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株式会社SEES.ii

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2017.02.23
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―――――

 午前10時――。
「変わったコトしてやがるな……」
 陸上競技場の管理会社の社員は、観客席のイスの点検をしながら、呟いた。
 400mトラックを男がひとり、黙々と自転車で疾走しているのが見える。自転車は
ロードバイク、鮮やかな赤と黒のツートンカラーであり、それなりに高価そうに見える。
男は練習着にしては派手であり、競技用のヘルメットを着けていた。
 400mトラックの円の中心には女が体育座りをし、手にはスマホを握りしめている。
女は身動きひとつせず、時折スマホをのぞきながら、男が疾走する姿をじっと見つめている。
時々、何かを囁くような仕草を見せるが……おそらくはインカムで男と何かを話して
いるのだろう。
 イスにへばり付いたガムをスクレーパーで削り取りながら、社員の男は「競技場を使いたい」
と申し込んで来た若い女のことを考えた。「ロードレースの練習に使いたい」と言っていたな……。
確かに、ここの400mトラックは自転車競技の記録会などでも使用されるが……
こんな長距離の競技は普通は外でやるもんじゃないのか?……社員の男はそう考えもしたが、
疑問を口に出すことはしなかった。女の説明は理路整然としていたし、口調も滑らかであったし、
問題点を探すことの方が難しそうだった。当然――いつものように申請書を記入してもらい、
規定の料金をもらい、説明を受けてもらい……全て滞りなく許可を出した。自分の判断は
間違っていない……ただそれだけを、社員は自らに言い聞かせた。
 誰かが靴のままイスの上で応援したであろう痕跡を雑巾で拭きながら、社員の男は
「入場口はどこですか?」とやって来た若い男のことを考えた。既に競技用の服に身を包み、
どこか不安げな様子ではあったが、これも女から話を聞いていたのでゲートまでの道を案内した。
無口で不愛想な男だ、そんな印象の男だった。
 再び400mトラックに目を移すと、男は未だ疾走中であり、女は体育座りのまま
じっとして動かない。かれこれ1時間はそうしていた。その時、社員の男は、
「そんなもんかな」と思っただけだった。
 トラックを汚すような、やましいと思えるような行為はなく、むしろ問題はないはずだ……
社員の男はもう一度、自らに言い聞かせた。そう――しいて思うならば……そんな変な練習、
早く切り上げて帰ってくれ。そう考えただけだった。

―――――

「間もなく1時間が経過します。これまでの距離は……35㎞、です。さすがですね……」
 インカムを口に当てた女が、疾走する彼とエルに告げた。「先はまだまだ長いです
……どうです?そんな自転車なんて諦めて、楽になりませんか?」
「……走ればいいんだろ」
 彼はペダルを踏み続け、女はそれを嬉しそうに眺めていた。瞬間――エルは、この女の
計画で自分と彼が利用され、更には自分におぞましい――この、おぞましく汚らわしい装置を
取り付けた女の言葉を思い出した。



