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株式会社SEES.ii

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2017.02.27
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―――――

 老人の足元に、油か何かの液体で汚れた、厚手の大きなダンボールの箱が置いてあった。
 箱の隣に立つ、中年の男が言う。
「……CF3です。ミラノの中古車屋で発見しました……」
 老人は膝を折り、静かに「そうか……」と呟きながら、箱の中身を丁寧に取り出した。
 それは――、かつて老人が仲間たちと共に、魂を込めて作り上げた一台のロードバイク……
だったものだ。フレームはひしゃげ、ハンドルは折れ、サドルは真っ二つに裂け、ペダルは
片方を喪失し、ギアとチェーンは油の腐敗臭を放ち……《跳ね馬》は完全に削られ、消えていた。
 ひとつひとつ――老人はダンボールから部品や、かつて部品であった物を取り出し、
美しく磨かれた作業台の上に並べた。
「……最初の持ち主は?」
 何の抑揚もない口調で老人が聞いた。
「……オーナーズクラブの情報では、中国人です……投機目的だったのかもしれません……」
 中年の男の言葉にも抑揚はない……そう――不自然なほどに。
「……そうか。……CF3よ。まだ……心はあるか?」
 老人は、塗装が完全に剥げ、その葉が僅かに残っているだけの、かつて《クローバー》
であったエンブレムに優しく触れた。そして、優しげな口調で――作業台に並べられた
部品の全てに――語りかけた。
 すると――
『……エル……ネスト……さ……まあ……』
 ――CF3と呼ばれた存在は微かに声を発し、老人の耳に届けた。親に叱られて泣いて
いるような、純粋で無垢な、少女のような声だった。
「……最後の成績は?覚えているかい?」
 エルネストと呼ばれた老人は、ひしゃげて歪んだフレームを優しく撫でた。
『……何年か…前………ベルギーの……ワロンヌで……14位、でした……』
「……そうか、よく走り、よく戦ったね」
 CF3と呼ばれた部品の声は、今にも消え入りそうなほど弱々しかった。
『……エルネスト……様……私は……、使命を………果たせ……ました………か?』
 その声を聞きながら――老人は、作業台に備えてある電動ドリルを取り出した。
何かを察したのか、中年の男は呻き声を漏らし、視線を外し、目頭を手で覆った。
「ああ……キミは立派に使命を果たした。私たちの工房の、誇りだ」
 どこまでも――どこまでも優しい口調で、老人は答えた。掌は、ずっとフレームを
撫でていた。
『……ああ……神よ、私は……今――御身に………抱かれ……』
「CF3……キミのことは忘れないよ。だから、もう……お休み……」
 老人は、触れていた手を離した――離した刹那、『……もったい無きお言葉』
とだけ聞こえ、全ては完全に沈黙した。そう。目の前の部品からは、もう何の言葉も、
何の意思も感じなかった。
 そして――老人は、ドリルの電源を入れ、フレームに微かに残った《クローバー》の葉を、
削り取り――完全に消した。

 エルネスト・コルナゴは嘆いていた。理由は本人ですら、わからなかった――だが……
80歳を過ぎた今、この瞬間にも、涙が――とめどなく流れた。
 ……使命を果たし倒れることは、この私の願望であり、『彼女』たちの運命だ……
それが喜びであるはずなのに……しかし、しかし、それが……なぜだ?……この、
儚い思いは……この、切ない思いは……この、やるせない思いは……どうして、私は、
こんなにも悲しい……こんなにも、苦しい……。……私は、いや――私たちは、
間違っていた……のか? 

