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株式会社SEES.ii

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2017.03.21
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h―1 こちらからどうぞ
―――――

 中部国際空港、セントレア――。
 セントレアの国際線制限エリア内にあるスターバックスコーヒーにて、男はひとりコーヒー
を飲んでいた。男の年齢は40代前半、妻子がおり、健康状態はいたって優良であり、そして
……現在、無職であった。男は、つい1ヵ月までは名古屋市郊外のショッピングモール街で
自転車屋のオーナーをしていた。契約上、オーナーである権利は今月末まで有効だが、店舗は
もうなく、商品の自転車も全て処分した。
「……自転車屋のオヤジか………それも悪くはなかったンだけどな……」
 男はひとり、呟いた。

 オーナーは結局――モール街の運営会社とのテナント契約は延長しないことにした。
 そりゃあそうだろ……誰だって断れないだろ……。
 理由は大きく分けてふたつあった。
 ひとつは……いわゆる居抜き、での退去を勧められたことだった。商品の自転車、工具類、
ゴムからネジ……一切合切を買い取られた。さらには退去費用、さらには迷惑料まで付随して
支払ってくれたこと。……後から聞いた話だと、やはり俺のチャリ屋の退去は既定路線で、
後釜には国内大手自転車ショップの加盟店が入るらしかった。つまり……ゴネるなよ、という
口止め料というわけだ。
 ……だが、それも世の常。資本主義社会。当然の正論。……何が正しいかって?
 それは金。カネ。カネ。カネ……。
「……………クソが」
 オーナーの指先が震え、飲み終えた紙コップを握り潰した。
 それは到底――いや、断じて、決して、許せることではなかった。
 渋る銀行に頭を下げ、世襲しただけのモール街のバカ社長に頭を下げ、ケチなチャリの問屋に
頭を下げ……そうだ、俺は頭を下げ続け、必死になって、毎日を維持し続けた。髪の生え際が
後退し、息子と嫁に苦労をさせ、それでも……俺は頭を下げ続けた。バカにされ……罵られ……
ナメられ……踏みにじられ……その対価が……ちっぽけな紙切れに、たった数百万の、家族を
養う費用の1年か2年分くらいの、その程度のカネで終わるなど……絶対に許せることではなかった。
 ゴネるのは簡単だった。だが、オーナーはそれをしなかった。もうひとつの理由――それが、
今のオーナーの希望……――いや、野望だった。

『……無能に用はないのだけど、あなたを私の部下にしてあげる。勘違いはしないでね。彼が
あなたのこと、心配だ、って言うの。理由はそれだけだから』

 1ヵ月前……弁護士との打ち合わせに行く直前――あの女は突然現れ、唐突にそんなことを
言い始めた。アイツが仲裁に入らなければ、俺は間違いなく刑務所に入っていたことだろう……。
 新しいコーヒーを購入し、席に戻り、一口飲み、また――思い出す。

『イタリアに行くから、あなたも身辺の整理進めといて頂戴。たぶん2年は帰れないと思うから
そのつもりで。1ヵ月後、セントレアに集合ね』
 ……ああっ?とオーナーが怒鳴ろうとした時――女は驚愕の言葉を告げて遮った。
『コルナゴの名古屋直営店オープンが当面の目標だから。非常に不快だけど、上手くいけば、
あなたをそこの支店長にしてもいいから』
「……直営っ?指定や認可、加盟店とかじゃなく?」
 女はふうっと息を吐き、小馬鹿にしたように口調を強めて言った。
『直営っ!海外からの顧客対応や新製品を優先的に扱えるっ、直営っ!理解した?』
 それは非常に困難で、非常に不相応な提案だった……俺がっ?直営店の支店長にっ?
『……したくないなら別にイイわ、他人の人生にとやかく言うつもりはないから。だから、
決断して、今、スグにっ!』
 それは非常に困難で、非常に不相応な選択だった……だが同時に、ひどく魅力的だった。

 3杯目のコーヒーを飲み終え、ゆっくりと長い息を吐く。
「……アイツら遅いな。まあ俺が早すぎたンだけどな」
 見返してやる……などと思うつもりはなかった。ただ……俺をチャリ屋のオヤジ扱いした
カスどもの、クソみたいな吠え面を拝みたいとは、思った……。

