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株式会社SEES.ii

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2017.03.14
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―――――

 午後14時――。
 走れ……走れ……。
 1秒ごとに命令を下す。彼にではない。これは自分自身に下したもの……自分自身に課した
……とても単純で、とても美しい命令。エルは思った……1m進むごとに、2m走るたびに思う。
 ……レースとは、こんなにも苦しく……痛い、けれども……美しい。
『……ペースが落ちているぞ。直線では少し力を抜いて、惰性で走ったほうがいい……』
「っ…………」
 エルのアドバイスにも、彼は答えなかった。私の言葉を無視したわけではないことは、
わかっていた。彼は疲れきっていたし、顔は苦痛に歪み、体は砂とホコリにまみれ、口元は
水分を求めて激しい開閉を繰り返し、乾いた咳のような呼吸を繰り返した……誰がどう見ても、
彼は苦しみ、苦しみの中でのたうち回っているように見える……にもかかわらず、エルは彼を
美しいと思った。
 何も語らず、何も探らず、他にいくらでも選択肢があったのにもかかわらず――コイツは私を
救うことだけを考えてくれた……。私がクヨクヨとし、心の中で泣いていた時も……コイツは
私を……励まし、優しくしてくれた……。そんなヤツが、美しくないわけがなかった。
 そして――思った。
 醜いのは……私だ。
 彼を独占したいがために彼を傷つけ……彼に、私との愛を試すかのように、ペダルを踏ませ
続けた。彼はただ――私を救い出したいだけだったのに……。最低だな……私は……。
 
 ――その時、自身の内部で音がした。 
 エルがフレームに意識を向けると、瞬間、失われた記憶が思い起こされた。
 これは――……やはり罰だな。あれほど苦しかった痛痒が、今ではまったく感じられない。
 これは――……おそらく、そういうことなのだろう……。
 この愛を試されているのは――やはり、私だ。

 CF1の操縦は、すでに、彼に全権が移行している。
 エルは、昨日今日と何度となく繰り返した――これは不敬な行為だと理解しつつ……また――
神に祈った。祈り続けた。
 エルネスト様……どうか、どうかもう少しだけ――もう少しだけ……。
《クローバー》に、目に見えない亀裂が入る……意識がフレームから弾き飛ばされる……。
 最後になるかもしれないと思い、エルは彼の顔を見上げた………あの、純粋で、儚げで、
どこか美しい……そう、まるで、雨の中に放り出された子供のような――悲しい瞳をした男を……。
 
 エルネスト様……どうか、どうか……彼ともう少しだけ……
 ………一緒に、走らせて……。

―――――

「……もう終わりにしましょう……こんなレース、何の意味もないのですから……」
 女はインカムを口に当て、激しく息を喘がせる男に向かって訴え続けた。「……CF1なら
解放します……必要なら、謝罪もします……慰謝料も払います……だから……だから……」
 女は――戦意を完全に喪失していた。

 これは……自らの価値観を、自らの手で正当化するためのレース。自らの人生を、自らの手で
高揚させるために選んだ……ただ、偶然のままに――ただ、選ばれただけの男……。
 存在しない、ありえない存在に対しての拒絶……敵対……破壊……それが――このレースの
目的の……ハズ、だった。
「……許して……許して……許して……下さい……」
 女は、彼を愛していた。自分の全てを、体ごと全て、何もかもを捧げてもいい――
その『資格』を男が有するとは、正直――想像すらしていなかった。
「……ごめんなさい……ごめんなさい…………」
 女は謝罪と降伏の意思を、彼に示し続けた――彼が女にとっての『資格』を得た今、
このバイクトライアルレースは何の意味もないように思われた。 
 だが――
 彼は走るのをやめようとはしなかった。それどころか、なお脚に力を込め、CF1の
ペダルを――ガムシャラに踏み続け、トラックを全力疾走させていた。
「……どうして?……こんなレース、ただの遊び……だよ?……何で……どうして?」
 彼は――カラカラに乾いた喉から、懸命に絞り出すかのように、悲鳴のような声で言った。
『……あとっ……何キロ?………何周だ?……何周だっ?……』
  女は躊躇し――やがて、泣きそうな声で、「あと……28㎞、です……70周……」
 聞き終えると同時に――彼はヘルメットごとインカムを投げ捨て――汗でくちゃくちゃに
乱れた髪をかき上げ――息も絶え絶えになっていた呼吸を整え、力を全身に宿らせた。それは
女が知らない、何か……何か神秘的な輝きを放っていた……わからない……わからないよ……。
 