 勝利こそ全て――………。
 コルナゴはこれまで数多くのレーサーにロードバイクを提供し、幾多の輝かしい
勝利を重ねた。地位も名誉も金も夢も、全てを手に入れたハズだった……のに、
エルネストは嘆き、心を痛めていた。
 エルネストは呻きながら、胸が締め付けられるような思いで、――世界のどこかにいる
、ある特定の人間に、乞い、願い――祈った。
「……我が工房の者と同様、『資格』を得た者よ、我が工房に来たれ……」
 それは非常に困難で、非常に稀な人間だけが得られる『資格』だった。愛されし者が、
愛すべき者に触れられている――その瞬間だけ、愛されし者は愛すべき者と、言葉と心を
繋げられる。そんなことが、そんな奇跡のようなことができる人間は、本当に少ないことを
……エルネストは知っていた。

「……『資格』持つ者よ、来たれ………私が息子たちに教えた技術を、あなたにも
教えよう……ひとりでも多く……ひとりでも多く……『彼女』たちを……娘たちを
……愛してくれ………」
 
 この地への道は、娘たちが知っている……だから……。
 答えを……誰か……私に、誰か……。
 エルネストはひとり――祈り続けた……。

―――――

 午前11時――。
「2時間が経過しました。現在の距離は……68㎞。なかなかいいペースですね……」
 
 あの女の声が、インカムと彼を通じエルの意識へと流れ込む。
『ッ……カンに障る女だ。私にケンカを売ったことを、死ぬほど後悔させてやる』
「……ずいぶんと、調子イイみたいだな?」
 それは――普段通りの、いつものように、彼がエルに話しかける、ごく自然な口調だった。
『まあな……さっきまでの陰鬱が、まるで嘘のように晴れた……お前のおかげかもな』
「よく言うよ」彼は言いながら、またペダルを踏んだ。チェーンに力が伝わり、
ホイールが勢いよく回転する。ギヤのシフトチェンジ、ハンドリング、カーブへの進入角度
……全てが本当に調子がイイ。あの無能の整備も、評価を改める必要があるな……。
エルは心の中で笑った。こんなにも完璧な状態で走行できるのは、たぶん、今日が初めてだ。
 そう――
 エル――CF1は――自らの意思で車体を動かし、彼の走行をアシストすることができたのだ。
……ただ、それはごく小さな、ほんの微かな力の加減……実際、運転する彼ですら簡単に
理解できるようなものではなく、あくまでも安全性の向上、ケガの防止という側面が強いのだが。
 エネルギーこそ彼の脚力に依存しているが、その技術はもうひとりの創造主、
エンツォ・フェラーリが企業、フェラーリ社のテスト走行にて会得した、《跳ね馬》の力――。
走れば走るほど、エンブレムはより輝く……氏の言葉通りだ……。
 この力を賜りし……偉大なるエンツォ様へ、心よりの感謝を。……彼と心が通じた今なら、
この力をさらに引き出すことができるかもしれない。
 ……そうだ……存分に見せてやるよ。あの女を、死ぬほど後悔させてやる……。


『……シフトチェンジ、速度調整は私に任せろ。本当に、今日は調子がイイ……』
「……これが正式なレースだったら、助けてくれたのか?」
『バカ』
 即答する。こんな力をレースで使えば……おそらく――私は、消える……死ぬ、
と言ってもいい。エルネスト様は、規律と礼節を重んじる御方。決して許してはくれないだろう。
「わかりましたよ。エル様」 
 コイツッ……こんな軽口を言うぐらいだ、まだ体力は大丈夫そうだな……しかし、
本当に――変わったヤツだ、コイツは……。
『……驚かないんだな。不思議に思わないのか?私と、会話していることに』
 つとめて平静な声でエルは言った。『私は、道具だ。人間じゃない。化け物だとか、
妖怪だとか、変に思ったりはしないのか?……それに……』
「それに……?」
『……いや、何でもない』
 出かかったその言葉を、エルは心の中にしまい込んだ。
 何を期待しているのだろう、エルは思った。私がどれほど気持ちを伝えようと、
彼はそれを受け入れてはくれるかもしれない。けれど、それは昨日までの話だ。
道具としてのCF1を愛してはくれても、己の意思を持つエルを愛してくれるとは
限らない……そう考えていたエルの思いを――唐突に、彼がさえぎった。
「たまにだけどな、聞こえてたよ、声」
 彼はまた力を込めてハンドルを握り、エルは呆然と彼の顔を見つめた。
「夢か幻だとずっと思っていた――けど、エルの声が聞きたくて、聞きたいから、
走れた。走るたびに、声を聞くたびに思った……好きだってな……」
 エルはしばらく呆然とし、少し笑い、少しだけ沈黙し、それからはっきりとした口調で
『変わったヤツだ』と言った。
「……もうひとつ、いいか?」
 彼は前を見据え、ペダルを踏み、息を整えながら、力強く、「私は、お前を愛している」
と言った。それは、つい2時間ほど前、レースを始める直前に、エルが彼に告げた言葉に
相違なかった。
 瞬間――嬉しさと恥ずかしさが猛烈に込み上げ、こらえ切れず、エルはまた……彼を見つめた。
――あの、純粋で、儚げで、どこか美しい……そう、まるで、雨の中に放り出された子供のような
――悲しい瞳をした男を……。
 意を決し、叫ぶように彼へ告げた――。
 今度は確実に、絶対に彼へと届くように――。
『喜べっ!貴様のために走ってやるっ!だから私を愛せっ!私は、全身全霊で、
お前を愛してやるっ!』
 彼は呆気に取られたように一瞬だけ硬直し、「うわぁ……」とだけ呟いた。
 エルの怒号が――彼の鼓膜を直撃した……。

