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テーマ:仮面ライダー響鬼(311)
カテゴリ:日記
はっ
はっ はっ……!! 荒い息を継ぐ。 両の手に構えた小ぶりの、しかし重そうな無骨な刃。 歌舞伎の隈取にも似た仮面をつけた異形の戦士は、ギリ…っとそれを握り締めて、眼前に群れる『鬼』達を睨んだ。 疲労が鉛のように 四肢を 身体を 苛む。 血が淀んでいくのが分かる。 なのに この心はこんなにも冴えて、高揚しているのだろうか。 「明日夢っ 後ろだ!」 相棒のその声に、考えるより早く、片手の刃を閃かせて一匹の『鬼』を切り捨てる。 これで何匹目だ。 明日夢と呼ばれた異形の戦士は、外と内の邪悪な波動に抗いながら更に刃を振るう。 その背後に、彼より頭半分高い白銀の身体の戦士が滑るように駆け寄り、戦棍に似た武器でやはり『鬼』達を打ち倒していく。 「キリがないな」 白銀の戦士は、忌々しそうに背中越し相棒に語りかけた。 冷静さを装ったその声は、やはり疲労がにじみ出ている それでも手に持った戦棍──『炎楽(ほむら)』で、次々と襲い掛かる『鬼』達を殴り倒していった。 どれだけの時間が流れただろう。 おそらく5分と立っていまい。 背中合わせで戦う二人の異形の仮面の戦士。 しかし、戦えど戦えど悪鬼たちの数は減る事は無い。 二人を囲む、亡者の如き『鬼』達の群れ。 それは説話に出てくる百鬼夜行の如く。 その地獄のような光景の中にあって、彼らを睥睨する『モノ』が居る。 煌々と輝く月に照らされたその身体は、聖杯に満たされた聖者の血にも似たワインレッド。 無貌の仮面の額に、怪しく輝く白銀の鬼の面。 その肢体は柳のようにしなやかで、風に嬲られた髪が生きているようにたなびいている。 『鬼』と呼ぶにははばかられる、少女のようなその姿。 そのしなやかな右手がゆっくりと月を指し示し、二人に向かって振り押された。 それを合図とばかり、『鬼』の群れが二人の戦士に襲い掛かる。 「ひ と み ぃいいいい!!」 明日夢は、絶叫した。 それは近い未来に起こる出来事。 そう いつもと同じ明日が続くと信じていた、あの日から僅かな間の── あ~しんど。 そういって、喫茶店の椅子に背を投げ出す。 2日間に及ぶ推薦入学の試験がようやく終わった帰り道。 明日夢とひとみ、そしてあきらの三人は、ひとみの提案でつかの間の休息を楽しんでいた。 とは言っても、ちょっとだけウインドショッピングをしてお茶を飲むという、なんのひねりもないコースではあったが。 「そう言えば安達君」 「ん~?」 「さっき本屋さんで、何買ったの?」 少女二人が百貨店で服を物色──とか言うと怒られそうだが─している最中、明日夢だけは本屋で立ち読みに興じていたのだが、その時本を買っていたのをたまたま見られていたらしい。 無論、少女二人に隠すような類の本では無い。 「これ」 包みから出したのは、「ニューモーターサイクル2008年度版」という、バイクのカタログ雑誌だった。 ついでに「中古バイク市場」という本も買っていたのだが、そちらは何故か出せなかった。 見栄──なのだろうか。 だとしたら、莫迦莫迦しい見栄だと自分でも思うが。 「安達君が……バイク?」 「…変かな?」 「う~~ん……」 まぁ、颯爽とバイクを乗りこなす自分を想像できないという時点で、少女二人の意外そうな表情に抗議できないのだが。 そもそも、「猛士」の援助を受けるとは言え、これからは苦学生の身だ。 バイクなんぞというものは、明日夢にとって贅沢品には違いない。 ただ、中型免許ぐらいは取っておきたいというのが、今の明日夢のささやかな夢 ──というか希望だ。 実は時々、響鬼がオフの時に「気分転換に」とタンデムで色々なところに連れて行ってくれていたのだが、その内自分でもバイクが欲しくなり、響鬼とツーリングが楽しめればなぁ…などと考えていたのだ。 それにバイクが趣味の威吹鬼の薫陶もあって、今ではバイクの事にも少々詳しくなってもいた。 ただ、哀しいかな。先立つものが無い── いや、バイトで貯めた貯金なら中古の一台でも買えるだろうが、それもおそらくは専門書やらなんだで消えるだろう。 だから、こうやってバイク雑誌を読んで、夢を見ているに過ぎないという、甚だ寂しい状況に甘んじているのだ。 二人の少女はそんな明日夢の心情に気付いているのかいないのか。 肩を並べて明日夢のバイク雑誌をぱらぱらとめくる。 ──ちんぷんかんぷんと、顔に思いっきり書いてあった。 ──まぁいいけど。 明日夢にしても、ファッションやアクセサリーの話をされても、返事に窮するだろう。 ようは、そういう次元の話だ。 かくも男と女の間には、幅広い溝が横たわりしか── 「ところで安達君」 「? 何、あきらさん」 「明日、時間空けられますか?」 え? と明日夢とひとみの顔色がかわる。 無論、別々の意味で。 どういう意味かは二人のみぞ知る。 だが、人の心の機微に聡いあきらは二人の考えを察したらしい。 だから、少し言い訳めいてこう言葉を続ける。 「いえ…その、明日は斬き…財津原さんの──」 「ああ──そうか……」 2年前のクリスマスイヴの前夜。 一人の男が天寿を全うした。 自らの信念と覚悟を持って、その生涯を全うした日だ。 そう──明日はその男の、命日なのだ。 「財津原さんって…たしかお兄ちゃんの?」 『鬼』のことを知らない、轟鬼の従妹であるひとみは、斬鬼が轟鬼の職場の先輩と聞いていた。 ただ、その人が轟鬼──戸田山が崇敬してやまない人物であったことは知っている。 あの時の従兄は見るのがつらい程だった。 仕事の最中に事故にあい、職場復帰は不可能と言われて絶望していた。 新しい職場で活き活きとしていただけに、そんな従兄をいるのが辛かった。 それを支えてくれていたのが、その人だった。 だが、崇敬するその先輩も2年前に起きた怪異で、従兄を庇って亡くなったと言う。 あきらにとっても、斬鬼は恩人だった。 闇と復讐に暗い情熱を燃やしていた彼女を救ってくれたのが彼だ。 彼は道を誤った彼女を、己の命も顧みずに救ってくれたのだ。 もし彼がいなかったら──自分はあの女性と同じ運命を辿っていただろう。 「ですから、よかったら──」 「うん、行こう」 明日夢にとっても、斬鬼との縁は決して薄い方ではない。 三人は、早速明日の打ち合わせに入った。 「あ……雪」 不意に、ひとみが窓を見てそう呟いた。 確かに、窓硝子の向こうで雪がちらほらと舞い降りている。 「……なんだか、今年の雪はきれいですね」 「そだ…ね──?」 あきらの言葉に明日夢が相づちを打とうとした時、不意にその表情が強張った。 「どしたの? 安達君ってば」 「いや…なんでもない。ん、なんでもないよ」 誤魔化す様に笑ったが、明日夢は妙なものを見た気がした。 だが、それは見間違いに違いない。 そう 雪の間を舞うように飛ぶ、蝶を見たなどとは── お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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