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多様性を認め子供たちの可能性を広げる習い事「いとっこクラブ」(糸島学習塾YES 前原駅前校のキッズ部門として生まれました)

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米森真一

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2010.12.13
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カテゴリ:感動する本
昨日、『僕を支えた 母の言葉』という本を注文しました。

この本は私が最も尊敬しているコーチ野口嘉則さんが出版なさっています。


【送料無料】僕を支えた母の言葉

私は以前の日記にも書きましたが野口氏の本を読んで両親への感謝に目覚めました。その野口さんが新しく本を出版なさったということで早速注文した次第です。

この本はユーチューブで130万回も視聴されたという野口氏のビデオを本にしたそうです。

私が両親の対応を変えるきっかけになった「鏡の法則」もそうですが、涙があふれて止まらないビデオです。



涙腺の弱い方はご注意を^^



以下にそのビデオの内容を書きます。


『僕を支えた 母の言葉』



僕が3歳のとき、父が亡くなり
その後は母が女手ひとつで僕を育ててくれた


仕事から帰ってきた母は
疲れた顔も見せずに

晩ごはんをつくり


晩ごはんを食べた後は内職をした


毎晩、遅くまでやっていた

母が頑張ってくれていることはよくわかっていた
だけど僕には不満もいっぱいあった


学校から帰ってきても
家には誰もいない


夜は夜で
母は遅くまで内職


そんなに働いているのに
わが家は裕福じゃなかった


遊園地にも連れて行ってもらえない


ゲームセンターで遊ぶだけの小遣いももらえない


テレビが壊れた時も半年間買ってもらえなかった


僕はいつしか

母にきつく当たるようになった


「おい」とか
「うるせー」とか

なまいきな言葉を吐いた


「ばばあ」と呼んだこともあった


それでも母は こんな僕のために頑張って働いてくれた


そして 僕にはいつもやさしかった


小学校6年のとき
はじめて運動会に来てくれた


運動神経の鈍い僕はかけっこでビリだった


悔しかった


家に帰って母はこう言った

「かけっこの順番なんて気にしない
お前は素晴らしいんだから」


だけど僕の悔しさは
ちっともおさまらなかった


僕は学校の勉強も苦手だった


成績も最悪


自分でも劣等感を感じていた


だけど母は

テストの点や通知表を見るたびに、やっぱりこう言った

「大丈夫、お前は素晴らしいんだから」


僕には何の説得力も感じられなかった


母に食ってかかったこともあった


「何が素晴らしいんだよ!?どうせ俺はダメな人間だよ」


それでも母は
自信満々の笑顔で言った


「いつかわかる時が来るよ、お前は素晴らしいんだから」


僕は中学2年生になったころから


仲間たちとタバコを吸うようになった


万引きもした


他の学校の生徒とケンカもした


母は何度も学校や警察に呼び出された


いつも頭を下げて
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と、あやまっていた


ある日のこと
僕は校内でちょっとした事件を起こした



母は仕事を抜けだし
いつものようにあやまった



教頭先生が言った

「お子さんがこんなに“悪い子”になったのは

ご家庭にも原因があるのではないでしょうか」


その瞬間 母の表情が変わった


母は 明らかに怒った眼で教頭先生をにらみつけ


きっぱりと言った


「この子は悪い子ではありません」


その迫力に驚いた教頭先生は言葉を失った


母は続けた

「この子のやったことは間違ってます
親の私にも責任があります。

ですがこの子は悪い子ではありません」


僕は思いっきりビンタをくらったような
そんな衝撃を受けた


僕はわいてくる涙を抑えるのに必死だった


母はこんな僕のことを
本当に素晴らしい人間だと思ってくれてるんだ…


あとで隠れてひとりで泣いた


翌日から僕はタバコをやめた

万引きもやめた

仲間たちからも抜けた


その後

中学校を卒業した僕は高校に入ったが
肌が合わなくて中退した

そして仕事に就いた

その時も母はこう言ってくれた

「大丈夫、お前は素晴らし、いんだから」


僕は心に誓った
「ここからは僕が頑張ってお母さんに楽をしてもらうぞ」


だけどなかなか仕事を覚えられなくてよく怒鳴られた

「何度おなじこと言わせるんだ!」

「すこしは頭を働かせろ!」

「お前は本当にダメなやつだな!」


怒鳴られるたびに落ち込んだけど


そんなとき 僕の心には
母の声が聞こえてきた


「大丈夫、お前は素晴らしいんだから」


この言葉を何度も噛み締めた


そうすると元気がわいてきた

勇気もわいてきた


「いつかきっと 僕自信の素晴らしいさを証明して
お母さんに見せたい」


そう考えると
僕はどこまでも頑張れた


仕事を始めて
半年くらいた経ったときのことだった


仕事を終えて帰ろうとしたら社長がとんできて言った



「お母さんが事故にあわれたそうだ
すぐに病院に行きなさい」


病院に着いたとき


母の顔には白い布がかかっていた


僕はわけがわからなくて
何度も「おかあさん!」と叫びながら
ただただ泣き続けた



僕のために身を粉にして働いてくれた母



縫いものの内職をしているときの母の丸くなった背中を思いだした


母は何を楽しみにして頑張ってくれたんだろう?



これから親孝行出来ると思ったのに


これから楽させてあげれると思ったのに


葬式のあとで親戚から聞いた



母が
実の母でなかったことを


実母は僕を産んだときに亡くなっらしい


母はそのことをいつか僕に言うつもりだったんだろう



もしそうだったら僕はこう伝えたかった


「血はつながってなくてもお母さんは僕のお母さんだよ」


あれから月日が流れ、僕は35歳になった



今、あらためて


母にメッセージを送りたい




というわけで次に母へのメッセージに続くのですが長くなりますので、この後はまた次に機会に^^

本が到着してからアップします!!



それにしても親としてどうあるべきか?とても分かりやすい表現ですね!!



上司として社長として人とどのように接すればいいのか?

野口氏が人と関わることに対して求めているものの高さを感じ取ることができます。



現代の人間が忘れかけた何かを・・・・・







コミック鏡の法則


【送料無料】僕を支えた母の言葉



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Last updated  2010.12.14 01:08:29
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