―――――

 これで2時間……。2時間で68㎞……。悪くない数字だ。むしろ、かなりいいタイムだ。
プロのレベルとは思わないが、このレースをクリアするだけの成績に間違いはない。
 彼は未だ、汗ひとつかいていないようにも見える……余力はまだまだありそうだ。
 女はひたすら、彼と彼の乗るCF1を観察し続けていた。時折――彼が何かを喋っている
ようにも見えるが……アレは何かのルーティンか、それとも?……笑っているようにも見えるし、
意味がわからない。
 それに……ほら、まただ、また……見えた。
 女には見えていた。CF1のギアが、彼の手を借りずにシフトチェンジを行っている……
ように見えた。こんな芸当はプロの世界でも、手品の世界でも聞いたことがない。考えられる
可能性はいくつかあるが……どれも正解と判断するには非常識すぎる気がする。例えば――
純粋に、彼の操縦技術が高い、もしくは才能の開花とか?……けれど、それならあの
シフトチェンジの謎の解明には遠い……。ありえない話だが、例えば……あのCF1にはAIが
内臓されており、オートアシストのような機能が備わっている……とか?わからないな……。
あの自転車を少し調べたが、それらしき機能は発見できなかった。スマホに連動したアプリ?
いや……違うな……。
 考えても考えても、女にはわからなかった。

「つまり――実験と検証が必要、ということですね……」
 女は微笑んだ。
「……さあ、彼と自転車の運命や……いかに?……喜劇?……それとも、悲劇?」
 女はまた微笑んだ。そして――本当に嬉しそうに、笑った……。
 陸上競技場の掲示板を見る。時計の針は今、12時を指そうとしている。

―――――

 パートeへ続きます。
 
 
 


 
 すいません(ブログ始めてから謝ってばかりのような気が……)。忙しくて書く
タイミングが難しくて、ダルくて、眠くて、なかなか更新できなくて……すいません。
 話がユルユルになってきました。当時の私は何を考えていたのやら……。
まあもう少しで終わりますから。もう、ちょっとだけですから。てかもうショートショートじゃねえし、短編じゃね?合掌……。
 しかし……私の書く文てどうも『…』が多い気がする。表現上多用しているのですが、
多すぎるとかえって見苦しい気もするし……、う~ん、まあいいか。ちなみに多分、
このパート、一番文章が稚拙です――恥ずいぜ……ホント。
 てなわけです。コメント・アドバイスよろしければぜひぜひ、お願いします……マジで。
 駄文、失礼しました。

今日のオススメ↓買お……かな。
米津玄師 MV「orion」

よろしければ……試聴だけでも……↓オススメボカロさん。


こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。

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Last updated  2017.05.04 23:24:44
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