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カテゴリ:ショートショート
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薄暗い路地裏の片隅で、若い3人の男が涙を流してうずくまっていた。誰もが顔を赤く腫らし、 口からは血を吐き、1人は完全に気絶していた。残った2人は両手を合わせ、目の前の男に許しを 乞いていた。 「……もうこの街には来ねえ、だから、その…勘弁してくれ……」 品性を感じないその喋り方からも、若者たちの育ちの悪さを想像させた。 「……うちのシマでイカサマをするとどうなるか、知らないわけは無いよな?」 男は冷酷な口調で言い放ち、手に持つナイフで若者の耳を切り裂いた。悲痛な叫びが こだまする……。 男の仲間が経営する賭博場で、イカサマが発覚したという通報があった。呼び出された男は 報告のあった若者たち3人を路地へ連れ込み、ひたすらに制裁を繰り返した。ナイフで足の健を切り、 腹を蹴り上げ、顔面を殴り続けた。そうなった経緯も全てはイカサマを行った若者たちの 責任ではあるが……男は内心、どうでもいいとさえ思っていた。めんどくせえ……。 疲れていた。自身の心が疲弊しているのが、痛いほど感じられていた。 この後この若者たちから金品を巻き上げ、身分証を預かり、賭博のペナルティ分の 支払いを強制――。そこまでしてようやく、男は家に帰ることができるのだ。とても面倒で、 とても後味の悪い仕事。 男はマフィアの構成員だった。仕事はいたってシンプルだ。組織の関わる賭博場・風俗店・ 銃砲店・麻薬工場などで騒ぎがあった場合それを治め、口止め代わりに売り上げの数パーセントを ふんだくる。そうして集めた金を組織へ上納し、改めて男の報酬へと降りてくる。危険と暴力に 見合うだけの報酬かと問われれば、男はこう答えるだろう。 「…最悪だ」 この広いスラムの街では金と力が全て。シンプルで合理的だとは思う。しかし、その単純さ 故にバカが湧くのを止められないのもまた問題だ。この若者たちもそうだ。金と力の誘惑に惑わされ 、働くという普通の選択肢を選べない人生……それを力で押し返そうとする俺も、 クソみたいな人間だ。 うんざりだ。こんな街にはうんざりだ。若者たちから巻き上げた金を数えながら、男は思った。 ――――― 男には恋人がいた。名はベス。青い瞳に黒い髪を持つ、内気な性格の女だ。 「おかえりなさい。今日は遅かったわね……」 ベスは男の頬にキスをし、「ちょっと聞いて」と言って男の手を握った。まるでダンスを 踊るかのように廊下を抜けると、ベスは囁くように歌を口ずさんだ。 「……新曲かい?」 男は尋ね、ベスは満面の笑みで首を縦に振る。 ベスには夢があった。作曲家、作詞家、歌手――とにかく音楽に携わる仕事に就きたい。 そのためにも外国の有名な都市へ移り住みたい。そんな夢を持っていた。そんな夢を持つベスを、 男は心から愛していた。結婚も誓い合っていた。生涯守ると約束した。ベスの夢を叶えてやりたい、 男の望みはそれだけだった。他に何もいらないとさえ思っていた。 「……いい曲だ。それに歌詞もいい……店に出したら、きっと売れるよ」 世辞ではない。ベスには音楽の才能がある。だからこそ悔しかった。金なら少しは蓄えもある、 2人で外国へ行ってもしばらくは食っていける。しかし……。 「愛してるわ」 ベスが言う。男も「愛している」と告げ、互いの唇を深く重ねる。愛している。心からそう思う。 心からそう思うからこそ、男も決断を鈍らせていた。 『女と外国へ行く、だから組織を抜ける』こんな世迷言をボスの前で抜かせば、間違いなく俺は 始末される。口封じのためだ、ボスは平然とベスも殺してしまうだろう。最悪の結果になるのは 火を見るよりも明らかだ……だが、どうしても……。 ベスから唇を離した瞬間――部屋の電話が鳴った。 ――――― 男は駅のロビーでベスが来るのを待っていた。 つい先刻、男はある人物との最後の密会を済ませていた。『報酬だ』と言われ手渡された 書類をバックから取り出し確認する。多額の現金とは別に、パスポートと身分証の中身を見る。 自分が偽造したわけではないパスポートを念入りに読み、暗記する。そこには男自身とは違う、 名前も年齢も血液型も住所も異なる別人の情報が記載されていた。唯一の共通点は顔写真くらいだが、 その完成度は男の知る偽造品とは別物だった。 