「中身はフッ化水素酸です」
 薄い笑みを浮かべて女は言った。
「フッ化水素酸、まぁ簡単に言えば強酸、です……人類最高の発明のひとつ、無敵の
炭素繊維にもダメージを十二分に与えることができるでしょう。フッ化水素と硫酸の
化合物質であり、あらゆる金属を融解、液体の状態でもです。人体にとって極めて有害で、
そうそう、韓国では3000人以上の死傷事故があったみたいです…………」
 説明している間中、ずっと――女は微笑んでいた。
 エルに取り付けられた装置――それは、いわゆるロードバイク用のトップチューブバック、
というものに似ていた。サドル・ハンドル・ペダルを繋ぐ三角構造それぞれのフレームに、
3か所。大きさは従来の携行型バックよりずっと小さく、缶コーヒー程度。3つ全てが上向きに
取り付けられ、簡単には取り外せないよう、やや凝った仕掛けがされている。フレームを
一周するベルトはナイロン製。繋ぎ目はバック本体に収納されており、ジッパー部には
ナンバーセットのワイヤーロックが掛けられていた。
 そして、中身は、女が自分の意志でいつでも滴り落とせる……カーボンすら融解させる劇薬。
 やがて――、女は嬉しそうに告げた。
「……私の提案するバイクトライアル、これをクリアすれば、あなたの勝ち、
CF1は解放します」
 彼は唇を噛み、拳を握りしめ、女を睨みつけ、「わかったよ」と短く答えた。
それを聞いてエルは、悔しくて悔しくて仕方がなかった。こんな屈辱は生まれて初めてだった。
畜生っ……この女っ……ナメやがってっ……。
 彼の顔色をうかがいながら、女は楽しそうに言葉を繋いだ。「時間内に完走できなかった場合、
もしくは私自身に何らかの攻撃、もしくはレースからの脱走、もしくは外部からの妨害が
発生した場合、CF1のカーボンは溶けてしまいますが、よろしいですか?」
 彼は女を見つめた。
「……それと、レースには当然、豪華賞品が必要ですよね?もしこのレースにあなたが
勝利したなら……そうですね、あなたの命令をいくつでも、何でも受けます。当然、
あなたも同様にペナルティを負ってもらいますが……まあ、これはCF1とは無関係で構いません。
どうです?」
 彼は一瞬だけ目を閉じ、「……それは奴隷になれってことか?」と聞いた。
「はい。互いの生殺与奪の権利を得る、という条件です」
 女が言い、彼は顔を強ばらせたまま――無言で頷いた。
「ふふふ……嬉しいですね」
 女は本当に嬉しそうに笑った。エルにはそれが、心底――邪悪で汚らわしいものだと感じた。
「……それで、バイクトライアルの内容は?」
 彼はそう言って、握っていた拳を解き、エルのハンドルに手を掛けた。
「まぁまぁ、ちょっと待って下さいよ……せっかちなのは女性にモテませんよ」
 女がまた笑った。
「私はね、知りたいんですよ……あなたに興味が湧いて、いろいろと調べたことがあるんです」
「……?」
「以前、あなたがツーリングを行った際の記録です。まぁ単に、私が尾行しただけというもの
ですが……名古屋から大阪間の約180㎞……往復360㎞を約13時間で完走……これが、
何を意味しているか、
わかります?」
 エルは自身の心がピクリと痙攣したのがわかった。この女……そこまで知ってやがったのか。
「……信号待ちや道路の混雑、休憩をさし引いたとしても、相当な高記録……常時時速
25~40㎞を維持し続けないと出せない記録……プロレース級です……あなたは別に
競輪選手でもなければ、プロのロードレーサーでもない。レース観戦をしたり、専門書を
読み漁っているわけでもない……誰かに、走り方を師事してもらったという記録もない……
せいぜい部活動で街中をサイクリングしていただけの、素人だ……体力は、一般の成人男性よりは
あるようですが……納得ができません」
「………?」
 彼は、女が何を言っているのかがわからず、ただ見つめ返すだけだった。
「素人であるはずのあなたがなぜ、そんな記録を出せるのですか?……と聞いています」
 彼は沈黙した。具体的な答えは、そう――彼自身にもわからないのだから。
「……そうですか?……それじゃ、今からあなたに、それを見せては頂けませんか?」
 女は手でトラックを指さし、「そこに、400mトラックがあります。あれを500周。
合計200㎞あります。それを7時間で完走してください。休憩・補水はなし、
時速は30㎞前後の維持でいけるはずですから、余裕ですよね?」と聞いた。
 彼は女を見つめ、やがて――目を閉じた。
「……賞品の件についてですが、どうです?私はこの約束を反故にするつもりはありませんよ?
それとも、こんなお遊びはやめます?まあ、自転車だけは諦めてもらいますけど」
 女は挑発するかのように笑った。
 彼は大きくひとつ息を吐き、女を再び見つめた。
 
