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2006.05.12
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カテゴリ:ダビンチ・コード
この番組、所々しか見れなかったんだけど
ダヴィンチ・コードか・・・
それよりも、面白いなぁと感じたのは

ダヴィンチと言えば、ホモ厳禁のキリスト教
において、それを疑われ、裁判沙汰になった事があるそうです
それが、原因かどうか知らないですけど(それ以外にあるでしょうが)
宗教と言うものを疑問視していた様子がうかがわれます

地球が動いていると言えば、宗教裁判に掛けられ
自分の好きなように創作活動した挙句、それが異端とみなされれば
処刑され、アーティスト、学者(ならずとも)
なんとも、窮屈であったであろう、この時代であります

ミケランジェロをはじめとする画家達が、処刑をおそれ、
自分の概念とは多少ずれた作品を余儀なくされていたと思われ、
その中において、この方だけが、ほのかにいやみっぽく
キリスト教的ではない表現で散々描いてみせている辺り
それでいて、宗教裁判で処刑されなかった
ダヴィンチと言う方は、色々な分野での才能だけでなく
別の意味でも度胸があり、すごいなぁと思ったわけです
宗教と、自分の思念、思想との、ぎりぎりの所の攻防戦
を感じると、含み笑いをしてしまうのです

私は”ダヴィンチ・コード”よりも、こうした心情が
なんとも痛快で面白く感じ
「よくやった!」と拍手したい所であります

他の人はどう思うのでしょうか?

ダヴィンチが晩年描いたと言われる
「洗礼者聖ヨハネ」
この絵の説明は
 この天に向け人差し指を指すポーズ。
 ここでは天からの救世主キリストの到来を予告し、
 道を平らかにするよう悔悛を説いてると解釈されている。
と言う事らしいのだが
そんな事は思っていないだろう
と言い返したくなるような、この不敵な微笑み
晩年になって、ここまでくれば、処刑されないだろ、
ザーマーミロと、ほくそえんでいる絵を描いたのではないか?
と感じたわけです
キリスト教に対する、自分の腹の底は打ち明ける事無く、
上(死んだ後世)にまで持っていって、笑ってやろう
と言う感じ
ヨハネ

この意地悪そうな、もう腹の底からにじみ出るような
”してやったり”という表情・・・
ダヴィンチの心情が伺えてならない
こいつ、いいやつだなぁw
子悪魔って感じ


ところで、前の日記に書きましたが、それの付属として
もう少し自分の思うところ書き足してみる

”最後の晩餐”で指を指している人が、
”ユダ・トマス”(キリストの弟ではないかと言われている人物)
と言う構造に疑問を感じると書きました

「洗礼者聖ヨハネ」の絵が関係しているとしたら
”最後の晩餐”の絵の中で上を指して
”トマス”といわれている人物が、
じつは”ヨハネ”に間違いとおもわれ
ヨハネの座っているとされる場所には
イエスの兄弟と言われている”トマス”もしくは
入れ替わった”イエス・キリスト”本人ではないか?
と思うところです

あと、2人の間の空間には
イエスの子供が描かれていたという説が有力ですが
写実的な人体解剖図など得意で、
キリスト教的ではない、実物の描写にこだわっていた人が
”最後の晩餐”では生まれていない、もしくは、
存在していたとしても、この席で出席していないとおぼしき子供
の絵をわざわざ描くのだろうか?
と思ったわけです

もし書くとしたならば、そこには、子供がいる事を暗示する
妊娠している”マグダラのマリア”か
妊婦として書かないまでも、仄めかすように違う手法で
描いていたのでは?
と思い
それでも、ダヴィンチ自身は多分、この絵にイエスの子供を
描く気がなかったように私は感じているわけですが
さて、真相やいかに?

あと、このイエスとヨハネ(違う人物ではないか?)には
”M”というアルファベットが関係していると言う事ですが
Mでは無く、”Λ(ラムダ)”だったらどうなるかな?
とふと思う
ラムダの小文字”λ”は左に傾いているのですが
ヨハネと言われている人物の姿勢と似ています
そのラムダを鏡文字にすると”人”になり
中央イエスキリストとされる人物が首を傾けている方向と
同じように傾いている事になります
ギリシャ文字において、”λ”を鏡文字にした字は
存在する事無く
そうした事から、向かって右側に首を傾け、
存在しない文字と同じ体勢をとっている
イエス・キリストは
偽者と言う事にならないかな?
と考え

それであるならば、
もし、キリストと、ヨハネ(イエス本人ではないか?)
の間に、マグダラのマリアを書いた場合に
この女性を描く事で、聖母子マリアを象徴させて
そこを中心に、合わせ鏡のように、
表裏一体を意味する事になリ
そうなると、少しカンのいい人間が見たときに、
”イエスは2人いる”という事を表現している絵なのでは?
とばれてしまう危険性が高くなってしまい、
宗教的にも問題が出てくる
自分が生きている間に、そんな噂を言われるようになったなら
なおさら、身に危険が及ぶわけです

だから、この場所に人物を描く事を、あえて止めて、
その代りに、人物を書こうとしていた場所の柱の上に
白い張り紙を書き加え、暗号を書いていたのではないか?
なんて、考えてしまった

また、”ハピアス”という、イエスキリストの語録をまとめたものが
あると言う事だけど、その”語録”ロギアという言葉の
頭文字にラムダが来るそうだ
ハピアスだけでなくマタイやルカ等の「二重伝承」の資料を
”Q資料”と言っていたらいいのだけど、
1800年代にハインリッヒ・ホルツマンと言う人物が
ロギアの頭文字ラムダをとって、ラムダ資料と呼ばれるようになったらしいです

”二重伝承資料”を”ラムダ資料”と呼ばれるようになったのは
ダヴィンチの時代からずいぶん後の話になってしまうけれど
この方は航空力学など、当時の人には無い発想の持ち主であります
もしかしたら、ホルツマンより前にロギアの頭文字を取って
色々な所に掛け合わせているかもしれない?

他にもラムダの数式や尤度比(ゆうどひ)はわからないけれど、
数学の知識も持ち合わせていたといわれる、ダヴィンチのことだから
そんな事も関係させていて、調べたら別な見方が出来て面白いかも
と思ってしまった
ここまで話を飛躍させると逆にわけが解らなくなって来そうですが

こんな事キリスト教徒には絶対にいえません

また、「誰でもピカソ」でも、復元前の絵が、
後ろの壁に白い張り紙がない、
私的には「本当の復元前の絵か?」
(復元前とか言って、その前に少し書き直しているのではないか?)
と感じている絵の方が紹介されていました・・・

さて、前の日記で乗せた、復元前の2枚の写真
どっちが、もともとのオリジナルの絵でしょう?












最終更新日  2006.05.14 19:46:19
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