下着泥棒
(ほのかな性描写がありますが、それがシャレですむのか、 嫌悪感が湧くものなのかは個人差があると思います)いくつかある取調べ室の一室で、今、事情徴収が行なわれている 容疑者の罪名は窃盗罪と家宅侵入罪だ 窃盗罪と言ってもただの窃盗罪ではない 盗まれたものは高値の品ではなく 女性の下着だった 取調室の部屋の中央には机が置かれ、刑事と対面して30才前後の男が座っていた 一見、みた感じは普通であるけれど、やや気が弱そうで、おとなしい男のように伺えられた その風貌から、到底、窃盗、それも下着を盗む様には全く見えないのだから、人は見かけによらないとはよく言ったものだ その男の口から淡々と発せられる言葉の一つ一つに、その場で調書を取っている刑事は、ため息を漏らし、あきれた表情になる それを遠巻きでみていた僕は言葉をついた 「盗まなければよかったんですけれどね・・・」それを聞いた2つ上の先輩がにやりと笑って 「男が女性物の下着集めるのはいいのか?」と切り返してきた 返答に困ったが、男性だったら女性物の下着に興味があったりするわけで・・・ 「まあ・・・男性ですからねぇ」そんな風に答えを渋ると、先輩は、ちょっと見下した様な目線を僕に向けて「お前も同じ趣味があるんじゃないのか?」と意地悪そうに言い返してきた 冗談とはわかってはいても、「下着泥棒と同類」という見方をされると、なんだか反社会的とみなされたみたいで、ちょっとカチンときた 「とんでもないです!そんな事はありません!」強く言い返すと、先輩は笑いながら「ムキになるなよぉ」自分を残してとっとと廊下を小走りに行ってしまった 一人残された僕は、その先輩が歩いて行った通路を通り抜けて、 警察署の体育館に向かった そこには窃盗犯から押収した大量の盗難物(女性物の下着)が ダンボールに入って置かれていて、数人の人が、ダンボールに入れられた下着を取り出しては並べていた これら押収したものを全て証拠物として、写真に残して記録しておく為なのであるが、 ダンンボール10箱に入れられた下着を見ていると どんだけの枚数があるのか計り知れない こんなのを床に一枚ずつ並べていた日には、本当に日が暮れそうだ一応は警察官の仕事でも、テレビドラマに出てくる様なかっこいいもんじゃない 警察の仕事ではこんな事もあったりするのだ 周りで下着を並べている人達に混ざって 自分も女性物の下着が入ったダンボールの中に無造作に手を突っ込み、くるまった下着を何枚かつかんで取り出した それを見やすいように伸ばして広げて床に置いていく・・・ ただ下着を広げて並べる単純作業なので、頭を働かさなくていいから、仕事とは全く別の事が、もんもんと頭をよぎってくる 年配の男性になると下着を見た程度では何とも感じないらしく、他の人と笑いながら並べているが、僕としては扱いなれない女性の下着に、何とも言えない恥じらいが湧いてきていた それに、 他の窃盗物と違って所有者のわかりにくい品だけに、(多分、永遠の謎になるだろう)「この下着は誰が持っていたのか?」「どんな人が持っていたのか?」なんて事まで想像してしまい そして不意に下着にまつわる数日前の出来事を思い出してしまった 夜勤明け、まだラッシュ時間には少し早い時間帯に、駅のホームで電車を待っていた時の事だったまだ人の少ないホームにはサラリーマンに混ざって 渋谷で歩いている風の女子高生らのグループが、 朝早いというのに友人と談笑していた 元気に話しているので少し離れていても案外話しの内容が聞きとれるもので、「干していた下着がなくなっていた」という言葉が耳に入ってきた干していた下着がなくなっていたという事は、風で飛ばされる確立よりも盗まれた可能性の方が高いわけで・・・もしかして、この盗難下着の中に、その子がはいていた下着もあるんだろうか?と、そんな事が頭をよぎり、かすれた記憶の中から、その女子高生の顔を思い浮かべていたその時である 突然、後ろから肩を叩かれ びっくりして大声で叫んで後ろを振り返るとそこには、さっき通路で別れた先輩が立っていた しかも自分が大声で叫んで振り向いたものだから かなり驚いた表情をしている (他の人も)「びっくりしたな~ どうしたんだよ、そんな大声で~ なんか、やましい事でもやってる奴みたいだぞ?」その後、驚いた表情から一変し何かをひらめいた表情になると、「ああぁ!もしかして、お前、仕事中なのに、 変な事考えてた?」と余計な詮索をされてしまった(図星ではあるが)「そんな事はないですよ、突然肩を叩かれたから 驚いただけです」あわてて言い返すと、「本当かぁ?そうれにしてはなぁ・・・」かなり訝し気にニヤリと笑って、こっちを見てきていた この状態では、さらに何を言われるかわからないので、 雰囲気を打破する為に、こっちからあえて言葉を返した「で、一体、何の様でここにきたんですか?」冷静さを装って少し冷たく言うと、興が醒めたという感じの表情を浮かべた そして「いやぁこっちで、女性物の下着を並べるのが大変って事で・・・ 応援に駆けつけたのであります」おちゃらけて話していた先輩であったが、最後のくだりを真剣な顔をして言い出し背筋を伸ばて、その場に敬礼した 下着が並んでいる床の上にたって敬礼している姿というのも 場違いで恥ずかしく、そんな先輩の姿を見ていた自分は、よほど嫌な顔をしていたのだろう、「そんなに嫌な顔すんなよ、冗談でやったんだから」 と照れ笑いをしながら肩を叩いてきた 「先輩、役者になれますよ」「そうか?