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カテゴリ:短編 01 『愛されし者』
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――――― いける。 そう信じ始めていた矢先――その時だった。 何かの液体が数ヵ所、フレームの上に滴り落ちた。 何だ?……雨でもなく、コイツの汗でもない……まさか……。 エルはフレーム全体に意識を向け、異常の有無を確かめた。そして――自らの手足で あるフレームの上で、それが……ジュウッと音を鳴らすのを聞いた。 『ひぃっ、いやぁあああああああっ!』 次の瞬間、彼の耳の中に、凄まじい悲鳴が響き渡った。 ……痛い……痛い……痛い……痛い……ちぃっ、畜生ぅ……。 ……この体に傷をつけていいのは、コイツだけだというのに……クソッ……何だ…… 何をされた?……例の薬か?……そんな……そんな……。 「おいっ、エルッ、どうしたっ!」 彼が心配そうな顔をして聞いた。……良かった。彼はまだ、ペダルから足を離してくれ てはいない。 『……だいじょうぶ………心配、するな……なんでも、ない…から………』 凄まじい痛みを押し殺して、そう返事をするのがやっとだった。そして――彼は戸惑い ながらもペダルを踏み、また前へと進み走る。ペダルを踏まれる度――また痛みも走った。 「本当に、大丈夫か?」 彼がまた聞いた。エルは再び『心配するな。問題ない……』と言った。嘘だ。 ……全身に意識を向け、集中する。……フレームに、穴、しかも……6個、だとお?……信じ られない……私はコルナゴの……衝撃に強い、特別に精製された、フルカーボンの車体だぞ…… まさか……本当に、そんな薬が?……信じられない……ありえないっ! 女の言葉は嘘でも何でもなかった。フッ化水素酸?……そんなものが、本当に? 全てが想定外の事態であり、エルの想像を遥かに超えるダメージだった。思考が上手く回転 しない……車両の操作に集中でき……ない……くそっ!……くそったれがっ! そう――女がエルに括り付けたバッグの中身の液体は、ナイロンのベルトを簡単に貫通し、 直下のカーボンを焼き、貫き、反対側をなお焼き、貫き、路面へと滴り落ちた。それは液体の量 でたったの数滴、それがハンドルの下、サドルの下、ペダルの上のフレームを貫いた。 CF1は、いわば部品ひとつひとつがエルの精神と体そのものであり、分解やメンテナンスの 作業とは決定的に違う……そう――決定的な損害と損傷を受けたのだ。フルカーボンであるエルの 体は一部を除き――F1マシンとほぼ同じ、金属並みの強度を持ち、チタンよりも軽く、 アルミのようにしなる――最高の素材……それを……神に賜りし体をっ!畜生がっ! ……油断していた。レースに負けるまでは決して私に手を出さない……そんな保障など、 どこにもなかった。こちらが勝手に思い込んだ幻想――あの女は外道だ、これくらいの妨害は 平気でする、鬼畜だ……そんなことはわかっていた……わかっていたハズなのに……畜生…… 畜生ぉっ……クソ女がぁ……。 ……だが、エルは走るのを諦めるつもりはなかった。永遠に続くかと思われたトラックの ループを、痛みに耐え、懸命に、悶えるように走り続けた。 大丈夫――私は神に創造されし、選ばれたロードバイクだ。有象無象の、時速が15㎞程度しか 出せないような、そんなゴミのような自転車とは違う……これしきのダメージで、心が砕け たりはしない。 ……諦めて……諦めてたまるか……彼を、神の御許へ……エルネスト様の元へと運ぶまで…… 今度こそ、今度こそ使命を果たす――そうだ……もう泣き言など言わんぞ……。 証明するのだ……証明、してみせろっ……CF1! 私はっ――欠陥品じゃ、ないっ! 決意した。あとはただ、駆け抜けていくだけだった。 トラックの中央に佇む女は、疾走を続ける彼とエルをじっと見つめ、それから……顔を 歪めて微笑んだ。けれど、走ることに集中している彼とエルは、自分たちを見つめる女の 視線に気づかなかった。 ――――― 午後13時――。 『アンタッ!何をしたっ?』 インカムの向こうから、彼が私に強い口調で訴えた。『アレを使ったのかっ?約束が違う じゃないかっ!』 「約束した覚えはないですし、ちょっとした手違いですよ。それよりもまずは落ち着いて 下さい。距離はまだ長いですから」 『……畜生っ……覚えてろ……』 彼が呻き、女は、それを嬉しそうに笑った。笑いながら――傍らにある、飲みかけたミネ ラルウォーターのペットボトルを手に取り、蓋を開け、「これはお詫びの気持ちです。私の唾液が 入っていますが……ふふふっ、これで許してもらえませんか……ねえっ?」と言い、可愛らしく ニコニコと微笑んだ。 コース上まで足を運び、疾走を続ける彼にペットボトルを差し出した。彼はそれを私から ひったくるように奪い取り、喉を鳴らして飲み込んだ。 ……えっ? ……ええっ?……何? 彼の行動に、女は驚きの声を出した。 「……よほど大切にされてるのですね……本当――妬けますね」 彼は水を一口か二口飲み込んだ後――残りを、あの、強酸の入ったバックの上に、シャワー のようにジャブジャブと浴びせ掛けた。