カテゴリ:分類不能系
先日、例のレシート記憶の友人と、そのほか2人の友人と、4人で食事に行った。とりあえずお茶をしながら集合して、どこで何を食べるかを相談した後、移動前にトイレに行こうということになった。ホテルのティールームを利用していたので、館内のトイレにぞろぞろと向かう。
割と混んでいたので、ほかのお客さんと一列に並んで待っていると、ようやく我々の番がやってきた。そして先頭にいた友人が、空いたばかりの個室に入った途端、 あが~~~~~~~っ とも だば~~~~~~~っ ともつかない叫び声をあげながら、転がるようにして飛び出してきた。 4人の中では、一番おとなしいタイプが彼女なので、そのものすごい声に、我々は凍り付いた。トイレの中に、変質者でもいたのか? いやいや、コブラでもいたのに違いない! そんなワケはないのに、そんな風に思うほど、それは彼女には似合わない叫び声だった。 彼女はぜーぜー言いながら、我々の方に駆け戻ってきて、壁に両手をついて咳き込む。 「ど、どうしたのっっっっ」 「何かへんなものでもあったの」 「大丈夫?」 口々に言う私たちの声など耳にも入らぬ様子で、彼女はどなった。 「くっせーーーーーーっ あーーーーー、死ぬかと思った。悪ぐせぇえええええええええええええっ 」 もう一度言っておくが、彼女は我々の中では一番、おとなしく上品なタイプである。ちょっと皇室系の顔をしていて、身のこなしやしゃべり方もおっとりと丁寧なので、旧華族さまとか、そういう家柄の出なのではないかと、周囲に誤解を与えているタイプだ。その彼女をして、「悪ぐせえ」と言わせた悪臭の元を排出した人物を、私たちは思わず振り返った。それは、見分不相応なシャネルで着飾った、20歳前後のハデハデなねーちゃんであった。 カガミの前で、口を半開きにして、白目をむいてマスカラを塗りたくっていたおねーちゃんは、友人の雄叫びと「臭い!」という絶叫以来、そのままのポーズで凍り付いていた。私たちの視線が向けられると、みるみる首筋まで、どす黒いような赤に染まっていった。 私たちばかりではない。私たちの後ろに並んでいたおばさまたちや、おねえさまたちも皆、身体をよじるようにして、彼女を見つめた。 妙な沈黙。誰も悪臭漂う個室に、入ろうとはしない。悪臭の主も、動こうとしない…… 最初に動いたのは、ケバイ彼女であった。マスカラはまだ塗りかけと思われるのに、シャネルにはそぐわないちゃちなビニールの化粧ポーチにお道具をつっこむと、歩きにくそうなヒールのブーツで、猛然とトイレを飛び出していった。 更に一瞬の沈黙…… そして次の瞬間、トイレ内は大爆笑である。思わず「悪ぐせえ」と叫んでしまった友人は、自分が笑われているかのようにもじもじしていたが、ドアが閉まっているトイレの個室内からも「ぷっ、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ~」と笑い声が聞こえるに至って吹き出した。 その後、トイレ内は和気藹々とした雰囲気の中、皆が用を済ませるに至ったが、もしあのとき、あの絶叫のさなかに、シャネル娘と同じく、脱糞行為におよんでいる人がいたら、思わず便秘になったのではないかと、私は妙なことを気にしている。 ところで被害者の彼女は、実は異常なくらいに鼻がきく人なのだ。そして、それだけ鼻がイイくせに、イヤなにおいのするところで、思いっきり深呼吸してしまうクセというか、宿命というか、巡り合わせというかがあるのだ。 たとえば、下水のにおいが漂って来始めた瞬間とか、マズイ中華屋の換気口が、回り始めた瞬間とか、とにかく、間の悪い時に限って、盛大に息を吸い込んで悶絶する。 それに対して私は、もともとあまり鼻が良くない上に、何故かイヤなにおいが漂う地点では、無意識のうちに呼吸を止めている、という特技があるため、彼女と歩いていると非常に恨まれるのだった。 レシートの友人と、もう一人の友人が、彼女の「匂ってしまうクセ」を知っているかどうかは知らない。だけど私は、彼女があの個室に入ってしまったのも、入った途端、たぶん、思いっきり悪臭を吸い込んでしまったのも、何かの運命であったようにも感じるのだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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