできねぇよ。」
野良猫はその言葉に反応するように耳をピクリと動かした。
そして、小さな瞳で俺をジッと見詰める。
「にゃあ。」
弱者。
結局は、人に頼ることしかできない。
助けて貰うことを、ただひたすら待つ。
自分では何も出来ない。

俺は、そっと白い小さな体を抱き上げた。
冷たい雨に打たれたというのに、猫は温かかった。
そして、猫を抱えたまま俺はまた歩き出す。
らしくない。
野良猫なんて、何処でも見かけているというのに。
何故自分がこんなことをしているのか、俺自身が不思議でしょうがなかった。
そんなことも知らず、猫は俺の腕の中で静かに丸くなる。
「にゃあ。」
今度は優しく、鳴いた気がした。
俺が猫の頭を撫でようとした時、激しい頭痛が俺を襲った。
眩暈がする。
俺は猫を抱き抱えたまま、その場に蹲った。
寒い。
苦しい。
冷たい雨が、容赦なく俺を打ち付ける。
何かに打ち付けられるような、頭の痛み。
動こうとしても、体は言うことをきかない。
猫が心配そうに何度も泣き喚くのが聞こえるだけだ。
如何にもならない、頭痛と吐き気。
叫びたくても、出ない声。
――――――徐々に、雨音と猫の声も遠退いていく。
これじゃあ、同じじゃないか。
『弱者』。
その言葉が俺の中で何度も鳴り響いた。

――――――薄れゆく意識の中で、誰かが俺の方に走って来るのが見えた気がした・・・・。




ハッとして、俺は起き上がった。
まだ頭は痛いし、体も重い。
「にゃあ。」
隣に居るのは、あの野良猫。
そして――――――。
「まだ、横になってた方がええよ。」
忍足は起き上がった俺を、またベンチに寝かせた。
「お前が助けてくれたのか・・・?」
驚くほど弱々しい声。
自分の声だなんて、思えなかった。
「まぁ、そういうことやな。」
忍足の髪から雨粒が垂れた。
きっと、必死になって俺をここまで運んでくれたのだろう。
「あんなぁ、跡部。たまたま俺が通りかかったからいいものの、もしあのままやったら、お前・・・!!」
「ごめん。」
直ぐに言葉が出た。
忍足は、呆れたように溜息をつく。
「先に謝られたら、怒る気失せたわ。」
それまでじっとしていた猫が、俺の濡れた顔を舐めた。
くすぐったい。
「その猫、心配そうに鳴いとったで。」
俺は、今度こそ猫の頭を撫でてやった。
白い毛は、少し湿っていた。
「お前は・・・・心配したのか?」
その言葉に反応して、忍足が俺の顔を覗いた。
レンズの奥の瞳は、少し潤んでいる。
そして、次の瞬間。
俺の唇に忍足の唇がそっと触れた。
突然の出来事。
俺は如何すればいいか分からなくて、混乱した。
「―――――心配しなかったワケ、ないやろ・・・?」
直ぐに顔を逸らした忍足だったが、声は微かに震えていた。
「・・・・・・・。」
気まずい沈黙。
弱まってきた雨音だけが聞こえる―――――。

少しすると、公園の前に大きな外車が停まった。
それが俺の家の車だということは、直ぐに分かった。
フラフラしながらも、俺は立ち上がる。
「俺が呼んでおいたで。この猫は何とかしとくから・・・・家帰ったら早よ、寝た方がええ。」
忍足は俺の顔を見てはくれなかった。

俺が公園の入り口へと歩いて行く。
歩く度に、頭がズキンと重くなる。
だけど、さっきよりは全然マシだ。
俺が公園から出ようとすると、急に背後に振動を感じて、俺は振り返った。
忍足が俺に抱き付いていると知ると、俺は硬直した。
「もう、心配かけさせたらあかんからな・・・・。」
耳元で囁かれた、掠れた声。
俺はそれに答えるように、少し頷いた。
忍足がパッと離れると、今度は俺を見て、手を振った。
俺は恥ずかしくなって、直ぐに車に乗り込んだ。
・・・・・顔が火照っていることも知らずに。




心配そうな瞳。

抱き付かれたのも、事実。

思い出すと、顔が熱くなる。

弱みを見せたから・・・・?

――――――いや、違う。


忍足の気持ちが――――――何となく分かった気がした。




ライン(ノエ)ライン(ノエ)

久しぶりに小説アップできました・・・。
苦し紛れの忍跡・・・・。
このカップリング自体はとっても好きなのですが、自分でストーリーを作るとなると、上手くいかないモノです。(涙)
最近ノエと揃って氷帝にハマったので、多分氷帝の小説も増えていくだろうと思う、今日この頃です☆




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