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テーマ:仕事しごとシゴト(24644)
カテゴリ:ムカシノハナシ
変なタイトルですみません。
今日もまた飲んできました。 飲んだ勢いで思い出す徒然の話。 8年前の1月に祖父が89歳と360日くらいでこの世を去りました。 祖父と一緒に暮らしたことは無いですし、年に数回会う程度の 付き合いだったこともあり、それほど深い思いではありません でした。 祖父は生涯を一人の町医者として生きてきました。 戦時中は軍医として、国内で傷ついた兵士の治療を行い、 戦後は一貫して街の小さな病院を、息子である叔父に継ぐまで 一人で切り盛りしていました。 趣味と言えるようなものはなく、たまに父と碁をやったり、 麻雀をやったり、テレビで相撲を観る程度しか娯楽を知らず、 外に出ることを極端に嫌い、旅行などは殆んど行ったことは 無いような人でした。 祖父の容態が悪くなり、自宅で療養しているとき、主治医は 息子である叔父だったのですが、腹水を抜くのは当時まだ 研修医であった、僕の従兄でした。まだ上手に腹水を抜くこと ができずに、度々注射を失敗していた従兄は祖父を傷つける ことが辛いと、涙目を浮かべていたのですが、祖父は孫に 一人前の医者になって欲しいと、痛みを堪えながら従兄に 腹水を抜いてもらっていました。 いよいよ祖父が亡くなるという時になり、近所から沢山の 元患者の方々が集ってきました。何十年も担当医として 診てきてもらい、言葉にならないほど感謝していると、 涙ながらに伝えていた老人達の後姿を僕はずっと眺めていた。 仕事は違っても、立場は違ったとしても、僕は祖父みたいに 人に感謝される仕事をしていきたい。医者になることは無理 だとしても、死に際にありがとうと言ってもらえるような 仕事をしてみたい。そんなことを考えました。 未だ、祖父の背中は遥か遠く、人様から感謝されるような 仕事ができているかはわかりませんが、自分にとって仕事とは そういうものであるということが、この時にはっきりと見え ました。そして、あの時寂しそうにしていた父の後姿も 忘れることができない光景でした。自由に好き勝手に生きてきた 次男って、楽だけど辛いよね。僕も次男だから凄くわかるよ。 とにかく、明日で一つの区切りを向かえて、来月からは自分で 選んだ道をひたすら走ることにしました。いつか祖父のような 仕事ができるようになることを夢見ながら。 GOLA お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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