 ―――――

 優しい感触が全身を撫でる。
 痛みも痒みも、もどかしさも苦しみもない――深い……深い海の底へ沈んだハズの私の
体を、誰かが優しく撫でている。
『……《跳ね馬》に救われましたね……CF1のお嬢様』
 愛しき者、愛すべき彼の声でないことはわかった。ただ、それがどうしたというのだ……。
私はもう死んでいる。《クローバー》を喪失した時点で、私の使命は全て破棄され、生を許された
時間は終わった。思い残すことも、悔いもない……だから、私に構わないでくれ……。
『……俺は彼が非常に気に入った。エルネスト様に謁見を許しても、何の問題もないだろう』
 エルネスト様……我が神であり、端倪すべからざる御方……使命を果たせず果てることを……
どうか、どうか……お許しを……。
『……どうもうまく繋がらないな……そこに居るのはわかっているンだが……言葉を忘れたのか、
言葉を喋りたくないのか……後者だろうがな』
 抑揚のない口調で男が言う。こんな無礼な喋り方をする男を、私はひとりしか知らない。
「……私の名はエル。貴様は誰だ?』
『……エルッ?……その名、御身の名が由来か?』
「……もういい、私に触れるな。私に囁くな」
『……っ、これだから《跳ね馬》だけの状態は……』
 男は続けた。『……フォークに意識を向けろ。C60オッタンタの《クローバー》を溶接した。
……CFシリーズほどじゃないが、少数生産、限定車の完成前《クローバー》だ。これで会話
ぐらいはできるだろ?応急処置ってわけじゃないが……』
 迷う……迷う……この男の手を取っても良いものか。
『……ダンマリか。じゃあいいぜ、彼をエルネスト様に紹介して、俺だけが褒められると
しよう。安心しろ、お嬢様の墓はちゃんと作ってやる』
 ふざけるなっ! 
 意識を怒りで引き上げる、水面に浮かぶボートにしがみ付くように、結局――嫌々ながらも
エルは意識を《クローバー》に定着させた。
「貴様……その抑揚のない口調……まさか……」
 暗闇は晴れ、真っ白い世界が広がる。景色は未だ見えないが、男の声ははっきりと届いていた。
『……世話のやけるお嬢様、いや……エル、だったな……』
「……久しいな工房長。私は……まだ生きているのか?」
 創造主たる神の傍に仕える者は――軽く、少しだけ、笑った。
『……聞かせてくれ。何があった?』

 
『……いろいろと、伝えておくことがある』
 エルは工房長の言葉を無言で聞いていた。彼が本社を訪ねてくれたこと。彼が涙ながらに
修理を依頼したこと……それから、自身の最後……最後と思った瞬間のことを思い出した。
 そして――工房長は少しだけ、抑揚のない言葉に少しだけ怒りを含めて、聞いた。
『……車輪持つ者の本分、生まれながらにして持つ意味とは何だと思う?』
「……勝利こそ、すべ――」
 勝利こそ、すべて。
 そう言いかけて、言いよどむ……。今ならわかる……それだけではないこと、そうでは
ないことは、エルも知っていた。知っていて……それを無視し続けていたのかもしれなかった。
『……平和と安心だ。車輪持つ者はその担い手と荷、全てを守らなくてはならない……口には
出さないが、エルネスト様も本当は心からそう思っているハズだ……』
 これは説教だ。畜生……わかってるよ。わかってたんだ……。
『《跳ね馬》は何もレースのために備えられた道具ではない。命の危機が迫れば性能を落とし、
動力をカットし、乗り手である彼と、エル……あなたを守ろうとした。その意味が、あなたに
わかるか?」
 ……守る……守られて……そんなことも知らないで……私は……。
『……レースに命を賭けるのは結構。だが時には、彼の意志を曲げてでも、そのレースを
止めるべきだった……そうではないか?』
「……そうだ……怒りに囚われ……我を忘れて……結局は、自身も彼も傷つけて……」
『……あなただけの責任ではないことはわかる。そうだな……彼はとても愚かで、情け
なくて、どうしようもなく臆病だ……』――彼は関係ないっ、エルはそう怒鳴りかけたが――
『……が、とても優しい青年だな』と言われ、また黙った。黙ることしかできなかった。
 エルは思い浮かべた………あの、純粋で、儚げで、どこか美しい……そう、まるで、
雨の中に放り出された子供のような――悲しい瞳をした男を……。
『……あなたという武器を使えば、アマのレースでなら好き放題できただろう……だが、彼は
そうはしなかった。あなたを大切に扱い、愛し、決して無理で無茶なことはしなかった……
どういう意味を持つかは……もうわかるだろ?』
 そうだ……今までも、これまでもずっと――アイツは、レースや大会に参加しようとは
しなかった……でも……ただ、それだけの理由で?それだけの理由で、私を使わなかった?
いくらでも勝利を手にできるのに……金でも名誉でも、いくらでも、何でも手に入るのに……。
『……あなたを傷つけたくない。失いたくない。いくらアマチュアでも、レースには常に危険が
潜んでいる。この国の……世界に潜む全ての悪から、あなたを守ろうとした……。彼は、あなた
とは違う、何か別の使命を背負っているのかもしれないですね………』
 ……そんなことも……そんなことを、思いかけたこともあったのに……止める機会はいくら
でもあったのに……結局は、守れなくて……助けられて……彼のことを何も知らないクセに……
愛していると告げたクセに、愛していると言ってくれたクセに……。
「ああぁ……ああぁ、わあああああぁーっ……」
 心が泣いていた。
 試されていたのも、守ってくれていたのも、ずっと愛してくれていたのも……すべて……
すべて彼のほうだった……。
「……ああぁ……私も……守る。……あなたを……守る……守り、たい……」
 車輪は関係ない。愛しているから――心が裂けてしまうくらい、愛していたから。

