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2006年11月16日
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カテゴリ:教育
 教育基本法改正案が衆院を通過した。昨日今日とどうも元気が出ない。

 改正法案を採決した、自民党、公明党にしろ、欠席した民主党、社民党、共産党、国民新党にしろ、結局党利党略でしかないように見えるからだ。

 なるほど、議連や民間団体は、三点修整を求める活動を行い、192名の賛同を得た。この署名を得るために、僅か五分の面会時間のために全国津々浦々から陳情団が上京し、議員との面会に望み署名を得た。が、それは採決に起立賛成する与党の署名議員により、全く無意味なものとなった。

 その意味では、今日もまた一段と増えた座り込みの市民運動団体(中には法政の中核派や、早稲田の革マル派の懐かしい顔もあったが)の無力感と相通じるものがある。(だからといって連帯のアピールをするほど私は無節操ではないが)

 また保守系の議員は与野党を問わず、政府改正法案の矛盾点や問題点を指摘した。そうした委員会質問の甲斐あって、法案には盛り込まれないが、解釈としては可能であるというような点が生まれ、それは一つの到達点でもある。

 しかし、問題はそうした解釈は既に長年月に渡って行政当局の運用に任されたにもかかわらず、混乱が惹起し、さまざまな対立や訴訟を生んできたのである。つまり、解釈上可能ということは、問題点の根本解決には何等つながらず、現状の追認、問題点の先送りに過ぎない。現在問題とすべきは、判断基準とすべきは法文に書くか書かないかであって解釈ではない。

 正すべきは、何故○○書かないのか、何故○○と書くのかという条文内容の議論がいっこうに煮詰まらないままで、野党もほいほいといじめ、未履修、タウンミーティングの批判にうつつを抜かしていたことである。

 与党が採決に踏み切った判断は、日程的な問題もさることながら、臨時国会開会以後の野党の質問が改正法案の議論をせず、現象論の詮索に費やされたことである。確かに、一回のタウンミーティングで何故1200万円もかかるのか、何故質問者に5000円支払われているのか、箱物のイベントを開催した経緯のある人なら一回の行事の予算執行がどの程度のものか、容易に想像がつくであろうし、何か金銭のブラックホールでもあるのではないかと疑いたくなる。しかしそうした追及は「教育基本法に関する特別委員会」マターである必要はない。予算委員会だろうが、文教委員会だろうが、決算委員会だろうがどこでもよい。

 例えるなら、本来「長期防災計画」を定める場所に、「あそこで火事が起きている」「防災予算の執行が不正に行なわれた」「どこそこで震度七の大地震が起きた」と騒いでいるようなもので、議論すべき土俵が違う事柄を敢えて一緒にしようとしたのである。

 与党の採決強行を批判するのは、それはお門違いであろう。教育基本法改正反対派は、民主党をこそ最大の攻撃対象にせねばなるまい。民主党のどちらに転んでも良いという八方美人的政治姿勢は、二大政党制を本当に目指すのであるならば、決してそれに貢献はしないであろう。

 教育基本法改正案が衆院を通過し、一番安堵しているのは民主党議員であるものと断言するが、本人達は未だその危険性に気付いていない。

 さて、早速明日から参院審議だが、私はしばらく立ち上がれそうにない。身体中の毛穴という毛穴から、全ての生気と全ての体液が放出されていくような無力感と虚脱感である。

 週末は予定になかった帝京大対明治大戦にでも足を運ぼうか。






最終更新日  2006年11月16日 19時45分16秒
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