CF1が水浸しになり、彼はペダルを踏みながら手を 伸ばし、酸の貫通した穴を優しく撫でている……グローブで酸を拭っているようにも見える……。 やがて――彼は正面を真っすぐ見据え、ハンドルを握り直し、姿勢を整え、激しく息を喘がせ ながら、ペダルを――また再び、力強く踏み始めた……。 信じられない……。 あまりにも、信じ難い行動だった。 ……やはり、彼は普通の……今まで私が出会ってきたどの男たちよりも、違った……。私を モデルにしたいと持ちかけた男……私と結婚しようとプロポーズしてきた男……私を愛人に しようと金を積んだ男……私をAVに出演させようと話しかけた男……私の顔や胸や脚を、 まるで舐めまわすかのように見つめる幾多の男たち……母の顔すら知らない私を、私を育てる 義務があるくせに、それを放棄し、多額の金を、使いきれないほどの大金だけを家に置き捨て、 何も言わず、何も告げずに――どこか遠い国へと移住した男……。 そんな無数の、無限に湧いて出るようなゴミとは―― ――彼は、明らかに違っていた。 女は……そう――少しだけ、ほんの少しだけ、彼との出会い方を後悔した。 女は……信じていた価値観が――少しだけ、ほんの少しだけ、揺らいだ。 女は……思った。 彼になら、全てを捧げてもいい。 彼になら、優しくされたい。 彼になら、愛されたい。――少しだけ、ほんの少しだけ、思った。 頬に、一筋の涙が滑り落ち――女は、同時に確信した。 間違いはなかった――彼は『資格』を得たのだ。 私は、誰かを、愛しても……いいの?……女はそれが、少しだけ……ほんの少しだけ―― ううん……違う……すごく――嬉しかった……。 ――――― やや誇張した表現ではあるが――炭素原子、つまりダイヤモンドの糸を編み込み、綱状 にしたものが俗に言うカーボンファイバーと呼ばれるものである。 カーボンファイバーをさらに溶接、ポリエステル樹脂で固め、形を持って作られるのが カーボンフレームである。カーボンは軽く、熱に強く、なおかつ柔軟性に優れた素材であり、 近年、F1マシンや航空機、多岐にわたり使用されることが多い。 ロードバイクに使用されるカーボンは加工しやすく、軽量、しなやかさを重視するため、 熱には強いが衝撃には若干の不安が残るとされている。しかし、それは安価な一般向けと しての評価であり、高級とされる車種においてはまた別格である。 CF1に使用されるカーボンは製造過程においても最重要視され、過酷なレースを前提とした 設計と、プロ選手による走行テストを繰り返し、その耐久性・剛性・衝撃吸収性はチタン・ アルミなどの軽金属を凌駕する。 だが――その、最高級カーボンですら、弱点と言うべき欠点もまた、存在する。 そのひとつに、破断、というものがある。破損による亀裂、である。 炭素の炭素の結合は強力な耐性を発揮するが、一度破損すればダメージは容易に蓄積され、 唐突にフレームごとねじ切れる現象である……。 エルは――その現象を知ってはいたが、これまで耐久レースなどに挑戦した経験がなく、 その知識が脳裏をよぎることはなかった……。 女は――その現象を文字や映像で見たことはあるが、実際に経験したことなどは皆無だった。 そう。エルと女は知らなかった。だが知らなくとも、レースは続き、運命は回る……経験し、 学ぶ時間はもう残り少ない。すべての運命は、レースの勝敗に託された……。 エルと女は――陸上競技場の掲示板を見る。時計の針は今、14時を指そうとしている。 残り2時間――ゴールまでおよそ54㎞……。 男は何も言わなかった。 エルや女と会話する余裕も、彼女たちに対して思いを巡らせる余裕はすでになく、体を左右に ブレさせ、喘ぐような呼吸を繰り返し……ただ、ひたすらに――体力が落ち、ペースも落ち、 ボロボロになりつつある肉体で、ペダルを踏み続けた……。 レースは続く――。 ――――― パートgに続きます。 お疲れ様です、seesです。 今話、最もテキトーに作った回であるように思います。データから文字を起こし添削し、校正、読み返し、訂正し、そして……妥協する。妥協する。毎回書くたび、『ナニコレ?』と思う今日この頃…。 ――応援・ナイス・コメント、感謝感激ありがとうございます。 余談ですが、私も参加する小説ランキング……上位の御方々のテーマ、すごすぎる。 もひとつ私事を。 「次長、部長、すいません。仕事中、こんなことばかり考えてるアホで、すいません……許して」 でわ、感想・アドバイス・苦言、何でも教えて頂けると幸いです。 ご拝読いただきありがとうございました。よろしくデス!! ↓今日のエンディングにどぞ。 君の知らない物語 - supercell ↓supercell ……たまに聞きたくなる。どこいったっけCD……。 こちらは今話がオモロければ…ぽちっと、気軽に、頼みますっ!!……できれば感想も……。 人気ブログランキング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2017.05.04 23:25:37
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