「……これでようやく、終わる」 いや、始まるのだ。俺の人生は今からやっとスタートできる……。 そう。男はある人物と取引をした。組織の内部情報をリークすることで得る、自由。 その人物は自分を警察関係と名乗ったが、男にとってはどうでもいい話だ。もはや確認する手段も 無ければ、興味も無かった。ただ、絶対にバレない場所での密会を数度繰り返し、証拠を添えて 教えただけだ。組織の構成・メンバーの詳細・街の各所にある秘密の倉庫とアジトの場所・麻薬の 取引場所・警察幹部との癒着・癒着した警察官の名前・組織が殺害したと思われる死体の廃棄場……。 これまで隠してきた組織の秘密を全て話し、男の取引は成立した。護身のために用意した銃も、 結局は使わずじまいだった事に、男は深く安堵した。 ベスには一足先に国境沿いのホテルで待機してもらい、今日――2人で国を出る。 生まれた故郷を捨てる事に迷いは無い。迷うのは故郷を愛しているか、否か、ただそれだけの 違いであり、男は当然―後者である。愛しているのはベスただひとりであり、他は全てが有象無象だ。 もし何かを忘れている事があるとすれば――……それは――……。 「探したよ」 突然――背後から聞き覚えのある、男性の低いダミ声が囁いた。瞬間的に恐怖が体を支配し、 背後を振り返る事ができない。 「うっ……」うなじに訪れた一瞬の痛みの後――男の意識が遠のいた。 恐怖だ。男が忘れていた、絶対の恐怖。 自由への渇望が、恐怖からの鎖を緩ませていた……畜生、わかっていたハズなのに…………。 ――――― まどろみの中、男は覚醒した。目が自然と覚める、という訳でない事はすぐに理解した。 寒く、服が濡れている……どうやら水を浴びさせられたようだ。 「……知っていると思うが、俺は忙しい。お前に構っている時間も無いし、始末する案件も多い。 お前が俺にしでかした事は、そいつがもう吐いたしな」 男性の低いダミ声が、薄暗い倉庫の壁に反響する。その声の持ち主は、男が最も忘れては ならない者――ボスのものだ。 男は冷たい鉄板の上で横たわり、手足はロープと手錠で縛られていた。顔を動かすと、 近くの鉄柱にベスが見えた。ベスは鉄柱を抱くような姿勢で座り込み、両手にはやはり手錠が はめられていた。 ボスがそいつ、と呼んだそれを見る。頭部から脳漿が飛散し、全身に血の滲む穴が空いていた。 一瞥して、それが銃器でハチの巣にされた事、死体であるという事、そして――先刻まで男と 密会していた人物であると、男は悟った。 「……ボス。今さら命乞いをする気はありません……」 「あぁ?」 ボスは首を傾げ、一瞬躊躇するも、その先を言えとジェスチャーした。 「俺はどう始末されようと構いません……しかし、そこにいる……彼女の命だけは…」 ボスはまた首を傾げ、今度は呆れたような口調で言った。 「お前はこのクズ女にそこまでするほどのバカなのか?どこまでバカなンだ?このクズ女と、 どう付き合えばそこまでのバカになれるンだ?」 ボスが何を言っているのか、男には理解できなかった。俺の事では無い。なぜ、ベスの事を? 「……お前なあ、その女、お前の事ブチ殺すつもりだったンだぞ?……知らなかったのか?」 はあ?ベスが?俺を?殺す? ありえない。信じられるわけがない。「……嘘だろ?」男はそう呟き、ベスの姿に視線を向けた。 ベスは目を見開いたまま、じっと床の一点を見つめていた。 「……実を言うと、タレ込んだてめーの始末なんぞいつでもできる。問題はその女だ」 「………」ベスは無言のまま顔を上げ、ボスを睨み付けた。 「……そのクズは少なくとも3人、組織の男を殺してる。手口は簡単だ。娼婦かビッチに 成りすましてウチの構成員に近づき、ヤッてる最中か最後に刃物でメッタ斬り。構成員の素性は メンバー間でも秘密が多いし、警察も組織も『マフィア関連の事件』で終わりだ」 ボスは胸ポケットから煙草を取り出し火を点けた――煙がゆっくりと天井へ上る。 「ヤラれたヤツの情報をタレ流してたンだよ!てめーは!」 ボスの怒鳴り声が耳から脳へ、意識の深層へと突き刺さる。そんな……そんなバカな……。 「サツから取引の話が来て、その女はしばらく雲隠れする事にでも決めたンだろ?その先で 用済みのテメーなんぞ即始末だろーがっ! ……そんなハズが、ない。そんなハズが……ない……ないよな? 「……ボス、聞いて下さい」 「……黙れ、オメーらをどう殺すか考えてる」 どうすればいい?