  
『……愛されし者、エル様……。エルネスト様から、お言葉を預かっております』
 工房長の声も、どこか……泣いているように聞こえた。

―――――

 中部国際空港、セントレア――。
 国際線制限エリア、スターバックスコーヒー前――。
「遅いぞ」
「遅かったわね……何かあった?」
 ふたりの男女の声が重なるように聞こえ、エルは舌打ちした。やはり視覚というもの
がないと聞こえづらいな……。
 だが、その苦労ももうすぐ終わる。そう考えると、否応にも気分が高まるというものだ。
 そう――エルは期待していた。使命を無事果たした際には、CF1――エルに授けられる褒賞を。
 工房長の話によると、私には特別褒賞として現在開発中のCFXディエーチのフレームを
下賜いただけるという話だ……まぁこのために2ヵ月も走るのを我慢してきたわけだが……
ぐふふ。品のない笑いが込み上げる。
『X――まさか10代目のCFを下賜いただけるとは……流石はエルネスト様、その偉大なる
慧眼に絶対の敬服を……ぐふふ……ぐふふ……』
「なあ、お前――イタリア語の勉強はしてきたンか?」
「……コルナゴ・ジャパンの推薦状と社員証……忘れ物は、ないわね」
 無能と外道が何かを彼に話かけているようだが、もう、そんなものはどうでもいい。ああ……
カンビアーゴの風が私を呼んでいる……故郷への凱旋、姉妹たちとの再会、みんなさぞ……
さぞ羨ましがるだろうな……工房長のC35も元気だろうか……ああ……早く会いたい……。
 愛しい愛しい彼の顔を思い浮かべ、エルは思った。こんなにも幸せでいいのだろうか、と。
 愛しい愛しい彼が、バッグの隙間から手を伸ばし、私を優しく撫でるのが伝わる……気分はさながら
新婚旅行で手を繋ぐカップルのようだった。
 だが……そんな夢のような時間も――突然の、彼の一言で、終わりを告げた……。
「……声、漏れてるぞ。下品な笑い声はやめてくれ。気分が悪くなる」
『……』
 どうして聞かれたかは、わからないが……とにかく――エルの行うことはひとつだった。
『このっ!クズッ!ろくでなしのクソ野郎っ!私の崇高なるっ、崇高なる瞑想の時間を返せっ!』
 激しく怒鳴り散らすと――彼は、笑いながら手を上げて耳を塞いだ。――ふたりはその様子を
目を丸くして見つめた……。
 だが……視覚の戻らぬエルには、何も見ることができなかった。
 ……けれど、エルだけは……世界中でエルだけが――直感し、理解した。――心の繋がりを、
繋がった糸を、繋ぎとめている物が何かを、理解した……。
 彼の胸のポケットの中には今も、今でも、これからも、これからもずっと――
 ――砕けてしまったハズの……不器用な彼が、不器用なりに作りなおしてくれたエンブレム……
《エルのクローバー》があることを……。


                             了

―――――






 エンディングテーマ?あえて、あえてこのチョイス……毒性が高いので注意↓
                                                      脱法ロックッ! / Neru feat. Kagamine Len                            



 短い間ではありますが――短い文、拙い文、ご拝読感謝いたします。
 さて、今作はseesにとってもかなり楽観視していた作品です。なんせベースの長編がすでに
手元にあったわけで、それを短くすればいんじゃなーい…という怠慢的思考丸だしで始めた
ヤツでして……しかし、しかしっ!それが思った以上に難しく、自身の暇な時間すべてを使わ
ねばならぬほどの混迷さ……ぬわっ……一番悩んだのは……実は、「知多半島県民サイクルレース」
の是非でした。本来ここは出場し、国産のブリ〇ストンさんや、ジャイ〇ントさん製の廉価なバイクを
ぶっちぎる熱血展開で謎の外国人ガー――……まあいいや、終わったことは……。
 ひたすら書きなぐるだけだったので、ちょこちょこ修正入れてます。てか入れます。
 ……いろいろ失礼しました。
 次回はショート?の予定です。服の仕立て屋さんに起きた珍事件です。構想はバッチリです。
 でわでわ、またのご訪問、お待ちしてまーす。感想、ご意見、ディス、何でも歓迎でーす!
 でゅわ、seesでした♪

 
 TK from 凛として時雨さん……。↑↓
 最近知ったバンド?の中では最もインパクトありました……ね。
 
 ↓こちらは…まあまあ、オモロければポチンッと……頼みます。↓

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Last updated  2017.05.04 23:26:59
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