 彼は――意味も、価値も、名誉も、賞金も何もないレースで……走り続け、疲弊し、ボロボロに
なった肉体で――叫ぶ。
「行くぞ……エルっ!……我慢っ、しろよっ!……エルっ!」
 ……エル?
 女は何も知らなかった。
 何も知らないまま――握力が抜け、指の隙間からスマートフォンが転げ落ちた。
 考えている時間は――もう残された時間は、ほんのわずかだった。
 何も理解できぬまま――脱力し、ぺたりと路面に座り込み、ただ呆然と……見つめ続けた
……あの、純粋で、儚げで、どこか美しい……そう、まるで、雨の中に放り出された子供の
ような――悲しい瞳をした男を……。

―――――

 午後15時――。
 女はうずくまり、泣き、呻き声を漏らしながら……トラックを疾走する男を見つめ続けた。
 男はひたすらに、ペダルを踏み続け……何も言わず、ただひたすらに、トラックを疾走した。
 
 そして――……
 ――エルは自身の運命を悟り、受け入れようとした。
 レースが中断しようと、完走しようと、それは避けられぬ運命だった。
 ただ――最後に、最後に望むことがあるとすれば、それは……それは……。

《クローバー》の3つ葉と茎が歪む……フレームの内部に亀裂が縦横に刻まれる……。
 まもなくレースも終わる。そうすれば、永久に、終わる……。
 考える時間は残されていない……いや、考えるまでもないことだった。
 もう、思い残すことはなかった。
 
―――――

『……約束して欲しいことがある』
 ……?
 ゴールまで残り10周の時点で、エルは彼に話しかけた。彼はもはや口のきける状態では
なかった。ただ、彼との繋がりは――彼と通じ合える糸だけは、確実に生きていた。
『……そのまま聞け』
 あと10周。
『……東京にある、コルナゴの輸入直営店……そこのディーラーに私を持って行け。たぶん、
歓迎してくれるだろう』
 あと9周。
『……オーナーにも礼を言っとけ。……無能と呼んで悪かった……とな』
 あと8周。
『……約束してほしいのは、大体そんなところだな……そうそう、忘れていたことがあったな、
すまない……これは破断という現象だ。あとで勉強しとけ……』
 あと7周。
『……お前の勝ちだ。あの女はまぁ……許してやれ、反省すべき点はこちら側にもある……
浮気は許さないが、な』
 あと6周。
『……ところで、お前の言っていた、『資格』だったか?』
 あと5周。
『……私に乗る、『資格』があるとかないとか?』
 あと4周。
『……バカな男だ。そんなことを気にしていたのか?……もしかして、本当にそれだけの理由
でレースに参加しようとしたのか?』
 あと3周。
『……お安い御用だ。認めるよ。私に乗っていいのは――CF1にふさわしい、私の乗り手に
ふさわしい者は……永遠に、お前だけだ』
 あと2周。
『……こんなことを何度も言うのは恥ずかしいが、まぁいいか……ありがとう』
 あと……1周。
『……私にステキな名前をくれて、ありがとう。私をエルと呼んでくれて、ありがとう』
 ――ゴールに達した瞬間、
 ――全身の筋肉が弛緩したのか、彼の体とCF1はバランスを失い、固い路面に放り出された。
同時に、硬質な破壊音が響きわたる。
「……エ……ルッ……ああっ……あああっ………」
 ――彼は呻き、喘ぎ、這い、悶え苦しみながら……路上に転がる――
 ねじ切れたCF1のフレームにすがりつき、四散した部品をかき集め――
……強く……強く、抱きしめた……。
 
『……私を愛してくれて……ありがとう。私も、あなたを……愛しています………』
 最後に聞こえた声が虚空に消え――……彼は、バラバラに砕け散った《クローバー》を握りしめ
――彼女の名を叫んだ。泣き続け、呼び続け、叫び続けた…………いつまでも、いつまでも……。

―――――
 

 パートhに続きます(最終回)。
 





 

 
 お疲れ様です、seesです。
 次回が最終の予定です。たくさんの応援・ナイス・コメント誠に感謝ス。
 読んでいただくための工夫はしているつもり……なんですケド、まだまだ『つもり』
ですね……反省と修正を心がけつつ、はあ………雑な作りでごめんなさい……。
 最終回ですが、まあ…皆様方の予想通りというか、全話見ればわかるというか……特に
ひねる予定はないス。期待しないで下さいッス。
 それではいつものように、コメント・応援・ディスり、何でもかんでもいただけるだけで
嬉しいス。でわでわ、またよろしくデス。seesでした♪

     ↓今日のオススメ曲……aikoさん…歌も見た目も全部好き↓
     aiko-『あたしの向こう』             aiko-『明日の歌』   

↓好きだなあ……aiko…。家で聞きたいオススメ……seesも買ってしまった……。


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Last updated  2017.05.04 23:26:05
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