何を信じればいい?俺自身を、どう信じればいい? 男はベスに顔を向けた。 視線に気が付いたベスは、ただ、少しだけ、少しだけ、微笑んだ。 ベスは俺の事など愛してはいない……かもしれない。ただ利用されただけの男かもしれない。 外国で殺されるかもしれない。だが、しかし、真実もある。男がベスを愛しているという、 それだけは真実だ。 男は静かに、慎重に、深呼吸をし、そして言葉を選びながら、組織の長へ進言した。 「ボス、彼女には才能があります。歌と音楽の才能です。組織の経営するパブやクラブでも、 彼女はきっと役に立つはずです。芸能界や社交界での足かがり、きっかけとして、彼女を 生かして働かせるという選択肢をっ!どうか、慈悲のある決断をっ!」 ガタガタと震えながら、男は最後まで言い切った。およそマフィアの構成員が吐くような セリフではない。恥も外聞も無く、ただベスの命だけは救いたい。男の思いはそれだけだった。 ボスは微動だにせず、天井を見つめながらゆっくりと煙を吐いた。 「一応、私からも伝えたいことがあるのですが、よろしいですか?」 思ったのとは違う方向からの声に男は驚きつつも、彼女の強い意志を感じて視線を送る。 「やっと喋るのか?結局、お前の目的は何だったンだ?金か?」 男はそこで――これまでまるで聞いたことが無かった、ベスの、心の奥底からの声を――聞いた。 「誰がっ!貴様らのような鬼畜の元でっ!働くわけがねえだろうがっ!パパとママを殺しっ! 妹と私をレイプしてっ、そしてっ、それだけに飽き足らずっ!大事な、私の妹を殺したっ!! 外道がっ!!外道がっ!!地獄に落ちろっ!お前ら全員っ、絶対に殺すっ!殺すっ!殺すっ!殺すぅ…………」 空気を切り裂くベスの絶叫は……激しい憤怒に呪われた女の絶叫は…… ついに最後まで発せられることは、無かった。 憎しみに染まる声を絶つ、一発の銃弾が、ベスの眼球を打ち抜いた。ベスは頭を大きく のけ反らせながら、そのまま元に戻ることなく、絶命した。 ボスは鼻息荒く、「気持ち悪い女だな」と吐き捨てた。 「……そんな、ベス…。何で、何でだ?ボス……」 「てめえの物差しで判断すンじゃねえ!!」 銃口が男に向けられ、そして火を放つ。 「……それとな、お前の話でもあったけど、歌と音楽の才能だって?イイねえ、それ」 銃が火を放つ。 「俺も興味あるのよ、歌」 銃が火を放つ。 「だ、が、よおっ」 再度、銃が火を放つ。 びくりと男の背が反る。蟻に襲われた芋虫のように、男の体はビクビクと痙攣する。 「俺が好きな歌姫様はなあっ、ジャパニーズボーカロイド!!って決めてンだよっ。 このクソガキがっ!!」 銃弾の嵐が男の体へと打ち込まれる。彼の眉間・心臓・腹・股間・足、全身が血に塗れた。 急激に意識が遠のき、視界全てが黒く沈む。 「……GUMIさん、ミクさんたち、本当、あの子らの歌は素晴らしい……」 恍惚とした表情で、ボスが煙草に火を付ける。煙を吐く息遣いが静かに響く。 男にはもう何も見えない……。 何も感じない……。 死ぬ予感が、確信へと変わる………。 でも……最後にひとつだけ、ひとつだけ教えて欲しかった……。 ボスは煙草をもう一吸いすると、そのまま男の亡骸へと放り捨てた。 「……ボカロは聞いてて楽しいぞお、人類最高の宝だ。クズ女の歌う歌よりずっとイイぞ」 ……違う、違う違う…。 俺が知りたいのは、俺が最後に聞きたい事は……。 ……ボーカ、ロイ…ド、って…何?…誰か、誰か教えてくれよ……。 了 電子の歌姫ことGUMIさんに捧げるショート。 構想1日、書き4時間。添削・校正やってません。ちょっと字数多くて食傷気味。 ……私の場合はラストからスタートを書く逆算スタイルですが、今回は珍しく最初から書きました。 ……誤解なきよう追伸しますが、これはあくまで『GUMIさんに捧げるショート』です。 ↑は先月購入CDです。GUMIさんはホント聞いてもらいたい。 ↓はお気に入りの曲のひとつです。 GUMI&RINオリジナル LUVORATORRRRRY! こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。 人気ブログランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2017.05.04 23:07:25
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