ハハァ」そして、笑いながら、ダンボールの置かれている場所に行き 中から抱え込むようにがっぽり下着を取り出し持ってきた そして、それを自分の隣で並べ始めたその間、物珍しいと感じた物を見つけると笑いながら、わざわざ下着を見せる先輩の姿がそこにあった さっきは下着泥棒に共感する余計な一言で、茶化された自分であるが、下着を目の前にしてうれしそうな同僚をみていると、本当は先輩のほうが「そのケ(下着愛好)」があるのではないか?と感じてしまう そんなこんなで全て並び終わったのは、3時間を過ぎた頃 ざっと2万枚はあるらしい それをみて「ある意味、こんだけ女性ものの、しかもパンツがだ 並んでいるのをみると爽快感を感じないか?」「そうですか?」「ある意味、他では体験できない貴重な時間だったよな?」隣に並んでたっていた刑事に聞こえたらしく、苦笑いをしている 「おまえ、ポケットに入ってないか?」「ないですよ それより先輩の方がフリルのついた黒のTバック気に入っていたじゃないですか、それ持ってきてるんじゃないですか?」「いやあ、あの子は、あそこいるよ?」とにこやかに指差した それにしても、女性ものの下着というのは不思議だ いや、下着が不思議なのではなく、僕たち男の中にある 下着に対する価値評価が女性とは違うのかもしれない 先輩は下着を「あの子」と言った 先輩の中では下着のデザインをみて、それを所有していたのは若い女性だと、断定していたから、例えて、そういったに違いない もし、あの下着をはいていたのが 50オーバーのおばさんだったら、にこやかに指を指したものか考えてしまう 下着は、デザインによって醸し出される性愛もあるのだろうが、結局それを所有している人いかんで、その性愛の度合いが蹴っていず蹴られるものなのだと認識した 人によっては、たかが三角形の布と見る人がいるかもしれない しかし、その三角形の布に、大半の男は性愛を感じてしまうのだ そんな事を考えて 下着泥棒とは一体どんな人間像なのか?取り終えた調書を読んでみる事にした 犯行に至った経緯には、彼の高校時代の体験が尾を引いているようだった 高校時代の友人には4つ上になる姉がいて、 その地域では珍しく、おしゃれで大人びた雰囲気を漂う女性だったそうだ そして、ある日、その友人宅へ遊びにいったのだが、トイレに行くと そこの間取りが団地タイプには多く見られる作りで、お風呂場とトイレ入り口が洗面所で一緒になっているもので洗濯機もそこに置かれていたそうなのだが、その横にあった洗濯籠の中にシックな下着が籠の中に丸まって入っていたのが、目に入ってきたのだそうだ どうも、この男に取っては洗礼された目上の女性という存在が、同級生の女子と違う神聖化されたもののように感じていたらしく その下着を見て何とも言えない興奮が湧いたのだそうだ この友人の姉というのが、この男性の好みのタイプでなかったとしたら、これが、トラウマとなって精神的に残る事は なかったかもしれない その後、東京の大学に進学し一人で上京してきたばかりの彼は、その気の弱さで中々周囲にうちとける事が出来ず ホームシックにかかり鬱の状態がしばらく続いていたらしいのだが、ある晴れた日に、ふと空を見上げると透き通る様な青空の元にベランダに掛かっていた白い下着(パンツ)が春風にそよいでいるのが目に留まり とても新鮮に見えたと言う事があったらしい その女性ものの下着をみた時に 高校時代の興奮も思い出し たまらなく触りたい衝動に駆られたのだという この時は思いとどまって、ただ、それを眺めていただけの様なのだが、この光景が目に焼き付いて離れられなくなり 下着を盗むに至るようになったという事らしい (他にも要因はあるのだろうが)気の弱い男であるので、最初の犯行は、それこそ、心臓が飛び出る程の事だったそうだ 塀をよじ上り手を伸ばし、やっと下着に指先が触れたところで、窓を開けた隣の住人と目が合い一目散で逃げた事もあるらしい まあ、マスクをつけていたからバレなかったそうなのだが 家に帰ると、洗濯バサミについた自分の下着を 傘の柄に引っ掛けてとれるか練習した事があるというから 気の弱いこの男の女性下着に対する 執念というか愛着 というかそのすざましさを感じてしまう そんなこんなで、何度が挑戦して(何度も挑戦したのか・・・)何度か成功してくると人間、慣れというのは怖いもので、気の弱い人間であっても、罪悪感が薄れそれが習慣づいていったようだ それだけならまだいいが、その行為自体を成功し下着を手に入れた事で感極まりない 達成感をえれたというのだから 人の価値基準というのは幅広いものだ それにしても、そんなに下着がほしいのならば、「盗まないで買えばよかったじゃないか」と誰もが思うわけで、刑事も同じ質問をしたのだが、そのとき彼はこう答えている 「刑事さんはわかってないなぁ・・・ 売っている物はただの布と同んなじなんだよ 女性の肉体が、その布と密着した事で、 そのぬくもりを下着から間接的に感じ取る事が出来るんだ」こういうと、彼が盗んだものは女性の肉体に一度でも接点があるモノを価値としてみて盗んでいたのだけれど、逆に考えてみれば、盗まれた被害者の女性の方も、自分の下着を他の男性に触られる事を快くは思わないわけで、下着という布の中に 人間の羞恥という知的観念とそれによる性愛が、そこに含まれる不思議な布なのだと実感した 男にとっても女にとっても、たかが下着、されど下着なのである