   ――やめてくれ……頼む……。
 エルは彼の顔を見上げ、彼が自分を諦めてくれることを願った。
 ――やめてくれ……私は欠陥品なんだ。こんなレースなど何の意味もない……。
 そう。このレースは何の意味もないのだ。女は自分を連れ去り、彼を恐喝する道具にし、
劇薬を私の体に括り付けた……もしかすると、私はバラバラになって壊れ果てるかも
しれなかった。だが――女がしたのはそれだけだった。どこかで大勢の人を殺したり、
集合住宅に放火したり、豪華客船を沈めたりしたわけではなかった。女は、この世界で罪と
呼ばれるようなことは何一つしていない……していたとしても軽微な、誰もがすぐに忘れて
しまいそうな、イタズラのようなもの……。
 ――私はそんなイタズラの犠牲になるだけの、ただのロードバイクで……欠陥品だ。
 これは罪だ。これは罰なのだ。創造主からの使命を、ないがしろにし、忘れたから……。
 ……道具のくせに夢を見て……道具のくせに希望を抱き……道具のくせに……愛、された、から。
 ……意味がない……意味がない……だから、やめてくれ……私を、捨ててくれ……。
 空を覆う雲の隙間から光が漏れ、競技場を照らし始めた。
 生を放棄し、何もかもを放棄しようと彼に願った……。
 その時――
 ――エル……俺が、お前のことを諦めるわけないだろ?
 という、彼の声が聞こえた……彼と、心が通じ合った気がした。瞬間――纏わりついていた
心の陰鬱が晴れ、まるで――たった今、生まれ変わったような気分だった。
 どうして?……通じたのか?……何で?……でも……でも……本当、に?
 
 そして――エルは、これまで口に出せなかった――いや、口に出すわけにはいかなかった、
自分の本当の気持ちを――伝わるか、伝わらないかはわからないけれど――声に出して伝えたい、
そう強く思った。
『……私は……私は……お前を……お前のことを――――』

―――――

 午前9時――。
「……賞品の件についてですが、どうです?私はこの約束を反故にするつもりはありませんよ?
それとも、こんなお遊びはやめます?まあ、自転車だけは諦めてもらいますけど」
 彼は大きくひとつ息を吐き、CF1に触れながらそっと何かを囁き、顔を上げ、
「……レースが終わったら、この……CF1の荷物を外してくれるのなら……アンタがその約束を
必ず守るのなら……その、賞品も含めて……いいよ。やるよ」と言った。
「……私は、あなたの体をズタズタに切り裂いたり、腕や脚や性器を切り落とすかもしれません
……そういうことをされても、いいんですね?」
 男はまた無言のまま頷いた。その怒り、悲しみを背負った彼の表情を見ただけで――
女は、この後の展開を待ち遠しく思った。ゾクゾクする、とはこういうことを言うのだろう……。
「さて……ちょうど9時です。それじゃあ始めましょう」
 男は無言のままCF1に乗り込み――スタートラインが施された場所に着く。
 女はトラックの円の中心に立つ。全ての道具、準備は整っている。
 用意していた――号砲、爆竹のピストルを撃つ――。

―――――



 パートdに続きます。
 

 ……やっちまったぜ……畜生ーめ。
 ……話を短くしきれないス……しょーもない私ス。
 すいません。3話で終われなかった。
 
 『エル』はなぜ女性なの?と聞かれましたが、答えはまぁ…イタリア男子は全世界の女性に
優しい…ていうことですな……カミ様の配慮デス。……こういう小ネタも作中では結構
削ってしまって……残念。まあ…気持ち切りかえて、最終までガンバリましょーかね……。
 コメント、アドバイス、ネタ等、よろしければご提供願います。誤字脱字あればすいません、
見つけしだい訂正します。でわ、ありがとうございました。
 ……そして、スイマセンでしたっっ!早く終わらせますっ!

 今日の2曲ww ↓ 運転中は危険かも? ↓
     脳漿炸裂ガール     乱躁滅裂ガール 

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Last updated  2017.05.04 23:24:17
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